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ep.91 決着

 


「ハッ…………実物は……とんでもなくでけぇな……」


「勇者を下げろ!計画通り行くぞ!」


 ビンカが声を上げ仲間達が勇者の前へ出ると、白魔法士達が慌てて勇者の治療へ向かった。



「おいおいマジかよ。まぁ……1人足りねぇからな……一度だけ、大目に見てやるか」


「それは有難いわ」


 オリビアが植物の加護を使って魔王を捕えると、勇者達の回復の時間を稼ぐ為に仲間達が魔王への攻撃を開始した。


「かてぇ‼︎」

「攻撃が通りそうな所を探せ‼︎」


「まだ人型の時の方が楽しめたか?…………いや、俺の相手はいつだって勇者だ。悪いな」


 魔王が体を軽く捻らせると、大きな尻尾が横に振られた。

 見た目の割に動きが速く、避けきれずに何人か巻き込まれると、そのまま周囲の木や岩に体を打ちつけられ地面に転がった。


 地面に伏せたまま苦しそうに呻き声を上げる彼らに、勇者達は慌てて治療を中断した。


「治療はもういい‼︎」

「ダメだ治療を続けろ‼︎」


 蹲っていたビンカが声を荒げて起き上がり、剣を構えて再び魔王へと斬りかかる。

 カランコエが勇者達を止めるように触手を伸ばすと、フォティニアが負傷した者に回復薬を与え、ラークとデイジーも立ち上がってすぐ魔王へ向かって飛びかかった。


 オリビアが植物を使って魔王の体を拘束すると、サキュバス達が牙を剥いて魔王の体に喰らい付き、他の者達も続いて魔王へ向かって行く。


 オリビアとクロッカスが水属性魔法を放ち、

 ジェンシャンとスロウスが雷属性魔法を使って魔王の動きを鈍らせると、リリーが強力な風属性魔法の斬撃を放って魔王の体に小さな傷を付ける。

 そこにアマリリスがハンマーを、ラークが斧を叩き付けると傷が広がり、クフェアとシネラリア、そしてイベリスが麻痺薬のついた武器を飛ばし、デイジーがそれを押し込むように拳を叩き込む。

