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4 伝説の勇者、そして追跡

 「7人の勇者…本当だ、ちょうど揃ってるじゃねえか!カハハハ」

 ボリンが高笑いする側で、おこめ父さんはまだ言葉の意味を呑み込めずにいた。

 「あの…勇者って」

 恐る恐る尋ねると、ビーフンが軽くうなずいた。

 「トーサンはご存知ないですよね…この国に伝わる伝説です。七人の勇者が揃うとき、神が願いを聞いてくれるんです。だいたい合ってますか、ナットさん?」

 「正確に言うとですね」

 ナットが横でメガネをずり上げると、皆に語り始めた。

 「ライス王国に古くから伝わる伝説の書があって、その一節に記されてるんです。言い伝えはこうです…」


「世界に混乱が訪れるときは、七人の勇気ある者達で手もとを奮い立たせ、そして捧げよ。さすれば我(われ)が願いを聞いて進ぜよう」


 スラスラとそらんじるナットに、おこめ父さんは感心しながら尋ねた。

 「ナットさん、すごいですね…僕、古い伝説ってとても興味があって…でも何だか僕、その言葉を聞いたことがあるような…⁉」

 「もしかしたらですけど、それは伝説の箸の石像じゃないですかね」

 ビーフンの言葉に、おこめ父さんはハッとした。

 「あっ!…そうだったかも…」

 最初に地下世界に来て崖から落ちたあと、おこめ父さんがフラフラ歩きながら街を目指そうとした時、茶わんにお箸の乗った石像の前でビーフンたち家臣5人組に出会った。

 そこで王子と間違われたり、アーサに助けてもらったりしたのだが、記憶を思い起こすと茶碗の部分に、正に今聞いた七人の勇者のくだりが書いてあった気がする。あの時は見たか見てないかでバタバタしていたから、今の今まで思い出せなかった。

 「あの石像は『伝説の箸』って言って、まあ伝説の一部が茶碗型の台座に書いてあるからそう呼んでるんですけどね…昔から、エレクの上級者なら箸の先を持ち上げられるってんで、力試しに使われてます」

 聞いているうちに、おこめ父さんも段々記憶が蘇ってきた。そう言えばあの時もインディに、ライスボール王子なら箸を片方持ち上げられるはずだと言われ試したのだった。結果は散々だったが…

 「あそこで初めてビーフン君たちと出会ったんですよね…そう言えばあの時、何してたんですか?」

 「昔からの引継で1週間に1回ぐらい、石像を水で清めてるんですよ。ちょうどあの日だったんです」

 「そっか、たまたまだったんですね…」

 最初に会ったのがイモモチの手下じゃなくて良かったと、おこめ父さんは今更ながらホッとした。

 「ちなみに、伝説に書かれてた『我(われ)が』ってのは神様のことですか?」

 今度はボリンが頷きながら立ち上がった。

 「そうだよ、伝説自体はもうちょい長いんだが、さっきのは神が民に語りかける場面なんだ。ほら、だからこうして七人揃って神に願い聞いてもらうために、手元をこうして震わせてだな…ハッツ!ヨッツ!」

 またしても修行を始めようとするボリンに、皆笑いながらしばし付き合った。


 「こんにちは、楽しそうね」

 アイビードームの外から声がした。現れたのは先程から話題に出ていたライス王国の王女、アーサ・コメスである。

 ビーフンが顔を赤くして一瞬目をそらしたのを、おこめ父さんは見逃さなかった。

 「トーサンがここに来てるって聞いたの。で、あなたも修行してたの?」

 アーサがおこめ父さんの服装に目をやる。こんなに運動するつもりは無かったので、スーツはかなりヨレヨレになっていた。

 「あ、はい…なんか流れで」

 「そうなんすよ、トーサンの考えた掛け声が凄いんっすよ!気合が入るっていうか」

 レタスがおこめ父さんを褒めちぎった。そこまで言われると恥ずかしいな…

 「へえー…まあトーサンが修行に加わるのは全然良いんだけど、家を空けてて大丈夫なの?」

 「ええ、一応家族には言ってきました」

 アーサはちょっとすまなそうな顔になった。

 「大丈夫?無理して来てない?」

 「そんな…僕も来たくて来てるんです。そうだ、さっき聞いたんだけど伝説の書にあるらしいじゃないですか、7人の勇者が集まれば…ってやつ。もしかして僕もその一人かも…ってそんな訳あるかい‼」

