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ep.9

 



「んで?さっそく黒の大陸に行くか?」

「焦るな、勇者達には向かってもらいたい所がある」



 オリビア達は会議を行う為、別室へと案内された。

 そこには準備をしていたロータスがいた。噂の件もあってか、勇者と仲間達は気まずそうにしていた。


 椅子に腰を下ろして目の前にある大きな机の上を見ると、世界地図が広げられており、セコイアの位置に勇者達の髪色と同じ三色のピンが刺されいた。



「魔王は復活している。だが、居場所までは特定できていない。黒の大陸(シュバルツ)は広大だ、闇雲に探した所で勝機はない。罠に嵌まるだけだ。

 そこで」


 カトレアがセコイアに刺されたピンを抜くと、それぞれを別の場所へと刺し直した。



「まずは向かってもらいたい場所がある。

 青髪の勇者はバーチ王国へ、黒髪の勇者はアールダ王国へ、赤髪の勇者はパルマエ連邦へ」


 カトレアは地図に視線を落としたまま、少しだけ険しい表情を浮かべると言葉を続けた。


「バーチとアールダは魔族による襲撃で、領地にあるいくつかの村が壊滅した。既にセコイアから応援を出してはいるが、勇者にも協力願いたい。

 ――もし魔族と接触できた場合、情報を引き出せれば尚良し」


「いいね、楽しめそうだ」

「アニキ、不謹慎ですよ」


「心強い発言ではあるが、油断は禁物だ」


 青髪の勇者の様子にカトレアが釘を刺すと、ロータスが隣で苦笑を浮かべながら言葉を発した。


「こんなにも早く彼らが動いたのは、これまでに例のない事だ。これ以上の"予想外"を起こさない為にも――撃退だけでなく、何が起きているのかを掴むことが重要になる。現地で得た情報は些細なことでもいい、全て報告してくれると助かる」



