8話
背中の肉が溶けるような音が響く。遅れて熱が背中から全身へ広がっていき、涙すら熱く感じた。声が出せないはずなのに、背中で蒸発する血が悲鳴じみた音を発している。
視界がぼやけて、もうほとんど見えない。それに、脚に力が入らなくて、もつれてしまいそうだ。
守らないと……でも、意識が……
レーザーが完全に消え、背中に伝わる衝撃も止んだ。弱々しい息を吐く。その中に何が混じっているか、考えるほどの余裕はなかった。
よかった、みんなを守れて。次は、あの二人を止めないと……
言うことを聞かない足を強引に動かす。そのまま、二人の方を向こうとした時、私の意識は途絶えた。
†
【虹彩視点】
自室のベッドの横。風花が手を握って、私を宥めてくれている。心強いのに、なんで体の震えが止まらないんだろう。私の体に反して、風花の手は温かい。
さっきまで、甚だしい音がしてたのに、ぷつりと止んだ。警察が負けなのかな。そしたら、来夏も……
凍ったように体が動かせない。嫌だ、私のために、私のせいで来夏が。氷の膜を破るように、立ち上がる。部屋を飛び出し、両親と風花の制止も聞かず、玄関の扉を開けた。最上階から、駐車場を見下ろす。
車が塀に叩きつけられたように潰れていたり、焼けたような跡があるもの。二人の女性が駐車場の中心に立っている。二人を囲むように、警察が倒れていた。
そして、二人が見つめる先には、一人の女性が倒れている。背中の服には焦げたような跡と、紅色の液体が見えた。その液体は、波紋のように広がっていく。
嘘、だよね? 高い所から見てるから、そう見えただけで。
目を何度もこする。しかし、液体が広がるだけだった。
後ろの扉が開くと、風花が私に駆け寄ってきた。どうしたのかと聞かれても、言葉が出てこない。首を絞められたような、呻き声が漏れ出すだけ。何かを察したように、風花は駐車場を見下ろす。
「来……夏……」
口を抑え、後退りする。顔は青ざめていて、手足が震えていた。その直後、ハッとしたように目を見開き、私の手を掴む。
「来夏を連れて逃げるよ! 今なら……まだ」
初めて会った時のような速度で、階段を駆け下りる。二の句が継がれることはなく、私は聞くことができなかった。聞く必要がなかった。蒼白の顔には冷や汗が滲んでいるのに、瞳は一人の少女を追い求めていたから。
駐車場に着き、来夏に走り寄る。風花は、来夏のつけている狐の面を外す。
「息はある。今すぐ病院に連れて行くよ!」
風花が来夏を抱える。駐車場の出口へ向かおうとすると、二人の女性の会話が耳に入った。
「ちょっと海琴さん! ターゲットですよ、どうしますか!?」
銀髪の女性は片膝をついたまま答える。
「ここは見逃そう。もう、私には魔法を使えるだけの魔素も体力もない」
金髪の女性は唇を尖らせて、ふてくされたように地面に座り込む。
私は来夏を運ぶのを手伝い、駐車場を後にする。それから三十分ほどかけて、総合病院に着いた。
心拍数が低く、多量の出血、背骨付近まで肉が溶けていて、生きているのが奇跡に近い。医者が言うには、体に残る微量の魔素がなければ、既に亡くなっていたらしい。
治療が完了する頃には、日が出ていた。こんなことがあって、学校に行く気にはなれない。それに、来夏を放ってはおけなかった。
それは風花も同じなようで、眠っている来夏の手をずっと握っている。風花の目は、いろいろな感情が入り混じったように見えて、何を考えているのか分からない。
ただ、ケガをした子供を見つめるような、優しくて申し訳なさそうな瞳に思える。
とにかく、来夏が生きていて良かった。胸の中に張り付いていたものが、ポロポロと剥がれ落ちていくような気がした。それと同時に、罪悪感という鎖が心を締め付ける。
私が魔法を使えたら、こんなことにはならなかったのに。来夏を頼らずに、大人しく捕まってたら……
「そんなに思い詰めてはいけないよ」
「えっ」
来夏の手を優しく撫でながら、こちらを見る。
「虹彩は、自分が捕まったら良かったと思っているんだろう?」
考えていたことを言い当てられ、体がピクリと震えた。私よりも幼く見えるのに、なんでこんなに勘が鋭いんだろう。
「私の知る来夏はね、そんなことを絶対に許さないと思うんだ。大切な友人が、自分に気遣って、捕まるなんて」
朝日が部屋に射し込む。風花の顔がはっきり見えた。目の縁は薄い赤色になっているのに、宥めるような顔をしている。
「来夏を想うなら、まずは君自身を大切にしてくれ」
そう……だよね。来夏はいっつも誰かのために行動してるもんね。だけど、来夏はどうなるの。周りに手を差し伸べてるのに、来夏のために伸ばされる手がないなんて。
そんなの嫌だ。だから、来夏には私を頼ってほしい。なのに、私にはなんの力もない。
魔法の本も読んだし、ネットで魔法の使い方も調べた。でも、未だに魔法は使えない。
何が足りないんだろう。
「風花、魔法の使い方って分かる?」
「魔法が使えない人に教えを請うなんて、酷なことをするね」
冗談めかしながらも、考える素振りをしている。
「そうだね。君は、何のために魔法を使いたいんだい?」
何のため、そんなの決まってる。
「来夏のため」
「そう。だったら、いつか使えるようになるはずだ」
風花はふっと微笑み、来夏のことを見やる。何の答えにもなってない言葉に戸惑いつつ、私も来夏のことを見た。
綺麗な寝顔、艶があるのにやつれた黒髪。
守られてるばっかりじゃ駄目。何でもいいから、来夏のためになりたい。
†
【来夏視点】
目が覚めると、白を基調とした飾り気のない部屋にいた。点滴に繋がれていて、少し痛い。
病院か。風花が運んでくれたのだろうか。レーザーを受けた後、どうなったのだろう。
勢いよく上半身を起こすと、風花と虹彩が驚いた表現を浮かべた。
「良かった、無事だったんだ」
体の力が抜け、再びベッドに迎えられた。
「まったく、人の心配をする前に自分の心配をしてほしいものだ」
落ち着いて見える風花とは対照的に、虹彩は、
「良かったよーー!! 私のせいで死んじゃったらどうしようって!!」
私に泣きついてきた。少し体が痛むから勘弁してほしい。でも、こんな虹彩を見ていると安心してしまう。
「二人とも心配かけてごめんね」
「来夏が謝ることじゃないよー! もほほー」
何その泣き方。そういえば、今何時だろう。壁にかけてあった時計を見ると、十二時を過ぎていた。
「すまないね。学校には休みの連絡を入れてしまったよ」
「ありがとう風花。今日は学校に行けそうになかったから」
とりあえず、今日は体を休めて怪我を治すことに専念しないと。これじゃ、虹彩を守るどころか日常生活すらままならない。
治ったとしても、海琴と鈴桃に勝てる気はしないけど。
「風花、どうしたら強くなれるかな?」
「君も、魔法を使えない私に聞くのか。まあ、君の場合は単純なことだが」
単純なこと? オウム返しのように聞くと、風花は試験管を取り出した。小悪魔的な笑みを浮かべ、口を開く。
「血を飲む量を増やす。単純なことだろう?」
「副作用が強くなるとか、デメリットはないの?」
私がそう言うと、風花の表情はスッと変わる。口角は引き締まり、眉間にしわが寄っている。
「一時的に自我を失い、暴走する可能性がある」




