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11 ズメイ

 「えっ…えぇ?これ夢か…なぜに…?」

 おこめ父さんは自分の目と耳を疑った。そうだ、夢かもしれない。自分のホッペタを思いきりビンタしてみる。

 バチン‼

 「痛えっッ!ぐっ、うう…」

 目が覚めない。どうやら夢ではないらしい。

 「ハハハどうしたトーサン、気合い入れてるのか?自分を大事にしろよ」

 ボリンが笑いながらおこめ父さんの肩に手を掛ける。

 「あの、皆さん一体どうして…」

 「さっき言ったじゃないですか、助けに来たんですよ!」

 ビーフンが代表して答える。

 「そんな…でもこんな危険を犯して…皆さんも捕まっちゃいますよ!」

 「うぃー、何言ってんだ仲間だろうが!それにまあ、何とかなるだろ」

 「そうだな、ガハハハ!」

 カキタネがおこめ父さんに歩み寄り、助け起こしてくれた。

 「一応、村の代表者達にも話してあるよ。皆、助けるの一択だった…トーサンは国の恩人だからね。そして、この若者達も進んで協力してくれたよ」

 遠い異国の地で出会った仲間達が、自分のために動いてくれた。

 その事を知っておこめ父さんの目から、枯れたと思っていた涙が再び溢れ出す。

 「うぅ…ぐっ…皆さん…ありがとうございます!」

 「泣くのはまだ早いですよ、ここを突破してライスに帰らなきゃ」


 ノリスケの言葉で、おこめ父さんは大事なことを思い出した。皆が来てくれたことに驚きすぎて、一瞬頭から飛んでいたのだ。

 「そうだ…王子!王子っぽい人がいたんですよ!」

 カキタネや他の6人が衝撃で一瞬固まる。

 「王子って…ライスボール王子かよ⁉」

 「まさか、ポタトリアに?」

 「はい。暗がりだったし、顔も痩せ細ってたり髪もボーボーだったんで確信は無いんですけど、僕によく似ている人でした。記憶が混乱しているのか、自分が誰かよく分かってなかったみたいですけど…でも日本語を話してたんです」

 「それは…信じてみる価値はあるよ。国内はかなり探して見つからなかったからな…だが問題は、その居所まで辿り着けるかだよ…」

 独房へ連れて行かれる時も目隠しをされたから、場所の見当が付かない。しかも何度も階段を行ったり来たり、結構移動した気がする。

 「くそっ…最初に僕、地下2階の普通の牢屋に入ったんです。さらに下に地下4階があって、その通路の奥にいたんです。入口が分かれば…」

 カキタネは険しい顔だ。

 「そうか…王子を見つけたいのは山々だが、かなり厳しいな…いま拙者達は米の人の印(・)を追っかけて来たのだが、地図や記憶だけでは至難の業だ。何せ地図にない地下への階段がいくつもあってな…このポタトリア城内はまるで迷路だよ」

 さすがのカキタネでも勘のみで動くのは危険だろう。しかも城内には兵士がわんさかいるのだ。ましてゴールが分かっているならまだしも、あらゆる場所を探して回るのでは全然違う。

 「それに、まずは米の人と我々が無事に戻る事が大事だ。この8人が捕まってしまえば、もっとチャンスが無くなるし、ライス王国に我々の分まで負担を掛けてしまう。何より、この若者達は拙者が無理に連れてきた手前、無事に戻らねばならんのだ」 

 「そんな、無理にじゃないですよ!来たくて来たんです!」

 ビーフンの主張に皆が頷く。だがカキタネの言うことももっともだ。

 「あれ…印を追っかけてきたって、それどういう…」


 おこめ父さんが疑問を口にした時、通路の手前の方から声が聞こえてきた。

 「おい、侵入者達がいたぞ!独房の所だ」

 「火事は偽物だ!あいつらを捕まえろー‼」

 見張り達が早くも気付いたようだ。通路は一本道だから、嫌でも敵を倒して行かなくてはならない。

 「話は一旦あとだ…ここを突破するのが先だよ」

 カキタネの言葉に、ビーフンがズボンのポケットから短めの棒を取り出して構えた。長さは最初ライス王宮で使っていた棒の三分の一ぐらいだったが、スイッチを押すと中から芯が飛び出て、たちまちビーフンぐらいの背丈になった。

