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ep.89 決戦前の

 



 その後――

 兵士達、そしてヘリーを通して各所に事情を説明し、魔王との戦いに備えて屋敷から少し離れた場所にテントを張った。


 時間ができた事で王達も含めて緊急で対策会議が開かれ、オリビアが確認したステータスを元に話し合いが行われたが、時間がないという事でいつも以上に忙しなく言葉が飛び交った。

(ヘリーは忙しさに目を回していた)


 兵士達の立ち回り等に関する事は隊長達で話し合う事になり、勇者達は解放されると屋敷を見ながら最後の食事に口を付けた。


「なんか……普通の人でしたね……」


 ぽつりと呟いたフォティニアの言葉に、周りにいた者達は無意識に頷いた。


「ドラゴンじゃなかったしな……」

「過去の話からドラゴン化する可能性が高い……油断は禁物ですぞ!」

「ドラゴン化したらどのぐらい大きいんでしょう?ナイフ刺さるかなぁ……」

「刺さりそうな所探して刺しなよ」

「わ、分かってますよ‼︎」


 オリビアはいつものように戯れるフォティニアとカランコエに苦笑し、横にいるカクタスに視線を向けた。


 カクタスはオリビアの視線に気付くとパンを頬張りながら首を傾げた。


「ん?」

「ううん……なんだかあんまり実感が湧かなくて…………」


 魔王は、圧倒的な力で魔族の頂点に立つ非情な卑怯者――ヴァイスではそう言われている。


 だが実際に会って、話した印象は、

 “煙草好きのただの中年男性”だった。


 誓約魔法の話をした時も、それが終わった後も――


『私は紅茶にハチミツをいれるのが好きですわ』


『紅茶よりも緑茶を好んで飲む故……』


『やっぱ酒だ酒!』


『ハチミツ……緑茶……酒……』


『いや探さなくていいですから!』


 少し話しただけ。

 しかし、それでもそれは決して次の日には命を賭けて戦う相手とするような会話ではなかった。


 油断はしたくないが、どこか実感が湧かない。



「…………彼、嬉しそうだったね」


「そうね」



『いい加減、終わりにしたいんだ』



 彼の言葉を思い出すと、オリビアは静かに息を吐き出して頭を振る。

 それを見たカクタスは心配そうに顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」

「…………カクタス……戦える……?」

「もちろん」


「!」


 カクタスはそう言ってオリビアに微笑みかけた。


 意外だった。

 カクタスは彼に情が湧いたのではないだろうかと、勝手にそう思っていたが――


 いや、きっと情は湧いている。

 ただ、何が彼の為なのか、カクタスは分かっているのだ。


 カクタスは覚悟ができている。


 それに気付くとじわじわと、心が明日の戦いに向けて準備を始めた。

 緊張と不安――そして、その戦いに勝利した後に待つ、もう一つの戦いを思い、手が震えた。

 それを紛らわすように強く拳を握ると、カクタスが優しくその手を握った。


「勝つよ」

「……うん……勝つわ」


 カクタスの言葉は魔王に対してだ。

 しかし、オリビアはその言葉に、神との戦いを思って返事をした。


 食事を終えるとそれぞれのテントへ移動し、明日に備えてすぐに横になった。


 フォティニアが火を消そうとランタンに手を伸ばすと、カクタスが静かに口を開いた。


「……皆、明日はよろしく頼みます」


「はい!」

「とりあえずフォティニアがやらかさないように見張ってるよ」

「ちょっと!」


 フォティニアのやる気に満ちた表情は一瞬でくしゃりと歪み、カランコエをバシバシと叩いた。


「このラークにお任せください!」

「ラーク〜!アタシ緊張してきちゃった〜!ジョーク一つちょうだいよ〜」

「貴様‼︎いつまでそれを擦る気だ‼︎」


 ラークが羞恥に顔を赤くしてデイジーを睨み付けるとデイジーは「こわ〜い」と体をくねらせた。


「……まったく……私達のパーティーは緊張感ないわね……」

「それに救われてるところはあるけどね……」


 彼らのやり取りを見て額を押さえるオリビアに、カクタスは笑みを浮かべた。


 オリビアにとって彼らは友人であり、家族のような存在となっていた。


 彼らが曇りなく笑える未来を勝ち取る。


 そして――


「(その未来に私も生きたい)」


 火が消えると、騒がしさも共に消えた。

 オリビアは深呼吸するとゆっくりと瞼を下ろした。




