5 エレビー
おこめ父さん達が試合会場に着くと、既に相手チームの選手達が準備運動を行っていた。観客も数十人程度いるようだ。何とキネウス村長や、ヅケマグロ・エドマエの祖父であるコハダ・エドマエ老人も応援に来ていた。
「さーて、やるかぁ」
ノリスケがどこからか楕円形のボールを持ってきた。朝穂も見たことのある形だ。
「あれってラグビーボール?…って事はエレビーって…」
「ええ、私も最近になって調べたんだけど、地上のラグビーに似ているらしいわね。エレクの力も使うから『エレビー』なのよ」
隣からアーサが教えてくれた。おこめ父さんは高校の頃ラグビー部に所属していた。それならば、基本の動きは元々出来るのかもしれない。
おこめ父さんはと言えば、黒っぽいタイトな服を全身に着込んでいる最中だった。ちょうど海に潜る時のダイビングスーツのようだが、頭にはヘルメットを付け、手にはピタッとした革の手袋をはめている。シューズも何やら特殊な様子だ。
「あれはね、会場からの特殊なエレクを感じ取ったり、逆に身体からの微量なエレクを放出しやすくするためのものなの。プレーに影響するってわけ」
朝穂がまだよくわからない顔をしていると、アーサが覗き込んできた。
「まだよくわからないって顔してるわね…たぶんエレクの効果は実際に試合を観るほうが早いと思うわ。ルール自体は地上で言う、アメフトとラグビーを足したようなものらしいのよ…ボールは手でパスするけど、ラグビーと違って前にパスしても良いの。この辺りはアメフトに近いかしら。でもキックはダメね。パスを繋いだり、ボールを持って走って、相手側のラインを越えて地面に置いたらゴールで、得点が入るの」
話しているうちに準備が整ったようだ。各チーム七人、合計14名がグラウンドの中心に集まる。朝穂たちの近くにいる観衆から、どよめきが上がった。
「おいおい…相手のグレートブレッドの6番、もしかしてティースプンじゃねえか?」
「えっ、グレートブレッドっていやあ、そもそもエウロパン連合の中でも強豪国だろ?しかもあのスコーンランド地方の英雄、クロテッド・ティースプンがいるのかよ⁉ライス王国、ボロ負けするんじゃねえか…」
どうやら相手にはスター選手がいるらしい。とりあえずアーサと朝穂はライス王国チームに声援を送った。
「お父さん、頑張れー!」
「ライス王国、ファイトー!」
一方、おこめ父さんは適度な緊張感で試合開始を迎えていた。
練習はこの一か月行ってきたし、家や通勤途中の電車でもスクワットしたりと人知れず鍛えて来たつもりだ。それでもやっぱり試合となると落ち着かない。
だがグラウンド内での足取りはとても軽かった。それは今履いているエレクシューズのおかげでもある。エレクの力が凄い推進力を生み出すそうで、いつもの一歩で2歩ぐらい進める。
おまけに着込んでいるエレクスーツが、体の衝撃や疲労を緩和し、同時に心肺機能や身体能力も高めてくれるらしい。40歳過ぎのおじさんでも、地上のプロ選手並みに動けると言うわけだ。
どうやらエレクゲートを通れた者は、地上の人間でも身体に微量のエレクが自然と備わっているらしい。いきなりエレクトロになれるわけでは無いが、スーツやシューズは何とか使いこなせるのだ。
グラウンドはサッカーやラグビーのコートがやや小さくなったぐらいの広さで、自陣の前方に3人、後方に4人がそれぞれ横に並ぶ。
前方はフォワード、後方はバックスと呼ばれるのだが、おこめ父さんはバックスの右端、ポジション名で言えば右ウイングに位置した。横には近い順から右スタンドのノリスケ、左スタンドのナット、左ウイングのレタスが並ぶ。前方は右側から、右タンクのサケマロ、ポーラーのビーフン、左タンクのボリンといった布陣だ。
