表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/44

公園での二人④~第八章 誘い①

 栄二は微かに、ほくそ笑んだ。


「その通りだ。誰もいないよ……かなめ」


「初めて名前で呼んだわね」


「そうだね」


 素っ気なく答えた栄二だった。かなめほどの女なら、これぐらいでちょうどよかった。逆に優しくする方が、鬱陶うっとうしい目で見られかねなかった。


 案の定、かなめは目で合図していた。


 それでよろしい、と。


「俺のことは名前で呼ばないのか?」


生憎(あいにく)だけど、私は昔から他人を名字か『あなた』でしか呼ばないの」


「それじゃあ無理だな」


「ええ」


 公園に設置されている時計に目を向けたかなめは、立ち上がった。どうやら会社に戻る時刻のようだ。


 もう少し他愛もない会話に時間を費やしたかったが、こっちも卒業論文を執筆しなければいけなかった。


「会社に戻るわ」


「そうか」


「また気が向いたら、あなたの卒業論文の添削に来るわ」


 そうしてもらいたかった。去り行くかなめの足音が耳にずっと響いている。


『ねずみ花火』と違う響き方である。聞くだけでほっとする。栄二は胸をなで下ろした。




     8



 思っていたより早く、かなめは栄二の卒業論文の添削にやってきた。栄二の論文は完成に向かっていたので手直しというものは無く、ただ書き進めていくだけだった。


 かなめも最初と違って、赤線を多量に引くことはなかった。あの頃を思い返すと、栄二は今でも背中から冷や汗が流れ出てくる。


「つまらないわね」


 かなめが舌打ちした。


 なんて言いぐさだと思いながらも、栄二は嬉しさのあまり拳を握りしめた。


「もう私の仕事が無くなってしまったわ。これからどうすればいいか、分からないわね」


 床に大の字に寝転がったかなめは、大きな欠伸(あくび)をした。


「一応、俺の部屋だぞ」


「知っているわ。それがどうかしたの?」


「女のくせに大の字で寝転がるなよ」


「とんだ偏見ね。しかもじじくさい。一体いつの生まれかしら?」


「平成元年だよ」


「ふーん……」


 結局、会話がそこで途切れたので、コーヒーを出してやるために台所に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