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ep.10 パルマエ連邦

 


「はぁ……」


 勇者の周りに、生きたピンクラットの姿はない。


 勇者は大きく息を吐き出すと、地面に槍を突き刺し、その場に座り込んだ。


「勇者様! 大丈夫ですか?」


「……俺が戦えたのは、君のスキル?」


「違いますよ。私の目は見た対象の名前やスキル、適正……色んなモノが見えるんです。

 勇者様は剣術の才能はないけど、槍術の才能がずば抜けていたんです。だから槍を渡しただけで……これは、勇者様の力ですよ」


「そうか……そうなんだ……俺、こんなに魔物を倒したの初めてだ」


 血豆と傷だらけの手は、小さく震えていた。


 勇者は手をぐっと握り込むと、額に押し付けた。


「槍を使うのは初めてだったのに、体が思うように動いた。

 ……勇者だから剣を使うモノだって決めつけて、才能がないのは分かってたはずなのに、他の武器を試さなかった自分が恨めしいよ……」


「勇者様泣いてます?」


「ははっ、泣いてないよ。

 ……勇者に選ばれたのに魔物一匹倒すのにも一苦労だった。仲間には見限られてこの刻印が偽物だったらどんなによかったかって、ずっと苦しかった」


 勇者は立ち上がって槍を手に取りくるりと回すと、空に向かって突き出した。

 夕日に照らされた勇者の顔は、今までの自信のなさはなく、瞳には力強さが宿っていた。


「君のおかげで……やっと前を向いて歩けそうだ」


 勇者が初めて見せた心からの笑顔。


「……綺麗」


 それは、無意識に出た言葉だった。


「え?」


「あっ! えっと……ゴホンッ……じ、自信がついたみたいでよかったです」


 自分でも驚いた。

 照れ臭さを咳払いで誤魔化すと、勇者はオリビアに向かって手を差し出した。


 オリビアが首を傾げて見上げると、勇者は力強い光を宿した瞳で、真っ直ぐ彼女を見つめた。


「俺を選んでくれてありがとう。後悔させないよう精一杯頑張るよ。……改めてよろしくね、オリビア」


「よ、よろしくお願いします……」


 オリビアは先程の事と、初めて名前を呼ばれたことが重なり顔が熱くなるのを感じた。

 必死に気を紛らわせながら小さく返事をすると、勇者はそんな彼女の様子に困ったように笑った。


「お願いがあるんだけどいいかな?」


「お願いですか?」


「敬語はいらないって言ったでしょ。それから、勇者様じゃなくてカクタスって呼んで欲しいんだ」

「……分かったわ。よろしくね、カクタス」


 2人は顔を見合わせ互いに笑みを浮かべると、握手を交わした。


 握られた手は、とても暖かかった。





 ――――



「あれがパルマエの門だよ」


 パルマエの門が見えてくると、オリビアは両手を上げて大いに喜んだ。


 野宿はオリビアの想像以上に大変なものだった。


 夜は魔物を心配して警戒を解けず、硬い地面のせいで疲れは取れない。

 そして、オリビアは男性と二人きりという緊張で、最初の数日はまともに眠れない日々を過ごした。


 オリビアは区切りがついたら必ず魔物除けのお香と寝心地のいい寝袋、そしてテントを買おうと決心した。


 しかし、ここまでの旅は、悪い事ばかりではなかった。

 スキルのおかげもあってか、カクタスの槍術は格段に成長していた。

 オリビアはそんな彼の成長を見守るのがとても楽しかった。




(久しぶりに、充実していたな……)


