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5話

 「おや、遅かったじゃないか。夕飯を温めてくるから、お風呂に入るといい」


 風花は、私が部屋に置いていた小説を読みながら、リビングでくつろいでいた。帰る家に、帰りを待ってくれている人がいるだけで、こんなに心が落ち着くのか。


 「ごめん。虹彩のこと、一応警察に相談しに行ってて」


 どこか、おかしそうな顔で、こちらを見上げてくる。


 「謝ることじゃない。むしろ、友達のために行動するなんて、称賛されるべきことだ。さっ、早くお風呂に行っておいで」


 ポンッと肩に手を置かれる。当たり前のことをしただけだと分かっていても、少し嬉しい。軽くお礼を言い、浴室に向かう。体を洗い、湯船に浸かる。優しく染み渡るような温かさ。体の中の不純物が排出されるように、疲労が抜けていく。湯気が浴室に立ち込め、私の頭の中まで白くなっていった。数分、湯船に浸かり、顔にお湯をかける。


 よし、風花を待たせるのも悪いし、早くお風呂を出て、ご飯を食べよう。体を拭き、パジャマを着る。


 「さあ、召し上がってくれ」


 机の上には、シチューとパンが置かれていた。一人暮らしを続けていたら、見ることのなかった光景だろう。生唾を飲み、シチューにスプーンを伸ばす。ゆっくりと口まで運び、頬張る。

 先日、食べたピザも美味しかった。だけど、違う美味しさがする。食べさせられてる感じのしない、自然な味。


 「美味しい……」


 「ふふ、そうかい?」


 「そうだよ! こんなに美味しいもの、私だったら作れないもん!」


 風花が目を細め、冷蔵庫に視線を向ける。


 「君の場合は、作ったことがあるのかすら疑問なんだがね」


 「あははは」


 と、愛想笑いで誤魔化した。風花は不満気に頬を膨らませていたが、小さく笑う。つられて、私も笑ってしまった。


 「まったく、体調を崩さないでおくれよ? 来夏が風邪を引いたら悲しい。それに、虹彩を守れなくなってしまうよ」


 「そうだね。これからも、料理を頼んでもいい?」


 「えっ……」


 意表を突かれたように、目を見開く。充電が切れたおもちゃのように、硬直している。どうしたのかと、見つめているとびくりと体を震わせた。


 「だ、大丈夫?」


 「すまない、少し疲れているのかもしれない」


 「じゃあ、風花は休んでて。残りの家事は私がやるから」


 「心配ご無用! ほら、この通り元気だ」


 腕の筋肉を見せるようなポーズをする。大人びていて、聡明な雰囲気はなくなり、本当に子供みたいだ。吹き出しそうになるのを我慢するので精一杯。


 「なら良かった。でも、無理しないでね」


 「ああ。ほら、早く食べてくれ」


 言われた通り、シチューとパンを食べ進める。風花は手のひらに顎を乗せ、どこかを見つめていた。寂しそうでいて、満足気に。



 ご飯を食べ終え、勉強している。二十四時を過ぎているが、あまり眠気は来ていない。もう三時間はいけるだろうか。私の部屋では風花が寝ていて、リビングで勉強しているので新鮮な気分。軽くストレッチをし、ペンを握る。


 その時、スマホの着信音が鳴った。


 まさかと思い、画面を見る。そこには見知ったアイコンと、虹彩の名前。着信ボタンを押し、電話に出る。

 息を殺したような小さな声が、耳に響いた。


 ――来夏、来夏……外で


 可哀想なほど掠れた声。言葉の節々から、恐怖が滲んでいた。大方の予想は付いているが、虹彩の言葉を待つ。


 ――警察が戦ってて、だけど負けそうで


 「虹彩は大丈夫? 今は家にいるよね?」


 ――うん


 「私も今から行くから、安全な場所に避難してて」


 電話を切り、風花を起こさないよう着替え始める。紺色のパーカー、柔らかい色のショートパンツ。戦闘に向いてないと思うが、今は早く向かわないといけない。ひっそりとベッドの前を通ろうとした時、


 「こらこら、何をしてるのかな」


 「げっ、起こしちゃった?」


 「げっ、とは失礼な。それよりも、虹彩を守りに行くんだろう?」


 話しぶりからも感じていたけど、この子は本当に賢い。風花はベッドの下をまさぐり、取ったものを渡してきた。

 それは、白い狐の面だった。


 「これを付けるといい、敵の組織には意味はないかもしれないが、友人や身内には知られたくないだろう」


 「ありがとう! じゃあ行ってくるね」


 部屋から出ようとすると、裾を引っ張られた。振り向けば、納得いかなそうに眉をひそめている。


 「何を言っておる。私も付いていくに決まっているだろう」


 「危ないから待ってたほうが……」


 「魔素の補充係がいたほうが安心だろう?」


 補充係という言い方に引っかかるが、魔素が無くなったら終わり。出かかった言葉を飲み込み、アパートを飛び出した。

 電車に乗り、虹彩のいるマンションの近くの駅まで向かう。動いていないと、どうにも落ち着かない。落ち着かなさを振り払うように、自然と足が動いてしまう。


 駅に着き、マンションの建っている方向を見ると、煙が昇っていた。その周辺からは、サイレンが鳴り響いている。手汗が滲み、心臓が早鐘を打つ。無事でいてほしい。虹彩だけじゃない。マンションにいる人、全員。

 一度、深呼吸をして、先を急ぐ。

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