 「どりゃあああ!」

 華麗なビーフンの棒さばきに、兵士達は面食らった。狭い通路ゆえに避け場所が無く、しかも手持ちの槍よりもリーチが長いので、兵士達はビシバシ突き飛ばされてゆく。

 「よし、このまま突き進むぞ!」

 七人とおこめ父さんは縦になって元来た通路を辿り、一階の大広間まで戻って来た。だが、ここぞとばかりに兵士達が待ち構えている。

 「こいつら全員捕まえろ!」

 「もうすぐ皇帝が戻られる…それまでに絶対、事を収めねえと!」

 兵士達がこちらへ向かってきた。彼らは一様に黒いピタっとした服に身を包んでいる。レタスがその動きの異常さにいち早く気づいた。

 「おかしい…あっ、エレクスーツっすよ‼」

 兵士達はみるみるこちらへ距離を詰めてきた。ビーフンが棒で立ち向かおうとするが、素早い奴らに同時に来られては分が悪い。

 その刹那、カキタネが天井に向かって何かを投げた。天井にはスピーカーのような装置が何個かぶら下がっていたが、カキタネの投げた何かは軒並み機械に突き刺さった。

 それはよく見ると忍者の使うクナイであった。先は鋭く尖っており、内部まで深く刺さった機械から煙が出始める。

 「おい、やべえぞ!」

 心なしか、素早かった兵士達の動きが鈍っていく。

 「そうか…エレビーのスティディアムの装置と同じだ!アレでエレクスーツに力を与えてたんだ」

 ナットの分析に、おこめ父さんも合点がいった。そう言えばライス王国では、エレビーの試合会場でだけエレクスーツの力が働くと聞いていた。あの特殊な機械がきちんと動いてないと、効果が発揮されないらしい。

 「これなら同じ土俵だ!行くぞ、うぃー‼」

 敵味方が入り乱れ、乱闘が始まった。だがエレクスーツに頼っていたポタトリア兵士達は、どこか及び腰だ。

 おこめ父さんも得意のタックルで敵を一人倒した。その横ではビーフンが棒を振り回して相手を蹴散らし、奥の方ではサケマロが兵士達を何人もなぎ倒しているようだった。

 どんどん劣勢となるにつれ、兵士達は泣き言を叫び始めた。

 「無理だろこれ!三将軍を呼ばなきゃ…」

 「バカ、将軍達は今、遠征中だろうよ!それより…」

 「ダメだ、早くしねえと皇帝が帰って来ちまう…ぐはっ」

 ライスの8人が場を制圧しかけた時、広間の扉の一つがシュイイインと静かに開いた。姿を現したのはポタトリア現皇帝、ショカライ・ジャガノフであった。

 

