12 扉を抜けろ
轟音が響き渡り、広間の反対側で兵士の叫びがこだました。
「うわぁーっっ!」火の玉が直撃したのだろう。
ズメイの3つ首の一つから、おこめ父さん達のいる側へも火の玉が放たれた。逃げ場所はない。巨大な炎は勢いよく真っ直ぐに、こちらを目掛け飛んでくる。
終わった…
その時、大きな何かが急に視界を塞いだ。
おこめ父さんの鼻先に、フワッとしたものが引っ掛かっている。くすぐったくて思わずクシャミが出た。
「ハ、ハ…ハクショワーッチ‼」
あれ、自分燃えてない…
我に返ると目の前には、黒く超巨大なゴミ袋が置いてあった。中に何か入っているのか、縦横に広くがさばっている。火の玉はこれに直撃したようだ。
10メートル近くもありそうなそのゴミ袋に、すぐに炎が燃え広がる。袋が溶け落ちると、中身が姿を現した。
そこには、カラフルな尻尾と翼の生き物が立っていた。ライスの若者達も、仰天し口をあんぐり開けたままだ。
「マジかよ…も一つ怪物が呼ばれちまったか」
「…万事休すだな。あ…でもお陰で炎の玉は一回分、喰らわなかったな!ガハハ!」
おこめ父さんにはもちろん、それが誰だかわかっていた。
「ホ…ホー君‼」
「えっ…ホー君?トーサンの知り合いですか?」
「あ、うん、ちょっとね…」
ホー君はこちらを振り返り、少し笑った。
「やあ、ギリギリだったね米頭くん…ゴメンよ、もう寝ようとしてたから身体を起こすの時間掛かっちゃって」
「でーっ!鳥が喋ってるう‼」
「こ、米頭?」
若者達もおこめ父さん同様、ホー君が喋ることに新鮮に驚いた。カキタネはそこには触れずホー君に話しかける。
「すまぬ、お主は寝ついてしまうと1週間起きないが、ギリギリ間に合うかと思うてよ…」
「うん、セリーナさんが来てくれて、凄い揺すってくれたんだ…さて」
ホー君は前に向き直り、3つ首の竜と相対した。
「ズメイ、久しぶり…奇遇だね、君も今日起きてたんだ」
「うるせえな、起こされたんだ。貴様と違って眠りが深くないんでな…それより何しに来やがった。俺や貴様は、簡単に人間に見られたり、国を行き来しちゃならねえはずだろうが」
「まぁね…だから変装して来たんだよ」
燃え落ちた黒いゴミ袋は、ホー君なりの変装だったらしい。ライス王国もポタトリア帝国も夜だからあまり人目につかなかったかも知れないが、巨大な袋が飛んでいるのを目撃した人は、さぞ驚いただろう。
ホー君とズメイは互いに面識があるようだ。ズメイもホー君並みに眠るらしいし、それこそ国を超えて会う機会は少なそうではあるが。
そう言えばポテサロフか誰かが言っていた。恐ろしい獣が、皇帝一族に仕えていると。この竜もまた、古より地下世界で暮らす生物なのか。
「ふん、取りあえずどけよ…」
ズメイが首をすべてこちらへ向け、息を吸い込んだ。ややあって三つの火の玉が一斉に放たれる。
「嫌だね」
ホー君はそう言うと、大きく翼を広げた。その翼に炎が次々に命中する。
…だが、炎はそのまま空中で霞み、やがて消えてしまった。まるでホー君の羽根でかき消したみたいに。
「凄い…たまたま手に入れた地上の本で読んだことがあります。鳳凰は不死鳥とも同一視される。そしてあらゆる攻撃が効かないって」
ナットの言葉で、おこめ父さんも思い出した。確かにそんな物語かマンガがあった気もする。てか、ナット物知りだな…
ホー君はズメイの方を見たまま、おこめ父さん達に話し掛けた。
「みんな、ぼくの背中に乗って」
カキタネが真っ先に乗り込み、他の若者達を促す。
「急げ、しがみつくんだ!」
次々に若者達が鳳凰の背にまたがる。最後はおこめ父さんだ。ライスの8人が乗り込んだ所で、ホー君は宙へ浮き上がった。
「おい、逃げて良いなんて言ってないぜ!」
次の瞬間、ズメイがこちらへ突っ込んできた。炎は消されてしまうから、体当たりで人間を吹き飛ばす気だ。
しかしホー君は冷静だった。さらに上空へと飛び、飛び込んできたズメイを上から片方の翼ではたいた。柔らかそうな羽根が、その時だけはガキイィンと鋼のような音を放った。
「がっ…」
ズメイはそのまま地面にめり込んで行く。衝撃でおこめ父さん達は振り落とされそうになったが、互いの腕を掴み、何とかホー君の背中に留まった。
「兵士達よ、何をしている!奴らを捕らえろ!」
ショカライ皇帝の怒号が大広間に響いた。見れば皇帝は別室のソファに腰かけたまま、顔を真っ赤にしてこちらへ怒鳴っている。
だが意識のある兵士達は、外への扉へと次々走って行く。何かと思えば、先程まで脱走を頑なに拒んでいた分厚い扉が、半分以上開いているではないか。
「おい、外カギが壊れて外れてるぞ!」
「ここにいたら死んじまう…逃げろ!!」
(そうか、あの時の大きな音は…ホー君が扉のカギを壊してくれてたのか!)
