ep.90 魔王戦
早朝――
指定された場所に向かうと、そこには既に魔王が煙草を吹かしながら待つ姿があった。
兵士達は後方に待機し、仲間達が武器を構えると――勇者達はゆっくりと魔王の前へと歩み寄った。
「そっちこそよく眠れたか?」
「馬鹿言え、楽しみ過ぎて眠れなかったさ」
「それを言い訳にしないでくださいよ?」
「生意気言いやがって。お前ら倒したらゆっくり寝るよ」
「始めましょう」
パキラが大剣を構え、それに水属性魔法を纏わせる。
四葉は剣を抜き、周囲に火の粉を浮かせ構える。
カクタスは槍を軽く回すと、構えて風を吹かせた。
魔王は煙草を消さずに立ち上がると、ゆっくりと煙を吐き出した。
その煙は白煙ではなく、炭のように黒い。
それはゆっくりと下に落ちて溶けるように消えると、地面を突き破りながら鋭い棘となって勇者達に襲いかかった。
「間に合ったぁ?」
気の抜けた声と共に、魔王の攻撃を相殺するように金属の柱が降り注ぐと勇者達の前に魔工妖精を周囲に浮遊させた熊の魔族――スロウスが降り立った。
「スロウス!」
「四葉、元気になったみたいだねぇ」
「よぉ、話には聞いていたが……随分懐いてるみてぇだな」
「魔王様と違って、煙草臭くないからねぇ」
スロウスはふにゃりと笑うと周囲に四大属性魔法の巨槍を作り出す。
それを見た魔王は吸殻をプッと口から吹き飛ばすと新しい煙草に火を付けた。
再び吐き出した黒い煙は地面に落ち、そして巻き上がるようにして形を変えて実体化した。
それは長く大きな剣になると魔王は静かにそれを手に取って肩に担いだ。
「来い」
魔王は指をくいくいと動かして勇者達に笑みを向けると、それを合図に勇者達が地面を蹴り付け飛びかかった。
魔王は飛びかかって来た勇者達の攻撃を剣で捌きながら大きく手を振ると、勇者と仲間達の間に黒い壁が現れた。
それはギチギチとまるでゴムが擦れるような音を立てて数百体もの兵士となって仲間達に襲いかかった。
「悪いな、ちと数が多過ぎて勇者に集中できん。それとエルフ。お前はこっちだ、そうだろ?」
「オリビア様‼︎」
魔王は口端を上げて笑うとオリビアの後ろに回り込み背中を蹴飛ばした。
オリビアはすぐに受け身を取って体勢を立て直すとカクタス達の背後まで下がった。
「後悔しても遅いわよ」
オリビアは口元に笑みを浮かべると植物を使って魔王の足を捕える。
すぐにそれは切断されたが、その一動作が勇者達の接近を許した。
振り上げられたパキラの大剣を魔王は剣で受け止めると、横から突き出されたカクタスの槍を黒いマナを使って絡め取り、四葉の炎を纏った剣とスロウスによる魔法を黒いマナの壁で防いだ。
しかし、それによってできた死角からオリビアが地属性魔法の槍を放った。
「まだまだ甘い」
魔王は黒いマナで勇者達を絡め取りながら体を捻り放り投げると、オリビアの放った槍を頭上を飛んでいたスロウスに向けて蹴り飛ばした。
「!」
「お得意のバリアは盗られたんだったな」
スロウスはバリアのスキルを盗まれていた事を忘れていたのか一瞬反応が遅れ、なんとか避けたものの槍が頬を掠めた。
そして、目の前まで距離を詰められ蹴落とされると、地面に強く叩き付けられた。
「スロウス‼︎」
「ボクは平気だから攻撃やめないでぇ」
スロウスは風属性魔法で衝撃を和らげたのかすぐに立ち上がった。
四葉は彼の言葉にぐっと顔を引き締め、覚醒の力を使い猛攻を仕掛けた。
周囲に小さな火の球を作り出しそれを魔王に向けて放ちながら剣を振るう。
その火の球が触れ爆発すると、それは予想外だったのか魔王は距離を取ろうと後ろへ飛び退いた。
「ただの火属性魔法じゃねぇのか……っと!」
覚醒の力を使って回り込み大剣を構えるパキラに、魔王は体を捻って剣をぶつけると地面が大きく揺れる。
衝撃に砂埃が立ち込めた時、カクタスが背後から魔王に向かって槍を突き出した。
