7 ポタトリアへ①
時刻は午後2時45分。おこめ父さんは変装を完了させていた。
大き目のバンダナを頭に強く巻いて、トレードマークの米頭は隠した。濃いめのグリーンのサングラスに、銀の輪っかのイヤリングもアクセントになっている。そしてイエローの繋ぎ上下がさり気なく似合う、大人の奇抜スタイルだ。
「こんなものかしらね。トーサン、後はこれとこれを持っていってね」
セリーナはポケットから何やらコインと機械を取り出した。見るとコインは数枚の金貨であった。
「えっ、こんな高そうなもの…」
「大丈夫よ、何かと物要りになったらちゃんと使ってね。各国共通の通貨なの」
アーサは傍らの機械を何やら設定し始めた。
「英語・日本語モードは…さ、これで良いわ。耳に付けてみて」
中から出てきたイヤホンを耳の穴に押し込み、機械本体は服の胸ポケットに入れてチャックをした。イヤホンからは別に針金みたいな物が伸びていて、口元近くに固定できた。
「あの、これは…」
自動通訳装置よ。相手の話した英語を通訳してくれるし、こっちの言葉はマイクから拾われて、英語にしてくれるわ」
地上にもスマホの翻訳アプリはあるが、何だかこっちの方が凄そうだ。そして確かに、きちんとポタトリア人と意思疎通できた方が絶対に良いだろう。おこめ父さんは自分が無策過ぎてちょっと反省した。
「こんな所ね…じゃあ行くわよ」
心なしか緊張しているアーサを見て、今更おこめ父さんも緊張してくるのだった。
ライス王国からポタトリア帝国へ続くエレクゲートは、王宮をやや下った広場にあった。
セリーナ、アーサ、変装したおこめ父さんの順でエレクゲートを進む。着いた先は、ポタトリア帝国の宮殿内の一角であった。
ちなみに現在ポタトリアは朝九時近くである。ライス王国とは時差が6時間あるのだそうだ。
すぐに兵士達が出てきて、三人を取り囲んだ。すると、セリーナが何やら英語を喋り始めた。流暢すぎて英語は聴き取れないが、代わりにイヤホンからセリーナに寄せた音声が聞こえてきた。
「ライス王国王妃セリーナです。協議の続きと用事があって、皇帝に会いに来ました」
自動通訳装置は概ね完璧に言葉を訳しているようだ。相手はセリーナに合わせて英語を話した。
「チッ、仕方ねえな…こっちだ」
兵士達に連れられて、おこめ父さん達は城へ向かって歩き始めた。
ポタトリアに来る前に少しセリーナから教わったのだが、今いるのは「クレムリン」と呼ばれる宮殿の敷地の中だそうだ。城の周りにはいくつか宮殿が立ち並び、さらに庭園も見られる。赤い壁に囲まれてはいるが敷地が広いので、そこまで圧迫感は感じない。
気になるのは、どこかでこの雰囲気を見た気がすることだ。城には高い塔がいくつも立ち並んでいるが、先端は所々、玉ねぎみたいな形をしている。見たと言っても実際にでは無い。写真やテレビで…
おこめ父さんはハッと気づいた。
(そうか、ロシアだ…)
お城や兵士の風貌からして、ロシアにそっくりだ。クレムリンもロシアの首都モスクワに存在する。ポタトリアはきっと、主にロシア人が移住した国なのだろう。
城に入り奥の広間まで進むと、既に連絡を受けていたらしく、威厳のある男が仁王立ちでこちらを睨んでいた。現在のポタトリア皇帝、ショカライ・ジャガノフである。彼も流暢な英語を話した。
「誰ですかね、そやつは。協議の続きはもう少し後のはずですがね」
雰囲気に合わせて通訳の語尾も変えてくれる。自動通訳装置は優秀な機械のようだ。
「彼は私の付き添いです。彼の事でご相談があり、少し早く来ました」
セリーナが答えた。
「名は何という…なぜこの国に来た?」
ここからは打ち合わせ通り、事が進めば良いのだが…