逃げ惑う兵士達から視線を外した時、上空でおこめ父さんと皇帝の目が合った。
おこめ父さんは皇帝の蛇のような目を見つめながら、口を開いた。
「…あなたは手下を使うことは慣れてるけど、自分で立って戦わないんですか?」
ガラスに隔てられてはいるが、何となくこちらの言いたいことは伝わっている気がする。皇帝は鬼の形相でこちらを睨んでいる。
「兵士達をこき使って、上手くいかなかったらその兵士ごと潰してもいいから怪物を使って。街では空間記録装置や密告で監視して、何か有ったらすぐ捕まえて処罰ですよね?あなたのやってる事は、恐怖による支配です。独裁者だ」
おこめ父さんの脳裏に、セリーナやアーサ、コハダ老人やキネウス村長の顔が浮かぶ。
「ライス王国は圧倒的な力は無いかも知れないけど、皆が知恵を絞って、話し合って考えてます。多けりゃ良いってもんでも無いけど…少なくとも国を、人々の暮らしを良くしようと頑張ってる!あなたは考えた事ありますか⁉」
怒りに震える皇帝を尻目に、ホー君が背中の人間達に話し掛けた。
「よし、もう行かないと…しっかり掴まって!」
見ればズメイが頭をもたげ、鋭く向かって来る所だった。ちょっと自分に酔って語り過ぎたな…おこめ父さんは少し恥ずかしくなった。でも、言いたいことは伝わった気がする。
迫りくる竜の攻撃をギリギリ交わし、ホー君は8人を乗せて外へ脱出した。飛ぶスピードは鳳凰の方がありそうだ。だが、ズメイは再び飛び立とうとするホー君の背中に向かって、渾身の力を込めた特大の炎を放ったのである。
「ヤバいっ…!」
ホー君が振り返る間もなく、火の玉がおこめ父さん達の数十センチ手前まで迫り来る。
「うわぁーーっっ!」
その時だった。
おこめ父さんの前に座っていたノリスケが後ろを振り返ると、両の手のひらを炎に向かってかざした。
「ハーーッッツ‼」
ノリスケの手のひらが光り出し、手前に薄い膜のようなものが浮かんだ。少し白みがかったその膜は直径2メートル程に薄く膨らみ、炎の玉をギリギリ包み込む。
膜は火の粉と衝撃を和らげてくれたが、それでもホー君の背中はかなり揺れた。
「うわ、やっべー!」
「アチチ…押せ、押すんだ!」
不安定な姿勢だが、皆で全力で膜ごと炎の玉を押すと、炎は下へ落ちていった。膜は少しネバっとしていて良い匂いがした。ついた指を舐めるとほんのり甘く感じる。
「えっ、これってお餅…?もしかしてノリスケ君が出したの?」
ノリスケは若干粘ついた手で頭をかいた。
「…えーと、たぶんそうです。兆候は出てたんですけど、こんな風にうまく出せたのは初めてですね…やっぱり、ハッツの掛け声が良かったのかなぁ」
奥からサケマロの腕が伸びてきて、ノリスケの背中をバシバシ叩いた。
「うぃー、本番に強いやつだなおい!この土壇場でエレクトル発動ってか…ヒック、しかもこの餅美味かったぜい」
「うわわ…ちょっとサケマロさん、そんな叩いたら揺れて危ないですよ!」
一同に笑いが生まれる。今度こそ上手く逃れられたようだ。ズメイの悔しさと怒りに満ちた顔が段々遠ざかってゆく。
「ガハハハ…こりゃ先を越されたな!焦るぜ…サケマロよ、俺達ももっと気合い込めなきゃな!」
今度はボリンがサケマロの背中を叩く。その後ろでカキタネが話し始めた。
「案外、エレクトルは心の揺れ動きで一気に習得が進む事も多い…個人のタイプにもよるがね。海苔の人は追い詰められると力が出やすいんだろうよ…さて、鳳凰…出口を探さねばな」
「うん、たぶんライス王国に繋がるエレクゲートは網を張られてるんだよね…?どうしよっか」
ホー君が振り返って答えた。