 ――――


「よぉ」


「…………きゃぁぁあっ⁉︎」


 横になり、少し経った頃――

 緊張で眠れずにいたオリビアの目の前に突然魔王が現れた。

 悲鳴を上げて飛び起き、後ろに倒れ込むオリビアを見て魔王は堪らず笑い声を上げた。


「おい見たか今の!ははははっ!」


「な、なんであんたがここにいるのよ‼︎戦うのは明日って――」


「ククッ……ぅ……ゴホッ……お呼び出しだ」


 魔王が咽せながら後ろを指差すと、そこにはシオンが立っていた。

 辺りを見回すと、これだけ騒いでいても周りの人間は起きる様子がなく、時間が止まっている事に気付いた。


「クロッカスから話を聞いた。……そいつとも少し話がしたくてな」


 オリビアが眉を寄せて魔王を見ると、彼はオリビアが何を警戒しているか察して手を軽く振った。


「シオンに手は出さねぇよ。俺は興味ねぇ」


「…………何を話すの?」


 テントの外にはシオンとクロッカス、そして四葉の姿はあったが、キャットは見当たらなかった。


「黒の創造神に関して聞きたい」


「おい、ガキは?」


「あいつは…………おい待て!」


「いたいた」


「ゲッ!ちょ、ちょっと!」


「何隠れてんだ、お前も来い」


 魔王は茂みに隠れていたキャットをふん捕まえると引き摺って戻って来た。

 どこか気まずそうにするキャットに、魔王は知らん顔で彼を地面に転がした。


「いだっ!相変わらず強引な…………俺あっちにいるからお構いなく……」


「久しぶりに会ったのにつれねぇこと言うな。……んで?黒いのの何を聞きたい?」


「あいつはどこまで神に代償を払った?」


「…………心配してるのはあの女の魂か?」


 魔王の言葉にシオンはぴくりと眉を動かした。


 本人は平然を装っているようだが、いつもより眉間の皺が濃く刻まれている。


「代償と言っても、上の神に預けただけだ。戻って来る事は分かってるだろ、何が問題なんだ?」


「つまり、渡してしまったのか……」


「いや、大事にとってあるぜ」


「…………はぁ……」


「魂って……なんの話ですか?」


「なんだ?全部話したわけじゃねぇのか」


 魔王は煙草に火を付けると四葉とオリビアの表情を見てゆっくりと煙を吐き出しながら言葉を続けた。


「もう1人の神、死の神の魂だよ。あいつは死の神の力を奪った後、魂を捕まえてずっと手元に置いてんだ」


「…………ならあいつがお前を勝利に導く為に今までに払った代償は?」


「神としてのこの世界を覗く力、創造の力、死の力、シュバルツの一部の陸地、そこに住んでいた魔族の魂……残っているのは死の神の魂とその身一つだ」


「バカな事を……」


 シオンは悲しみと怒りを強く滲ませながら言葉を呟くと、拳を強く握った。


「条件を満たさなければ……借りた力を返すだけではそれらが戻る事はない。下手をすれば全て失ったまま終わるかもしれないのに……」


「その心配はない」


「……なんじゃと?」


 魔王は煙草の煙を上に向かって吐き出すと鼻を鳴らして笑った。


「条件は満たされてる。俺達の戦いが終わればあいつは問題なく力を取り戻せる」


「どういう事じゃ……」


「神はお前ら三柱が用意したこの余興を楽しく鑑賞してるのさ、自分が連れて来た哀れな魂が、与えた世界を自身の欲望で面白おかしく歪めていく様を……

 その余興こそが条件で、利息分だ」


「あのクソ神め……!」


 シオンは怒りに歯を食いしばる。

 強く噛み締めたことでオリビア達の耳にもガリッという歯が擦れる音が聞こえてくると思わず眉を寄せた。


「……話がよく分からないんだけど…………あんたはなんでそんな事知ってるのよ」


「黒いのがまるで子守唄を歌うみたいに俺に聞かせてくるんだ。だから知ってるぜシオン」


 シオンを見つめる魔王の目は、まるで彼を責めているようだった。


「何故こいつらに全てを話さない」


「…………」


「必要ないわ」


 魔王がシオンに詰め寄るように足を踏み出すと、オリビアはそれを止めるように魔王に言葉をかけた。

 魔王は少し驚いたようにオリビアを見ると、彼女は腕を組んで緩く首を振った。


「黒も白も、どっちもこの世界を自分が望む形にしようとしてる。それは間違いない?」


「…………黒いのはこの戦いが終わればヴァイスとシュバルツをまた一つの大陸とし、欲深き者が全てを支配する――自分が望む世界を強要するだろう。抗おうとする者は全て排除して――黒いのも白いのも元は1人の人間だ。白いのも同じように考えているだろうな……だが――」


