表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

10話

 私の会社は、ボスによって乗っ取られた。多額の借金を背負った私に、ボスはある提案をしてきた。


 ――私がボスの駒になること。


 もちろん嫌だった。会社を乗っ取った張本人の下につくなんて。だけど、報酬が出ると言われ、渋々提案を飲んだ。

 乗っ取られた会社の部下たちの生活費を工面するために。私が不甲斐ないばかりに、路頭に迷わせるわけにはいかない。


 だけど、殴り合いの喧嘩すらしたことのない人間が、警察や自衛隊と渡り合うことなんてできるわけがなかった。戦闘訓練をして、ボロボロになる毎日。強力すぎる魔法をろくに扱えず、すぐに倒れてしまう。


 そんな私に、ボスは、


 「人体実験を受けろ。成功すれば、魔法の副作用にも耐えられるようになり、常人離れした筋力を得られる」


 「失敗したら?」


 ボスは嘲笑うように言う。


 「聞いてどうする? もともと、お前は駒だ。私の思い通りに動くしかないだろ?」


 反吐が出そうになるほどの不快感。だけど、私には反抗するほどの力も精神も残されていない。何となく分かる。失敗したら、死ぬのだろう。このまま戦闘訓練を続けていれば、私の体は限界を迎える。だったら、一か八か人体実験を受けるほうが、得策かもしれない。


 私は固唾を飲み、提案を受け入れた。


 人体実験に成功した私は、見違えるほどに強くなった。組織の中で私に勝る人間はいないと言ってもいいほどに。

 ボスは私に仕事を振るようになった。言われた通り、世界各地から魔素を持つ人間を拉致し、組織に運ぶ。噂では、その人間は魔素が抜き取られるのだとか。詳細は知らされていないが、罪悪感が体を蝕んでいくのを感じた。


 そんなある時、私の部下だった鈴桃が組織に入ってきた。最初はこんな所に来るなって、怒鳴りつけた。でも、鈴桃は、


 「しゃちょーが私たちのために苦しんでるのに、部下の私が何にもしないなんておかしいですよ!」


 と言って聞かなかった。こんなことを部下に、よりにもよって鈴桃にはやらせたくない。成人しているのに、青臭さが抜けない鈴桃には。突き放そうと思ったけど、ボスが見逃すはずがなかった。

 鈴桃を殺さず、人体実験もしない代わりに、私にもう一度人体実験を受けろと要求してきた。


 正常な思考ができるようになって、ようやく恐怖という感情が湧くようになった。体がどのように変化するのか、死んでしまうのか。死ぬならどんな風に?

 死にたくない。だけど、私のために来てくれた鈴桃を見捨てる訳にもいかない。もしかしたら、体が人体実験に慣れている可能性がある。

 そんな薄い望みに賭けて、私は人体実験を受けた。魔法を連発できるようになったが、使いすぎると、言葉通り身が滅んでしまうようになった。


 組織から抜け出すために、起業したり投資をしようと思ったが、そんなことボスが許すはずがない。胸の中で岩が転がったような疲労感が押し寄せた。


 ターゲットと任務を妨害してきた奴には悪いが、次の任務は失敗できない。この身が滅んでも。そのためにも、まずは回復に専念しよう。


 †


 傷も癒えてきて、退院の日がやってきた。まだ、包帯を巻かないといけないが、日常生活には支障は出ない。久しぶりの外の空気は、体の中が換気されるような新鮮さを与えてくれた。


 「外っていいね」


 何気なく言った言葉に、風花は感慨深そうな表情を浮かべる。辛そうにも、懐かしそうにも見えた。


 「そうだね。私も外に出るのは好きだな」


 風花は胸ポケットを探り、試験管を三本取り出した。試験管に入っている血が波を立てながら、こちらに寄ってくる。


 「どうしても副作用は消えなかった」


 喉が締め付けられたような声。


 「暴走の危険性はある。だけど、どうしても君には生きていてほしい。虹彩と共に。飲むか飲まないかは、君に任せる。無責任なことを言っている自覚はあるが、受け取ってほしい」


 どうしてここまで、私を生きさせようとするんだろう。初めて会ったときから、今に至るまでずっと、私が生きるために行動してる。これをただの善意で片付けるのは、非論理的だろう。それに、風花に対しても失礼だ。


 あの時に聞けなかったこと。今は、自然に口から溢れた。


 「なんで、私たちのためにそこまでしてくれるの?」


 数秒の沈黙の後。


 「それを聞いてどうするんだい? 君のやることは変わらないだろう」


 私に顔を見せず、素っ気ない言葉を放った。足早にアパートに帰ろうとする風花を追いかけ、手首を掴む。


 「教えて、風花」


 手首を掴まれた風花は、しばし立ち止まる。風花は固唾を呑み、小さく肩を震わせる。その沈黙の中に、何が含まれていたのだろう。

 手首を掴む力が強くなってしまった。風花は、意を決したように振り向く。その顔は、眉尻が垂れ下がっていて、口角も下がっている。


 「友達だから、では駄目かい?」


 違う。私が聞きたいのは、もっと根本的なこと。それに、初めて助けてくれた時は、初対面だった。風花の表情を見ると、喉がつっかえてしまう。だけど、聞きたい。


 「駄目かな。ごめんね」


 分かりやすく肩を落とす。依然、体はこっちを向いているものの、視線が外れる。どこか既視感のある、物悲しげな表情。


 「君が心配だから……好きだから。それだけだよ」


 好き、私のことが? 頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。初めて会った時から好きだったのか。もしかして、私が忘れてるだけで、もっと前から会ったことがあるのかもしれない。

 どうにか、風花から聞き出そうと口を開きかける。しかし、それはできなかった。風花の、麻酔を打たれたように弛緩した表情を見てしまったから。


 その表情のまま、そっと私の手を掴み手首から離す。


 「ごめんね。来夏」


 ゆっくりと歩き出した。なのに、その背中は既に遠く見える。

 ごめんね、その言葉が胸に張り付いて離れない。妙に子供っぽくて聞き馴染みのある声色。


 少しずつ彼女の謎に近づいているはずなのに、遠ざかっていく気がして止まない。


 私は、虹彩のいる警察署へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