 ロータスの言葉に青髪と黒髪の勇者が頷くと、カトレアは赤髪の勇者の方を向いた。


「パルマエは他二国と少し状況が異なる。魔王復活以降、パルマエからの正式な連絡が一切届いていない」


 カトレアは地図上にあるパルマエの文字を指先で軽くとんとんと叩くと目を細めた。


「赤髪の勇者よ、そなたには現地に行って何が起きているのか確認して欲しい」


「ただのおつかいじゃねぇか」


 青髪の勇者の仲間はまるで馬鹿にするように呟くと、ニヤニヤと笑って赤髪の勇者を見ていた。

 オリビアは彼の態度に強い不快感を露わにした。



「何笑ってんのよ」

「遠足なんて楽でいいなーと思ってな!ま、カクタスと一緒じゃ遠足でも無傷でいられるか怪しいが…」


 オリビアがその男に文句を言おうと立ちあがろうとした時、

 赤髪の勇者がそれを制止し、力なく首を横に振った。


「…へっ、お前がどこまでそいつの尻拭いできるか見ものだな。あんだけ啖呵切ったんだ。後でアニキやもう一人の勇者に泣きついたって遅えからな」

「やめろバカ!…ごめんな嬢ちゃん、こいつ口が悪くって…遅くなんかねぇから!いつでも来ていいからな!」

「ちょっと…!」


「君たちいい加減にしないか!どの勇者に課せられた任も、決して軽んじていいものではない!」

「ロータスそこまでだ。……勇者たちよ、何か質問はあるか?」



 ロータスの注意に対して重く受け止める者はいなかった。

 それぞれ反応は違えど、赤髪の勇者の与えられた任務を軽く見ている空気があった。

 かくゆうオリビアも、赤髪の勇者の任務だけどうしてこの程度なのかと、不満げにカトレアに視線を向ける。

 しかし――カトレアに物申そうとしたところで、オリビアはある事に気付いた。


 オリビアはそっと自分の右目に手を触れる。


 ―――彼の"本来の力"を知っているのはオリビアだけではない。

 カトレアはその様子を見て、口端を上げて笑みを浮かべた。


 オリビアは少し考えた後、口を閉じた。

 誰もが彼女の考えを勘違いする中、カトレアが口を開いた。



「ああ、そうだ。到着したら国王に謁見を申し込み、これを渡してくれ」


 カトレアがメイドに目配せすると、机の上に封蝋が押された封筒が三枚置かれた。


「手紙ですか?」

「ああ、中身は見るなよ。

 では、準備を終えたらすぐ向かってくれ。武運を祈る」


「死ぬなよお嬢ちゃん」

「何かあったらすぐ逃げるんだよ!」



 封筒を手に取りそれぞれが部屋から出て行くと、

 遅れて赤髪の勇者は封筒を手に取ると、静かに黙るオリビアに罪悪感が沸いた。


「ごめん…」

 赤髪の勇者は申し訳なさそうに頭を掻いて小さな声で謝った。

 それに対してオリビアは顔を上げると、その表情はどこか明るく、赤髪の勇者は驚きを隠さなかった。



「背筋を伸ばして」

「え?」

「勇者様!頑張りましょう!」


 オリビアがどこかいたずらっぽく笑うと、赤髪の勇者は彼女の真意がわからず苦笑を浮かべた。


「ありがとう、頑張るよ」

「勇者様は武器を買うお金ある?」


 オリビアは突然、赤髪の勇者の所持金を確認した。

 彼はまさかそんな問いかけが投げかけられるとは思わず目を泳がせた後、自分の財布を覗き込んだ。

 まるでその様子は、"カツアゲの被害者"を思わせるようなものだった。

 所持金を確認した勇者は眉を下げて小さく唸り声を上げた。


「…ごめん、仲間になってくれると思わなかったから援助は少量で申請しちゃって…」

「え⁈申請しなきゃお金もらえないの⁈報酬は⁈勇者様は命懸けで戦ってるのに⁈」

「お、落ち着いて…申請しなきゃいけないけど限度額がないからいくらでも用意してもらえるし…」

「そうなんだ…うーん…申請には時間がかかるわよね……しょうがない…」

「えっと、魔法使いの杖とかが欲しいの?」

「そうじゃないわ、勇者様」

「うん?」

「その腰の剣折ってもいい?」

「へ⁈」















 ――――


「折らないよね…?」

「……」

「お願いだから折らないって言って…」



 二人は旅に必要な荷物を背にセコイアを出発した。

 オリビアは横で顔を青くする赤髪の勇者に構わず、剣を隅々まで観察していた。

 それは手入れはされていたが、他二人の勇者の物とは比べ物にならないほど平凡な品だった。



「これはダメね」

「俺は大した活躍もしてないから、新調するの躊躇しちゃって…」


 オリビアが隣を歩く勇者を横目で見ると、彼がどこか叱られて落ち込む大きな子供のように見えた。

 彼女は笑いを堪えながら剣をくるりと回して鞘に収めると、それを勇者に返した。



「まぁどの道どんな剣も勇者様には扱えないわ」

「どういう事?」

「剣術の才能ないのよ」

「うっ…」


「おーい君たちー!」



 オリビアは勇者が涙を目に溜めて落ち込んでしまった事に気付き、慌てて理由を話そうとした時――

 遠くから馬車を引いた人々が、二人に向かい歩いてくるのが見えた。

 どうしたのかと駆け寄るとその内の一人が前に出て話を始めた。


「君たち引き返した方がいい!近くの森で魔物が大量発生したんだ!」

「魔物が?」

「小さくて弱い魔物ではあるんだが…それでもわしらみたいなまともに戦ったこともない者では対処ができなくてな…村を出てセコイアに避難するところなんだ…君たちも早く…」

