第19話 リーリャ、魔物を浄化する
「こうやっているとただの森ね」
「そうニャね。この森自体はダンジョン化しているわけではないニャから、ただの森ニャよ。ただ瘴気が出てきちゃっただけニャ」
「瘴気ってどうしてできちゃうの?」
「いろいろな要因があるニャけど……、こういう森だと大型動物の死骸が長期間放置されると発生しちゃうニャね。リスとかウサギとかの小動物だと瘴気が発生する前に分解されちゃうんニャけど、大型だと死骸が自然に分解されるまで時間が掛かるニャから、腐って瘴気が発生しちゃうんだニャ」
「なるほどね。だから大型の動物は自然に死ぬ前に狩ったり、森で野生動物の死骸を見つけたら持って帰ってくるのね」
「そうニャ。腐る前なら重要なタンパク源ニャからね」
付近で戦いが発生している中、リーリャ達は近衛兵の一人に連れられて森の奥の方へと進んでいく。リーリャの探知魔法ですでに瘴気だまりの位置は特定してあるため、近衛兵はあくまで護衛にすぎない。
魔物達は瘴気だまりから離れた地点で近衛兵達と戦闘になっていて、瘴気だまりまでの道中には大型の魔物の反応はない。小型が何体かいるが、すぐに討伐できるサイズである。
「魔物、向かってきます」
近衛兵がそう叫び鞘から剣を抜き取ろうとするのを、リーリャは手をヒラヒラと振って制止する。
「小型なら討伐の必要はないニャ」
フィリーをよろしく、と近衛兵に頼み、リーリャが一歩前に出る。わずかな木漏れ日の注ぐ森の中、木々のざわめきに混ざり魔物化した野ウサギの足音がリーリャの高精度な耳へと届く。
後方での大型の魔物との戦闘もひとまず一段落したようで、怒号は歓声へと変わり、探知魔法に映る敵影は一体、また一体と消えていく。
「精霊よ、光の神子たるリーリャが心願す。善良なる灯火に纏う卑しき妖気より彼の者を救い出せ。アルーミア!」
リーリャが両手を組み祈りを捧げた後、迫り来る魔物に対して大きく手を振りかざすと、彼女の足下から、全身から、周辺の空気から、どこからともなく多くの光の筋が風を伴いながら現れ、リーリャの軽装がヒラヒラと風に揺れ、地面の落ち葉はひらりと舞い上がる。
現れた光の筋は一本の線となり、そのまま一直線へと魔物へ向かい、魔物化したウサギにまとわりつくように吸収される。ウサギにまとわりつくように漂っていた黒い靄が光により打ち消されるように消えていくと、とりつかれたかのようにこちらに駆けてきていたウサギがふと立ち止まり、リーリャ達を数秒凝視した後、驚いたようにターンして来た方向へと帰って行った。
「リーリャカッコいいっ!」
「ニャはは~、ありがとニャ」
フィリーに褒められたリーリャは頭をカリカリとしながら頬を染める。
「リーリャさん、まだいます」
それを見ていた近衛兵が油断しないでくださいといわんばかりに声を張り上げ、リーリャは面倒くさそうにため息を吐くと、再びフィリーに背を向けて姿勢を正した。その表情は先ほど魔法を発動したときの真剣な表情でも、フィリーと話しているときの笑顔でもなく、ただただ面倒くさそうな真顔であった。
「わかってるニャ」
するとリーリャは手を高く上げ、そのまま、ていっ、と気合いが入っているのか入っていないかわからないような間の抜けた声を出しながら振り下ろす。その直後、先ほどの詠唱後に発生した光の筋と同様のものが周囲から現れ、再び1つの線となると、やってきていた魔物に向かって飛んで行く。
何度も手を振り下ろすと、そのたびに筋は現れ飛んで行き、あっという間にこちらにやってきていた小型の魔物をすべて正気に戻してしまった。
「えっと、詠唱は?」
「ニャはは~、さっきのは格好付けてただけニャ。気合いさえ入れば詠唱なんていらないニャよ」
「リーリャ……」
「さてさて、早く瘴気を浄化するニャよ」
右手でフィリーの左手を取ると、手をぶんぶんと振りながらあたかもハイキングにでも来ているかのように森の中を直進する。
探索魔法によりすでに周囲に魔物や魔物化する恐れのある動物がいないということがわかっている状況は、リーリャにとってはただの散歩と同じようなものなのである。
「それにしても気持ちのいい森ニャね」
「そうね。オストリアの屋敷もこんな感じの森に包まれているのよ」
「それは楽しみニャ」
ふんふんと鼻歌を歌いながら楽しそうに森の中を歩くリーリャを見て、フィリーは呆れたように笑う。
「一応危険な状況なはずなんだけれど……」
「やはり聖魔法の使い手にとって、魔物というのはただの動物と変わらないのですね」
「そうね。全くおかしな話だわ」
近衛兵とフィリーの会話を聞いたリーリャは、さすがにクマが出てきたらウチでも怖いニャよ……、と全く的外れなことを呟くのであった。




