久々の現在進行形(21)
さっきは水草みたいな髪の毛が邪魔をして、メデューサには近づくこともできなかったけど、髪が暴れ狂っている今ならば、前後左右に生まれる隙間を縫って進むことができる。
これだけデカい声で叫んでいれば、校舎にだって丸聞こえのはずだ。校長連中どころか、何なら警察なんかがすぐにここへ来るだろう。悠長なことは言っていられない。
「おいっ!」
水の浮力を使ってピョンピョンジャンプしながら、プールサイドに向かって思いっ切り叫んだ。
「おいっ!クソミミズ!誰か来る前に!時間を止めろ!」
「ダレがクソミミズじゃコラ!」
クソミミズは、泣きながら両前脚?をクルクル回転させて飛び上がった。これがまたクッソ気持ち悪い。
「うっせーっ!さっさと止めろ!」
「無理だわい!姫様にしかできんのだ!」
「くっそーーーっ!イデッ」
よそ見していたら、暴れる髪の毛束にぶっ叩かれた。
「てめぇ!痛えじゃねぇか!」
興奮してるんだろう、こっちの声なんか聞いてもいない。
「くっそ!・・あれ?なんだこれ?」
水草の一部が茶色く変色しているのに気づいた。
さっきまでは、明るい緑色が光を浴びてキラキラ輝いていたはずだ。
「え?あれ!?」
よく見ると、あちらこちらが茶色くなっている。
まさか、さっき言ってた枯れるって・・・!?
「マジかよ・・・」
ゾワリと耳の後ろが冷たくなり、耳鳴りがした。
こめかみが脈打つのがわかる。
「くそっ!」
両手を使って大車輪で水をかいて進み、ようやくメデューサの近くまで辿り着くと、正面に対峙して肩を突いた。
「おい!」
「ィイヤァアアーーーーーーッ」
あまりにも耳障りな大声で叫ばれて、耳がキーンと痛くなる。
「ダーッ!!おい!黙れ!このままじゃマズいぞ!早く時間を止めろ!」
こっちも負けじと大声で叫び、肩を持って強く揺さぶった。メデューサの頭が前後にガクガクと揺れたが、それでも一向に叫び声はやまない。
ダメだ!全然黙らねぇ!くっそぉ!
「おい!みんな来ちまうぞ!どうすんだよ!おい!」
手で口を塞いでみたけど、くぐもった声になるだけだった。
気のせいか、髪の茶色く変色した部分も広がっている。
「くっそ!てめぇ!さっさと正気に戻れよ!」
時間がない時間がない時間がない。
焦るな俺!なんか方法があるはずだ!何とか正気に戻して、さっさと時間を止めさせないと!
こんだけ髪がプールに広がってたら、身動きなんて取れっこない。しかも、今は手で口を塞いでいるわけで、このままプールサイドまでコイツを運ぶなんてムリゲーだ。
そうだ!髪の毛を口に入れたら、オエッてなって静かになるんじゃね?
水草のような髪を掴んで、せっせと口に詰めてはみたものの、髪自身に意思があるかのように、ニュルリとすり抜けていく。
「くそぉ!」
水面をぶっ叩くと、派手に水飛沫があがった。
「おいっ!このままじゃプールから出らんないんだよ!とにかく誰か来る前に、早く時間止めろ!」
再び肩を掴んで、強く揺さぶりながら叫んだ。
「アアァァァーーーーーーーッ」
ダメだダメだ!全然聞く耳を持ってない。
どうしたらいいんだ・・・!
その時
「AJに何すんのー!!」
何かが勢いよくメデューサの顔めがけて突っ込んだ。
バーンッ
「ヒグッ!!」
小さな叫び声をあげて、メデューサがのけぞる。
一瞬のことで、何が起こったのか即座には理解できなかったけど、メデューサの顔に当たって跳ね返ったのは、トゲボールになったナノだった。
「ナノ!」
「AJ!助けにきたよー!」
「恩に着る!」
急いでメデューサに向き直ると、叫び声は止んで辺りには静寂が訪れている。
「・・・・・・・・」
目を見開いたまま呆けているメデューサの顔には、ナノが当たったことで、いくつかの傷ができており、あんなに暴れ狂っていた髪も動きを止めている。
「・・・・・イタ・・イ・・・」
傷口に手を当てたメデューサの、蚊の鳴くようなか細い声が聞こえた。
「おい!正気に戻ったか!?」
「・・・・あ・・?・・・」
まだぼんやりしてはいるが、俺を見ているメデューサの目には、ほのかに正気の光があった。
「とにかくすぐ時間を止めろ!絶対誰か来るから、まずは時間を止めるんだ!そしたらプールからあがる。急げ!」
やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。
焦った俺は、一気に捲し立てた。
「おいって!俺達もう詰んでんだよ!とっとと時間を止めろ!話しはそれからだ」
さっきより力を弱めて肩を揺さぶったちょうどその時、ザワザワとした大勢の人の気配と
「いったい何してるんだ!!お前らが騒ぎを起こしたのか!?」
と叫ぶ副校長の甲高い声がした。
しまった!間に合わなかった!
俺は精神病院行き、コイツはどっかの研究所行きだ!
首をすくめて下を向くと、その瞬間、空気が変わったのがわかった。
恐る恐る声のしたロッカー側の出入り口を見ると、鬼の形相をした副校長を先頭に、高等部の教頭、大田原、佐々、あと誰かの影があり、全員が動きを止めていた。
どの顔も、怒りや驚きといった表情の1コマで切り抜かれているのが滑稽だった。
人間って、コマ送りにすると変な顔になるもんだな。
なんかシュールだ。
「はあぁぁぁ〜。よ、良かった〜〜」
安心して、超ロングな安堵のため息をついた。
水の中じゃなかったら、しゃがみ込んでるところだ。
「良くないよ!ギリギリだったじゃん!ちょっとキミさー、火星人かなんか知んないけど、AJに何か恨みでもあるわけ!?なんなのさー!」
頭上に浮かんでいたトゲボール型ナノが、顔のすぐ横まで降りてきて、素早く上下しながら文句を言っている。
「あ、あたし・・・」
怒りの収まらないナノを片手で制すと
「大丈夫だから!とにかく急いでプールからでるぞ!」
そう言って、
「これって・・お前の髪の毛だろ?」
茶色くまだらになった水草の先をつまんでみせた。
「え!?私の髪の毛!?」
メデューサは慌てて、あちこちの髪を掴んでは確認している。
「やだ!やだやだ!私の髪が・・」
「とにかく!」
俺の大きな声に、メデューサはビクリと反応した。
説明した方がいいのはわかってるけど、今は一刻を争うから後回しにするしかない。
「この水から出るぞ!・・ってか、この髪どうにかなんねぇの?この前みたいに、縮めるとか」
「ここまで伸びちゃうとなぁ。どうしよ」
どうしよじゃねえし。
もたもたしてる枯れちゃうのに、コイツわかってねぇのかな。それか、まだ思考回路が飛んでるか。
それでも、髪を手繰り寄せては「やだ!ここも!?」「こっちもじゃん!」などと小さな悲鳴をあげている。徐々に茶色くなっていってるのに気づいたら、また喚き出すかもしれない。
ブルルルルッと頭を振った。
とにかく急がないと!
「これってさ、切っても平気なわけ?」
「んー・・平気だけど・・」
「痛いとか、血が出てくるとか」
「そんなのないわよ」
よし!そうと決まれば話は早い。
「ナノ!俺のカバンを持ってきてくれ!」




