表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

8話

 背中の肉が溶けるような音が響く。遅れて熱が背中から全身へ広がっていき、涙すら熱く感じた。声が出せないはずなのに、背中で蒸発する血が悲鳴じみた音を発している。


 視界がぼやけて、もうほとんど見えない。それに、脚に力が入らなくて、もつれてしまいそうだ。


 守らないと……でも、意識が……


 レーザーが完全に消え、背中に伝わる衝撃も止んだ。弱々しい息を吐く。その中に何が混じっているか、考えるほどの余裕はなかった。


 よかった、みんなを守れて。次は、あの二人を止めないと……


 言うことを聞かない足を強引に動かす。そのまま、二人の方を向こうとした時、私の意識は途絶えた。


 †

 【虹彩視点】


 自室のベッドの横。風花が手を握って、私を宥めてくれている。心強いのに、なんで体の震えが止まらないんだろう。私の体に反して、風花の手は温かい。


 さっきまで、甚だしい音がしてたのに、ぷつりと止んだ。警察が負けなのかな。そしたら、来夏も……


 凍ったように体が動かせない。嫌だ、私のために、私のせいで来夏が。氷の膜を破るように、立ち上がる。部屋を飛び出し、両親と風花の制止も聞かず、玄関の扉を開けた。最上階から、駐車場を見下ろす。

 車が塀に叩きつけられたように潰れていたり、焼けたような跡があるもの。二人の女性が駐車場の中心に立っている。二人を囲むように、警察が倒れていた。


 そして、二人が見つめる先には、一人の女性が倒れている。背中の服には焦げたような跡と、紅色の液体が見えた。その液体は、波紋のように広がっていく。


 嘘、だよね? 高い所から見てるから、そう見えただけで。

 目を何度もこする。しかし、液体が広がるだけだった。


 後ろの扉が開くと、風花が私に駆け寄ってきた。どうしたのかと聞かれても、言葉が出てこない。首を絞められたような、呻き声が漏れ出すだけ。何かを察したように、風花は駐車場を見下ろす。


 「来……夏……」


 口を抑え、後退りする。顔は青ざめていて、手足が震えていた。その直後、ハッとしたように目を見開き、私の手を掴む。


 「来夏を連れて逃げるよ! 今なら……まだ」


 初めて会った時のような速度で、階段を駆け下りる。二の句が継がれることはなく、私は聞くことができなかった。聞く必要がなかった。蒼白の顔には冷や汗が滲んでいるのに、瞳は一人の少女を追い求めていたから。