 無の時間が流れる。久々のノリツッコミは完全な不発に終わったようだ。ややあってアーサが短く口を開く。

 「…さすがね」

 アーサは以前からおこめ父さんの職業を、売れないコメディアンと勘違いしている節がある。確かにこの感じでは、そう思われても仕方ないのだが。

 「いやいや…伝説の書を読んでないんで、ちょっとうまく伝わらなかったかなー、あはは」

 「伝説の書、読んでみたいなって顔してるわね」

 「!…あ、はい、確かに読んでみたいです」

 「良いわよ、読んで。確か書物庫にあるわ。修行は終わったの?」

  一人だけおこめ父さんのノリツッコミに受けてバカ笑いするボリンを支えながら、サケマロが終了の号令をかけた。

 「うぃーそうだな、これで今日はお開きにしよう!みんな、お疲れい、ヒック!トーサン・オコメ、良かったらまた来てくれよ!歓迎だぜ…ていうかよ、今度はこの七人で試合やらねえか?ちょうど七人だしよ」

 終わりかと思いきや、何か別の話が始まったようだ。レタスが即座にうなずく。

 「それ、良いですね!確かグレートブレッドが対戦相手探してるって、向こうの知り合いが言ってましたよ」

 「ガハハハ、良いじゃねえか。修行にもなるしな。トーサン、やっぱり絶対ちょくちょく来てくれよ!そんで試合の練習だ‼」

 「あの…さっきから全然話について行けて無いんですが、何の試合でしょうか…スポーツですか?」

 「そりゃそうさ、スポーツだよ」

 「何のスポーツですか?」

 ボリンはキョトンとしながら答えた。

 「七人と言ったら、エレビーしか無かろうさ」

 また知らない言葉だ…サケマロもボリンも、人は良さそうだが、こちらが知っている体で話されるので困る。

 「エレビーは地上に無いと思いますよ?」

 ビーフンが助け舟を出してくれた。

 ところがサケマロは意に介した様子もなく、「よし、じゃあ次来たらそっちも練習だ!内容は来てのお楽しみだぜ、うぃー」などと叫んでいる。

 アーサも首を振りながら、「ごめんね、ボールみたいなのは使うんだけど、私も詳しくなくて…何て説明していいか分からないわ」と答えた。

 ビーフンも諦め顔でおこめ父さんを見ている。

 「トーサンなら大丈夫だと思います…でも、次はもっと動きやすい格好の方が良いですよ」

 「あ、うん…」

 何となくもやっとしたまま、おこめ父さんはアーサと、アイビードームを後にしたのだった。


 ライス王宮に戻ったおこめ父さんは、書物庫で伝説の書を読み始めた。

 おこめ父さんは古い言い伝えや昔の伝承を調べるのが好きで、図書館でも歴史の本をよく借りて読んでいた。

 書かれた内容は想像や空想がほとんどかもしれないが、例えば洪水のよく起きていた地域では、いつも怒っている川の神の伝説が伝わるなど、史実や民の暮らしに根付いたものが多い。伝説が生まれるには何かしらのベースがあり、その繋がりを知るのが楽しいのだ。