「えっ、網って?」
「ポタトリアはエレクを兵器に使うための開発を続けているのだよ…あの兵士のエレクスーツなんかもそうだろう。噂では、ゲートに雷のようなエレクの網を貼る装置が開発されたそうだ。ゲートをくぐろうとする者に電撃が走るそうだよ」
「うーん、僕は平気かもだけど、君たち人間は焦げちゃうかもだよね」
せっかく炎から逃げられたのに、今度はエレクの電気ショックで焦げては元も子もない。だが、確かにあの皇帝なら、ライス王国への道を封鎖するぐらいやるだろう。なんと言ってもここはポタトリアなのだ。ゲートがいくつあるか分からないが、一か八かで突っ込むには危険すぎる。
ライス王国への道…
おこめ父さんはふと思いついた事を口にしてみた。
「ライス王国以外へのエレクゲートなら、どうですかね?」
「えっ?」
「他の国へのゲートも有るんですよね?で、その国からライス王国に繋がるゲートも有るなら…」
「なるほど、それは名案だよ」
カキタネも同意した。
「ポタトリアと同盟を結ぶ国もあるが、さすがに国を超えてまだそんな対策は取られないだろう。むろん、ポタトリア側の各ゲートに見張りの兵士達はいるだろうが、このまま突っ切るしか無いな…ええと、ここから近いのは…」
カキタネがポケットから地図を出し始めた。彼は一体何枚、地図を身に着けているのだろう。
「…ここだ…グレートブレッドに繋がるエレクゲートが、西へ3キロ行った先にある。貿易に使うゲートのようだから、鳳凰でも通れる大きさだと思うよ」
「よし、じゃあ飛ばすよ!」
方向を定め、鳳凰とライス8人は西を目指して暗闇を進んだ。
若干だが気持ちに余裕が生まれ、おこめ父さんは気になっていたことを聞いてみた。
「あの、クレムリンの城の扉って、外からホー君が壊してくれたんだよね?」
「あー…うん、翼を固くしてね」
「ありがとうございます…!でも、なんで僕達がそこにいるって分かったんですか?」
「…それは…火の焦げる臭いがしたからかな。きっとズメイがいるんじゃないかって。なら君達もいるかなってね。それに兵士達も集まって来てたから、ここしか無いなって思ったよ」
話していると、やがて闇の先に光る半円の輪が見えてきた。
「うーん、やっぱり見張りはいるな…みんな、しっかり掴まってて‼」
ホー君はスピードを上げながらゲートへ急降下していく。
「うわっ、何だ?槍が落ちてきたのか⁉」
「何だ、止まれ…どわああぁ!」
慌てて散らばる兵士達を押しのけ、ホー君と8人はエレクゲートへ飛び込んだ。電撃の網は張られていなかったようだ。
そのまま光のトンネルを抜け、一行はグレートブレッド側に出た。ゲートの近くにいた者達がビックリして飛び退く。
「Oh…Kamikaze!」
よく見るとグレートブレッドの見張りの一人は、おこめ父さんに電撃タックルを喰らわせた名ウイングだった。おこめ父さんは思わず手を振ったが、気付いたかどうか。
「ええと…ライス王国へのゲートは…北だ、鳳凰よ!」
「オッケー!」
ホー君はすぐに上空へ羽ばたき、夜の空を猛スピードで駆けた。しばらくして見えてきた別のエレクゲートへ、猛然と突っ込む。ホー君の背中の上はかなり揺れたが、みんな力を振り絞ってしがみついた。
ゲートの出口を抜け、やがて見慣れた王宮が見えた時、8人は抱き合いながら歓声を上げた。
「やったぞーっ!帰ってきた‼」
「いやぁ~帰れないかと思ったぜ!ガッハハハ」
「良かった…みんな本当に良かったよ」
ホー君とカキタネの力、若者達の勇気と行動、そしておこめ父さんのちょっぴりの閃きで、彼らは奇跡の生還を果たしたのだった。




