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9話

 自我を失う……暴走? 言葉の意味を飲み込めない。今まで、そんなことなかったはず。体が痛くなることはあっても、しっかり意識は……ふと、昨夜のことを思い出した。

 海琴と鈴桃に奇襲を仕掛ける前に、試験管で血を飲んだ。その時に、体が別のものに塗り替えられる感覚があった。ただ、体内に魔素が流れ込んだだけだと思ってたけど、自我を失う前兆だったのかもしれない。


 「思い当たる節があるようだね。試験管に入っていた血は、男たちに襲われた際に飲んだ血よりも多い。自我を失う可能性が上がったんだろう」


 「自我を失って暴走すると、どうなるの?」


 いつもより声色が低くなりながら、虹彩が聞いた。


 「視界にいる対象を殺すだけの存在、言わば戦闘マシーンになる」


 その言葉が、私たちに静寂をもたらした。私が人殺しになるなんて、考えられない。風花は私を安心させるためか、


 「副作用が無くせるよう研究に努めるよ。あまり期待しないでほしいが」


 「ありがとう。それだけでも嬉しいよ」


 副作用を無くすことは難しそうだ。血を飲む量を増やさなくてもいい方法を考えないと。私にできることは……思い浮かぶのは、海琴が魔法を使う姿。一瞬、思いついた案に、自分の正常性を疑ってしまう。

 海琴が唱えていた神様の名前は、全て日本のもの。八百万の神々……それを全て暗記したら、何か対抗策が見つかるかもしれない。


 私が血を飲む量を増やさずに、人を殺してしまう可能性を無くすには、これぐらいのことをやらないと。


 私はスマホを取り出し、ネットで神様について調べ始める。


 「来夏、何してるの?」


 「ん、虹彩とかみんなを守るために、神様について調べてるの」


 そう答えると、虹彩は何とも言い難い険しい表情を浮かべる。まあ、守るために神様を調べると言っても、普通は理解できないだろう。虹彩は深く聞こうとはせず、スマホを取り出し何かを調べ始めた。

 覗いてみると、魔法の使い方についてだった。おちゃらけて見えるけど、こういった真面目な一面があるから、虹彩のことが好きだ。たとえ、自分を守るためでも。


 ……


 夕方になると、病室の扉がノックされた。扉が開かれると、渡會先生が入ってきた。


 「来夏さん、体は大丈夫かな?」


 「体は痛みますけど、大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません」


 「来夏さんが謝ることじゃないよ。それで、なんでこんな大怪我を?」


 どうやって言い訳しよう。レーザーが背中に直撃しました! なんて言えるわけない。でも、言うべきなのかな? 虹彩を警察に保護してもらって……でも、警察は海琴たちに敵わないし。それでも、私が守るよりも安全だと思うけど……


 「言いたくないこともあるだろうから、無理しなくていいよ」


 渡會先生の目には何が映っているのだろう。今までも、私が少しでも悩み事ができれば気付いていた。

 ここは、先生の好意に甘えよう。


 「ありがとうございます。あまり、思い出したくなくて」


 「そう。じゃあ、俺はそろそろ学校に戻るから。お大事にね」


 私と虹彩はお礼を言うと、渡會先生は部屋を出ていった。やっぱり、相談するべきだったのかな。


 「ねえ、虹彩」


 「どうしたの?」


 一呼吸置いて、話し始める。


 「虹彩が狙われてること、もう一回警察とか先生に相談してみる? 私一人だと、力不足だと思って」


 私に向けられていた視線が外れる。


 「そう……だよね。これ以上、来夏に迷惑掛けられないし」


 「迷惑だと思ってないよ! ただ、虹彩を守るために最善の選択をしたいから」


 虹彩は俯いたまま、考え込む。高校生が抱えるには、重すぎる悩み。警察に相談することで、何が起こるか私にも分からない。

 学校生活、進路などの環境の変化を想像することは容易いが、それ以上の変化も。


 虹彩は顔を上げ、分かりやすい作り笑いをこちらに向ける。


 「いつもありがとね。もう一回、警察に相談してみるよ」


 ……


 それから三日後。虹彩は警察署に保護されることになった。どうやら、私は傷の治りが早いらしく、もうすぐ退院できるそうだ。虹彩とは連絡が付かないし、退院するまでは面会もできない。今頃、何してるんだろう。


 神様を調べていた手を止め、スマホの電源を落とす。


 「お疲れ様。やはり、虹彩のことが気になるかい?」


 ベッド脇の椅子に腰掛け、スマホで調べ物をしている風花が話しかけてきた。


 「私の心でも読めるの?」


 「さあ、どうだろうね」


 私の考えは見透かされているのに、風花の考えていることはいまいち掴めない。頭にモヤがかかり始めた時、扉がノックされた。渡會先生かと思い、少し体に力が入る。しかし、部屋に入ってきたのは琉実だった。


 「来夏ー、怪我大丈夫?」


 「大丈夫だよ。わざわざ来てくれて、ありがとう」


 「良かったー。危なっかしいとは思ってたけど、まさか入院するなんてね」


 腕を組み、ほっとしたような表情を浮かべていた。すると、ふと風花の方を見る。


 「誰? この子」


 どうしよう、なんて説明したらいいんだ。私が悩んでいると、風花が話し始めた。


 「私は久遠風花。来夏の親戚だよ」


 「えーー! こんな可愛い子、なんで教えてくれなかったの!?」


 ベッドに身を乗り出し、爛々とした瞳で見てくる。


 「……聞かれなかったし」


 「聞かれなくても教えてよ!!」


 「そんな無茶な!?」


 琉実は風花を抱き上げ、赤ちゃんのように扱う。風花はそこまで嫌そうな顔をしておらず、困惑に満ちた目をしている。


 「そういえば、琉実は勉強大丈夫?」


 「あーー、それが」


 琉実は風花を抱えたまま椅子に腰掛ける。


 「やっぱり、私には来夏と同じところに行くのは無理そう。もともと賢くなかったし」


 「一緒に頑張ろうって言ったでしょ? 私でよかったら、勉強教えるよ」


 先日の虹彩と同じように、琉実からの視線が外れた。


 「怪我人にそんなこと頼めないよ。それに、来夏は……」


 その先の言葉が続けられることはなかった。


 「私のことなんて気にしないでよ。いつでも頼ってくれていいからさ」


 琉実はどこか諦めたように笑う。そのまま、席を立ち、


 「それじゃあ、勉強しないといけないから帰るね」


 有無を言わさないように扉を開け、部屋を出てしまった。風花は呆れたようにため息をつく。


 「君は、ある意味一番罪深いね」


 そう言い、風花はスマホに目を落とす。


 †


 任務を失敗するなんて。警察の相手は程々にして、早々にターゲットを捕獲するべきだった。

 私の魔法は強力な代わりに、魔素と体力の消費が激しい。それに……


 「海琴さーん!!」


 廊下の向こうから鈴桃が駆けてくる。


 「ボスから任務が!」


 任務? 膝に手をつき、荒い呼吸の鈴桃に詳細を聞く。


 「警察署にターゲットが保護されたから、警官を殲滅してターゲットの回収をしろって」


 警官を殲滅か。仕事とは言え、さすがに気が引ける。


 「それで、海琴さん。体調はどうですか?」


 「ああ、問題ない。明日には、完全に魔素も体力も回復してる」


 「なら良かったです。あんまり無茶しないでくださいよ」


 そういう訳にもいかないんだよな。鈴桃も分かってると思うが。

 あいつらを守るためにも……

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