久々の現在進行形(20)
「うわっち!」
プールサイドは焼かれたレンガのように熱かったが、そんなのは気にもならなかった・・・なんてのは嘘だ。
「アチアチアチアチアッチー!!」
足の皮が剥けるんじゃなかろうか?
でもまあ、玉という名のじいさんの心臓を持っている俺は、たいしたケガなどしないのだ。
・・・ちゃんと痛いけどな。
飛び跳ねながらロッカーへ行き、秘密兵器の入ったカバンを引っ掴むと、大騒ぎしているプールサイドに引き返した。
「落ち着け!みんな落ち着いて校舎に戻れ!」
体育の大田原先生が殿になって、泣き叫ぶ生徒達を追い立てている。副担の佐々もいたはずだけど、どこにも見えない。ってことは、誰かを呼びに行ったに違いない。急がなければ!
みんなに逆流していく俺の両腕を、誰かが強く引っ張った。
佐竹と清澤だ。
「アタル!お前何やってんだよ!」
「向こうは変な水草が溢れてきて危ないから、行っちゃダメだって!もうすぐ校長先生も来るはずだよ」
「ガチであんなの見たことねぇよ。なんかヤベェかも知んねえぞ」」
2人とも、早くこんなとこから逃げたいはずなのに、俺を必死で止めてくれている。有り難や。
「大丈夫だ。絶対みんな助けるから」
そう言って、2人の手を振り払うとプールサイドに向かった。
「アタル!!」「アタルー!!」
何これ映画みたいだ。
なんか俺、すげえカッコよくね?
みんなが一斉にプールから上がったおかげで、水に濡れたプールサイドの熱さは和らいでいる。日が翳ってきたせいもあるのかもしれない。
プールの縁にまでくると、カバンから秘密兵器を取り出した。
メデューサは変わらずうっとりと浮かんでおり、髪が伸びるスピードは落ちているようだが、すでにプールの半分以上まで広がっている。
なんか藻が増えすぎた池みてぇだな。
両手に持った秘密兵器を見つめると、本当にこんなので効き目があるのか、急に不安になった。
いや、弱気になっちゃダメだ。
不安を打ち消すように、勢いよく頭を横に振る。
俺の予想が合っていれば、これは絶対効くはずなんだ。
頑張れ俺!
自分を奮い立たせて、しっかり前を向いた。
「行くぞメデューサめ!覚悟しろ!!」
高らかに宣言してプールサイドにしゃがみ込むと、秘密兵器を両手に構えた。
シュッ シュッ
効きますように、効きますように。祈るような気持ちでジッと見ているが、変化は無い。
「き、効かなかったか・・!」
ガックリと膝と手をつき項垂れたそのとき、
ウゾゾゾゾゾ〜〜〜ッ
突然、緑色のおそらく髪の毛が、ウネウネと暴れ始めた。
「・・もしかして効いてる?よし、もういっちょ!」
シュシュッ シュシュッ シュッシュー
今度はリズミカルに、より広範囲に使ってみる。
ウゾゾゾゾゾッ ウゾウゾウゾ〜〜〜ッ
髪の毛はさっきより激しく暴れ出した。メデューサの眉間に皺が寄り、見る間に顔が険しくなったかと思うと、目をカッと見開いた。
「ギイィヤアァァァーーーーーー!!」
凄まじい悲鳴があがり、髪の毛であろうモノは、プールの水を撒き散らしながら暴れ始める。
あまりにも衝撃的な光景に、身体が動かなくなり感覚まで無くなった。
まるで映画か何か立体映像でも観ているような非現実感。
想像もしていなかった結果に、サァッと身体中から血が抜け落ちたように冷たくなっていき、まるで全身が凍りついたみたいだ。
たいした秘密兵器じゃないから、ここまで効果があるとは思いもしなかった。
確かに倒したかったけど、こんなのは望んでない。
でも倒したかったんだよな?
望んでないって・・ならいったい俺は、どうなることを望んでたんだ?
