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青空の壁 ①

病気の表現を含みます。if設定です。

 

 大きな窓の傍に据えられたベッドは、居心地がいい。

 窓は丁寧に半分だけ開かれている。陽が入りすぎないように引かれたカーテンは、微風に揺れる。

 上階から遠慮がちな物音が聞こえる。傍にいる誰かの気配が、ボクの眠気を誘う。


 淡い水色の壁に囲まれたこの部屋は、元々は母さんの場所だ。どうしても悲しくなってしまうことが多くて、一人で過ごすようになってからずっと、ここはただの空き部屋だった。


***


 その日の蒼葉は、手すりに掴まりながら階段を降りて来たボクを待ち構えていた。昨夜のことを思い出せば、何となくそうなる予感はしていた。

 意識をして背筋を伸ばす。縮こまっていた筋肉は柔らかく軋んだ。


「手、貸そうか」

「ううん。大丈夫」

 伸ばされた手に首を振って遠慮する。蒼葉は小さく息を吐いた。

「無理するなって」

「してない」

 自室を出るだけで足は震えた。たったそれだけで、力を使い果たした感覚に襲われる。

 それでも根を上げてしまうのはボクの意地が許さない。ボクは黙って、蒼葉の前を通り過ぎようとした。


「おい、待てよ」

 片方の腕をそっと掴まれて、足が止まる。

「なに」

 蒼葉から顔を背けたまま、ボクはわざと冷たくそう言った。

「怒るなよ」

「怒ってない」

 そんなつもりはなかったのに、誤解の指摘に自然と腹が立った。自分で蒔いた種は、もう探せない。


「放っておいて。今は何ともないから」

「また倒れたらどうするんだ」

「昨日のは、倒れたんじゃない。転んだだけ」

 忘れようとしていた身体の痛みが、鈍く蘇る。そんな自分に嫌気が差した。



 事が起きたのは、昨夜ベッドに入ろうとしたときのことだった。

 ぎこちなく動く指でボタンをかけるのは一苦労で、寝支度には時間がかかる。蒼葉は呼べばすぐに飛んでくる。けれど、出来る限りそうしたくない。


 やっとの思いで顔を上げれば、ピントがズレたように視界が回った。

 少しのふらつきは、簡単にボクの身体から芯を奪う。バランスも受け身も取れずに、ボクは床の上に崩れ落ちた。


 ほんの数秒、ほんの僅かな間、意識が飛んだ。気が付けば、蒼葉に顔を覗き込まれていた。

「すごい音だったぞ。大丈夫か」

「ごめん……ちょっと、ふらついただけ」

 床に打ち付けられた名残は、身体の至る所に感じた。酷く青ざめた顔をする蒼葉の前で、嘘をつくことが正解な気がした。


 割れ物のように抱えられながら、ベッドに横にされる。抗うだけの力も、もうボクからは失われていた。病の進むスピードは早い。

「なあ、琥珀。こんなこと言いたくないけど、そろそろ、」

「言いたくないなら、言わないで」

 蒼葉の言おうとしていることが分かって、ボクは逃げるように毛布を被った。臍を曲げた子どものようなボクに、蒼葉はそれ以上何も言わずに部屋を去って行った。



 朝になったら、謝ろう。そう思っていたはずなのに。

 優しさも素直に受け取れない自分が最低だと思った。このまま言い合いになるのも嫌で、ボクはようやく降り着いた階段の袂で身体の向きを変えた。


「……今日は部屋にいる」

「待てって。お前、何をそんなに怒る必要があるんだ」

「だから、怒ってないって言ったでしょう」

「じゃあ、どうして俺の目を見ない」

 ハッとして、それでもボクは顔を背けた。機嫌が悪いのはボクだけで、蒼葉の声は普段と変わらない。


「……一人でよかったんだ。蒼葉と一緒に暮らさない方がよかった」

 自分でももう、一度湧いた感情のコントロールが出来なくなっていた。口をついて出た言葉は、二度と消せない。

 果てしない階段をまた昇り始めても、蒼葉は追いかけて来なかった。



 次回へ、つづく



初めて喧嘩をする二人のお話です。

長くなってしまいそうだったので、二編に分けます。

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