相手チームの英雄、クロテッド・ティースプンは左スタンドに位置した。バックスの中のスタンド2名は後方の中心で、左右ウイングへの展開や前方へのロングパス、あるいは自分でボールを運んだりと攻めの要となる。つまりティースプンはチームの司令塔なのだ。
前半はグレートブレッドからの試合開始と決まった。ティースプンがボールをシュルシュルと回転させながら真上に飛ばす。このボールが落ちてきてキャッチした時が、スタートの瞬間となるのだ。
「うおおおぉーっ!」
まずはライスのフォワードが横一列を保ったまま、前方へ突進して行く。相手プレイヤーの前進やパスを止めるためだ。
しかし当然ながら、相対するグレートブレッドのフォワード陣がそれを許さない。こちらの右タンクには相手の左タンクと言ったふうに、まずは対面でのぶつかり合いは必至である。
細身のビーフンが、相手ポーラーの防御をスルリとかわした。そのままボールを持つティースプンへ突撃していくが、ビーフンの手が届こうとする直前、ボールは隣の選手へパスされ、かわされてしまった。
ティースプンはそのまま前方へ出ると、もう一度ボールを戻してもらい、グラウンドの中心を悠然と駆けていく。左右のボリンとサケマロが追いつこうとするが、ティースプンは一瞬立ち止まったかと思うと大きく横にそれた。2人が釣られて動きを留めた隙に、ティースプンは華麗なステップを踏んで彼らを置き去りにしてしまった。
フォワードが抜かれるのは多少は折り込み済みで、ここからはバックスの出番である。どちらかと言うとバックスは、足の速い選手を置くのがセオリーだ。守備ではゴールされるまでに追いつきやすいし、攻撃の際はフォワード同士ぶつからせている隙を縫って前方に飛び出せるからだ。
ティースプンが走りながら叫んだ。「tea time!」
味方も呼応して「tea time!」と叫ぶ。何かの作戦の合図だろう。
右スタンドのノリスケがスピードを緩めて様子を伺う。エレビーでは基本的に、各自が向かいの相手選手を気にしていないと、フリーになった選手が前方でパスを受け取りゴールできてしまう。相手の左ウイングはこちらの右ウイングがマークして、相手の左スタンドはこちらの右スタンドがマークして…と言った具合だ。
ティースプンの後ろに味方が二人、縦に並んだ。ティースプンはそのままノリスケに激突しそうな勢いで向かって来たが、突如ステップを踏んで左右に揺れ始めた。
続けてティースプンは、斜め前に大きくジャンプした。だがノリスケはうまく反応し、追いつきながらタッチを試みる。
実はエレクグローブで相手に触れると、会場内の特殊な装置の力と連動し、触れた相手がボールを持っている場合に限り、ボールに電流のようなエレクが走る仕組みとなっている。うまくボールを持った相手にタッチできればエレクで身体を痺れさせ、ボールを奪う事が出来るのだ。
だがノリスケの手がティースプンに届こうとした瞬間、ボールは彼の手元から離れていた。ティースプンが自分の後ろに投げたのだ。
後ろに控えていた相手選手がボールをキャッチしながら、体のバランスが崩れたノリスケの横を走り去った。
守りの真ん中に穴が空いてしまった格好だ。急いでナットが追いかける。おこめ父さんも外側から回り込んで戻り、ナットと挟み撃ちにしようとした。
だが2人が相手を囲もうとした瞬間、彼は大きく横にロングパスを放った。ティースプンの後ろのさらに後ろに控えていた選手が、いつの間にかコートの端に移動している。完全なノーマークだ。
彼は颯爽とボールをキャッチすると、そのまま誰もいないライスチーム側のゴールまで走りきった。
「グレートブレッド、ゴーーール‼」
あっという間にグレートブレッドの得点となってしまった。非常に鮮やかなプレーに、ライス側の観衆も感心するしか無い。
「おいおい、こりゃ圧倒的じゃねえか…?」
「あぁ、やっぱりライスのボロ負けだろうな…」
