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6話

 早くマンションに向かいたいのに、行く先から人が流れてくる。隙間を縫うように、進んでいく。風花は、私の服の裾を掴んではぐれないようにしていた。

 狐の面に慣れていないせいで、行き交う人と何度かぶつかりそうになった。


 異臭が鼻を刺激する。煤が混ざったような、不快な焦げ臭さ。腹の底から、込み上げてくるものを堪える。人通りが少なくなるにつれ、煙の匂いが濃くなっていく。建物の塀やフェンスが壊されていたり、溶けたような跡がある。


 「この周辺で警察と戦ったんだろう。派手に暴れてるね」


 「風花って、敵の組織のこと詳しいの?」


 「まあ、程々にね。だけど、今話すことじゃない。虹彩を助けるんだろう?」


 軽くうなずく。マンションが近づくと、衝突音のような爆ぜる音が響くようになってきた。


 「来夏、あそこに」


 風花が指を差した方を見ると、マンションの塀に横たわっている警官を見つけた。辺りを見回すと、敵はいないようだ。警官の元へ駆け寄る。


 「大丈夫ですか!?」


 目立った外傷はなく、服に焦げたような跡があるくらい。どうやら気を失っているようで、返事はなかった。

 警官を安全な場所に運び、マンションの入り口で中の様子を覗う。


 駐車場には数十人の警察が倒れている。まだ戦闘は続いているが、戦況は敵に傾いていた。

 警察は魔法や銃を行使するが、どれも意味をなしていないように見える。


 「風花は、虹彩と家族の保護をお願い」


 「来夏はどうするんだい?」


 「警察に加勢する」


 風花は少し俯く。


 「無理はしないでおくれよ」


 風花がマンションの最上階へ向かうのを確認すると、試験管を取り出す。警察が勝てないような相手に、どれだけ通用するか分からない。人の血を飲むのは怖いし、あの苦痛は鮮明に覚えている。それでも、マンションの住民と虹彩を守るためには、力が必要。

 そのためだったら、私は……


 試験管の蓋を開け、血を飲み干す。


 「ヴッッ……」


 体内が別のものに作り変えられるみたいに、体が熱い。飲む量が増えたから? だけど、前よりは断然、症状は軽い。塀にもたれて、痛みを紛らわせる。背後では、聞いたこともない衝撃音が鳴り響き、空気が揺らぐ


 早く行かないと。痛いなんて言ってられない。


 息を潜めて、塀に沿って移動する。真正面から戦っても勝ち目がないのは、塀越しでも肌感覚で伝わってくる。


 空気を裂き、抉るような音。金属の衝突音。どれも、警察のものではない。警察の悲痛な叫び声が、どんな音よりも私の耳に響く。


 空気を裂く音の近くの塀の前に立つ。魔法を使えば、後戻りできない。だけど、みんなを助けないと。胸の奥底にじっとりとしたものが、滲み出てくる。それを知ってしまったら、私は逃げ出してしまう。唾を飲み、流し捨てる。ただ、あまり薄まらなかったのか、とても苦かった。


 手のひらを見つめ、あの時の感覚を思い出す。体内の魔素の流れ、そして放出。でも、あの時と同じ魔法では駄目だ。警察や避難する人を巻き込みかねない。敵だけを対象にしないと。


 塀の向こうにいる敵に、手を向ける。すると、どこからともなく花びらが出現し、塀の向こうへ飛んでいった。

 途端に、戦闘の音は止み、静寂が訪れる。それでも、胸のざわめきは収まらない。それどころか、冷や汗がやまず、周囲の空気が妙に冷たく感じる。


 その刹那、体が壁に叩きつけられた。


 文字通り、頭が真っ白になった。痛い、その感覚だけはある。この状況に理解が追いつかない。さっきまで目の前にあった塀は崩壊している。その奥には、二人の女性と、数名の警察。


 女性の一人は、私の魔法により花びらで拘束されている。もう一人の女性は深くため息をつき、何かを呟く。その瞬間、警察が一人残らず、吹き飛んだ。


 風? それも車や人を吹き飛ばす勢いの。


 警察は立ち上がることなく、地面に倒れたまま。女性が再び呟くと、拘束が解かれた。


 二人の女性がこちらに歩いてくる。刀を持った女性は、淡い銀色の長髪に、深紅の瞳。戦闘をしていたと言うのに、乱れ一つない制服に身を包んでいる。


 拘束されていた女性は、活気のいい金髪のショートボブに、同色の瞳。耳元にはリボンが飾られている。


 「おい、花の魔法を使ったのは、お前で間違いないな」


 銀髪の女性の、抑揚のなく、それでいて怒気を含んだ声。

 どうする。マンションの住民と虹彩を避難させるには。


 「答えないか。まあいい、私たちの目的はお前ではないからな」


 目的。分かっているけど、薄い望みにかけて尋ねる。


 「目的って、虹彩……ですか?」


 銀髪の女性が眉をひそめる。


 「なぜ、お前がそれを知っている?」


 声色が低くなり、空気が重くなる。

 やっぱり、こいつらは虹彩が目的か。会話をしている間に、打開策を考えよう。


 「友達だから」


 「そうか。かわいそうだが、私たちも仕事だからな。お前の友達は捕らえさせてもらう」


 「なんで虹彩を捕まえるんですか!」


 思わず、声を荒げてしまった。


 「私たちも詳細は知らないが、人類の発展のために必要らしい」


 人類の発展のため? ますます分からなくなった。虹彩の持つ膨大な魔素が人類の発展に?


 金髪の女性が、銀髪の女性の腕をつつく。


 「そろそろ良くないですか? 早く、捕まえちゃいましょうよ」


 「それもそうだな」


 二人は私に背を向け、マンションへと歩き出した。


 くそ、せめて逃げる時間だけでも稼がないと。あの二人には絶対に勝てない。さっき対面してみて、改めて実感した。特に、銀髪の女性の方は、別格だった。目を合わせるだけで、体が萎縮してしまう。


 幸い、私の魔法は応用が利きそうだ。時間を稼ぐぐらいなら、できるかもしれない。魔素が尽きるまでの間に、風花が逃がしてくれることを信じよう。


 二人に向かって、花びらを巻きつけるように放った――

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