5.それは偽りの
「なんて勿体無いことをしているの!」
出会い頭に叱られた。
「何よその下着は!もっと自分にあったものを着けなさい!はい脱いでっ、さっさと!」
「ちょっ、待ってください!ベニーがいますからっ」
「オーホホッ、見せつけてやりなさいな。どうせ将来はあの子のものでしょう?どれ程素晴らしいものを持っているかアピールしたらいいのよ!」
言ってることがおかしいです!私は痴女ではないのよっ!!
「ベニー、助けてっ!!」
「……え?」
え、じゃないですっ!
「ほ~らっ、小僧が見惚れているじゃない?」
「違いますから。本当に止めて頂けますか」
頑張れ、私。ここに味方はいないみたい。
カーティス様の嘘つき!少しじゃないわ、個性的だなんて、表現が柔らか過ぎますっ!
「シンディー。シェリーが怯えている」
「もう!もっと自信を持てばいいのに」
「常識と羞恥心なら持っていますから」
なんとか解放してもらい、試着室に移動する。
「は~い、ここなら女性だけよ。まぁ!本当に素敵なお胸だこと!潰していたわりに形は崩れてないわね」
「形……」
「さてと。貴方に自分の素晴らしさを教えてあげるわ」
そこからは凄かった。あれよあれよという間に着替えさせられ。
「はい、素敵よ!どう?」
着せられたのはミントグリーンのマーメードドレス。凄くシルエットが綺麗です。
「胸元が……」
「せっかくデコルテが綺麗なんだから見せないとね」
でも確かに。胸元が空いているけれど厭らしくならない。逆にスッキリしてお胸が大きいというより、綺麗に見えます。
「ほら。彼氏に聞いてご覧なさい」
彼氏?ではないのだけど。
「ベニー、どうかしら?」
「……綺麗だな。良く似合ってるよ」
初めて褒められた……っ!
「貴方もこのドレスに合わせてスーツを新調する?また少し背が伸びたみたいだし」
「そうだな、頼む」
「ん~、今は175cmくらい?まだカーティスには足りないけど、随分と大きくなったわね」
カーティス様は本当に背が高いから。
「ベニーはお母様似なのね」
「……そうだね。父には似なかったな」
どちらにしても格好良いから問題ないじゃない?
目が合うとニコリと微笑まれた。でも、あまり嬉しくなさそう?
「ほら、これなんかどうかしら」
「あ、素敵ですね」
「じゃあそれで」
少し心配だったけれど、その後もベニーは不機嫌になる事なく買い物が終わった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「……」
馬車の中でお礼を伝えると、ベニーは無言で私を見つめてくる。
「ベニー?」
「ね、キスしてもいい?」
「えっ!?」
ど、どどどどうして?そんな、突然──
「シェリーは俺の婚約者だ」
「そ、そうだけど」
「いずれは結婚する」
「…っ、そうだけど!」
「そんな、泣きそうになるくらい嫌なのか」
ベニーの言葉がヒヤリと響く。
違う、そうじゃなくて!
「あの、恥ずかしくてっ」
そう伝えるだけで、涙が零れそうになる。
だって、キスなんてしたことがない。ベニーには嫌われてると思っていたし、急過ぎて何がなんだか。
「目」
「……め?」
「閉じないの?俺はどっちでもいいけど」
……するの?決定なの?
ベニーがそっと私の頬を撫でる。どうしてそんなに余裕があるの?私よりも3つも年下なのに。
「あのね、ベニー、んっ」
ちゅっ、と優しく口付けられる。
「黙って」
それから。何度も啄むように口付けられる。
私はどうしていいのか分からず、息を止めてしまった。
そして……
「キス、しちゃったね」
そう言うと、もう一度チュッと口付けられた。ぺろっと唇を舐められる。
「うにゃっ!?」
「ふっ、猫みたいだ」
恥ずかしい。恥ずか死ぬ。
でも……
やっと、私を婚約者として受け入れてくれた。
そう思えて、とても安心したのだ。
◇◇◇
「じゃあ、また後で」
部屋まで送ってもらい、ポーッとしたままベッドに倒れ込む。
「……キスしちゃった」
ジタバタとベッドの上で暴れてしまう。
だってこんなふうになれると思わなかったから。2年間の不安が綺麗に消えて、何ともふわふわした気持ちで一杯になってしまった。
あ、カーティス様にお礼を言った方がいいかしら?
ドレスもだし、気を利かせて下さったおかげで思わぬ進展があったのだもの。
よし!
乱れた髪をササッと直し、カーティス様の執務室に向かう。
──あ、ベニーだ。
丁度執務室に向かうベニーが見えた。
もしかして、彼もお礼に?
バンッ!!
ノックも無く勢い良くドアを開け、勝手に入っていく姿に違和感を覚える。ドアは開け放たれたままだ。
その不穏な雰囲気に、つい、聞き耳を立ててしまう。
「父上、仰せの通りシェリーと出掛けて来ましたよ」
「……どうだった?」
「ドレスは満足のいくものが見つかりましたし、ちゃんと仲良くしました。ご満足ですか?」
その冷たく言い放たれた言葉に愕然とする。
ちゃんと仲良く?
あれは、カーティス様の指示だったの?
「……彼女の何が不満なんだ」
「何が?………全てですよ」
「ベンッ!」
「年上なのも、背が高いことも、大人びた体付きも!全てが気に入りません。ですが、政略的な婚約だと割り切っています。何か問題がありますか?」
「……お互いに尊重して愛情を育むことはそんなにも難しいかい?」
「だったら父上が結婚すればいいだろうっ!」
だめ……これ以上聞いてはだめ。
ジリジリと後退る。音を立てては駄目、走っては駄目。
誰にも……誰にも気付かれては駄目よ……
心臓が張り裂けそう。頭の中でさっきのベニーの言葉が暴れまわっている。
それでも、何事も無かったかの様に微笑みさえ浮かべて歩く自分が……本当に惨めで笑える。
そっと部屋に戻り、またベッドに倒れ込む。
……さっきはあんなにも浮かれていたのに。
そうね、分かっていたじゃない。
これは政略的に決められた婚約で、愛など無いと。
いつかは分かり合えると……そんな夢を……
「それならキスなんかしないでよ…っ」
力一杯唇を拭う。
「全てが不満なの……そっかあ……」
何だかもう、涙も出ない。
大変だな、ベニーも。嫌いな女のご機嫌をとって買い物に付き合ってキスまでして。
「……政略結婚なんて、なくなっちゃえ」