おこめ父さんは悔しさで唇の端を噛んでいた。
まんまとtea time作戦にハマった格好だ…何か仕掛けてくるのは分かったのに、対応できなかった。
思えばティースプンの後ろに選手が2人、縦に並んでいた。そこから次々現れてボールを受け取る様は、まるで英国のアフタヌーンティーに併せどんどん出てくるカップケーキの如しである。
ボールとティースプンの動きに気を取られ、自分が見ておくべき三人目のマークを外してしまった…
「クソオオオーッ!」
おこめ父さんが悔しさのあまり地面を叩くと、ナットやノリスケが集まって来た。
「すいません、元は俺が抜かれたのが悪いんです。でも取り返しましょう!」
「そ…そうだよね!」
「うぃー、その通りだ。まだ一点取られただけだぜ!次はこっちの番だ、ヒック」
サケマロがボールを拾ってノリスケに渡した。そうだ、取り返せば同点に戻るのだ。勝負はここからだ。
今度はノリスケがボールを上空に投げ、試合が再開された。
サケマロとボリンは意外と素早い動きで、相手のタンクをゴリゴリ両端へ押しやった。空いたすき間をバックス陣が駆け抜けていく。相手のポーラーはビーフンが抑えてくれていた。ノリスケの真正面にはティースプン。先程と攻守交代で向かい合う形である。ライスチームのバックス陣に緊張が走った。
ノリスケは片手でボールを掴むと、軽く左へパスを投げた。スピードに乗ったナットがキャッチ…するかと思いきや、ナットはそのままボールを手ではたき、さらに左へと送る。
左端に控えていたレタスが、斜め前に走りながらボールを受け取り、敵と敵の間をすり抜けて行く。相手もこんなに速くパスが繋がると思っていなかったようで、伸ばした手はあと数十センチ届かない。
だがティースプンがいち早く反応し、後ろに戻ろうとしていた。英雄は守備も一流のようだが、こちらも先ほどの借りを返したい所だ。押っ付け前線に戻って来たノリスケにボールを渡すと、レタスはそのままティースプンの走るコースを邪魔した。
「Hey,get out!!」
ティースプンがレタスを押しのけるわずかな時間のうちに、ノリスケは呼吸を整え、そして前方に大きなロングパスを投げた。
「おおっ、まさか…!」
観衆がどよめいた。パスの先には、ポーラーのビーフンがダッシュで追いつこうとしていた。相手ポーラーを振り切り、ボールをキャッチしてそのまま駆け抜ける。
しかしボールを抱える分、わずかにスピードが落ちた。相手が後ろから追いついてくる。ビーフンは一度だけ振り返るとしっかり脇にボールを抱えて前を見つめ、猛然と前方へ向かってジャンプした。
相手のグローブが足先に触れたか触れないか、いずれにしても長身のビーフンが飛んで倒れ込んだ場所はゴールラインの奥であった。そしてボールは手からこぼれていない。
「ゴォォォーール!」
どよめきが歓声に変わる。
「やったぜー!同点だ」
「ライスもやるじゃねえか‼」
見事な連係とパスワークで、ライスチームが勝負を振り出しに戻した。
「Bullshit!」グレートブレッドの選手が思わず叫ぶ。
「ガハハハ、相手も悔しがってやがるぜ!行けるぞ‼」ボリンが味方を元気づける。
再びグレートブレッドボールから試合は再開した。
今度はティースプンがボールを大きく横へ投げる。味方選手を一人飛ばして、右ウイングまで一気にパスが繋がった。
「おおっ、すげぇ飛ばしだ…しかも正確だぜ」
観衆が思わずザワザワした。朝穂もアーサも固唾を呑んでライスチームを見やる。
相対するレタスは一瞬スキを突かれてしまったが、体勢を整えて激走で追いかける。瞬く間に後方から追いつくと、ちょうど前方にボールを投げようとしていた敵の背中にタッチした。
「Ouch…!」
相手選手が硬直し、ボールは手から離れて地面に落ちた。