魔王は地面を蹴って跳躍しそれを避けるが、槍はそれを追うように上へと振り上げられた。
「見事だ!」
魔王は背中からドラゴンの翼のような物を飛び出させると、槍から逃れるように更に上へと体を浮かせた。
そして周囲に黒いマナで複数のナイフを作り出すと雨を降らせるかのように勇者達へと放つ。
勇者達がそれを捌く間に、オリビアは魔王の翼に植物を絡ませて拘束すると勢いよく地面へと叩き付けた。
「…………誘っておいてなんだが、すっかり忘れてたぜ」
「失礼なやつね」
手応えはなかった。
地面には衝撃で大きな窪みができていたが、魔王には傷の一つもついていない。
横目で黒いマナの兵士と戦う仲間達を見ると、戦力は大した事がないようだが、数で苦戦しているようだった。
黒いマナの兵士を操りながら勇者達と戦う魔王に、思わず感心してしまう。
同じ事をしようと思えば必ず隙ができる。
しかし、魔王はその隙をなかなか見せてはくれなかった。
スロウスが金属性魔法の棒をいくつも地面から飛び出させ魔王の動きを制限しようとするが、まるで意味がない。
金属であるはずのそれは、まるでただのガラスのように簡単に、魔王の手によって粉砕される。
剣による攻撃でも、蹴りによる攻撃でも、ただ指先が触れただけでも――
――規格外だ。
まるで重さがないのかと錯覚する程簡単に振られる剣は、勇者の攻撃を防ぎながら隙を見せればすぐにそれをつくように斬りつけてくる。
オリビアは彼らの動きに目が追いつかない事に焦りを感じた。
このままでは逆に勇者達の足を引っ張る事になる。
スロウスも同じようで、魔王への攻撃をやめて黒いマナによる補助を阻止するように立ち回った。
「(悔しい……!)」
勇者の身であれば――
そんな事を考えながら勇者に襲い掛かろうとする黒いマナを魔法で阻止していると、突然目の前にスロウスの時に見たバリアが張られた。
「ホリ‼︎てめぇ‼︎」
「悪いねナッちゃん」
空気を震わせる程の魔王の怒号が響き渡ると勇者達は後ろに飛び退いた。
視線の先には使徒であるスライムが、髪の触手を伸ばしてヘラヘラと笑いながらオリビアと熊の魔族を見ていた。
「勇者には手出さんから、見逃してや」
「チッ‼︎」
魔王は一瞬オリビアの方を見て眉を寄せ、強く舌打ちすると、飛びかかってくる勇者達の方へと視線を戻した。
「あんたやろ?あの人がこっちに渡るのを阻止した“勇者”は」
「…………」
「戻らないかんのによーやるなー」
「なんの話ぃ?」
スロウスはスライムの言葉を聞いてオリビアをチラリと見る。
しかし、オリビアは緩く首を振って誤魔化した。
「まぁええわ。熊の残ったスキルと、アンタの“特別”なスキル……いただくで」
スライムは触手の先を捻るようにして尖らせ、2人に向かって勢いよく突き出した。
――しかしそれは飛んできた別の触手によって弾かれる。
スライムは触手を戻すと不快さに顔を歪ませながらオリビア達の後ろへ視線を向けた。
「…………久しぶりやね……相変わらず何考えてるかよくわからん顔しとるわ」
カランコエがフォティニアを抱えてオリビア達の元にやって来ると、スライムを見て緩く首を傾げた。
「そう?これでも色んな感情を顔に出せるようになったんだけど」
「いや分からんわ……てかなんでコッチ来たん?さすがの俺もこんなに相手にすんのきっついんやけどー」
「カランコエ!」
「あっちは大丈夫。勇者が魔王追い込んでるからか動きが悪いし。俺、こいつ捕食しときたいんだよね」
「こいつ分身体だから意味ないわよ」
「分身体でも、捕食すれば本体の場所が分かる。フォティニア呆けてないで構えて」
「勝手に連れて来といて⁉︎」
フォティニアはナイフを構えると素早くスライムへと投げ付けたが、それはスライムの体の中に留まり方向を変えて戻って来た。
カランコエがそれを弾くとフォティニアは役に立てない事を察して唸り声を上げた。
「スライムとは相性悪いですよ〜……私向こうにいた方が――」