 その書物はいかにも古めかしそうだが、文章の意味は捉えることができそうだった。

 おこめ父さんはドキドキしながらページをめくった。書物はライス王国の簡単な紹介から始まり、やがて伝説の中身に移っていく。それは一つの詩のように記されていた。


 光が地を照らし続ける夜、神が降り立もうた

 神は聖なる獣を従えながら、人々に語りかけた

 「我に付いてくる者には、さらなる文明を約束しよう」

 神の御声が聴こえた者は、その導きを説いて周った

 信じる者も、あるいは信じない者もいた

 だが勇気ある者達は、地上を離れ神に付き従ったのだ


 神は私達を輝く道へ運んだ

 道の先は完全なる闇であった

 しかしすぐに聖なる息吹が天を覆い、気づけばそこは明るさに満ちていた


 神は語りかけた

 「感謝を忘れ得ぬように。信ぜざる者とも途切れ得ぬように。さすれば、そなたたちの繁栄は約束されよう」

 神はこうも語りかけた

 「世界に混乱が訪れるときは、七人の勇気ある者達で手もとを奮い立たせ、そして捧げよ。さすれば我(われ)が願いを聞いて進ぜよう」


 こうして地下世界は、光と文明と繁栄とに包まれた


 私達は感謝を忘れ得ぬよう、日ごと祈りを捧げ、供え続けよう。


 私達は信ぜざる者を学び、通じ続けよう。


 私達はいつも神を側に感じ、神の教えを守り、これからも神とともに在り続けよう。


 「ふうん…」

 おこめ父さんは色々考えながら顔を上げた。

 地下世界は数百年前からあるとアーサが言っていたが、これはその始まりの様子から記したものだろうか。

 イモモチ前国王の前の国王はアーサの祖父にあたるわけだが、彼の日記には300年以上前に神の声を聞いた者が、一族や村人を引き連れて地下に来たと記してあった。伝説とも概ね話が一致しているようだ。

 最初は地下世界は完全な闇だったようだが、聖なる息吹で明るくなったとある。もしかするとこれは、エレクアイビーの事を指すのかもしれない。

 感謝を忘れないよう日ごと祈り、供えるとあったが、祈りは食事の前の挨拶だろうか。「捧げよ」について言えば、日本でも古い家では日々、仏壇にご飯などを捧げている。

 「私達は信ぜざる者を学び、通じ続けよう」このくだりの「信ぜざる者」とは…

 神の声が聞こえた者や、その話を信じた者達は地下世界に来た。だとすれば…

 「『信ぜざる者』って、地上の人間の事か…?」

 学ぶ…確かにアーサ達は地上の事を知っているし、何より地上とは貿易を行っている。地下世界からは貴重な地下資源を、地上からは食料を。通じ続ける必要はあるのだろう。

 「感謝を忘れ得ぬように。信ぜざる者とも途切れ得ぬように」

 この神の言葉を守れば繁栄が約束されるのだから、その教えを具体化したのが、日々の祈りや捧げ、地上世界との一部の交流とも言える。

 最後の文章はそのまま、食事前の祈りの言葉になっているようだ。この方法は結構、理に適っていると思われた。人々がいつか忘れてしまわぬよう、大切な事は伝説や祈りの言葉にして、次の世代に受け継いでいくのだ。地上でも昔話なんかにして、過去の過ちや教訓を伝えたりしている事も多い。

 やっぱりよくできている。だとすれば、七人の勇者の話にもきっと意味があると思うのだが、これは何のことだかサッパリだ。

 世界に混乱が訪れるときは、七人の勇気ある者達で手もとを奮い立たせ、そして捧げよ。

 ここでも捧げるのか…でも、いつ、どこで誰が?

 分からないことだらけだ…だが…

 「ワクワクするぜ!」


 それから1ヶ月ほど、おこめ父さんは概ね週一回、地下世界を訪れた。平日にも職場の有給を取って行ったが、やはり土日に何回かは行かざるを得なかった。

 朝穂はそんなおこめ父さんを怪しんでいた。

 父が最近、地下世界に行くと言っては休日に出掛ける。そんな世界あるわけ無いのに、父はずっと変な事を言っている。母も天然なのか信じてないのか、まるで反応がアッサリしているのだ。

 8月上旬の金曜の夜も、そんな感じだった。

 「あなた、明日も確か地下世界だったわよね?朝早いの?」

 「あ、はい…そのとおりです」

 「わかったわ。じゃあ朝ちゃん、明日はお母さんと水道科学館でも行く?」

 朝穂は考えていた事を、実行に移すことにした。

 「うーんと、私も明日は友達と遊ぶ約束しちゃったんだ。結構私も早く出るかも。勝手にふりかけで朝ごはん食べちゃうね」

 「あぁ、僕もそうするよ」

 「あら、そうだったの。じゃあお母さんは朝寝坊できそうね、オホホホ」

 おこめ父さんと朝穂は若干互いを意識しながら、早々に寝床についた。

 朝穂は危機感を感じていた。父は地下世界に行くなどと嘘をついて、どこか怪しい所に通ってるんじゃないか。お母さんは少し天然な所があるから、自分がしっかりしないと。父親の隠し事を突き止めるのだ。