「あの距離を追いついてタッチするだと…ライスの4番、やるじゃねえか!」
「バカ野郎、あいつを誰だと思ってる?我がヤキメシ村のホープ、レタス・アンカケだぜ⁉ライス一の俊足さ!」
観衆が好き勝手騒ぐ傍ら、レタスがすかさずボールを拾おうとするが、楕円形のボールはあらぬ方向へバウンドしてしまった。タッチの差で相手の右タンクがボールを拾い、後方のティースプンに返すと、ティースプンは大きく斜め前にボールを投げた。非常にきれいな軌道の先には、相手の左ウイングが走り込んでいる。その先は無人のゴールである。
「でらっっち!」
おこめ父さんはとっさにジャンプした。実は高校時代のラグビーの試合でも、ごくまれにだがパスカットした事がある。ロングパスは脅威だが、滞空時間が長い分、ちょうど近くにいればパスカットも可能だ。しかし当然ティースプンも分かっていて、届くような高さではない。
「トーサン、行きますよ!」
その時、おこめ父さんの下に潜り込んだノリスケが、おこめ父さんの足の裏をグググッと手で押し上げた。エレクで強化されているにしてもかなりの力で、おこめ父さんは自分の限界よりも50センチ近く上に飛んだ。
「Incredible!!」
相手が驚きで叫ぶ中、おこめ父さんの右手の先がわずかにボールに触れた。ボールはグラウンドの横ラインの外に転がっていく。
「よっしゃあ!ナイスカット!」
相手ボールでのスタートとなるが、それでもロングパスが通っていれば点を取られていただけに、流れを止めたのは大きい。
実際、おこめ父さんのプレーをきっかけにライスチームは生き生きし始めた。しかし、そもそもチームのレベルが高いグレートブレッドも負けてはいない。しばらく同点のまま試合は進み、さらにお互いに1点ずつ取った所で前半が終了した。
「いやぁ、すげえなあいつら…」
「あぁ、こりゃもしかするともしかするぜ」
休憩中でも観客の興奮は収まらない。
後半はライスチームのボールで始まった。最初は断然不利と見られたライスチームは善戦を続けた。相手のミスにも助けられながら得点を挙げ、何と4対3の1点リードで残り10分を迎えたのである。
「あいつらすげえな、グレートブレッド相手に互角以上に戦ってるよ…向こうにはティースプンがいるんだぜ?」
「ああ、しかもチームとしては一ヶ月ぐらいしか練習してねえんだろ?…頑張れ、行けるぞライスチーム!」
「ファイトー、ライス!」
観客の応援にも熱がこもる。さすがに選手達は疲れの色が見えているが、ここが踏ん張りどころだ。追加点を奪えれば勝利がぐっと近づく。
ノリスケからパスをもらったサケマロは、相手のタンクがタッチする前にくるりと後ろを向いた。痺れでサケマロの手から離れたボールを、おこめ父さんが地面スレスレでつかむ。巨体を隠れ蓑に、いきなり飛び出たおこめ父さんは慌てた敵を尻目に走り抜けた。
向かいの相手ウイングが接近する前に、おこめ父さんはノリスケを抜かしてナットまでパスを飛ばし、敵に的を絞らせない。
そのままおこめ父さんは前線へ駆け上がった。ロールからのパスを受けてゴールまで走り切るためである。まさに練習どおりの形、勝利を決める大チャンスだ。ナットのパスは相手スタンドの守備を避け、きれいな弧を描いて飛んでいく。おこめ父さんは走りながら後ろを振り返り、キャッチ態勢に入った。
しかしボールを受けた刹那、おこめ父さんの身体に痺れが走った。
「がはあっっ…⁉」
電流が駆け抜けたように手足が止まり、ボールが宙に浮く。そばから相手の左ウイングが難なくキャッチすると、猛然とライスチームのゴールへと走り出した。
「まずいぞ、戻れ‼」
ティースプンの陰に埋もれていたが、相手の左ウイングもグレートブレッドでは良く知られた名選手である。彼はわずかな動きでナットへのパスにいち早く気づき、早めに後ろへ方向転換して、おこめ父さんの背中側から追ってきていたのだ。
