ep.92 白の女神
「魔王は……死んだのか……?」
「勝ったのか……?」
それを皮切りに次々と兵士達が自分達の勝利を確かめるように言葉を繰り返す。そして――
「ヴァイスの……勇者様の勝利だー‼︎」
大きな歓声を上げた。
長く決着のつかなかった戦いが、自分達の代で終わった、終わらせたのだ。
兵士達の声は地面や空気を大きく震わせた。
「終わった……」
その歓声を聞きながら、勇者達は表情を和らげるとその場に座り込んだ。
魔王との戦いでひどく傷つき、疲労した体は思うように動かなかった。
「勇者様‼︎すぐに治療を‼︎」
彼らから溢れ出る血に、慌てて白魔法士達が駆け寄ると治療を開始した。
しかし、白魔法士はこの戦いで既に多く白魔法を使っていた事と、勇者達は殆どのマナを消費していた事で完全に治すことは叶わなかった。
「アニキ……目が……‼︎」
「んな顔するな」
「“人魚の歌”を使おう‼︎」
「必要ねぇよ」
パキラの顔の左側は魔王の攻撃で一部の皮膚と眼球を削られた。
すぐに治せない事から皮膚には痕が残り、眼球も欠けてしまっている事から白魔法では元には戻らないだろう。
仲間達が必死に説得を行うが、パキラは秘薬である人魚の歌を使おうとはしなかった。
「これは将来、俺様のお嫁さんに何かあった時の為に取っとくんだよ‼︎」
「そんなできもしない嫁の為に……」
「なんだとお前‼︎」
「なら俺のを使ってください」
カクタスが懐から人魚の歌を取り出すとパキラはニッと笑って首を振った。
「隻眼の勇者ってなかなかかっこいいと思わねぇか?だから俺様はこのままでいい。……それはお前が使え。隠したってすぐバレんぞ」
「ぅ……」
「カクタス……‼︎」
カクタスの左手の中指から小指がない事に気付きオリビアが顔を青くして悲鳴を上げると、パキラはカクタスの背中を軽く叩いた。
「必要だろ、左手の指は」
パキラが薬指を指差して笑うと、カクタスは少し視線を泳がせた後、緩く首を振った。
「パキラさんの目だって必要でしょう?」
「やーだね。ここまで言われると意地でも使いたくねぇ」
「アニキ……」
こうなると彼は絶対に意見を曲げない。
悲しさと悔しさに涙を浮かべる仲間達に、パキラはギョッとして視線を泳がせた。
カクタスは彼らの様子に飲むことを躊躇ったが、オリビアや仲間達から強く言われ、静かに人魚の歌に口をつけるとゆっくりと傾けてそれを飲み干した。
するとすぐに指を引っ張られるような強い痛みが彼を襲った。
指が再生する様子はグロテスクで、カクタスは思わず目を背けた。
しばらくして痛みが引き、恐る恐る手を目の前に持ってくると、そこには失ったはずの指があった。
「良かったな」
「…………パキラさん」
「アニキ……」
「お、俺様はいいったらいいんだよ‼︎」
無理にでも飲ませた方がいいんじゃないかと仲間達が話している中、四葉が腹部を押さえながらオリビアの側へとやって来た。
「……オリビアさんすみません……俺はカクタスさん達に比べて外傷は少ないですけど……骨と内臓やられちゃって…………一応治療はしたんですが、この後役に立てるかどうか……」
「大丈夫よ、無理しなくていいわ。魔王を倒してくれただけで…………」
「……オリビアさん?」
カクタスは自身の指の動きを確認した後、止まない歓声を聞きながら考えていた。
魔王を倒した。
終わった。
ずっと抑えていたこの気持ちを、彼女にすぐにでも伝えたい。
しかし、今伝えるのはどうなのか――
終わってすぐに、こんな事を考えている自分を、彼女は見損なうだろうか。
もう少し落ち着いてから伝えた方が困らないだろうか。
でもそれは一体いつになるだろう――
「(落ち着け……たぶんタイミングは今じゃない…………でも、早く……言えたら……)」
カクタスはぐっと拳を握るとオリビアの方へ視線を向けた。
「……?」
――彼女は静かにある一点を見つめていた。
その表情に喜びや安堵は見当たらない。
緊張と、どこか怒っているようにも見えるその表情に、カクタスは彼女の視線の先を見た。
――そこには、長く白い髪を風に揺らし、大きな翼を広げた女が、戦場の中心に立っていた。
優しい笑みをこちらに向け、浮遊しながらこちらへと向かってくる女に、カクタスは思わず槍を構えた。
そして、それに気付いたパキラ達も慌てて武器を構えると、女は困ったように眉を下げてクスリと笑った。
「どうか……武器を下ろしてください」