「Hi ! My name is Omori Gracias. I love Potatoria soooh much ! 」
おこめ父さんの怪しげな英語に、皇帝はにわかに怪訝な顔をした。すかさずセリーナが横から援護する。おこめ父さんには日本語で聞こえてくるが、もちろん流暢な英語でのやり取りだ。
「彼は英語があまり得意じゃなくて。最近まできちんとした学習をできていなかったのです」
おこめ父さんも話を合わせた。
「あー…yep.I'm not so confident with English…」
やり取りを聞きながら、皇帝は微かに笑みを浮かべた。
「…クク、確かにたどたどしい英語だな」
大学時代に英語クラブに入っていたおこめ父さんとしては、ちょっとショックではあったが、必死に感情に出さぬよう努めた。
「彼はこの国に興味があって、少しでも良いから観光したいのだそうです。ライス王国で暮らしていましたが、古い本でポタトリアを知ったそうで…お恥ずかしい話ですが、彼はライス王国の中であまり恵まれた暮らしをしておらず、教育もきちんと受けられませんでした…我々も最近その事を把握しまして。王国として、彼が望むことで出来ることは、なるべく支援してあげたいのです」
皇帝は鼻を鳴らしておこめ父さんとセリーナを交互に見た。
「ふん…相変わらず流石ですな、その博愛ぶり。つけ込まれて騙されなければ良いですがね」
優しさに付け込んで、イモモチを使ってライスを騙したのはそっちじゃないか…!とおこめ父さんは思ったが、顔には出さずニコニコしていた。逆隣からアーサが口を開く。
「そちらの国には、辛い思いをした人に応えてあげる余裕も無いわけ?」
しばし沈黙が流れる。刺激しすぎたか…?
ややあって、皇帝が周りの兵士を向きながら、何やら別の言語で話し掛けた。恐らくロシア語だろう。
「ふん、まあ良いだろう…空いている奴はいるか?」
一番近くの兵士が答えた。
「はい、夜番明けの兵士が何人かおりますが…ええと…私が覚えているのはポテサロフとボルシチョフですね。まだ城にいると思われます」
「ではポテサロフを呼んで参れ」
あれ…?おこめ父さんは心の中でビックリした。ライス王国製の自動通訳装置は、英語に限らずロシア語でも自動通訳してくれるらしい。恐らくこれもエレクの力が詰まっているのだろう。
少しして、毛むくじゃらのイカツイ男がやって来た。いかにもロシア人男性のような、大柄の男である。
「ポテサロフよ、この客人にポタトリアをご案内して差し上げろ」
「へ、へい…でもどこを案内しやしょうか」
「国が誇る施設や文化があるだろう」
「へい、分かりました…では客人、こちらへ」
心配そうに見守るセリーナとアーサを後に、おこめ父さんは城の外へと向かった。
この後2人は一旦ライスに戻るが、改めて各村の代表ともう一度来て協議を行うのだそうで、おこめ父さんとは4時間後に再びこのクレムリンで落ち合うことになっている。
「ちっ、束の間の休みだってのによ…」
ポテサロフと呼ばれた男はブツブツ言いながらおこめ父さんを先導した。城自体もかなり大きくて広いから、広場に出るにも結構時間がかかる。
「…で、お前は何しに来たんだ?…あぁ、英語じゃないと機械が聞き取ってくれないのか?」
おこめ父さんが何と答えるか迷い黙っていると、ポテサロフは勝手にロシア語から英語に切り替えて、同じ質問を繰り返した。まあそう言う事にしておくか…
「えっと、街を見たり、出来れば皆さんとお話してみたいです」
「そうかよ…皇帝様が、ポタトリアが誇る施設や文化をっておっしゃってたからな…それ以外はまあ適当にってか」
二人が話しながら塀に囲まれた広場を出ると、ポテサロフの知り合いらしき男が二人、近寄ってきた。彼らも兵士だろうか。