ティースプンもこの流れを予想していたかのように、攻撃に合流すると軽やかにパスを繋ぎ、一気にボールを前方へと進めた。何とかレタスが追いつこうとしたが、彼の俊足を警戒してか相手はレタスから遠い方へとパスを展開し、そのままアッサリとゴールを決めたのである。
「ゴオォーール‼4対4でグレートブレッドが同点に追いついた!」
おこめ父さんはガックリとうなだれた。大事な所で自分がボールを取られ、得点を許してしまった。疲れも出ている今、タイミングとしては最悪だ。
落ち込むおこめ父さんを救ったのは、味方の言葉だった。
「ドンマイだぜ、トーサン・オコメ!」
「そうっすよ、まだ同点じゃないすか!すぐ反撃しましょう」
そうだ、泣き言を言ってる暇が有ったら取り返すのだ…おこめ父さんは割と早く立ち直った。
ノリスケがすぐに試合を再開した。だが不運にも、焦りか疲れが出たのか、前方へのパスが少しだけそれて、相手ポーラーにカットされてしまった。
ボールをもらったティースプンは、味方が前線に上がるのに合わせ、体を大きく仰け反らせた。
マズい、ロングパスが来る…攻撃する気満々だったため、ライスチームは慌てて守備に戻るのが精一杯だ。
パスが放たれた。相手の右スタンドはナットとレタスの間を走り抜けながら、ボールのキャッチ態勢に入った。
ナットとレタスがギリギリ追いつけるか…と思った瞬間、あろう事かボールの軌道が変わり、大きく横へカーブした。
「…え?」
ボールの先には相手ウイング以外、誰もいなかった。彼の独壇場だ。ライスチームは相手の独走を見守るしかなかった。
「ゴォォーーール‼グレートブレッド、5対4で逆転!」
見ていた観客が口々に騒ぎ始めた。
「なんだあのカーブパス…やっぱりティースプンは別格だぜ」
「確か超一流の選手だと、自分の身体から出てるエレクで、ボールに少し変化を付けられるんだよな…毎回できるわけじゃねえらしいけどな」
「えっ、でもそんなの決められたら、カットなんて出来ねえよ…!さすが英雄、ティースプンだな…」
「あぁ…ちょっとでも夢見させてもらったよ。ライスお疲れ!惜しかったな!」
隣で憤慨したのは、朝穂とアーサである。
「ちょっと、まだ試合は終わってないじゃない!」
「そうよ、こんな時こそ応援しなきゃ!ライス、頑張れーー!」
グラウンドではナットとレタス、そしてノリスケが崩れ落ちた。
「クソオオォ!」
しかしこの重い雰囲気を、今度はおこめ父さんが救った。先程の恩返しである。
「ラッキーだぜ、やっほーーい‼」
「えっ、ラッキー?トーサンどうした⁉イカれたか?」
「むしろラッキーですよ、短い時間でゴールされた分、まだ残り時間は有ります!諦めたらそこで…何だっけ…あのあれだ、色々終わっちゃいますよ!絶対まだ行けます」
「…そうだな、トーサンの言う通りだ!どうせこのままじゃ負けるんだ…もう一踏ん張りするぞ、うぃー‼」
おこめ父さんの独特な励ましで、チームは息を吹き返した。
が、既に残り時間は5分を切っている。朝穂とアーサは力の限り声援を送った。
「ライスー、ファイ!」「オー‼」「ファイ!」「オー‼」「ファイ!」「オー‼」
ナットが反撃ののろしを上げた。彼は堅実な動きでレタスとパスを繋ぎ、様子を伺いながら前方のビーフンに向かって投げた。
しかし相手がこれを読んでいて、大きくジャンプしながらボールに触れる。
ヤバい、カットされた…
が、キャッチまではできず、ボールは横ラインを割った。辛うじてライスチームのボールで再開となる。
と、ラインそばにいたレタスがボールをグラウンド内に素早く投げ入れ、自分でボールを受け取った。
「あっ、クイックスタートだ!」