「安心してください!」

「え?」



 オリビアは勇者の背中を押して前に立たせると得意げに胸を張った。

 勇者は突然のことで驚き目を見開いた。

 慌ててオリビアの方に顔を向けると、彼女は上機嫌で話し始めた。


「勇者様がその魔物を退けます!」

「勇者様…⁉︎」

「えっ、あ…一応」


 勇者が二の腕にある勇者の刻印を見せると人々の表情がパァッと明るくなり「よろしくお願いします!」と勇者の手を握りぶんぶんと振りまわした。

 それに対して勇者は困惑…そして気まずそうな表情をしていた。



「(いつもこうなのかしら?)」



 退けるとは言ったが、彼らにはセコイア国に避難してもらう事にして、二人は魔物が大量発生した森へと向かう事にした。



 ――――


「話を聞いた感じピンクラットみたいだね」

「知ってるわ!ピンクのネズミね!」


 勇者は彼らから別れ際に魔物の特徴を聞いていた。


 ピンクラット――ピンク色の体毛に覆われ、額にツノを生やしたネズミの魔物だ。


 この世界では魔王の呪いで姿が変わってしまった動物を、"魔物"と呼ぶ。

 動物の姿をしていた時よりも体は大きく、草食肉食関係なく気性が荒い。



 オリビアはピンクラットだけではなく、他の魔物も図鑑でしか見たことがなかった。

 村にいた時は、魔物は穢れている事から狩猟の対象ではなく駆除の対象で、存在のみ知っているだけだった。

 得意げにピンクラットの特徴を述べるオリビアに、勇者は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「魔法で礫を飛ばしてくるから気を付けてね」

「わかってるわ!…あっ、わかってま、す…図鑑を読んで勉強したので…」

「ははっ、今更敬語は使わなくていいよ」

「ぅ…ごめん…」


 勇者と話しているとどこか気が抜けてしまうオリビアだったが、彼が気にする様子はなかった。



「あっ、そう言えば…ピンクラットに遭遇する前に勇者様に話さなきゃいけないことが…」

「止まって」


 オリビアがポーチを漁りながら勇者に声をかけると、彼はそれを遮り歩みを止めた。



「いた」


 

 小声で呟いた勇者の視線を追うと、そこにはネズミにしては大きく、全身ピンク色で額に角を生やし、


「チュゥ…」


 大きな目をうるうるさせてオリビアたちを見るピンクラットがいた。



「(か、可愛い…‼︎図鑑のイラストではかなり凶悪そうだったのに…‼︎)