 そして、イキシアとジニア、そしてビンカが更に傷を抉るように何度も剣を振るった。


「勇者でもないお前達が俺に傷をつけるか……見事だ。だがな……」


 魔王が大きく翼を広げると、黒いマナが細く鋭い棘となって雨のように降り注ぎ仲間達の体を貫いた。


「っが……!」


「ぅ……」


「…………おおっ、何人か持っていけると思ったんだがな……」


 魔王の攻撃は彼らの急所を外した。

 パキラのスキル、そして魔王との戦いで交感神経が働きその動きを可能にした。

 しかし、急所を外しただけで、ダメージは大きかった。


 オリビアは体を無理矢理起こしながら植物を使ってサキュバス達とスロウスの前に壁を作った。


「スロウス……チュー……白魔法が使えないあんた達は下がって…………」

「い、嫌ですオリビア様……!オリビア様の方が……!」


 オリビアは咄嗟にサキュバス達を庇い、貫かれた針は他の者より多かった。

 魔王はそれを見て目を細めると、黒いマナを吸収した。


「やり過ぎたか」


「まだまだ……」


「いや、下がれ」


 仲間達の前に勇者達が出ると、白魔法士達が治療の為に仲間達の元に駆け寄った。



「よくやった」


「この代償は高くつきますよ」


「……後は任せて」


 治療を終えた勇者達は魔王を睨み付けると武器を構えた。


 その表情には怒りが強く滲んでいた。


「…………再開しよう」


 魔王はその大きな口を吊り上げて笑みを見せると、翼を大きく広げた。




 ――――


「…………」


「シオン、ギリギリまで待つつもり?」



 少し離れた所で彼らの戦いを見守るシオンに、キャットは木の上で足をぶらつかせながら問いかけた。


 シオンの表情は険しく、苦しげなものだった。


「…………何かあっては……」


「あっ、分かった!1人で行くの怖いんでしょ〜!ごめんねついて行ってあげられなくて〜!」

「うるさい‼︎怖くないわ‼︎」


 いつもの調子で揶揄うキャットをシオンが強く叩くと、キャットはシオンの背中を優しく叩いた。


「俺が見てるから。行っておいで、シオン」


「…………行ってくる」


 シオンは諦めたように息を吐き出して、ゆっくりと目を伏せる。

 そして、次に目を開けた時――


 目の前には白い空間が広がっていた。


「久しぶりだね、シオン」


「…………お久しぶりです」


 声のした方へ視線を向けると、そこには1人の男が立っていた。


 空間に溶け込むような白く長い髪を持つ男は、穏やかな笑みを浮かべてシオンを見ると、まるでそこに椅子があるかのように、何もない空間に腰を下ろして足を組んだ。


「最近は彼しか来なくて寂しかったんだ。嬉しいよ」


「お願いがあって来ました」


「…………ふふっ、君は相変わらずだね。あの子を止めに来たのかい?」


 男は口元をなぞるように指をやると悩ましげな声を出した。


「……うーん……あの子が導く世界の行く末も気になるんだけど……」


「僕の導く世界に興味はないと?」


「そんな事はないよ。……しかし、君は神として生きるには優しすぎる。そこが心配だな……」


 シオンが瞬きをした次の瞬間――大きな天秤が現れた。

 そして、目の前にいた男は山のように大きな姿となって天秤の後ろに寝そべり、指先で天秤を揺らした。

 男の瞳はシオンの体よりも大きく、瞬きをする度に髪が揺らいだ。


「あの子は殆どの力を私に預けた。元々1つだったモノを戻す為に……哀れで痛々しくなんとも滑稽で、愛らしい子だ」


「…………」


「シオンは私に何を望む?」


「神具を所望します」


 男が手を翳すと炎が宿り天秤が大きく傾いた。


 そして、シオンが空いた器に手を翳すと、天秤は今度はゆっくりと傾き、また水平に戻る。

 それを確認すると男は目を細めて笑った。


「釣り合いが取れたね。何を捧げたんだい?」


「時を戻す力を」


「…………おや……本気なんだね……いいだろう。神具を持っていきなさい。……しかし、本来なら借りる必要のない力だ、条件をつけさせてもらうよ」


「必要ありませんよね」


 シオンの言葉に男は驚いた。

 まるで責めるようなシオンの視線に、男は口を三日月のように吊り上げると、それを隠すように手を添えて喉を鳴らした。


「怒っているのかいシオン」


「いいえ」


「…………ふふっ、この物語の始まりは君だ。

 いいだろう、手数料はいらない。君達の創り上げた世界がどうなるのか……楽しませてもらうよ」


 シオンの手に炎が宿ると男は手を振って姿を消した。

 そして、気付けば白い空間も消え、シオンは元の場所へと戻って来た。


「……お帰り、どうだった?」

「手に入れた。何が手数料はいらないじゃ……ひどく介入しておいて……」

「あははっ、わざと聞かせてる?」

「当たり前じゃ」


「そろそろ決着、つきそうだよ」


 キャットが視線を向けた先には、血を撒き散らし戦う勇者と魔王の姿があった。


 魔王のツノは何本か折れ、翼や腕は斬り落とされている。


 勇者達は再び血を多く滴らせながら魔王に向かい何度も飛びかかり、勇者達が付けた傷に向かって仲間達が攻撃をぶつける。


 そして――


「矢の補充ー‼︎」

「足を狙え‼︎」

「地属性魔法、構え‼︎」


 それをフォローするように兵士達が声をかけ合い立ち回った。




 ――魔王はそれらを見下ろしながら目を細めた。


 今までの勇者達にも仲間はいたが、

