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透明な虹 ④

病の表現を含みます。苦手な方はご遠慮ください。

 

 そこは、とても綺麗な場所だった。

 想像していたようなそれとは、全く違う場所だった。

 

 見かけには普通のお寺のようでいて、一歩踏み入れれば中はまるで異空間のようだ。

 白い床に透明なガラス張りの壁。壁に並んだ小さな扉には、アルファベットで名前が書かれたプレートがそれぞれに付いている。

 空間全体は淡い青色でライティングされていた。後で聞いた話だけれど、灯りの色は日によって変わるらしい。 


 仄かに漂う線香の香りが、僕でもよく知っている風景を思い出させた。

 母さんと妹は、そこにいる。



「素敵なところですね」

 僕は何も考えずに呟いてしまった。

 蒼葉さんは頷いて、琥珀さんは笑ってくれたような気がした。



 お墓参りに付き添って欲しいと誘われて、躊躇いがなかった訳ではない。

 悲しい記憶は嫌という程あるし、正直なところ、母さんたちのところにだってしばらく行っていない。

 ここ数年は体調のせいにしているけれど、本当はそうでないことを僕は自覚している。


 今日ここに来たのは、僕の意志だ。

 二人と一緒なら、何かが変わる気がしていた。




「平気だよ。心配するなって」

 蒼葉さんはそう言って、琥珀さんの車椅子を押した。

 琥珀さんは、移動中に発作を起こした蒼葉さんのことを気にかけているのだ。表情を見れば僕にも分かった。

 車椅子を押す手はしっかりしている。体調は悪くなさそうだ。

 声がなくても僕たちは心を通わせられる。


「受付、あるみたいですね」

 入り口の傍に小さなカウンターが据えられている。カウンターの奥は事務所に繋がっているようだ。

 花瓶に生けられた花の放つ香りが、僕たちを包んだ。

「そうだな。琥珀の名前、伝えれば分かるか」

 琥珀さんは反応を示さない。僕は蒼葉さんと視線を交わした。

 

「一回、外出るか」

「少し休憩してからにしましょうか」

 朝早くに家を出て、何時間も電車に揺られて、間を置かずにここまでやって来たのだ。慣れない遠出に、疲れてしまったのかもしれない。

 それともやっぱり、辛くなってしまうのかもしれない。僕と同じように。

 

 目配せをした僕たちの動きに反して、琥珀さんは一点を見つめたままでいる。

 視線を辿った先はカウンターの奥で、事務所の方に人影が揺れた。



「蒼葉さん、待ってください」

「どうした」

「多分、琥珀さん、誰か会いたい人がいるんです。ね」

 僕は琥珀さんに向かって首を傾けた。そうすると同時に、和装を纏う初老の男性が姿を見せた。


「お待たせしました。どちらにお参りですか」

 ゆったりとした男性の声が響く。ガラス張りの空間は、静かな声を反響させた。

「お名前は……」

 僕たち三人を順に見つめた後、男性は琥珀さんを見つめて言葉を止めた。

 驚いたように丸くなった目が、束の間のうちに細められる。


「随分と久しぶりですね。数年振りのような気がします。お待ちしておりました」

 琥珀さんの身体のことも僕たちの関係も、詳しい事情などきっと知らないはずなのに、男性は何も聞こうとしなかった。

 

 何も特別なことがない普通の再会に、琥珀さんも穏やかな表情を浮かべていた。




「お花やお供物はこちらに」

 示されたこれもまたガラス製のテーブルには、色とりどりの花が飾られている。

 ぽつぽつと置かれた贈り物は、ここに眠る人たちと、今を生きる人たちを繋ぐ宝物のように思えた。


 車椅子をテーブルの傍へ横付けにして、蒼葉さんは琥珀さんの身体にそっと触れた。

「腕、強張ってるな。ゆっくり動かすぞ」

 大人しく身を任せる琥珀さんは、気持ちが良さそうに目を閉じた。


「お荷物、少し触りますね」

 そう断って、僕は琥珀さんの荷物に触れた。大きなバッグには、琥珀さんの命に関わる物が幾多も詰め込まれている。

 僕はそれらを壊さないようにして、奥から探し物を取り出した。


「ありがとう、膝の上に置いてやって」

 マッサージをしていた手を止めて、蒼葉さんは僕にそう言った。

 

「一緒に。ほら、これ持てるか……琥珀もそっち手伝って。悪いな」

 悪いことなんて、何もない。言われなくたって、そうするつもりでいた。

 蒼葉さんが右側に、僕は左側に、琥珀さんを守るように立つ。

 力を持たない腕は、細くて重たい。それでも見えない芯を含んだ脱力に、琥珀さんの意思を感じた。



 三人で、時間をかけて、テーブルにお供え物をする。


 眩しくて黄色い小さな花束の置物は、電車に乗る前に買ってあったものだ。生花よりこちらが良いと、琥珀さんが決めたそうだ。

 傍には淡い水色の封筒が、花束と一緒に添えられていた。

 中身を僕は知らない。けれど、昨夜の二人を想像して、胸の内に温かいものが広がった。



「彼のご両親は、こちらに」

 案内されたのは、明るい壁の中央辺りに位置する扉だった。

 ずっと前からこうなる未来を知っていたかのように、それは琥珀さんの目線の高さとぴったり重なった。


「何か必要な物はありますか」

「どうだ、琥珀」

 僕の声が蒼葉さんに後押しをされて、琥珀さんまで届く。

 琥珀さんは、また、静かに目を閉じた。僕たちも同じように目を閉じて、琥珀さんの分まで手を合わせた。



 誰よりも長い時間、琥珀さんは目を閉じたままでいた。

 会えなかった空白の時間を埋めるように、その間の大きな変化をゆっくりと伝えるように、長い時間だった。


 そうする琥珀さんを見つめながら、僕の視界がじんわりと滲んだ。

 頬を拭った僕に、蒼葉さんは気が付いたようだ。優しく押し付けられたタオルは、爽やかな石鹸の香りがした。



 僕の気持ちは、思っていたよりずっと穏やかだ。

 こんなに柔らかな再会があるのなら、僕だって母さんたちに会いに行きたくなる。

 

 僕たちを囲む透明なガラスは、光を反射して七色を映している。

 二人と一緒に見た永遠に消えない虹が、僕の想いを変えてくれた。



 次回へ、つづく。



情景描写が難しくて、時間がかかってしまいました。

透明な虹、次回で完結予定です。

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