頭の中で何かがぐるぐる回って、気持ち悪くなってきた。
どうしよう。こんなに苦しむとは思わなかった。
やってしまった事の重大さが受け止められない。
「ギィヤア!ギィヤアアーーーーーー!!」
悲痛な声を聞いて、麻痺していた身体がビクンッと大きく震えた。これ以上冷えることはないだろうと思っていた凍った身体が、首筋から背中にかけてがピシャリと冷たくなって、鳥肌どころかブワッと身体中の毛が逆立つのを感じる。全身が総毛立つとは、まさにこのことなんだろう。
両手で頭を押さえたメデューサが悲鳴をあげ続けている。
「姫様!姫様!姫様ぁー!!」
「げえぇ!?」
超絶キモいミミズが現れ、秘密兵器を取り落とした。
「姫様!大丈夫ですか!?姫様!」
プールサイドで大騒ぎしているが、中には入ろうとしない。
「ああ、姫様!大丈夫ですか!?姫様ぁ!!」
こちらも悲鳴のような叫び声をあげると、
「貴様!!姫様に何をしたんだ!!」
怒りのあまり充血させた真っ赤な目を、飛び出さんばかりにしてこっちに向けてくる。
そこから頭が真っ白になり、気がつくと口をポカンと開けたままミミズに足を揺さぶられていた。
もしかしたら、束の間気を失ってたのかもしれない。
「貴様答えろぉぉ!!姫様に何をした!!?」
俺に言ってる?
ぼんやりした頭で考えた。
そうだ、何をしたっけ?
答えは頭の中のどこか遠くにあるようだ。手探りするように答えを手繰り寄せる。
ああ、そうだ・・。
「じょ、じょ、」
昨日の帰り、佐竹と清澤の誘いを振り切ってまで買いに行った、俺の秘密兵器。
「除草スプレー・・」
答えはワナワナと震える俺の唇から、絞るようにして出てきた。
「なぁにぃーーーっ!?除草剤を撒いたのか!!」
ミミズは俺の顔近くまで飛び上がり
「ああ!姫様が!姫様が枯れてしまう!」
と騒ぎながらプールの縁を行ったり来たりし始めた。
「ああぁ・・!姫様が・・!コイツのせいで枯れてしまうぅ・・!」
血走った目からは、ぼたぼたと大粒の涙がこぼれ落ちている。
「ちょ、ちょっと待てよ。除草剤じゃないって、除草スプレーだって。それに、ほんの少しシュッとしただけ・・」
「黙れ!!!黙れーーー!!!」
ミミズがキッと俺を睨みつけた。その間にも、目からは涙が溢れてくる。
「量など関係ない!水の中なればこそ、吸収するものも阻害するものもないから、姫様の元まで広まってしまうではないか!」
一息に興奮した様子で喚き立てたかと思うと、突然下を向いて塩垂れてた。
「・・姫様が貴様に何をしたというのだ・・姫様は休戦だと言っておっただろうが・・」
そう言って、今度はメデューサの方を向くと、おいおいと声をあげて泣き始めた。
「姫様・・独りで枯れさせはしませぬ・・このシャア2めも・・ううぅっ・・」
何だよ、全部俺が悪いのかよ。
何をしたって言われても、コイツは髪の毛を水草みたいに広げて・・
広げて・・
・・・・・・・・・・
何もしてない・・かも・・・?
あれ?
でも、みんな逃げて・・・・
『向こうは変な水草が溢れてきて危ないから、行っちゃダメだって!』
そうだ。佐竹はそう言ってた。
得体の知れない水草みたいな物が、尋常じゃない勢いで増えたんだ。しかもまとわりついてきて、気持ち悪かった。
怪我したやつなんか誰もいなかったけど、みんな怖がって大騒ぎで逃げてたんだ。
そう。
あれは得体が知れないモノに対する恐怖だ。
だが俺はメデューサを知っている。
理解はしてないけど、少なくとも得体の知れないモノなんかじゃない。
そしてアイツは、誰のことも襲ったりなんかしていない。ただうっとりと、水草のような髪の毛を伸び広げながら、水面を漂っていただけだ。
俺はプルーの縁に駆け寄ると、弾けるように飛び込んだ。