「近くにいて、ここからでもナイフは届くだろ」
「なんでですか‼︎」
「その方が俺が動ける」
「どういう意味ですか……?」
「…………さぁ?」
カランコエは肩を竦め短く息を吐くと、スライムに向かって硬化した触手を飛ばした。
スライムはそれを触手で弾き、飛んできた金属性魔法の棒を体を変形させて避け、体を侵食する植物の蔓を触手の鎌で切断して眉を寄せる。
「困るわー……俺ナッちゃんと違ってそこまで動けやんのに…………ッ!」
スライムは体に残った植物が自身の水分を吸い取っているのに気付くとその部分を切り落として再び変形した。
体が少し小さくなったのは気のせいではない。
「…………小賢しい事してくれるわ……」
スライムは口元を歪ませてオリビアを睨み付けると水属性魔法で周囲の水分を集めて吸収した。
「こんなん繰り返されたら周りカラッカラになるよ〜そしたら水属性の子達が泣くやよ〜」
「“私達”は問題ないわ。水はたくさんある」
オリビアの言葉にスライムは後ろに控える兵士達に目を向け舌打ちして触手を構えた。
「ほんま、この代の勇者達は不粋やね〜……兵士なんぞ連れ回して……プライドってないの?」
「逆にあんた達はもう少しプライド捨てて考えたら?毎回負けてるんだから」
「あの人が聞いたら怒るやろうな」
カランコエとスライムは触手を突いて弾く――何度もそれを繰り返すとカランコエが触手の硬質化を解いてスライムの触手を捕らえた。
スライムは驚きに一瞬固まった。
それを見逃さずオリビアが植物を這わせスライムを拘束すると、スロウスの火属性魔法によって作られた大きな火球がスライムに向けて落とされた。
「だーっ‼︎1対3は無理‼︎卑怯やて‼︎」
「これはゲームじゃなくて戦争だよぉ、戦争に卑怯も何もないよぉ」
スロウスはクスリと笑うと火球を大きく弾けさせた。
スライムは火に包まれ叫び声を上げながら蒸発して消えると、カランコエは触手の先を大きく蠢かせた。
「……本体は屋敷の中か……動く様子はなさそう。魔王に集中できるね」
本体は恐らく黒の創造神を守る為に屋敷にいるのだろう。
スキルを奪うのが目的だったようだが――
「(特別なスキル……)」
スライムは同じ神の目を持っている。
つまり“特別なスキル”とは神の目ではない何か――
「(私には他にもスキルがある……?)」
しかし、カトレアは何も言っていなかった。
疑問を抱きながらも、今は魔王に集中すべきだと視線をそちらに向ける。
スライムと戦っている最中も、激しい衝撃は伝わって来ていた。
「魔王様倒しちゃおうって考えてたけどぉ……無理な話だったねぇ」
スロウスはぽつりと言葉を溢した。
人の影は見えなかった。
黒と青と赤、そして白が砂埃の中でぶつかっては弾けるようにして離れ、またぶつかり合う。
風を切る音、金属がぶつかる音、地面を蹴る音、爆発音、何もかもが動きと合っていない――全てズレて聞こえる。
オリビアの目には、まるでその空間だけが歪んでいるように――別世界のように映った。
飛び散る血が、更にそれを強調するように彼らの周りに円を描くように広がる。
「こりゃダメだ」
魔王が上空へ飛び上がると、赤――カクタスがそれを追って飛び上がったが、突如生えた魔王の尻尾に叩き落とされた。
魔王は手を軽く振って黒いマナの実体化を解き吸収した。
動きが止まったことで勇者と魔王の姿がやっとはっきり見えた。
勇者達は覚醒の力で浮き上がった模様の殆どが血で隠れてしまう程傷付き、
魔王も服から血を滴らせていた。
それでも、魔王の方が余力があるように見える。
「そらそろお待ちかねの、いっとくか?」
魔王の目が大きく見開かれると、
額に生えていた小さな6つの角が伸び、皮膚を硬質な黒い鱗が覆う。そして、まるで木々が軋むような音を立たせながらその体を大きく変化させ――ドラゴンの姿になって彼らの前へ降りて来た。
少し改稿しました。