 「こ、皇帝…もうお帰りで」

 「違うんです!こいつらが卑怯な手を使って…」

 「そうです、火事だとか何とか」

 皇帝はおこめ父さん達の方を一瞥し、次に口々に騒ぐ兵士達を見やった。皇帝の蛇のような目で見据えられ、兵士達は次第に静かになっていく。

 「話は概ね聞いた…状況は把握しておる。檻(・)を開けて来た。貴様らは最後まで戦うのだ」

 皇帝の言葉に、兵士の一人が飛び上がった。

 「お…檻をですか?でもここで解き放ったら…」

 「余計な口を叩くな。貴様らだけで制圧できるのか?」

 「も…申し訳ありませんでした‼」

 ショカライ皇帝はおこめ父さん達に向き直った。

 「ライス王国のスパイ達よ…ポタトリアで罪を働いたからには、このまま朽ち果てても文句は言うまいな」

 おこめ父さんが反論しようとしたが、先に隣でビーフンが叫ぶ。

 「何言ってんだ、濡れ衣で人を捕まえておいて!」

 「それは貴様らの決めることでは無い…せいぜいもがくのだな…」

 そう呟くと皇帝は踵を返し、先程の扉へ戻って行く。とっさにカキタネが追おうとしたが、息を吹き返した兵隊長らしき男に阻まれてしまった。

 おこめ父さんや兵士達がいる大広間は2階辺りまで吹き抜けになっていて、上の各部屋のガラス窓から見下ろせる作りとなっている。

 ややあって、2階の一番大きなガラス窓から皇帝の姿が現れた。かなり強力なガラスらしく、カキタネが投げつけたクナイはカシンと乾いた音を立てて落ちていく。皇帝は窓のすぐ側で、ふかふかのソファに腰掛けながらこちらを見下ろしている。

 「やべえよ、俺達もやられちまう…」

 兵士達が怯える中、反対側の巨大な扉がギギギイイと重い音を立て始めた。


 ズルズルと這うような音から、初めは蛇なのかと思った。事実、開いた扉の陰から最初に見えたのは、巨大な蛇の頭と首である。ただ蛇と言っても尖った角が生えているし、首の太さは50センチ、長さは2メートル以上あるだろう。開いた口からは鋭い牙も見える。

 その生物は赤い舌をチロチロと垂らしながらこちらを睨んだ。目が合えば石にされてしまいそうな、冷たく赤い目である。

 その両の目の光が、2倍、いや3倍に増えた。

 理由はすぐに分かった。頭は一つでは無かったのだ。3つに分かれた長い首と、その先で併せて揺らめく頭。首の根は一つに繋がって、さらに奥から寸胴な胴体と大きな翼、太く長い尾が完全に姿を現した。

 「ひ…ひい…」

 兵士の一人が尻もちをついた。他の兵士も震えて動けない。間違い無い…この生き物がポテサロフ達の言っていた、皇帝の飼い慣らす獣だ。確かにこの世界の生き物には見えない。

 …三つ首の竜。無理やり当てはめるならそんな所だろう。

 竜はそれぞれの顔で三方を睨むと、シューシューと低い声で唸っていたが、やがてそれはロシア語に変わった。ライス側では辛うじておこめ父さんが理解できたのだが、あるいは聞こえない方が幸せだったのかもしれない。

 「…全員、焼き尽くして食べちまって良いのか?」


 怪物の問いに応えるように、皇帝の声がホールに響いた。テレスピーカーを使ってるのだろうか。

 「…出来ればライス王国の者どもは生け捕りにしたいのだ。国の乗っ取りに使えるカードが増えるからな…まあ、努力した結果出来なければ焼き尽くして構わぬ…だがズメイよ、お前は以前、人間は美味くないと言っていたではないか」

 ズメイと呼ばれた怪物は笑うように答えた。

 「…ふん、言葉のアヤだろうが。じゃあ痛めつけて弱らせて生け捕りだな…まずはやってみるが、死んじまったら仕方無しだ」

 おこめ父さんもガクブル震えだした。会話を理解した兵隊達も恐怖に青ざめ、次々に出口に続く扉へと急ぎ始めた。

 だが、無情にも扉はビクともしない。

 「何だよこれ、何で開かねえんだ!」

 「ダメだ、外から鍵がかかってやがる!」

 「皇帝…お願いします!助けてください‼」

 ズメイは慌てふためく者達をあざ笑うと、4、5メートルはあろう長い尻尾を振り回した。たちまち近くにいた兵士達が跳ね飛ばされる。

 「ぐわあぁーーっ!」


 ライスの8人もあまりの衝撃にしばし固まっていたが、やがてカキタネが叫んだ。

 「とにかく攻撃を避けろ!何とか凌ぐのだ!」

 その声に弾かれたようにおこめ父さん達も兵士達も、怪物から距離を置くために動き始めた。

 ズメイはゆっくりと首をくねらせながら、ズルズルと広間の中央へやって来る。皆は逃げるように広間の端々へと走るが、3つの首がそれぞれの方向に伸びているから、死角は生まれない。