「……この声……女神か?」
聞き覚えのある声にパキラは驚いて問いかけた。
女は小さく頷くと勇者達に深く頭を下げた。
「勇者達……ありがとうございました。あなた達のお陰で、私は力を取り戻し――黒の恐怖から世界は解放されました」
女――女神はそう言うと、涙を溢した。
カクタスは武器を向けてしまった事を申し訳なく思い慌てて頭を下げると、女神はカクタスの頬に触れた。
「本当にありがとう……」
カクタスの頬を撫で笑みを浮かべる女神の行動に、挑発されている事を察するとオリビアは思わず眉を寄せた。
女神の白い髪、白い睫毛、そして真っ赤な瞳にカクタスは思わず見惚れていた。
オリビアが呆れて視線を逸らすと、女神は満足げにカクタスから離れた。
そして、再び口を開こうとしたその時――
「まだ終わってねぇ‼︎」
黒の森から多くの魔族が飛び出して来た。
女神に向かって武器を構えながら牙を剥き、魔族達は声を上げた。
「魔王は死んだ‼︎だが、ヴァイスに降るなんざ御免だ‼︎」
「魔王で終わりじゃねぇぞ‼︎勇者も神も全員殺してやる‼︎」
予想していなかったわけではなかった。
魔王を倒し勝利しても、きっと魔族達は黙っていないだろうと――
四葉はチラリと女神に視線を向ける。
そして、彼女の見せた表情に目をギョッとさせて思わず視線を逸らした。
女神の顔から笑顔が消え、ひどく不愉快そうに口端を歪ませたのを見たのは、四葉だけだった。
カクタスが女神を守るように前に出ると、女神は再び笑みを浮かべてカクタスの肩を軽く叩き前へ出た。
「女神様……」
「…………心配はいりません。黒の民よ……あなた達の王、そして神は勇者達によって倒されました。どうか、怒りを収めて――」
「黙れ‼︎魔王が負けただけだ‼︎俺達は負けてねぇ‼︎」
「てめぇらヴァイスのやつらの奴隷になんてなってたまるか‼︎」
「待っ……奴隷だなんてそんなつもりは……」
「――ああ、うんざりだ…………」
カクタスが魔族の言葉を否定しようとした時、女神はぼそりと、誰の耳にも届かない小さな声で呟いた。
飛びかかって来た魔族に向かって女神は手を翳して握り込むと、魔族は光に包まれ静かに地面に伏せた。
その瞳に、光はなかった。
魔族達はその光景に顔を強張らせると、足を止めた。
「…………やはり力が弱い……早くシオンを見つけなければ……」
「め、女神様……今のは…………」
フォティニアが地面に伏せた魔族を見つめ声を震わせながら問いかけると、女神はゆっくりと振り向き眩しい笑顔を彼らに向けた。
「ああ……どうか怯えないで……あなた達はまだ傷が癒えていない。私が代わりに手を下しただけです」
「でも……」
「殺すつもりだったのでしょう?」
その問いかけに、彼らは口を噤んだ。
女神は再び魔族の方へ視線を向けると無邪気な笑みを浮かべて手を翳した。
「勇者が勝った、白が勝ったのです。ならばこの世界は平和でなければならない。争いはもう生まれてはいけない。
異論を唱える者は争いを生む危険分子――処分するしかありません」
「う……うわぁぁぁっ‼︎」
「ふふっ……」
恐怖に顔を歪ませながら飛びかかって来た魔族達が、一人、また一人と光に包まれていく――
「ただ生き方を変えればいいだけの話なのに……」
「やめろ‼︎」
「!」
そしてまた女神が手を握り込もうとした時――
聞こえて来た声に女神は大きく目を見開いた。
辺りを見回し、音を聞き、自分以外の時が止まっている事に気付くと、ゆっくりと翳していた手を下し――
「もうやめるんじゃ……」
後ろから肩を掴まれ、体を硬直させた。
“「オリビア、四葉……絶対に動くなよ」”
オリビアと四葉が慌ててそちらを振り向こうとした時、クロッカスのスキルで脳内にシオンの声が響いた。
作戦を聞かされていた2人はじっと息を殺した。
「シオン……?」
肩を掴んでいた手が離れる。
女神はゆっくりと後ろを振り返り、悲しげに表情を歪ませるシオンを視界に捕らえると、唇を微かに震わせた。
そして――
「シオン…………シオン……‼︎」
女神はまるで存在を確かめるかのようにシオンの頬に触れると、子供のように声を上げながら涙を流し、彼を強く抱き締めた。
「何百年も……!どこに……!」
「…………」
オリビアと四葉は困惑した。
創造神がシオンを探していたのは能力を欲しているからだと思っていたが、彼女の様子からそれだけではない事が分かった。
「会いたかった……!ずっと……!