 カクタスは喜ぶオリビアを横目で見ながら、心の中でぽつりと呟いた。


 彼にとって旅は、辛く、孤独なものだった。

 ――剣は、敵ではなく自身の心を切り付けてきた。

 ――勇者という肩書きは、周りの視線を毒に変え、彼を苦しめてきた。


 そんな彼はオリビアとの出会いで、その苦しみから解放された。


 そして、初めて感じた高揚感、本心からの賞賛の声――

 彼は槍を手に入れ、同時に失われつつあった自信を取り戻し、夢中になって鍛練を行った。


 狙った通りに刃先が獲物を捕らえる。

 思った通り、違和感なく体が動く。

 ここ数日、カクタスは野宿でげんなりするオリビアとは裏腹に、

 久しぶりに満ち足りた日々を送ることができた。



「…………どうしよう」


 パルマエは海に面しており、頬に感じる潮風はとても心地よく、それがまるで2人を歓迎しているように思えたが――パルマエの門は固く閉ざされていた。


 観光地としても有名なパルマエは、普段であれば常に門は解放されており、観光客や民が多く行き交っている。


 一体何があったのか――2人は異様な雰囲気を感じ取り、静かに眉を寄せた。


「……私の魔法を使って登ってみる?」


「うーん……中の状況が分からないからなぁ……下手に侵入したら首を刎ねられちゃうかも……」


「えっ⁉︎ じ、冗談よ……でもどうしよう……すみませーん‼︎ ちょっとー‼︎」


「貴様ら何者だ‼︎」


 オリビアが懲りずに声を上げると、突然頭上から怒鳴り声が降って来た。


 驚いて体を跳ねさせると、目の前に大きな音を立て、何かが落ちてきた。


 巻き上がった砂埃が落ち着き視界が晴れると、そこには背中に大きな斧を背負い、角のついた兜と鎧を着た、かなり体格のいい兵士が立っていた。


 兵士はのしのしと歩いて2人の目の前までやって来ると、かなり上から見下ろして、兜の隙間からふんっと鼻息を飛ばして来た。


 身長はカクタスよりも高く、恐らく青髪の勇者よりも高い――その兵士は腕を組み、大きな声で話し始めた。


「今パルマエは……いや、チモシーの領域は他種族立ち入り禁止だ‼︎」


「立ち入り禁止ってどういうことですか?」


「怪しい者に話す事はない‼︎ 立ち去れ‼︎」


 勢いのある怒鳴り声に、オリビアがフードを押さえながら後ろによろけると、カクタスが慌てて彼女を支え槍を構える。

 それを見た兵士は、背中に背負っていた大きな斧を構えて、距離を取った。


「やはり魔王の配下か‼︎」


「いえ……一応勇者です。セコイアの王から頼まれて来ました」


 カクタスが腕の刻印を見せると、兵士は「何を言っても無駄だ‼︎」と言いつつじろじろと見た。


 しかし、刻印が証明するように光を放つと、兵士は一瞬固まった後、斧をガランっと地面に落として狼狽えた様子を見せた。


「ほ、本物……⁉︎」


「そうよ!」


 カクタスの代わりにオリビアが得意げに胸を張ると、兵士は情けなくぶるぶると体を震わせた。


「俺はなんたる無礼を……‼︎」


「だ、大丈夫ですから……!」


「ああ、父さん母さん……親不孝な俺を許してくれ……!」


 兵士が斧を拾い上げ首に当てると、カクタスとオリビアは一気に血の気が引いた。

 落ち着くように説得しようとするが、彼の耳には届いていないようだった。


「うおおおーー‼︎」

「落ち着いて‼︎ お願いだから話を聞いて‼︎」


 ーーー


「申し訳ございませんでした……」


 兵士はオリビアの加護によって捕縛された。

 頭を垂らしながら鼻を啜り、先程怒鳴り声を上げていた人と同一人物か疑うほど静かな声で兵士は謝罪した。


「まさか勇者様が来てくださるとは……」


「やはり魔王の配下か、とか言ってたけど何かあったの?」


「勇者様のお仲間にも大変失礼を……」


「もういいから!」


「失礼しました……実は今、パルマエはチモシーとジャイアントケルプが国内対立していまして……」


「「国内対立⁉︎」」


 兜で顔が見えないが、兵士はどこか怒りと同時に悲しみの滲む声でそう話した。


 “何故魔王が復活したこんな時に”


 2人は顔を見合わせると、兵士の拘束を解いた。


「一体何が……」


「大丈夫かラーク」


「おお、同胞達よ! 勇者様がいらっしゃったんだ!」

「ホントー?」


 門の上から複数の声が聞こえた。


 兵士の言葉に閉ざされていた門が開くと、門の向こうから同じような鎧を着た、これまた大きな兵士達が集まって2人を囲んだ。


 圧倒されていると、兵士たちはカクタスの腕にある刻印を見て喜び、2人を中へと招き入れた。


 門を潜るとレンガでできた建物よりもテントのような家が多く建ち並び、ほとんどの通りに水路が並走している変わった街の景色が広がっていた。


 パルマエ連邦は、元は遊牧民族であるチモシーの民と、海で暮らすジャイアントケルプの民が同盟を組んで生まれた国である。


 陸のチモシーの領地では、遊牧民族であった名残から、今でもテントの家が主流であった。


 そして、水路は海で暮らすジャイアントケルプの民が行き来しやすいように作られた物だ。


 オリビアはロータスとの座学を思い出し、実際に街の様子を目にして感動していた。

 しかし水路を覗き込むと、そこに水は通っておらず、干からびた海藻が底に張り付いていた。


「今は水路を封鎖しているのですよ」


「コラお前たち! 出てくるんじゃない! 自宅待機の命令が出ているだろう!」

「うるさいねぇ! いつまで隠れてなきゃいけないんだい!」

「ぐぬぅ……」


 勇者と聞いて家から人が続々と出てくると、彼らの姿にオリビアは圧倒された。


 彼らはセコイアで見た民と同じような服を着ているが、誰もがオリビアよりも大きく、

 全身が体毛に覆われ、立派なツノや尻尾を生やしていた。


 その姿は山羊や羊、そして牛に近いものだった。


 初めて見る獣人にオリビアは胸を高鳴らせ、カクタスは熱烈な歓迎に戸惑いの表情を浮かべていた。


 それに気付いた兵士が離れるように指示を出すと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「騒がしくしてすみません……」