「よおポテサロフ、誰だそいつは?」
「いや、皇帝から頼まれちまってよ…ライスから来た奴で、この国を案内してやる所だ。ちょうど良いや、お前らも一緒に来てくれよ」
「えっ、嫌だぜ」
「そう言うなって。俺だって今日の夜からまた仕事なのにこれだぜ?お前らも道連れだ!」
その二人も渋々一緒に来ることになった。ポテサロフがおこめ父さんの方に向き直り、英語で話し掛ける。
「ええと、自己紹介がまだだったな。俺ぁ、ポテサロフってんだ。よろしくな…こいつらは、ピロシキンとボルシチョフだ」
「はい、僕はおこめ…じゃなかった、オオモリ・グラシアスと言います。今日はよろしくでーす」
「おいおい、よく分からねえけど大丈夫か?」
おこめ父さん改めオオモリ・グラシアス、ポテサロフ、ピロシキン、ボルシチョフの4人は、高速輸送機に乗って街なかへと向かった。卵電車駅には数カ所、ビデオカメラらしき機械が備え付けられていた。確か前にセリーナが言っていた、監視カメラ的なやつだろう。
一行が着いたのは、荘厳な雰囲気を賛えた建物であった。水色と白を基調とし、柱や門には金が使われているらしい。
「どうだ、オオモリ。ライス人には驚きか?」
「オオモリ…あぁ、僕のことか。はい、スンゴイでーす‼これ、何の建物ですか?」
「まあ、入ればわからぁさ…」
扉の奥はホールになっており、一角にチケット売場のような場所があった。
ポテサロフが一人で何か店員と話した後、「話はついたぜ、こっちだ」とおこめ父さん達を奥の通路へ招いた。さらに進むと、もう一つ大きくて派手な扉があって、5階ぐらいまで吹き抜けの巨大な空間が姿を現した。床には所狭しと席が並んでおり、前方にはステージが見える。
「これって…劇場?」
「おうよ、ちょうどそろそろ始まる所だぜ…おい、ここ譲ってそっち行ってくれよ…皇帝の大事なお客様だからな!」
ポテサロフは既に座っていた客を強引にどかせると、ステージがよく見える席を横並びで4人分確保した。
やがて、ステージの幕が開いた。最初の登場人物が九人、真ん中の女性が主人公らしい。登場人物はあまりしゃべるでもなく、ひたすら踊っている。
ただ、主人公と思われる女性の踊りは、とても優雅で素敵だった。軽やかな音楽も流れ、とても心地が良い。
(そうかこれは…地上のバレエによく似ているんだ)
おこめ父さんは心の中で思った。横でポテサロフがニヤリと笑う。
「ポタトリアが誇る施設と文化っていやあ、このオイモスキー劇場で上映される『バーレク』だよな。言葉が分からなくても楽しめるやつを選んどいたからよ」
何だかんだ言ってポテサロフは面倒見が良いらしい。おこめ父さんはお礼を言ってしばし劇を鑑賞した。
いつの間にか登場人物は十数人に増えて、音楽も激しくなっていた。次第に照明が暗めになり、ステージ上も踊りをやめてあたふたし始める。
場面が変わったのか…?とおこめ父さんが思っていると、場内は完全に真っ暗になった。
と、次の瞬間、劇場内を強い光が走り抜けた。天井からステージはもちろん、客席にまで光は届き、ガクガクと筋を描きながら一瞬で落ちてきた。併せて巨大な爆音が鳴る。
ドドォーーン‼
「か、雷が落ちたぁーー!」
おこめ父さんは慌ててうずくまった。
ややあって、誰かに背中をトントンされた。恐る恐る顔を上げると、両隣のポテサロフとピロシキンがニヤニヤ笑っている。
「ククク、おまえ最高だぜ…ライスにはこんなの無いか?大丈夫だ、エレクの演出だからよ」
「あ、あぁ…そうですよね、あはは…」
全て演出と分かっても、凄い臨場感と迫力だ。おこめ父さんは思わず身震いした。
場面はさらに変わり、演者は赤と緑の光に包まれながら、途中でフワフワ宙を泳ぎ始めた。
