ep.85 黒の森
次の日の早朝――
「このぐらい回路が回復すればボク1人ぐらいなら転移できそうかなぁ……」
「怪我まだ回復してないんだから無理はするなよ?」
「誓約魔法なきゃゆっくりしたいよぉ……」
「そうだよな……」
「じ、冗談だよぉ!」
「勇者様そろそろ出発のお時間です」
「わかりました」
いつもより元気のない四葉に熊の魔族はどこかソワソワとしながらも、かける言葉が見つからず静かに彼らの出発を見送った。
「四葉くん元気ないみたいだけど……大丈夫かな?」
「魔王との戦いが迫ってる。緊張してるんじゃない?」
黒の森へと向かう途中、
カクタスが四葉の様子に気付いて眉を寄せた。
リリー達もそれを察しているようだったが、四葉はそれを問われる度にただ笑って大丈夫だと返事をした。
オリビアは魔王との戦いまでに持ち直してくれればいいがとクロッカスの方へと視線を向けた。
“「彼も勇者ですから、大丈夫でしょう」”
“「でもまだ子供よ」”
“「…………オリビアちゃんはたまに自分がまるで大人のように話をしますね」”
“「……シオンから聞いてないの?」”
“「はい……?」”
シオンからオリビアの年齢を聞き、クロッカスは目を見開いて驚いた様子を見せた。
オリビアは、前の世界の年齢と、ここで過ごした年数を足して静かに落ち込んだ。
「カクタスより年上……」
「ん?」
「なんでもないわ……」
いつかこの話をカクタスにする事があるのだろうか――
引かせたらどうしようと腕を組んで悩んでいると上空を飛んでいたチューとヘリーがオリビアの元に降りて来た。
「どうしたの?」
「遠くからでも分かるぐらい黒の森にマナが充満してたんです……」
「予定していたよりももう少し高く飛んだ方が良さそうです!」
オリビアはそれを聞いて確認の為に上へ飛び上がった。
「黒い……あれが……」
黒の森はマナの影響で鮮やかさを失い、まるで黒炭のような木々が生い茂っているという。
しかし、あの黒色はそれだけではない。
まだ距離はかなりあるはずだが、ここからでもよく分かる程に黒い靄のような物がまるで生き物のように蠢いている。
オリビアは下に降りると隊長と勇者達に離陸予定地点を少し手前に変更して高度を上げる事を話し、もう一度上へ飛び上がって黒の森を見た。
『また新たな何かが待ち構えているはずだ』
まるで手招きするように揺れ動く黒いマナ。
キャットの言葉を思い出しオリビアは胸騒ぎに眉を寄せた。
気付けば日が傾き肌寒さを感じ始めた頃、
隊長の指示で野営を行う事となった。
黒の森が近いからか辺りは薄暗く、葉の音さえも不気味に感じた。
「お化けが出そうで怖いです……」
「俺は魔物の方が怖いがな……」
「魔物は倒せるじゃないですか!」
フォティニアとラークの会話を笑って聞きながらオリビアが植物を使ってテントをカモフラージュしていると、カクタスがオリビアの肩を軽く叩いた。
「びっくりした……どうしたの?」
「少し話があるんだけど……」
「話?」
「うん……向こうで話せる?」
カクタスは少し離れた場所に移動して辺りを気にしながら口を開いた。
「オリビア、黒の森の事なんだけど…………運ぶ時の配置を少し変えてほしくて……」
「配置?」
「四葉くんが、できればリリー達と離して欲しいって」
「えっ……」
カクタスは少し困ったように眉を下げながら頬を掻いて理由を話した。
「彼女達、元気がない四葉くんが気になるみたいで…………今はそっとしておいて欲しいって四葉くんが……」
ピンク色の髪が視界の端に映る。そちらを見ると、膝を抱え落ち込むリリーの姿があった。
魔王戦前に困ったことになったと兵士達の方へ視線を移動させたが、シオン達の姿は見当たらなかった。
「……分かったわ」
「それと……」
「なに?」
「いや……なんでもない」
カクタスは少し考えて首を振り、「よろしくね」と言って去って行った。
去り際に見せた彼の悩ましげな顔に、オリビアは腕を組むと首を傾げた。