 朝穂の脳裏には、最近テレビで見た「世界びっくりニュース!」の麻薬取引現場のシーンが浮かんでいた。父が悪事に手を染めようとしているなら、止めなくてはならない。


 土曜の朝。8月もお盆近くだが、今日も暑い日になりそうだ。

 おこめ父さんが早朝にむくっと起きた。

 父が少々寝ぼけながらシャワーに入った隙に、朝穂は素早く起きると、トイレと着替えと朝ご飯と歯磨きを一瞬で済ませた。

 おこめ父さんが出てきた頃には、再び娘は布団の中におり、寝たふりの最中だった。

 「あれ…このお皿、昨日の夜あったかなぁ」

 しまった…朝ごはんのお皿は流しに置いておいたが、父に気づかれたか。朝穂が使ったとバレたかもしれない。

 「あ、でも昨日は米さんが最後に寝たんだし、僕が分かるわけ無いか!ハハハ…」

 娘はホッと胸を撫で下ろした。その間にも父は身支度を整えていく。最近はジャージで出掛けることが多い。

 「さ、行くか…」

 おこめ父さんが玄関を出て十数秒後、サングラスを掛けた娘が現れた。一応、大きめの黒いグラサンで変装したつもりだ。学校のバザーで買ったやつだ。

 父は後を付けられているとはつゆ知らず、呑気に背中を掻きながら電車に乗り込んだ。

 結構派手めなジャージ姿なのがまた怪しい。本人は恥ずかしくないんだろうか。

 無事に気付かれず同じ電車に乗りこんで、付かず離れず、朝穂は父親の後を付けた。

 父は電車を降りると周りをキョロキョロしながらも、市役所の方へ向かっていく。

 (あれ、市役所で仕事かぁ…麻薬取引の現場じゃないの?)

 おこめ父さんは建物の裏口の扉を開けて進むと、市役所地下一階の警備員室の前で止まった。

 まずい…朝穂は焦った。

 休みの日に市役所の中に入るには、裏口を通り警備員室の前で氏名などを記載する必要があるらしい。休日だから正面玄関はもちろん開いていないだろう。

 このままでは警備員や父に見つかってしまう。

 幸い、警備員は部屋の窓から顔を出しているだけだ。しかも窓の下には、紙を置いておき建物に入った時刻を書くために、カウンター台が備え付けられていた。ちょうど病院の受付のように、カウンターの下は警備員からは死角になっている。

 朝穂は屈みながらカニさん歩きで素早く移動し、警備員の目をかいくぐってカウンター下に潜り込む。まるでスパイになった気分だ。

 うまく父と警備員には気づかれなかったようだ。それにしても、役所で仕事だったとは驚きと言うか、早起きまでして追跡した身としてはちょっとガッカリである。

 そう朝穂が思ったのも束の間、おこめ父さんは職場の方ではなく、さらに地下へと降りていくではないか。

 (あれ?確かお父さん、職場は5階だって言ってたよな…)

 足音に気をつけながらそっと階段を降りると、父親はリュックのポケットをゴソゴソやっている。

 「あぁ、あったあった」

 どうやら鍵を探していたらしい。ガチャリという音がして、第四倉庫と書かれた扉が開いた。中は真っ暗のようだ。朝穂はとっさに、ポケットに入っていた飴玉を廊下に転がした。

 「…ん?」

 父が物音に気づいてこちらを振り向いた。朝穂は扉の陰に隠れたので、父からは見えていない。

 「あれ、飴玉だ…しかも僕の好きな黒蜜のやつ…!」

 おこめ父さんはその場から離れると、いそいそと飴玉を拾いに行った。その一瞬のスキを付いて朝穂は、扉の奥へと滑り込む。

 「いやぁ、ラッキーだったなあ、ウヒヒヒ…よいしょっと」

 おこめ父さんが倉庫に入り扉を閉めると、中は再び真っ暗になった。

 父親は通路を覚えているようで、暗闇をスイスイ進んでいく。朝穂も父の足音を頼りに進もうとするが、暗すぎてうまくついて行けない。

 やがて父の足音が消えた。鼻歌も途中で止んだので、いきなり動きも声もストップして立ち止まったのだろうか…でも何のために?