 カクタスが慌てて頭を上げるように言うと、兵士は兜を脱ぎ頭を掻いた。

 兜の下から現れたのは立派なツノを生やした茶色い体毛をした牛の獣人。


「申し遅れました、俺はチモシーの戦士、ラークスパーと申します。どうぞラークとお呼びください。早速ですが、王の元へ案内します!」




 ――――



「よくぞ来てくださった勇者様」


 ラークに連れられチモシーの城を訪れると、そこには玉座に座る白い牛の姿をした王。

 そして周りには鎧やメイド服を着た獣人達が並んでいた。


 獣人達は、顔や体は動物のようだが、手は人間と同じ形をしており、甲の部分には黒い蹄のようなものがあった。


「事情は少しだけ聞きましたが、ジャイアントケルプと対立されているとか……」


 チモシーの王に問いかけると、

 侍従が大きな銛と紙を、カクタスの前に差し出した。


 紙はごわついていて端が少し破れている。

 そして銛と紙には蝙蝠の羽のような、片翼の模様が描かれていた。


「これ、魔王の刻印ね……」


 ぽつりと呟かれたオリビアの言葉に、チモシーの王は静かに頷いた。


「その銛はジャイアントケルプの者達が使う武器です。そしてその紙は、同胞の遺体が咥えていたものです」


「遺体……?」


「……魔王が復活した数日後に、銛に心臓を貫かれた同胞の遺体が海から上がりました」


 王の話に、カクタスとオリビアは固まった。


 そして青い銛の先が赤黒く変色しているのに気付くと、手にジワリと汗が滲んだ。


 王は静かな口調で、2人に話を聞かせた。


 この件をジャイアントケルプに確認しようとしたが連絡が取れず、ジャイアントケルプへの移動手段であるアクアボートまで回収された事、

 いつもなら街に引かれた水路から顔を出すジャイアントケルプの民の姿も、それから見る事はなくなった事――王は悲しげに語ると、首を振った。


「それだけでなく、程なくして彼らが子供達を攫うようになり……はぁ……」


「子供を攫う?」


「そうなのです! 叫び声が聞こえ見にいくと子供の姿がなく、代わりに海水が辺りに撒き散らかされていて……跡を辿るとそれは海へ続いていたのです!

  魔王は様々な種族の血を取り込む事で力を得ると言います……我等チモシーの者は、とても力が強い……恐らく子供らは魔王への貢物に……おのれ魚共め‼︎

 魔王を倒す為に同盟を組み、1つの国となって勇者様をお支えになった先代達に唾を吐きかけるが如き所業‼︎」


「ラークよ……落ち着きなさい……」


 ラークが火がついたように怒り出すと、チモシーの王は額を押さえてため息を吐き出した。


「……勇者様に忠誠を誓い、環境が違えど協力し、共に生きてきたジャイアントケルプの民がまさかこんな……」


 王は立ち上がり、玉座の後ろの壁を指差した。


 そこには陸地で跪く牛の獣人と、海で祈るように手を組む魚人――そして、中央に剣を構えた、勇者の姿が描かれていた。

 勇者の周りを囲むように四芒星がいくつも描写されている。


「……肉食獣人、肉食魚人をシュバルツに引き込む事ができた魔王は全ての獣人の力を手に入れる為、肉食獣人達に我々を襲わせました。


 そこに“四芒星の勇者様”が現れ、我々を助けてくださり、同じくジャイアントケルプの魚人達もその勇者様に救われ、同じ勇者様に忠誠を誓う者として交流を始めました」


 チモシーの王は、壁画に触れながら目を細めた。


「その後、我々はこの地に定住し、ジャイアントケルプと同盟を組み、パルマエ連邦を名乗るようになりました。

 これは魔王との戦いで命を落とした亡き勇者様の為に先祖が描かせた物だそうです」


「話を聞いてると余計にジャイアントケルプの仕業には思えないけど……」


 チモシーの王、そして周りの人々の顔が悲しげに曇った。


「……最初は誰もが、ジャイアントケルプがそんな事をするはずがないと、そう思っていました……

 しかし、勇敢にも海に潜り、真相を確かめようとした者がいたのです。


 ……数日後、彼は変わり果てた姿で帰って来ました。まるで魂を失ったような……別人のような姿で――」


 オリビアは唾と共に言葉を飲み込んだ。


「他の者の支えがなければ歩くこともできず……震えながら“襲われた”と……

 今その者は、我々が保護しておりますが……ショックで治療も拒み、部屋に引きこもったままです。

 “魚人が怖い”“魚人が裏切った”と、そればかりを繰り返して……」

「……あいつは魚人達と本当に仲が良かった……なのに……くっ……」


 ラークが瞳に涙を滲ませると、周りからも鼻を啜る音が聞こえてきた。



「勇者様、どうか我等に力を貸していただきたい」


 カクタスは頷いた。

 しかしその表情は険しく、考えを巡らせているようだった。


 侍従の羊が扉を開けると、2人はチモシーの王に頭を下げ、その侍従について部屋を後にした。




少し改稿しました。

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