4.その笑顔を待っていた
「シェリーって牛みたいな胸で醜いわよね」
「そんなことを言っては可哀想ですわ」
「せめて娼婦くらいにしてさしあげませんと」
「だからああして厭らしく胸を突き出して歩いているのかしら?」
「やだ!何それ!アハハハッ」
それは学園で偶然聞いた私の噂話だった。
「なんだ、それはっ!」
泣きながら、事の経緯を説明すると、カーティス様が怒って下さった。
「だから、醜い姿を晒すのが嫌で、何とか隠してきたのです……。そのせいでカーティス様にご迷惑を…」
こんな話はしたくなかったのに。
あの時の衝撃を忘れることが出来ない。
確かに、平均よりは胸が大きいとは思っていた。でも、そんなに醜いと思われていたとは知らなかったのだ。
「それはただの妬みだよ」
「……私が?」
「いや。相手の令嬢達が」
妬み?何を?
「貴方は家柄も良く、学園での成績もいい。そして美人だ。それだけでも十分に妬ましいのに、スタイルまでいいから、流行に託つけて貴方を貶めたかったのだろう。それ以外、攻めどころがなかったということだ」
「……ありえません」
「言い難いのですが、その令嬢達は…その…」
「?はい?」
「その……その辺りが控えめな方だったのでは?」
控えめ……お胸が?
「そうですわね。流行に乗ったドレスを上手く着こなせる方達でした」
「そういうことです」
……本当に?
「流行など長続きしません。もう少ししたら、また別のものに変わるだろう。それよりも、健康を損ねる方が問題だ。今後は無理のない、貴方自身に似合った衣装を身に着けてください」
「……でも……」
「私が今日どれだけ羨ましがられたか知らなかったのかい?息子の婚約者を自慢出来て鼻高々だったのに、まさか本人が気付いていないとは思わなかった」
そんなこと……信じていいのだろうか。それに。
「……ベンジャミン様はお嫌かもしれません」
つい、口にしてしまった。でもだって、何故嫌われているのか分からない。それが原因ではないともいえないでしょう?
「シェリー。ベンが何時までも子供で本当に申し訳ない」
いけない!また謝らせてしまった。
「ごめんなさい、カーティス様に謝らせたかった訳ではないのです」
「いや、一度きちんと話さなくてはいけないと思っていたんだ。
アイツも何故ああまで頑ななのか……私にも全く話してくれなくて。だが、君を嫌っているわけではないんだ」
「そうでしょうか?」
確かに。お優しい姿を見せられる度に、嫌われてはいないのでは?と期待してしまう。でも、期待すると、それを裏切るかの様に冷たく詰られるのだ。
「君を嫌ってなどいない。ただ、自分の気持ちを持て余しているだけだと……いや。言い訳だな」
「いえ、カーティス様にそう言っていただけて、少しホッとしました。大丈夫ですわ。まだ結婚まで3年もありますもの」
「ありがとう。私からももう一度話してみるが、何かあったら必ず言ってくれ。無理だけはしないように」
「……はい」
本当に優しい方ね。カーティス様が味方になって下さるから折れずに頑張ろうと思える。
「そうだ。今日のお詫びと言っては何だが、知り合いの店を紹介するよ。きっと、流行に囚われず、君に似合うドレスを見つけてくれる筈だ」
「そんな!その……恥ずかしいのでその話はもう……」
「あ、すまん!だが、騙されたと思って一度だけ頼むよ。少し個性的な奴だが腕は確かだ」
奴……ということは男性?
「あの、男性は少し抵抗が」
「違うんだ。間違いなく女性で、もともとは妻の友人だった。今では私とも友として交流がある。私達の衣装もよくお願いする店なんだ。
よし、今日来なかった罰としてベンも誘おう」
「……大丈夫でしょうか?」
「婚約者のドレス選びに付き合うのは当然だろう?それを着て二人で何処かのパーティーに参加するといい」
ベンジャミン様とパーティーに?
………それは、行ってみたいかも。
「ありがとうございます。楽しみにしていますわ」
◇◇◇
カーティス様の嘘つき。
「何?」
「いえ、少し緊張しているだけです」
ベンジャミン様と二人だけなんて聞いていないわ!
「……父上と来たかった?」
「違いますっ!その、ベンジャミン様とお買い物なんて初めてですから。少し緊張していますが、嬉しく思っています」
「ねえ。何時までその堅苦しい話し方をするの?俺の婚約者だよね?」
「え?」
「普通に話せないの」
普通。とは?
「あの、ベンジャミン様?」
「様もいらない」
これは、歩み寄って下さっているのかしら?
「じゃあ、ベンジャミン?」
「うん。……何ならベンでもベニーでも」
え?そこまで許して下さるの?恥ずかしいけど、今を逃せば呼べないかも……
「……ベニー」
「うん」
「ベニー、ベニー、ベニー」
「何回呼ぶのさ」
「ありがとう、ベニー」
嬉しい。彼の中で何が起きたのかしら。でも、まるで仲良しになれたみたい。
「ああ、もう着くよ」
「楽しみだわ。ベニーが選んでね?」
「……うん」
ドキドキする。今日のベンジャミン……いえ、ベニーが優しくて。彼に手を取られて歩くのが気恥ずかしい。
あんなに小さくて可愛らしかったのに、いまでは私よりも大きくなって。
「なに」
「ベニーが格好良いなって」
ああ!ぺろりと本音が漏れてしまったわ。
「ばーか」
あ、笑った──
「……馬鹿でいいよ」
そんなふうに笑ってくれるなら。
婚約して2年。ようやく笑顔が見れた。嬉しかった。