「……この間から、何か聞きたげなのよね……なにかしら」
――――
夜が明けた。
夜中に一度魔族や魔物が襲って来たが、起きていた四葉が兵士と共に処理したらしい。
もう一度話した方がいいのではないかとクロッカスのスキルで声をかけたが、シオンからの返事はなかった。
“「シオン様もショックだったのでしょうか?」”
“「もう関係ないって考えてるんじゃない?」”
“「おじいちゃんもちょっと悪い事したなぁって思ってるんでしょ、たぶん……いたいいたい!」”
どうやらシオンは横でキャットを叩いているようで、わざわざスキル上でも彼は痛がる声を上げた。
“「このままでは魔王様との戦いに支障が出てしまいます。スキルで声をかけてみましょうか?話したくなければシオン様のように返事はしないでしょうし……」”
“「うーん……」”
「オリビア?ぼーっとして大丈夫?」
“「大丈夫よ」”
“「オリビアちゃん……こっちに返事してどうすんの」”
「あっ!だ、大丈夫よ……ごめん……私も緊張してるみたい」
オリビアが慌ててカクタスに返事をすると、彼は訝しげに眉を寄せた。
なんとか誤魔化して頭を掻くとクロッカスの「気を付けてください」という声が頭に響いた。
“「ごめん……黒髪の勇者は兵士と話をしてるわね。私みたいに混乱するといけないからまた後で声をかけましょ」”
“「混乱するのはオリビアちゃんだけじゃなーい?」”
“「殴られたいの?」”
“「やだこわーい!」“
オリビアはカクタスに気付かれないように顔を逸らして怒りに顔を歪ませ奥歯をギリギリと鳴らした。
「離陸地点に到着しました!」
隊長の言葉にオリビアが頷いてサキュバス達を呼び寄せると、彼女達はブランコを装備してそれに勇者と仲間達を乗せた。
オリビアはカクタスに頼まれた通り配置を調整してサキュバス達に指示を出すとリリー達は四葉と離れている事に気付いて不満の声を上げた。
「ちょっと待ってオリビア!なんかこの配置おかしくない⁉︎」
「リリー、出発が遅れちゃう」
「だって…………ううん……ごめん、分かった……」
四葉に注意され、リリーが口を閉じるとイベリスやアマリリスはどこか気まずそうに視線を横へ逸らした。
その様子にオリビアは呆れて溜息を吐き四葉に声をかけた。
「……後で話がある」
「…………はい」
四葉はまるで叱られるのを怖がる子供のように目を泳がせた後、ゆっくりと視線を下に落として小さな声で返事をした。
サキュバス達がゆっくりと上昇を始めると、オリビアは隊長達に軽く頭を下げて空へ飛び上がった。
「うっ…………近くで見ると、禍々しいわね……」
視界が開けると、黒の森の異質さがしっかりと目に焼き付いた。
靄のように見えたそれはよく見ると虫の大群のようで不快さが強く、この広大な森にはそぐわない海の波のような音が響いている。
その中にいなくても精神に影響を与えるような不気味さだ。
オリビアは喉を鳴らして唾を飲み込むとサキュバス達に移動を指示して後ろに続いた。
先頭にリリーとジェンシャンを配置し、その後ろをクフェアやジニアの索敵組、そして遠距離組で他の仲間達を囲み、魔法の使えるクロッカスとカランコエ、最後尾にオリビアという隊列で進んだ。
クロッカスの前には四葉がいる。
話があると言ったがどう切り出そうか――オリビアが辺りを警戒しながら考えていると、突然黒いマナが激しく波打ち始めた。
様子がおかしい事に他の仲間も気が付くと、オリビアは速度を上げるようにサキュバス達に指示を出した――その瞬間、
黒いマナが森に吸い込まれていったかと思うと、突然彼らを捕まえるように勢いよく伸びた。
オリビアが風属性魔法でそれを消し飛ばしたが、すぐにまた黒いマナがいくつも触手のように伸びて来ると、魔法使い達は魔法で応戦した。
「チュー‼︎もっと上に‼︎精神攻撃を食らったらまずい‼︎」
「分かりました‼︎」