 突然ズメイが翼をはためかせると、低く前方へ飛んだ。逃げ切れなかった兵士達が翼に引っ掛かり、数メートル吹き飛んで壁に叩きつけられる。

 ライスチームは何とか突撃をかわした…と思ったが、さらなる追撃で飛んできた尻尾の先がナットの左肩をかすめた。ナットはやや後ろに突き飛ばされたものの、大きな怪我は免れたようだ。だがメガネはぶっ飛んでしまった。

 「ぐっ…メガネ、メガネ…」

 メガネを拾おうとしたナットに、怪物が襲いかかる。すんでの所でサケマロが、メガネを掴んだナットごと抱えて転がり、スレスレで攻撃をかわした。

 「ハァハァ…ありがとうございます!」

 「うぃー、大丈夫か?しかし参ったぜ!どうするかね…カキタネさん、攻撃してみるかい?」

 「カウンターでやられる可能性がある…何とか耐えるのだ!」

 カキタネが遠方で叫ぶのが聞こえた。そんな下々の者達を、皇帝は上方からニヤニヤ眺めている。


 しかし段々と、皆ギリギリ攻撃を避けられるようになってきた。ズメイが飛ぶ直前に羽ばたくので、その動きを頼りに何とか方向を読むことができる。

 「ふん…面倒くせえな」

 怪物はなかなか攻撃が当たらない事に苛立ち始めたようだ。

 「…もういいや」

 そう呟くとズメイは、3つの口を大きく開け、空気を吸い込んだ。腹回りが膨れ上がり、3秒程沈黙が流れた次の瞬間、口から炎の玉が噴き出たのである。

 炎は三方向に向かって勢いよく放たれた。その一つはおこめ父さんの頬のすぐ横をかすめ、後方の兵隊長の足を襲った。

 「でやらばああーーっ!熱っ、熱っ!」

 兵隊長が転げ回った。残る二つの炎は直撃こそしなかったが、壁にぶつかりそのまま燃え始めた。それは逃げ道が減っていく未来を暗示していた。

 「カーハッハハハ!この城は耐火性だ…そして我の部屋には火も煙も来ない。ここからの景色の、何と心地良い事よ…思う存分やれ、ズメイ」

 皇帝の高らかな笑いが広間にこだました。

 「ふん、悪趣味だな…まあ良いや、俺は暴れられりゃあ、それで」

 ズメイが呟くと、再び大きく息を吸った。

 所々に通気口は有るから煙はそこまで酷くは無いが、まともに吸えば窒息しそうだ。そして、人間の立てる場所を確実に減らしていく炎。

 突っ込んできたズメイの翼と尻尾で、皆がまたやられ始めた。炎に挟まれ、避けられなかったようだ。

 外へ続く扉の周りにも炎が直撃し、火の手が回り始めた。いっそ扉が燃え落ちてくれれば逃げられるのだが、あいにく分厚い石造りで火には強そうである。

 ライスチームは次第に1箇所に集まりつつあった。いや、集められたと言ったほうが正しい。竜の炎により段々とおびき寄せられた形だ。

 「ククク…あと一息だな」

 ズメイは再び笑いながら、これまで以上に大きく息を吸った。

 数秒後、8人は炎でこんがり焦げ、皇帝の元に差し出されるのだろうか。

 みんな、すみません…!

 おこめ父さんは心の中で叫んだ。

 自分のために来てくれたのに、とんでもない迷惑をかけてしまった。全員で捕まってしまったら、彼らの家族も悲しみに暮れるだろう。それに地下4階にいたあの男の情報も、おこめ父さん達が帰って来れなければ闇の中に埋もれてしまう。

 おこめ父さんは悔しくて悔しくて、上空を見上げ皇帝を睨みつけた。皇帝は最初会った時と同じく、口の端をねじ曲げながら薄笑いを浮かべている。


 ドガガガァーン‼

 大きな音が響き、大地が揺れた。

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