「だったらやっぱり話す必要はないわ。私はそのどちらの未来も否定する為にあんたを倒して神を倒す。迷いが生じるなら、話さなくていい」


 シオンはオリビアの言葉にぐっと顔を歪ませ、静かに目頭を指を押さえた。まるで涙を堪えるかのように。


 魔王は根元まで灰になった煙草を握り込んで火を消すと口元に笑みを浮かべた。


「確かに……俺とした事が自分で楽しみを奪う所だった。お前は過去よりも未来を見てるんだな」


「もちろん、全て終わったら話してもらうわ。隠してた内容がひどいものだったら殴る」


「なっ……お、オリビア…………もしかして……グーか?」


「グーよ」


「嫌じゃ……!」


 顔を青くするシオンを見て、オリビアは笑みを溢した。

 魔王はその様子に喉を鳴らして笑うと四葉達に視線を向けた。


「お前らも同意見か?」


「いえ、全然話して欲しいですけど」


 四葉はじとりとシオンを見る。

 しかし、すぐに溜息を吐いて肩を竦めると苦笑を浮かべた。


「でも、オリビアさんがそう言うなら……全てが終わるまで待ちますよ。……俺もグーで参加します」


「なんでじゃ!」


「ワタクシもまだまだ聞いていないお話がありますが…………」


 クロッカスは横目でキャットを見ると、口元を袖で押さえてクスリと笑った。


「オリビアちゃんの言う通り、迷いが生じるなら今は我慢しましょう」


「全てを知ってるのはお前だけか、ガキ」


「…………そーだね」


 キャットは怯えるシオンに目を向けて苦笑を浮かべた。


「一緒に殴られる準備、整えておくよ」


 魔王はキャットの腕の火傷を見ながら目を細めると新しい煙草に火を付けた。


「まだ何か俺に聞きたい事はあるか?」


「…………後悔はないか?」


 シオンは魔王の側に寄り、静かに問いかけた。


 悲しげに揺れる瞳に、魔王は困ったように眉を下げて静かに首を振った。


「んな顔するな。……話を聞いて、お前に腹が立ってた時期もあった。だが、今はもう――

 ガキに感謝しろよ。誓約魔法、あいつが寄越したアイデアだろ」


「じゃが……」


「なんだ?責めて欲しいのか?」


「…………」


「ははっ、言っておくが負けるつもりはねぇぞ。俺が勝ったらエルフ達の代わりに俺がグーだ」


 魔王は拳を握ってシオンの頬に軽く触れると、シオンはぐっと眉を寄せて目を伏せた。


「お前も……」


「だーかーら、俺が負ける前提で話をするのはやめろ。今ここで殴るぞ」


「そしたらおじいちゃん死んじゃうね」


「やめろ‼︎」


「…………ガキ」


 魔王はキャットの頭を掴んでくしゃくしゃと撫で回すと最後に軽くバシッと叩いた。


「いたっ!な、なに⁉︎」


「本当にお前はバカだな」


 キャットはそれに何も言い返さなかった。

 じっと見つめるクロッカスの視線に気付かないふりをするように、魔王から目を離さず苦笑を浮かべた。



「明日楽しみにしてるぜ」


「さっきみたいに、寝起きドッキリみたいなのやめてくださいよ?」


「…………あんた、黒髪の勇者にもやったの?」


「こいつもひっくり返ってたぜ……ククッ」


「さっさと帰れ‼︎」


 四葉が羞恥に顔を赤くしながらぶんぶんと手を振ると、魔王はおかしそうに笑いながら手を振って屋敷へと帰って行った。


「彼女の魂、どうする?」


 その後ろ姿を見送りながらキャットはシオンに問いかけた。

 シオンはその問いに静かに首を振り、目を伏せた。


「……分かった。それじゃあ正式にお仲間になった黒髪の勇者様に、魔王倒した後の計画お話ししよっか」


 キャットが四葉にくっ付くと、四葉は顔を青くしながら不快そうに顔を歪ませる。

 それに少しだけ口元を緩めたシオンは、計画を話した。


 オリビアはその話を聞きながら、強く拳を握り計画がうまくいくことを祈った。




 ――――



「……よぉ、よく眠れたか?」

少し改稿しました。

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