普通は攻撃態勢を整えて味方へのパスで再開させるのだが、今は1秒でも時間が惜しい。レタスの想いに気付いていたのか、ボリンが相手プレイヤーを軒並み押し飛ばして、レタスの走る道を作った。
相手ウイングが追いつく直前で、レタスから後方のボリンへとパスが渡った。だが、やはり立ちはだかるのはティースプンである。彼はドンドン後ろから追いつくと、ボリンの右肩をぐいとつかんだ。
「ガハッハハ…!」
ボリンが硬直し、手からボールがこぼれる。それでも力を振り絞り、ボリンは自身の体をティースプンにもたれかけさせた。
「Oh…What's it !?」
二人は重なって地面に倒れた。
レタスと、彼を追っていた相手ウイングが揉みくちゃになりながらボールを追う。ほとんど同時にボールと相手にタッチした彼らはお互いに痺れ、倒れた。
その弾みで跳ね上がった楕円球に、2つの影が飛び込んできた。何とナットとおこめ父さんである。反対から近づいてきた敵にナットが体当たりしながら、ボールをフワッと宙に投げた。
「頼みました、トーサン!」
ナットが、レタスが、ボリンが繋いでくれたボールを抱え、おこめ父さんは必死で駆け抜けた。息も絶え絶えな中、遂に相手ゴールラインが視界に入ってくる。
疲れで足元がふらついた矢先、両隣から誰かが手を差し伸べてきた。敵ではなく、サケマロとビーフンである。おこめ父さんは二人に支えられながらゴールへと突き進む。だがゴールライン上にはブレッドの選手が三人回り込んでいた。
「うぃー、行くぜい!」
サケマロとビーフンが肩を組みながら、ひと足先に相手にぶつかっていった。しかし相手も簡単には吹き飛ばされない。おこめ父さんの行く先に人の壁が出来てしまった。だが横に避けている余裕も無い。
(よし…ここしか無い!)
サケマロとビーフンが敵選手と取っ組み合っている正にその中心を目掛け、おこめ父さんは突進した。密着する選手達の中をもみくちゃになりながら、地面スレスレをくぐり抜けていく。
「えっ、ボールはどこだ?トーサンは?」
選手達のぶつかり合いが激しすぎて、煙が立ち登った。動きはやがて収まったようだ。
審判が笛を吹いて試合を止める。煙が晴れると、5、6人がもつれて倒れていた。
審判がボールの行方を探していると、ゴールラインをわずかに越えた先で、お米頭の選手がボールを抱きしめたまま転がっていた。
「ゴ…ゴ…ゴォォール!」
大歓声が起きた。
「なにィ…⁉タッチされずに突破したのかよ⁉」
観客も審判も、グレートブレッドの選手も訳が分からないといった顔だ。
「Damn it !」
ただ一人、ティースプンが悔しさに顔を歪めている。
「そうか…分かったわ」
アーサが立ち上がった。隣の朝穂はよく分からず尋ねる。
「えっ、何でゴールできたの?」
「エレクグローブで触るとボールを持った人が痺れるけれど、肩や足がぶつかっただけじゃ痺れないのよ。あえて人が戦ってる中を潜ったから、敵の手が届かなかったんだわ」
まさにアーサの言う通り、サケマロとビーフンと掴み合い、取っ組み合っていたせいで、相手はおこめ父さんの方に手を伸ばせなかったのである。しかも彼らの身体が邪魔して、他のプレイヤーもタッチ出来ず見ているしか無かった。
ラグビーではモールと言って、味方数人が一体でデカい塊を作り、ボールを持つ選手を隠して敵陣を攻める戦法がある。
主力となるのはフォワード陣だが、おこめ父さんは高校時代の部活で何度もそのプレーを間近で見ていたし、何なら数回はモールに加わった事があった。その経験が活きた訳である。
「5対5!同点になったぁ!」
「さっき終わったって言ってゴメンよ!頑張れライス、行けるぞー!」
観客に熱気が戻って来る。朝穂が時計を見ると、残り時間は2分を切ろうとしていた。次が最後のチャンスになるだろう。
(よし…ここだ)
おこめ父さんは全身を疲労でガクガクさせながらも、力の限り叫んだ。