昔の勇者が残した文献やキャットの話の通り、黒いマナは実体化していなければ物理的な攻撃は通らないが、魔法による吹き飛ばしは有効だった。
黒いマナに少しでも触れれば精神になんらかの影響が出る。
魔法使い達は黒いマナの猛攻を捌き、サキュバス達は特訓で身に付けた超速飛行で必死に黒の森の領域外――魔王の屋敷へ向かって飛んだ。
黒いマナはまるで自我があるかのように攻撃手段を増やしてきた。
森から大小様々な石が飛んで来るとパキラが大剣を振って打ち落とす。
「投石は俺様達がなんとかするぞ‼︎」
「ぐぎぎ……あんまり暴れないでよ〜‼︎うまく飛べないでしょ〜‼︎」
「頑張れ‼︎」
「ぐぅぅっ……‼︎」
「飛びながらだと攻撃当てにくいなー」
遠距離組、近接組が投石をなんとか防ぎながら、魔法使い組が黒いマナを吹き飛ばす。
サキュバス達は振り回されそうになりながら必死に飛ぶが、予想よりも体力の消耗が早い事をオリビアに告げると、オリビアは投石と黒いマナの両方を魔法で吹き飛ばした。
「(このままじゃ黒の森を越えられないかも……投擲も魔法使いが防いだ方がサキュバス達の負担が減る、リリー達に伝え――)」
「やばっ‼︎」
「なっ……‼︎」
「リリー‼︎ジェンシャン‼︎」
黒いマナの攻撃が止んだかと思った次の瞬間――
目の前に黒いマナの壁が現れた。
リリーとジェンシャンが魔法で壁に穴を開け事なきを得たが、
穴を通過する際、黒いマナが軽くオリビア達に触れた。
心が重さを得たような感覚。
心の中をじわじわと不安や恐怖が滲み、広がっていくような――
オリビアは慌てて頭を振ってその感情を払い飛ばした。
――よし、大丈夫。
その程度の精神攻撃はオリビアや仲間達の心を砕く程の威力はなかった。
しかし、
「ちょっと……!なんで……!」
「っ!」
黒いマナの攻撃が変わった。
投石は変わらずオリビア達を襲ったが、先程まで無差別に伸びてきていた黒いマナは、突然四葉を集中的に狙い始めたのだ。
恐らく四葉が誰よりも今精神的に弱っている事を感じ取ったのだろう。
「ねぇサキュバス‼︎あたしらを四葉の近くに……」
「ダメダメ‼︎陣形崩したらうちらが怒られちゃう‼︎」
「ぐっ……もっと速く飛んで‼︎」
『お兄ちゃん』
「三葉?」
オリビアが襲い来る黒いマナを風属性魔法で飛ばした時、四葉の声が聞こえた。
四葉の方を向くと、黒の森を見つめて目を見開いて何かを凝視していたが、オリビアの目には何も見えなかった。
「弟が……」
「黒髪の勇者それは幻覚よ‼︎あなたの弟はこの世界には……」
「俺と同じで転移されて来たのかもしれない‼︎」
「だとしてもなんでここにいるのよ‼︎しっかりしなさい‼︎」
振り落とされない為に着けていた安全ベルトを外す四葉の姿にオリビアが慌ててそれを止めようとすると、大きな石がオリビア目掛けて飛んできた。
魔法を使って弾き飛ばしたが、衝撃がサキュバスの飛行に影響を及ぼし、大きく煽られた。
それによって――
「あっ……」
「四葉‼︎」
四葉は気付いた時には宙へ放り出されていた。
体が重力に引かれて黒いマナの渦へと落下を始めると、リリーが悲鳴を上げた。
オリビアは素早く四葉に向かって飛んだが、石や黒いマナがそれを阻むように襲いかかって来る。
魔法で弾き飛ばし、必死に手を伸ばしながらオリビアはサキュバス達に指示を出した。
「黒髪の勇者は私がなんとかする‼︎だから皆を連れて先に黒の森を越えなさい‼︎」
「オリビア‼︎」
「行って‼︎」
「戻って‼︎やだ‼︎お願い‼︎」
「〜〜皆!行くよ!」
チューが声を上げるとサキュバス達はぐっと顔を引き締めた。
リリーやイベリス、そしてカクタスが戻るように声を上げたが、サキュバス達はオリビアの指示を優先して速度を上げて飛んだ。
オリビアはサキュバス達の行動に感心しつつ四葉の手を掴んだ。
しかし、再び浮上しようとした時、
黒いマナ2人を包み込み、森へと引き込まれた。
少し改稿しました。