口をあんぐりさせるおこめ父さんを見て、ポテサロフは満足げだ。
「新鮮で良いなぁ、おい…あれは磁場にエレクをぶつけて、あそこだけ重力を弱めてるのさ。だから少しのジャンプで、ああして数メートル飛んで泳げるってこった」
恐らく地上世界で言うところの、月に行ったのと同じようなフワフワ感なのだろう。
最後は重厚なシンフォニーと共に、バーレクは幕を閉じた。
観客は総立ちだ。おこめ父さんも思わず立ち上がり拍手を送った。セリフがほとんど無くても、踊りと音楽、そして演出で十分楽しめた。
割と本気で楽しむおこめ父さんを見て、ポテサロフ達も気を良くしたようで、帰りがけに売店で見かけたキーホルダーをプレゼントしてくれた。
劇場を型どったものだが、握ると突然キーホルダーが光り、小さなエレクの雷が発生した。再び仰天したおこめ父さんを見て、周りは笑い転げた。
「ヒィーハハハ!良いリアクションだぜ…まあ、このくらいにしとくか…じゃあ、次行くぞ!」
一行が次に向かったのは、美術館らしき建物だった。ここでも絵からエレクの映像が浮き出たり、布団の絵に吸い込まれそうになったりと、ひとしきり驚いたのは言うまでもない。
「…さてと、次はどうすっかな…オオモリ、どこか行きたい所はあるのかよ?」
オオモリ父さんはちょっと考えた後に言った。
「それでは…皆さんと酒場に行きたいです!」
隣で一緒に笑っていたボルシチョフが、目を剥いた。
「いや、そりゃまずいだろ!皇帝のお客さんを酒場ってお前…」
「大丈夫でーす。むしろそう言う、庶民の方が集まる場所、興味がありまーす」
おこめ父さんはさっき劇場から美術館に行く途中で、酒を出している店を見かけていた。そう言う場所なら民衆の噂話が聞けたり、この三人も気を許してくれるかもしれない。
「いや、でもよ…大丈夫か、ポテサロフ?」
「うーん、そうだよな…」
ポテサロフも迷っている。もう一押しする必要があるな…
「あの、僕がおごりますから!」
「えっ、お前金持ってんのか?」
「はい、これですけど…」
「おいおい金貨じゃねえか!確かに何十杯も飲めるけどよ…どうするよ、ポテサロフ⁉でもこの後こいつを皇帝に返すんだろ?」
ピロシキンが金貨を触りながら言った。どうやら結構な値打ちがあるようだ。
「お願いですよ!みなさんの分を払いまーす」
おこめ父さんのトドメの一言に、三人の顔が緩んだ。
「まあ、じゃあ…仕方ねえな、これも社会勉強だ!一杯だけ行くか」
一行はロシア語の看板が掛かった居酒屋に着いた。
中では見るからに荒くれそうな者たちが酒をあおり、ガヤガヤ大声が飛び交っている。
四人は奥の空いたテーブルに陣取った。
「おーい、取りあえずショット四つだ!早く持って来い!」
ピロシキンが叫んだ。酒場の主人がすぐに小さなグラスを運んでくる。グラスにはトロっとした透明の液体が入っていた。
「うし、じゃあまず乾杯と行くか…オオモリと祖国に!」
『オオモリと祖国に‼』
グラスを掲げると、おこめ父さん以外の3人はクイッと一気に中身を飲み干した。おこめ父さんも取りあえず3人にならい、グラスを口に付けて傾ける。
(あれ…そういやロシアのお酒ってかなり強かったんじゃ…)
次の瞬間、おこめ父さんの喉が焼けるように熱くなった。
「ぐはっッッ…ち」
ガターン!と派手な音を立てて、おこめ父さんはイスから転げ落ちた。
周りの景色がいきなり回転し始めた…いや、違う。凶悪なアルコールの強さで、頭の中がグルグルしているのだ。
意識が薄れそうになる中で、ポテサロフ達の笑い声が遠く聞こえる。
「ハハハハ…おいおい、自分で酒場に行きたいって言うから、連れてきたのによ…ライスのお坊っちゃんには、刺激が強すぎたか?」