「ハッッッツ!」
ライスチームは一瞬びっくりしたが、すぐに掛け声を合わせる。
『…!ハッツ!』
「ヨッツ!」『ヨッツ‼』
「ミッツ!」『ミッツ‼』
「厶ッツ!」『厶ッツ‼』
「あいつら、何叫んでるんだ…?守りで何か作戦があるのか?」
観客にどよめきが走る。相手チームも動揺しているようだ。
「crazy…Go ahead !」
ティースプンがボールを宙に投げた。
再開と同時に、ライスのフォワードが「ハッツ!ヨッツ!」と叫びながら相手へと突っ込んでいく。
相手も脅威に感じたのか、一旦様子を見るように後ろのバックス陣でボールを回し始めた。
先ほどボリンと一緒に倒れ、さすがに疲れも出てきたのか、ティースプンが味方へややゆっくりなパスを放った。しかし正確でコースも良く、カットは出来そうにない。
だがおこめ父さんは、わずかに生まれた敵の緩みを見逃さなかった。
ヘロヘロだが「ハッツ!ヨッツ!」と叫んで自分を励ましながら、ボールを追いかけるふりをして、急に相手ウイングへと舵を切った。ボールキャッチに集中していた相手は避けることもできず、パスを出す間もないタイミングでおこめ父さんのタッチが決まった。
「unbilievable…」
痺れた相手からボールがこぼれる。迫りくるティースプンよりも一瞬早くボールを手にしたおこめ父さんは、敵を引きつけてから後方のノリスケにパスを送った。
先ほどあまり攻撃に参加しなかったノリスケは、元気を回復させていた。
彼は「ハッツ!ヨッツ!」と叫びながら呼吸を整え大きく振りかぶった。正確で鋭いパスが、中央前方を走るビーフンに向かって放たれる。
だが惜しむらくは、ボールの軌道が若干低かった。相手のポーラーがニヤリと笑い、走るのをやめてパスコースへと手を伸ばした。
「やべえ、カットだ!」
観客が慌てる中、ボールが相手の手に掛かった…と思いきや、ボールは急に下から扇風機が吹いたかのように、フワリと浮いた。
青ざめながら空を仰ぐ敵の頭上を、ボールが通り過ぎていく。
「…What's up ⁉」
ノリスケが倒れながらニヤリと笑った。
しかし残り時間はわずか10秒だ。
ボールをキャッチしてゴールへ突き進むビーフンに、最後まで立ちはだかるのはやはりティースプンだった。
グレートブレッドの英雄がドンドン追いついてきた。彼も疲れが出ているものの、さすが一流選手である。
ティースプンがビーフンに残り1メートルまで迫る。観客席のアーサが思わず立ち上がって叫んだ。
「ビーフン、ファイトーー‼」
ティースプンの手が届こうとしたその瞬間、ビーフンの走りに力がみなぎった。数センチが数十センチ、1メートルと距離が広がる。
英雄を振り切り、ライスの誇るポーラーが相手ゴールへ飛び込むのと、試合終了の笛が鳴るのはほぼ同時だった。審判が駆け寄った先でビーフンの右手はボールを掴んだまま、ゴールラインの10センチ奥に叩きつけられていた。
「ゴ…ゴール!ゴオォーール!!」
観客が総立ちになった。
「おい…入ったのか?」
「そうらしいな…って事は…」
「6対5で試合終了‼…勝者、ライスチーム‼」
「かっけぇーー!やったぜ、ライス!」
「あぁ、俺達は最初から信じてたぞー‼」
日和見な観客達は総立ちで、ライスチームを褒めちぎった。相手席の応援団も悔しそうな顔をしながらも、拍手を送る。やがてライスチーム応援団も、「グレートブレッドもすごかった!ギリギリだったぜ」「ああ、いい試合だったよ‼」と相手を称え始めた。
試合が終わればno side、敵側も味方側も無いのがエレビーなのだ。
良かった、終わった…
おこめ父さんは嬉しさよりもどこかホッとした気持ちでグラウンドに倒れ込んだ。チームに少しは貢献できたかなという想いが、彼を充実感で満たしていた。