神域に一緒に帰ろう……?一緒に、またこの世界を導いて――」
「この世界の在り方を、お前の都合のいいように捻じ曲げるのはもうやめろ」
「捻じ曲げるなんて…………世界がもっと、成長できるように手を貸してるだけで……」
「笑わせるな。お前のそれは、この世界を無理矢理引き回しているだけじゃ」
「ち、違う……!助けてるだけ…………この世界は私に助けを求めてた……だから……」
シオンの怒りと悲しみの混じった表情に、女神は眉を下げて手をもじもじとさせた。
「なんでそんな顔…………」
「…………」
「やだ……笑ってシオン…………あっ!髪が白いのが気に入らなかった?黒髪の方がいいよね……」
「…………」
「すぐに黒髪に戻すから……!それに……そう、口調だって……もっと乱暴な方がいいよね……うん……でも今はこの口調じゃないとイメージが……これが終わったら……」
「アカネ……撫子の真似はやめろ」
「うるさい‼︎」
女神の声が大きく響く。
オリビアと四葉はその声に一瞬肩を跳ねさせそうになった。
驚きに強く脈打つ心臓の音が、2人の耳の奥を叩く。
「…………お前らが悪いんじゃないか……」
「…………」
「……お前は勇者に手を貸した…………それは……やっぱりそういう事なんだろ…………見ろ、お前の為にこの姿になったんだ……髪も……顔も…………性別だって…………なのに……」
女神の顔が黒くドロドロと溶け出す。
そのままシオンに被さるように体を傾けると、シオンは静かに女神の手を握った。
「まだ間に合う。約束しろ、もうこれ以上この世界に干渉しないと…………そうすれば、僕はお前と共にいる」
「…………」
シオンの言葉に女神の動きが止まった。
ゆっくりとシオンの手を握り返すと、女神はドロドロになった顔の隙間から、赤い目をギョロリと動かした。
「干渉するな……?何を言ってるんだ……?この世界を創ったのは俺だぞ」
「だとしても、築き上げていくのはこの世界に生きる彼らじゃ」
「世界もシオンも、両方俺のモノだ」
女神の赤い瞳は、涙を堪えているようだった。
しかし、その瞳は悲しみや愛情よりも、所有欲が強く滲んでいた。
「…………それがお前の答えなんじゃな」
シオンが悲しげに目を伏せ息を大きく吸うと、女神を睨み付け声を上げた。
「キャット‼︎」
「‼︎」
シオンが握っていた女神の手を引き、飛び出して来たキャットが女神の腕を切り落とすと、女神は突然の事に目を見開いて光の粒を撒き散らす自身の腕を目で追った。
「撫子の力、返してもらう」
「やめろ‼︎」
女神はやっと思考が追いつくと慌てて腕を取り返そうと手を伸ばすがそれはキャットによって防がれた。
シオンは切り離された女神の手の甲から強い光を宿す石を取り外すと、自身の左手の甲に押し付けた。
その石は手の甲の表面に少しだけ姿を残して埋まり、シオンの左目は赤く色を変えた。
女神は歯を食いしばり怒りに顔を歪ませるとシオンに向かって声を荒げた。
「死の力を手に入れても神である俺は殺せな――」
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
女神は自身の腕が切り落とされた事を思い出し、キャットが手に持つ武器の正体に気付いた。
そして、黒く泥のようになった顔を戻すと、表情を険しくして槍を作り出しシオンを睨みつける。
「お前……‼︎最初から俺を殺すつもりで……‼︎」
「ドロドロのままの方が良かったんじゃなぁい?」
「ッ⁉︎」
キャットは素早く女神の懐へ潜り込むと、顔を戻した事で露わになった額の石目掛け、神具である鎌を振った。
「あらら」
しかし、それは刃先が届く前に何かに弾かれた。
「すんません、えらい時間かかったしまったわ〜」
少し改稿しました。