「気を付けて…こいつらは見た目は可愛いけど、群れになると…」


 足元の石が振動し地面を跳ね回る。

 次の瞬間、木々の影からぞろぞろと現れるピンクの塊――一体、何匹いるのか、

 ピンクラットが二人の視界が埋まるほどに現れると勇者は険しい顔をして剣を構えた。


 ――やつらは"個"の戦力は弱いが、"群体"となるととても厄介で危険な魔物である。


 オリビアは神の目でピンクラットの情報を見ると、群体による一斉礫にさえ気を付けていれば問題なく倒せると確認し、勇者を見た。


「(試すにはいい機会だわ)勇者様、この魔物……」


 緊張しているのか顔を強張らせる勇者にオリビアが声をかけると、まるで合図を待っていたかのように勇者は剣を振り上げ、

「ちょっと待っ…」

「よし、やるぞ!」

 勇者はピンクラットの群れに向かっていった。
















「はぁ…はぁ…ごめん…ありがとう…」



 結果、勇者はピンクラットの袋叩きにあった。

 オリビアは呆然としていたが、すぐにまずい事になったと血の気が引くのを感じながら、ピンクラットを加護の力で捕獲し勇者を助け出した。

 植物の蔓でできた網の中でピンクラット達は怒りの唸り声を上げている。


 横目で勇者を見ると、彼は剣を握り締めた手を震わせていた。



「ごめんね…」


 勇者は眉を下げ気まずそうに視線を地面に落とし、小さく消え入りそうな声で彼女に謝罪した。



「分かってる、剣の才能がまったくないことは…小さい頃からうまく扱えなくてバカにされてたんだ……それが勇者だなんて、笑えないよ…」



 オリビアは項垂れる勇者に胸が痛んだ。

 神の目で確認したから彼に剣術の才能がないのはわかっていた。


 もっと早くに"あの事"を伝えていれば、彼は心も体もここまで傷付く事はなかったのに―――

 オリビアは彼の姿に、自身を責めた。


 彼の前にしゃがみ込むと、剣を握る手の上に優しく自身の手を重ねた。



「勇者様、あなたは強いです」

「お世辞はやめてくれ……見てただろ…それに君も才能がないって…」

「剣じゃないとダメな理由があるんですか?」


「え?」


 オリビアの問いかけに、彼は困惑した。

 剣でないといけない理由、そんな事は今まで生きてきて考えたことのないものだった。

 勇者は少し考えた後、小さく首を振った。


「…いや、…でも、剣しか使ったことないし…」


「じゃあ剣を使うのに特別な理由はないんですね」

「そう、だけど…」

「うーん…剣を折って使えたらよかったんだけど、幅も微妙だし…とりあえず私のナイフで試してみるか…。

 ……私があなたを選んだのは同情ではないですよ」

「え…」


 オリビアの言葉に消えない疑問が増えていく、勇者はただ困惑したままオリビアを見つめた。

 彼女はポーチからナイフと木の枝を取り出すと、静かにマナを流し込んだ。


「人一倍努力家な所に惹かれたのもありますが、勿体ないと思ったからです」



 木の枝がメキメキと音を立てながら"成長"していくと、有る程度まで伸びたところで形が整っていく――



「私の目は特別なんです。他の勇者なんかよりあなたはずっと強い。いいえ…強くなる、が正解ね…これを使って戦ってください」


「これは…?」


 オリビアはナイフと木の枝を使って簡易的な槍を作り上げた。

 そしてそれを勇者に手渡すと、彼の瞳には困惑に加えて、驚きの色が滲んだ。



「よし!勇者様、今からこいつらを一匹ずつ出していくので頑張って戦ってくださいね!」

「えっ!ちょ、ちょっと待って!」

「余裕そうだったらどんどん数増やしますからね」

「は、話を聞いて!」



 オリビアは勇者の肩をぽんっと叩き親指を立て距離を取ると、勇者とピンクラットの周りを草木で囲み即席のリングを作った。


 顔を真っ青にして彼女を見る勇者だったが、彼女は容赦なくピンクラットを捕らえていた蔓を緩めた。

 そこから飛び出した一匹のピンクラットは一瞬、この状況に戸惑っていたが、すぐに鳴き声を上げると勇者に襲いかかった。

 勇者は慌ててそれを避けるとオリビアの方に走った。リングを飛び越え彼は必死に首を振って彼女に訴えるが、蔓が彼を再びリング内へと放り飛ばした。



「戦ってください勇者様!」

「槍なんて使ったことないよ!」


 オリビアの言葉に勇者は初めて大きな声を上げた。

 しかし、彼女は決して彼をリングから出そうとはしなかった。

 困惑する勇者にピンクラットは目をギラリと光らせ、勢いよく飛びかかった。


 勇者は慌てて槍を突き出しピンクラットを串刺しにするとそのまま振りおろし地面へと叩きつけた。

 それを見たオリビアは感動に目を輝かせ拍手した。


「すごいです勇者様!」

「まぐれだよ!」

「ほら次行きますよ!」

「うっ!」



 まぐれだとしても、この成功が彼に"逃げることへの諦め"を起こさせた。


 勇者は猛進してくるピンクラットを見据え、槍を構えた。



「次!」


「ぐっ…」


「次!」


「っ!」

 …

 ……


 オリビアは途中から静かに彼の動きを観察していた。

 気付けば勇者の周りには多くのピンクラットが倒れていた。


 襲いかかるピンクラットの数は一匹から始まり、今では十数匹。

 しかし、ピンクラットは勇者に傷一つつけることさえできず次々と地面へと転がっていく。



「(槍は使った事ないって言ってたけど剣術と違って動きがチグハグしてない…体がすぐに槍を受け入れた)」



 剣を使っていた時とは別人のようだ。

 相手の動きを見切る事はできていたのに、剣を扱う体がついていけず、その隙につけ入られていた。

 しかし、今の勇者にはまったくその隙がない。



「形だけだったから心配してたけど…よかった…」



 オリビアは小さくぽつりと呟いた。

 それと同時に、蔓が完全に緩まり溢れ出したピンクラット達が一斉に勇者に飛びかかる。


 しかし、爪先が勇者に届く前に―――

 それらは血を散らしながらゆっくりと地面へと落ちてゆく。



 勇者が槍を使いピンクラットを薙ぎ払う度に、

 編まれた長い髪が踊り舞うように揺れた。


 それはまるで芸術のように、オリビアの瞳に焼き付いた。



 そして、ピンクラットが全て地面に伏せると、

 オリビアは左目を閉じ、改めて勇者様のステータスを見た。



 カクタス(21)

 勇者の刻印を持つ者(黒魔法無効化)

 魔法属性:風

 槍術超級、魔法下級、剣術下級、格闘下級……

 スキル:努力(エフォート)

 敵を倒す度、訓練を積む度、目標の為に努力する事で槍術のスキルが大きく成長する。

 槍術の天才(ランサー)

 彼に扱えない槍はない、彼は槍術に関して他に追随を許さない。代わりにその他武器に適正はない。



※誤字修正しました。

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