 駐車場に着き、来夏に走り寄る。風花は、来夏のつけている狐の面を外す。


 「息はある。今すぐ病院に連れて行くよ!」


 風花が来夏を抱える。駐車場の出口へ向かおうとすると、二人の女性の会話が耳に入った。


 「ちょっと海琴さん! ターゲットですよ、どうしますか!?」


 銀髪の女性は片膝をついたまま答える。


 「ここは見逃そう。もう、私には魔法を使えるだけの魔素も体力もない」


 金髪の女性は唇を尖らせて、ふてくされたように地面に座り込む。

 私は来夏を運ぶのを手伝い、駐車場を後にする。それから三十分ほどかけて、総合病院に着いた。


 心拍数が低く、多量の出血、背骨付近まで肉が溶けていて、生きているのが奇跡に近い。医者が言うには、体に残る微量の魔素がなければ、既に亡くなっていたらしい。

 治療が完了する頃には、日が出ていた。こんなことがあって、学校に行く気にはなれない。それに、来夏を放ってはおけなかった。


 それは風花も同じなようで、眠っている来夏の手をずっと握っている。風花の目は、いろいろな感情が入り混じったように見えて、何を考えているのか分からない。

 ただ、ケガをした子供を見つめるような、優しくて申し訳なさそうな瞳に思える。


 とにかく、来夏が生きていて良かった。胸の中に張り付いていたものが、ポロポロと剥がれ落ちていくような気がした。それと同時に、罪悪感という鎖が心を締め付ける。


 私が魔法を使えたら、こんなことにはならなかったのに。来夏を頼らずに、大人しく捕まってたら……


 「そんなに思い詰めてはいけないよ」


 「えっ」


 来夏の手を優しく撫でながら、こちらを見る。


 「虹彩は、自分が捕まったら良かったと思っているんだろう?」


 考えていたことを言い当てられ、体がピクリと震えた。私よりも幼く見えるのに、なんでこんなに勘が鋭いんだろう。


 「私の知る来夏はね、そんなことを絶対に許さないと思うんだ。大切な友人が、自分に気遣って、捕まるなんて」


 朝日が部屋に射し込む。風花の顔がはっきり見えた。目の縁は薄い赤色になっているのに、宥めるような顔をしている。


 「来夏を想うなら、まずは君自身を大切にしてくれ」


 そう……だよね。来夏はいっつも誰かのために行動してるもんね。だけど、来夏はどうなるの。周りに手を差し伸べてるのに、来夏のために伸ばされる手がないなんて。

 そんなの嫌だ。だから、来夏には私を頼ってほしい。なのに、私にはなんの力もない。


 魔法の本も読んだし、ネットで魔法の使い方も調べた。でも、未だに魔法は使えない。


 何が足りないんだろう。


 「風花、魔法の使い方って分かる?」


 「魔法が使えない人に教えを請うなんて、酷なことをするね」


 冗談めかしながらも、考える素振りをしている。


 「そうだね。君は、何のために魔法を使いたいんだい?」


 何のため、そんなの決まってる。


 「来夏のため」


 「そう。だったら、いつか使えるようになるはずだ」


 風花はふっと微笑み、来夏のことを見やる。何の答えにもなってない言葉に戸惑いつつ、私も来夏のことを見た。

 綺麗な寝顔、艶があるのにやつれた黒髪。


 守られてるばっかりじゃ駄目。何でもいいから、来夏のためになりたい。


 †

 【来夏視点】


 目が覚めると、白を基調とした飾り気のない部屋にいた。点滴に繋がれていて、少し痛い。

 病院か。風花が運んでくれたのだろうか。レーザーを受けた後、どうなったのだろう。


 勢いよく上半身を起こすと、風花と虹彩が驚いた表現を浮かべた。


 「良かった、無事だったんだ」


 体の力が抜け、再びベッドに迎えられた。


 「まったく、人の心配をする前に自分の心配をしてほしいものだ」


 落ち着いて見える風花とは対照的に、虹彩は、


 「良かったよーー!! 私のせいで死んじゃったらどうしようって!!」


 私に泣きついてきた。少し体が痛むから勘弁してほしい。でも、こんな虹彩を見ていると安心してしまう。


 「二人とも心配かけてごめんね」


 「来夏が謝ることじゃないよー! もほほー」


 何その泣き方。そういえば、今何時だろう。壁にかけてあった時計を見ると、十二時を過ぎていた。


 「すまないね。学校には休みの連絡を入れてしまったよ」


 「ありがとう風花。今日は学校に行けそうになかったから」


 とりあえず、今日は体を休めて怪我を治すことに専念しないと。これじゃ、虹彩を守るどころか日常生活すらままならない。

 治ったとしても、海琴と鈴桃に勝てる気はしないけど。


 「風花、どうしたら強くなれるかな?」


 「君も、魔法を使えない私に聞くのか。まあ、君の場合は単純なことだが」


 単純なこと? オウム返しのように聞くと、風花は試験管を取り出した。小悪魔的な笑みを浮かべ、口を開く。


 「血を飲む量を増やす。単純なことだろう?」


 「副作用が強くなるとか、デメリットはないの?」


 私がそう言うと、風花の表情はスッと変わる。口角は引き締まり、眉間にしわが寄っている。


 「一時的に自我を失い、暴走する可能性がある」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