 段々と暗闇に目が慣れてきた朝穂が、目を凝らしながら通路の奥へ進んで行くと、黄色い淡い光の輪が見えてきた。これは一体何だろう?

 しかも通路の先は行き止まりで、父親の姿は無かった。と言うことは…信じられないけど、この光の中に入ったのだろうか。

 おずおずと朝穂が光に足を入れてみると、足の先がそのまま消えていく。

 「ええ?ええええ⁉」

 ビックリはしたが、不思議とそんなに怖くはなかった。思い切って光の輪の中に顔も突っ込んでみると、その先は輝くトンネルに続いていた。

 「何これ…」

 朝穂はおずおずと光のトンネルを進んで行った。


 トンネルを抜けると、そこは書物庫であった。

 「でーーっっ⁉」

 さすがの朝穂も、驚きで叫んでしまった。先程のビックリの分も溜まっていたのかもしれない。

 すると書物庫の扉が開いて、小柄な男が顔を覗かせた。日本人のような気もするが、敵か味方かわからない。奇抜な格好からも、ここが市役所の中とは思えなかった。もしかして捕まってしまうのだろうか?

 が、男はびっくりして口を開けているものの、取って捕まえる様子は無さそうだった。

 「あ、あの…」

 「おいおい、アーサ様…じゃないよな。年が少し小さいもんな…いやぁビックリだぜ。話には聞いてたけどよ…アーサ様の5年ぐらい前にそっくりだ」

 小男は何だかよく分からない事を言っている。誰かと勘違いしてるのだろうか。

 「一応聞くけどさ、オコメ・トーサンの娘さんだろ?話には聞いてるぜ」

 たぶん父の事を言っているのだろう。

 コクンと頷く朝穂を見て、小男は周りをキョロキョロし始めた。

 「あれ、さっき通路の奥でトーサンに会ったよな…もうどっか行っちまったか?てか娘さんよ、トーサンと一緒に来たんじゃねえのかよ?」

 「いえ、あの…こっそり付いてきたんです」

 「ハハハ、何だそれ!肝っ玉のある娘さんだぜ…お父さんから軽く話は聞いてるよ。名前は?」

 「朝穂です。お父さんからは朝ちゃんって呼ばれてます」

 「アサちゃんか…ん?ああ、だから最初アーサちゃんに聞こえたのか…名前まで似てるんだな。よし、このまま帰すのもアレだし、とりあえずトーサンの所に連れてくか…」

 男がズボンのポケットを叩くと、何やら空中に映像が現れ、別の人物の顔が映し出された。お寿司のマグロのような顔と髪形だ。

 「ヅケマグロ、トーサン達って今日どこに行ったか分かるか?」

 ヅケマグロと呼ばれた青年は慌てて映像の中で答える。

 「ええと、今日は確か、エレビーの試合だって言ってなかった?」

 「あー、そうか!じゃあスティディアムか?」

 会話の途中で、映像にもう一人男が現れた。少し年配の、落ち着いた感じの人物だ。

 「待て、センベイ。確かビーフンが今日は、先にドームに寄ってから試合だと言ってたぞ」

 朝穂の眼の前の男はセンベイと言うらしい。ビーフンと言いヅケマグロと言い、いったい本名なんだろうか、それともあだ名なのだろうか?

 「了解、アイビードームだな!よしアサちゃん、お父さんの所に行くか」

 センベイが朝穂の方を振り返った。知らない大人に付いていくのは良くないとは思ったが、ここにいても結局訳が分からないし、家に戻れるかもよく分からなかった。それにこんなおかしな世界なら夢かもしれない。普段はついて行かないけど、この世界にいる間だけ特別だ。