 この代の勇者達には、足りない1人を補うように兵士達もいた。


 勇者が3人しか現れなかったと知った時、黒の創造神は喜んだが魔王は落胆した。


 これで勝って何が得られる。


 兵士を連れて来たからなんだ。


 小さな力が集まった所で何ができる。


 呆気なく終わってしまう。


 自分が望んでいるのは、死力を尽くして得られる勝利だというのに――


 そう思っていた。

 だが、今はどうだ。



「引け‼︎ここで終わらせるんだ‼︎」


「っ!」



 シネラリアが鎖を、オリビアが植物を魔王の首に巻き付けると兵士達がそれを引いた。

 それによって魔王の巨体がぐらりと大きく崩れる。


「カクタス‼︎」

「‼︎」


 カクタスは槍を構え、それに風属性魔法を纏わせる。

 勢いよく地面を蹴り魔王に向かって突き出すと――それは彼の体を大きく貫いた。


 ――侮っていた小さな力は、大きな奇跡を呼んだ。



「ぐっ……!」



 熱い痛みが魔王の全身を駆け巡る。


 それは魔王に初めて死の存在を感じさせた。


 流れ出る血と共に、体の力も抜けていく。


 ――魔王は彼らを卑怯だとは思わなかった。


 どの時代も、黒の創造神によって勇者達は苦戦を強いられてきた。


 自身は多くを与えられてきたのに対し、彼らは多くを与えられなかった。


 しかし、そんな彼らはいつも最後には自身を追い詰める。


 3人だけだというのに、この時代の勇者達も魔王に敗北を突き付けた。



「……まったく……見事だ……!」


 魔王は口元に笑みを浮かべると、血を吐き出し声を上げた。


 その表情は晴れやかで、誰もが目を離せなかった。


 そして、彼はドラゴンの姿から人間の姿へと戻り、胸を押さえ苦しみに表情を歪ませた。

 誓約魔法が発動したのが分かると勇者達は慌てて魔王の側へと駆け寄ろうとしたが――


「ナッちゃん‼︎」


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ‼︎何が起こってる‼︎何故スキルが発動しない⁉︎」


 そこに異常を感じ取ったスライムと、目を布で隠した男が魔王へと駆け寄った。

 スライムは慌てて魔王を腕に抱き、男は頭を押さえて声を荒げる。


「ダメや‼︎このままやと死ぬ‼︎怪我でやない‼︎誓約魔法や‼︎」


 突然現れた正体の分からない男に勇者達が困惑していると、男は地面を何度も殴り付けた後、頭を掻きむしり歯を剥き出しにして魔王を殴り付けた。


「……誓約魔法だと⁉︎勝手な事を‼︎お前は勝たなきゃいけない‼︎勝つまで死んじゃダメだろ‼︎」


「し、らねぇよ……ッ……馬鹿が……」


 魔王は血で濡れた煙草を手に取った。

 男は歯をギリッと鳴らしてそれを払い飛ばすと、魔王は鼻を鳴らした。


「はっ……最後ぐらい煙草、大目に見ろよな……」


 魔王は無理矢理口元に笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。


 男は頭を押さえふらつきながら立ち上がり、口元を大きく歪ませ後ろに下がりながら首を振った。



「嫌だ…………嫌だ……‼︎神に……神に頼んで…………」


 目を覆っていた布が緩んで地面に落ちる。

 そこから現れた男の目には涙が浮かんでいた。


 ――そして、男の体を淡い光が包み込んだ。




 ――――



「勇者様が魔王を倒しました‼︎誓約魔法のおかげで卵には戻らず、死亡を確認しました‼︎」


「おおっ……‼︎遂に……‼︎」


「‼︎」


 ガタンッと大きな音を上げて椅子から立ち上がったのはシャナだった。


 いつも穏やかな表情をしているシャナの顔は、強い怒りに歪んでいた。


「し、シャナ様……どうかされましたか……?」


「…………ふっ……ふふ……っあははははは‼︎」


 ヘリーが恐る恐る問い掛けると、シャナは突然大きな声を上げて笑い始めた。

 様子のおかしい彼女に教皇とヘリーが困惑の表情を浮かべ顔を見合わせる。

 そして、再び彼女に視線を向けると――彼女は床に横たわり、側には見知らぬ黒髪の女性が立っていた。


「シャナ様‼︎」

「だ、誰だお前は……‼︎」


「あはは……はぁ…………結局、こうなるのね……」


 女は天井を見上げて笑い声を溜め息に変えると、ぽつりと声を漏らした。


 そして、穏やかな笑みを彼らに見せるとその体を淡い光が包み込んだ。


「なにが……」


「黒の子は勇者によって倒された…………神が1つになる時がきました」


 女が祈るように手を組み、背中から大きな翼を生やすと、教皇はそれを見て慌てて膝をついて頭を下げた。


「き、教皇様……?」


「ヘリー‼︎頭を下げろ‼︎白の女神様だ‼︎」


「え⁉︎」


「……勇者の元へ行かなくては…………」


 女はぽつりと言葉を溢す。

 その顔は穏やかだが、どこか悲しみが薄らと滲んでいた。


 淡い光が消えると彼女の髪は白く変わり、

 霧のようになってその場からいなくなった。





 ――――


 男は淡い光に包まれて消えた。


 スライムは魔王を抱いたまま動かない。


 一体なにが起こっているのか分からず、しばらく沈黙が続いた。


「や、ったのか……?」


 ――その沈黙に耐えられず、兵士の1人がぽつりと呟いた。



少し改稿しました。

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