久々の現在進行形(19)
何事もなく、淡々と時間は過ぎていく。
何もなさ過ぎてメデューサのことをうっかり忘れてしまい、普段通り授業中に居眠りをして先生に叱られた。
いや、何もないに越したことはない。安定していて良いことだ。良いことではあるんだけど、親父から観察してこいと言われたし、今日帰ったら報告しなくちゃなんないのに、何も起こらない。それどころか、隣の席なのに話しをすることもないのだ。
う〜〜ん、話しかけてくるわけでもないし、変わった出来事は何も起こらない。
こうなると、コイツは何のために俺を見張ってるんだろうか。さっぱり意味がわからん。
結局、何も起こることなく昼休みになった。
購買で焼きそばパンとコロッケパンを買ってくると、先に食べ始めている佐竹と清澤のところへ向かう。
また今日も、話題はメデューサかなぁ。
そう思うと足取りが重くなった。
佐竹と清澤の勘違いで結成された『チームSSK』は、俺のためにメデューサの情報を集めている。
どうせ火星人のことなんて調べられっこないけど、うっかり変な情報を掴んで、メデューサに襲われるなんてことにならないとも限らない。
ダメだ危険過ぎる。なんとかやめさせなくちゃな。
「あのさぁ、メデューサのことだけど・・」
そう言いながら近づいたものの、2人の話題は水着のことだった。
「・・でさぁ、そこで見たブーメランが気に入っちゃったわけよ」
「あそこって、いろいろ揃ってるよね」
「だよな。お前も今度買いに行こうぜ。マジでカッケェから」
・・・なんか平和だなぁ。
当たり前過ぎて意識したことも無かったけど、他の世界を知った今は、日常の有難さをヒシヒシと感じる。
なぜか、ちょっとだけ泣きそうになった。
「なんだよ、今日はおニューのブーメランかよ」
心配が不要になって、明るい声で会話に加わった。
5限はプールだ。
高校生活のラスト2回のプール。今日はそのうちの1回目。
陽射しも強くて暑過ぎるくらい暑いけど、プールサイドまでサンダル履いていけば問題ない。水に入るには丁度いいくらいだ。
男女で分かれるものの、クラスの3分の1、女子の大部分は希望して自習している。理由は、水着恥ずい、日焼けヤバい、髪が乱れる、子どもじゃあるまいし遊べないよね、だいたいがこんな感じだ。
自習といってもお楽しみ時間みたいなものだから、勉強してるヤツは少数で、残りは推し活したりダベったりしている。
「あれ?サラちゃんだ」
佐竹の言葉に振り向くと、メデューサが数人の女子と一緒にいた。メデューサに憧れていると言っていたファミ子がいないのは、受験勉強しているからだろう。
「おーい、お前らボールいる?」
清澤が声をかけると、岡本が「ちょうだい」と言って手を挙げた。
「サラちゃんもプール入るんだね。泳げんのかな?」
「さあな」
火星で泳いでたのかもな。こんなこと口が裂けても言えないけど。
「俺たちはこれにしようぜ」
清澤はウキウキと碁石を掴むと、塩を撒くようにプールに投げ込んで、声を張り上げた。
「野郎ども、まずは白を拾うぞー!イェーイ!」
その言葉を合図に、男子は一斉に飛び込んだ。
女子の方も、始めのうちは冷たいだの何だのと騒いでいたが、入ってしまえば、水を掛け合ってキャッキャッと遊んでいる。
「プハァ。これで5個だ」
「アタルすげぇな。お前こんなに泳ぐの得意だったっけ?」
「ふふん。俺様を誰だと思ってるんだ。アタル様だぞ」
調子に乗ってそんな事を言ったが、正確には、泳ぎが得意になったわけではない。潜ったり、水中行動が得意になっただけだ。
そして不思議なことに、色褪せたプールの底に同化しそうな白い碁石も、簡単に識別できる。
「僕なんか、やっと2個だよ」
「アタルに負けてらんねぇな」
3人で再び潜り子どもの様にはしゃいでいると、何かが顔に張り付いた。
んん?
仕方なく水面から頭を出して、
「何だこれ。邪魔くせ」
顔についた物を払い除けると、周りのはしゃぎ声が止んでいるのに気がついた。
不思議に思い周りを見回すと、あちこちに緑色の物が漂っている。
見た感じ、金魚を飼う時に水槽に入れる水草みたいだ。
「なんか緑の草みたいなのがある」
「何これ?藻?キモいんだけど」
みんながざわつき始め、麦わら帽子の先生達が「どうした?」と寄ってきた。
その間も、水草のような物はみるみるうちに増殖していく。異変を察知した先生達が「早く上がれ!!」と叫び、そこからプールは阿鼻叫喚と化した。
「やだ!まとわりついてくるよ!?」
「キャアァァ!」
「助けてぇ!」
「おい!何があったんだよ!」
「知らねぇよ!何なんだよコレ!?」
「うわあぁぁ!」
恐怖に慄きながらも
「何だよ!いったい何が起こってんだ!?」
と周りを見回したその時、恍惚の表情を浮かべながら水面を漂うメデューサの姿が、一直線になって俺の目に飛び込んできた。
「アイツ・・・!!!」
間違いない、すべてはアイツの仕業だ!
一気に頭に血が上り、こめかみがドクドクと脈打っているのがわかる。頭の血管が今にも切れそうだ。
何がバレないようにだ!ふざけんじゃねぇ!!
「みんな逃げろ!」
ありったけの大声で叫ぶと、手で水をかき分けながら必死にメデューサの方に向かった。
「くそっ!くそっ!くそっ!なんでこんな事しやがる!!」
いまここでアイツの正体を知っているのは俺だけだ。
俺が行くしかねえじゃんか。
「てめえ何してんだよ!おい!寝たふりしてんじゃねぇよ!」
プールサイドの方へと逃げ惑う生徒と水草が邪魔になって、メデューサに近づくことができない。
できうる限り近づいたところで見たのは、目を疑う光景だった。
「・・・これは・・・」
メデューサの頭から、緑色の物体がウゾウゾと伸び続けていく。予想もしなかった衝撃の事実に、頭をガンッと殴られた気がした。
すべてがぶっ飛んで真っ白になった頭に、徐々に色が戻ってくる。下唇がブルブルと震え出し、やっとのことで声を絞り出した。
「これは水草なんかじゃねぇ!髪の毛だ!!」
ショックで動けなくなっている間にも、漂っているメデューサの髪は、生き物の様にウネウネと四方八方に広がっていく。
あまりの気持ち悪さに、ガタガタと身震いした。
ダメだ、どうしよう、こんなのどうにもできねえよ。
はっ!!
秘密兵器を思い出した俺は、一直線に走り出した。