 そう決めた朝穂は、センベイに付いて歩き出した。そのあと高速輸送機(ディストリビューター)でとんでもなくビックリしたのは言うまでもない。


 センベイと朝穂がアイビードームに近づくと、中からは「ハッツ!」「ヨッツ!」という変な掛け声が聞こえてきた。時々「ミッツ!」「ムッツ!」という声もする。

 「おーい、トーサンいるか?」

 構わず入っていくセンベイに続き、朝穂も入口のツタをくぐる。

 そこには、正拳突きに勤しむ父の姿があった。

 「おわわっちち‼ええぇ、朝ちゃん⁉」

 父は信じられないと言った風で近づいてきた。朝見かけたままのジャージ姿だ。ここはやはりどうやら現実らしい。

 周りの男達も驚きの眼差しで、手を止めて近寄ってきた。

 「うぃー、本当にアーサ王女にそっくりじゃねえか…ヒック」

 「幾分アーサ様より若いと思いますけど…こんなことあるんですね…」

 「父親の後を付けたんだとよ…家で怪しい態度してたんじゃねえか、トーサン⁉」

 「いやいや、そんなことは…あったかもです」

 「ガハハハ!それヤベえな、ヒヒヒ、ひぃ~」

 こんな謎の世界で、父親は完全に皆に馴染んでいた。

 色々と理解が付いていかない朝穂に、おこめ父さんが話しかける。

 「コメ(・・)んね、よく分からないよね…もうすぐで試合前の修行が終わるから、そしたら色々説明するよ」

 そう言うと父は周りに声を掛けた。

 「さあ、最後の仕上げやっちゃいましょう!ハッツ!」

 「おいおいトーサン、掛け声が早いぜ…ハッツ!」

 やはり聞き間違いではなかった。大の大人7人が真面目に、ハッツヨッツとか言いながら拳を前に突き出している。

 「ミッツ!ムッツ!」「ミッツ!ムッツ!」

 (これってもしかして…)

 「イツツ!」「イ⁉イツツ!おお!」

 「ナナツ!」「ナナ…ナナツ!」

 「おいおいトーサン・オコメ、娘さんの前だからって気合入れ過ぎだろ!」

 朝穂は呆れた。

 (これ、お父さんが酔っ払った時に適当に叫ぶやつじゃん…皆真剣だから言えないけど…でもテンポは良いのかなあ)


 1分ほどで修行は終わり、父が水を飲みながら朝穂の隣に座った。

 「この人達はそれぞれの村から一人ずつ選ばれて、ここで修行してるんだ。ちなみにこのビーフン君は、王宮の兵士でもあるんだよ」

 「いやちょっと待って、そもそも村とか王宮とか何が何なの?」

 「あ…それもそうだね」

 おこめ父さんは、最初に自分が地下世界に来てからの出来事を語り始めた。


 「って事があってね…」

 「なるほど、じゃあ地下世界は本当の話だったんだ…あ!それであの日、玄関で泣いてたんだね」

 「う、うん…呑み込みがよくて助かるなあ…」

 「そしたら、あのめちゃくちゃダサい服とか帽子とかサングラスも、こっちの世界の物なの?」

 「ちょ…ちょっと朝ちゃん!こっちの世界では超イカしてるんだよ‼」

 朝穂の爆弾発言に、周りがザワザワし始める。

 「えっ、俺たちのファッションって地上だと、めちゃくちゃダサいのか?嘘だろ…」

 「でも地上の人達の服は、逆に地味すぎますよね…」


 「仕方ないわよ、何百年も違う文化で生きてきたんだから」

 男達が衝撃を受けていると、入口の方から突然声が聞こえた。そこにはアーサ王女が立っていた。

 「アーサ様!」

 「本当に似てるわね…私はアーサ。このライス王国の王女見習いってところよ。よろしくね、朝穂ちゃん」

 物静かに話すこの女性は、確かに自分にとても似ていて、5年後はこんな感じになるのかなぁと朝穂は思った。あり得ないけど、年の違う双子みたいだ。

 「…えっ、もしかして私にお姉ちゃんいたの?」

 朝穂の問いかけに父はビックリしながら答えた。

 「えっ⁉いや、そのような覚えは無いかな…」

 皆が笑う中で、ビーフンが荷物を片付けながら話しかけた。

 「さあ皆さん、そろそろ行かないと試合に遅れますよ!」

 「そうね、朝穂ちゃんは私と一緒に観戦しましょう」

 「えっ、観戦?もしかしてお父さんも出るの?何の試合⁉」

 再び戸惑う朝穂に、アーサが優しく答えた。

 「エレビーよ」

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