第11話 リーリャ、王宮へ行く
「ウチはやっぱりドレス好きじゃないニャ」
「知ってるわ。だからひらひらがあまり付いていないシンプルなものにしたんだもの」
フィリーは華美ではないおしとやかなヒラヒラの付いた白とピンク色のドレスを着て、姿見の前に立っていた。形が崩れるため以降謁見まで座ることはないらしい。
対するリーリャはひらひらのほとんど付いていないフィリーの目と同じ色をした、薄い水色のドレスを着ている。足下が広がるような形のものではなく、体のラインがくっきりと浮き出るようなもので、足を大きく開いて歩けないために多少歩きづらそうだ。
「おしとやかなドレスなのに、リーリャが着ると少しセクシーに見えるのはどうしてかしら」
「それはリーリャ様がフェリシア殿下の性欲の対象であるためではないでしょうか。私から見ればとてもお綺麗で美しいだけですよ」
「トレイシーはおばさんだからもう性欲がないのよ。だからね」
「私はまだ30歳ですが」
「私からしたらおばさんよ。ほぼ二倍じゃない」
この2人はとても仲良しらしい。こうやって相手を睨み付けたり馬鹿にするような顔で罵り合っていながらも、2人の口元は笑顔だ。誰からも敬われる存在であるフィリーにとって、こうしてズバッとものを言ってくれる、友達のように扱ってくれる彼女の存在はとても大きなものであるだろう。
「あ、そういえばさっきお風呂でトレイシーさんに胸を揉まれたニャ」
「はぁあ?? アンタそれライン越えよっ!」
「役得でございました。さすがはフェリシア殿下が見初められただけあるお方です」
そう目を細め、小さく頷きながら自慢げにフィリーを見るトレイシーの足にフィリーがドレスでできる最大限の力を振り絞って蹴りを入れる。そもそもあまり力のないフィリー、それにコルセットで締め付けられている上に、無駄に重いドレスのせいもあって全く痛そうにないトレイシーは、口元を隠しながら優雅に笑うのみ。
「皆様、そろそろご準備を……」
フィリーとトレイシーの喧嘩の様子を見て、気まずそうに声を掛けてきたのが王宮で使える執事の一人であった。この光景を他の貴族が見たりしたら真っ青になってトレイシーの今後について案じることであろうが、声が掛かるとすぐにいつも通りの主従関係に戻るというのだからすごいことだ。
トレイシーは蹴りによって多少の乱れが生じたフィリーのドレスをさっと直すと、まるで何事もなかったかのように真面目な表情でフィリーの後ろに付いた。
執事の案内でさわやかな風が吹く離宮裏庭の廊下を歩く。コツコツと響く一団の足音は、リーリャの緊張を助長するもので、足音に混じって彼女の耳には彼女自身の心音が届いている。
王国の王宮は全体を見ると非常に大きい。リーリャの住まう離宮以外にも、2つの離宮、合計3つの離宮が王宮につながるようにして配置されており、状況に応じて活用されている。現在は王太子である第一王子がそのうちの1つを使っている。余った3つ目の離宮は現在使われていないが、王宮勤めのスタッフによって維持管理はなされている。何らかの事情で他の離宮が使われなくなったときの予備として利用しているが、今のメインは物置だろう。
王子達はそれぞれ城壁内に屋敷を持っていて、それは王宮と直接つながっているということはない。王子達は朝食はそれぞれの屋敷で食べているが、先述の通り近況報告も兼ねて定期的にみんなで食事を取るらしい。まだ王子が結婚する前は王宮でみんなで食べていたわけで、王様は家族の少ない食事が寂しいんだとか。
ちなみに、王子様は第4、第5王子以外の3人が結婚していて、結婚していない2人はもうすでに婚約者がいるらしい。結婚している3人は屋敷に暮らして、していない2人は屋敷は持っているものの基本的には王宮で生活している。家庭を持っていない場合は王宮で暮らした方が何かと便利なのだろう。政治的対立が顕著になったらこうしたことはできないわけだから、いかに今が平和か、そして現国王が対立を嫌っているかがわかるだろう。
廊下を通って王宮に入ると、壁に数メートルごとに明かりが付いていて、非常に高い天井と真っ赤な絨毯が廊下に敷かれている。先ほどまでコツコツと響いていた足音は、ふかふかの絨毯によって吸収されて極めて静かである。
王宮は王族の住む場所であって、貴族の仕事場ではない。そのため、いつ来ても静かな場所である。こんなにも広い場所なのに、住んでいるのは王族と使用人だけ。使用人は最上階である5階にある大量の部屋に住んでいるため、4階以下は彼ら、彼女ら仕事場であり静かだ。
よく勘違いされることではあるが、王都から見えるいかにもな城は王宮ではない。いかにもなやつは王城で、貴族達の仕事場だ。王族は各自の領地運営やその他個人的な仕事は離宮や各自の屋敷で行うが、公務は王城へ出勤する。それは王様でも変わらない。いまリーリャ達が向かっているのは王宮で、この顔合わせは仕事の一環としては行われていないプライベートなものであるということを意味している。
領地を持たない法衣貴族はほとんど王城内で仕事に就いている。領地を持っていても中央に役職を持っている貴族もいるため、多くの貴族は王都に集まって仕事をしている。もちろん1年の内、短期間だけ王都に来て仕事をするといった貴族もいる。
王都の他にも国内には極めて発展した都市があるわけで、そうした都市を有する領地を持つ貴族なんかは領地運営が忙しくて王都に来ることは難しい。そのため、そのような貴族は中央に役職を持っていないことはある。他にも自ら主導して領地運営を行いたい、領地運営に集中したいと言った貴族は役職を持たずに領地にいる。また、王都は国の西寄りにあるため、第一王女領のように東側の領地を持つ貴族は王都にいるか、領地にいるかの判断を迫られることになる。毎度2週間以上の旅路、できなくないことはないが、旅費や身体的な負担を考えるとあまりやりたくはないだろう。
完全に領地運営を代官や跡継ぎ、逆に引退した先代に任せる貴族もいれば、基本的にずっと領地にいる貴族もいる。王国はいずれの働き方も認めていて、適切な領地運営ができていれば問題はない。
王城は貴族達、又は官僚達の仕事場で、王宮は王族の家である。王城と王宮は直接つながってはいないため、馬車に乗って移動することになる。とはいっても数分で到着する距離であり、わざわざ馬車で移動するほどのものでもない。防犯上大抵馬車だというだけで、気分で徒歩だったりする。




