ep.8
セコイアの森は城の近くだった。
オリビアがそこを最後に回したのは、先に城の外の世界が見たかったからだ。
「他の勇者が市場や酒場にいたのは分かるけど、なんで最後の1人は森にいるのかしら…」
森は広く、オリビアは勇者を見つけられるか不安だったが、遠くの方で風を切る音が聞こえた。
ゆっくりとその音のする方に向かうと、少し開けた所で剣を振る青年を見つけた。
剣を振る度に揺れる赤く長い三つ編みの髪、
青い髪の勇者ほどの体格ではないが、腕の筋肉は目を見張るものがあった。
剣を構える姿はまるで物語の主人公のようだ。
「(あれが噂の……)」
気配を消しながら剣を振るう勇者であろう青年を観察すると、その姿に疑問を覚えた。
オリビアに剣術の才能はなかったが、師であるカトレアの剣術を間近で見てきた。
その彼女の目には彼の剣筋はぎこちなく、勇者というには今ひとつに映った。
オリビアは疑問を抱えたまま、神の目を使って彼のステータスを見る。
そこには―――
カクタス(21)
勇者の刻印を持つ者(黒魔法無効化)
魔法属性:風
………
「わっ!」
「!」
オリビアが彼のステータスに驚き、後退りする。
足元に木の枝がある事に気付かず踏み付けると、大きな音が鳴った。
恐る恐る前を見れば勇者はオリビアを見ていた。
「こ、こんにちは…」
「えっと…こんにちは」
オリビアは気まずい空気に耐えられず挨拶をすると、勇者は不思議そうに首を傾げながら挨拶を返してくれた。
「こんな所でどうしたの?」
「えっと……音が聞こえたから…」
「あー…うるさかったかな?ごめんね」
勇者は眉を下げて苦笑を浮かべると、剣を鞘に収めてその場に腰を下ろした。
「うるさくなんか…ただ気になって……剣の練習?」
「…うん」
問いかけに、彼は小さく頷いた。
たくさんの血豆と傷ができた掌が見えると、オリビアは思わず眉を寄せた。
「……なんで剣の練習をしてるの?」
「俺が弱いせいで、仲間を危険な目に合わせてしまったんだ…だから少しでも、と思って…」
悲しそうに笑う勇者の顔に、オリビアは胸が締め付けられた。
そして、酒場で彼を知っていた男の言葉を思い出し、怒りが込み上げる。
「ちょっといい?」
「へ?」
オリビアは勇者の前に膝をついて座ると、頬を両手で挟んで顔を近付けた。
神の目でしっかりとステータスを見ていると、夕刻の鐘の音が森に響いた。
手を離すと、オリビアは足についた砂を落とし、ポーチから塗り薬を取り出すと、困惑する勇者に渡した。
「えっと…?」
「今日はもうその辺にして休んだ方がいいですよ。…あと、その血豆と怪我、ちゃんと手当してくださいね」
「え、あ…うん…」
状況についていけない勇者に背を向けると、オリビアは"また明日"と声をかけて、城へと戻った。
「…また明日?」
____________
「勇者よ、よく来てくれた」
次の日の朝、
玉座の間には勇者と仲間達が集まっていた。
「ねぇねぇ、なんで顔隠してんの?おーい」
「……ちょっと…」
「少しは大人しくできないのかお前は」
「だってー、気になんじゃん!」
オリビアは他の選ばれた魔法使い二人と一緒に扉の前で待機していた。
二人は知り合いらしくオリビアを挟んで言葉を交わしていた。
「ホントに王配の隠し子?」
「うるさいぞリリー」
「ジェンシャンこそうるさー」
リリーと呼ばれている少女はピンクの髪を上の方で2つに結び、露出の多い服を着ていた。
耳にはピアスが多く並んでいる。
もう一人のジェンシャンと呼ばれた青年は、褐色の肌に紫色の髪、そして黒いローブを羽織っている。リリーとは違い、しっかりした優等生タイプのようだ。
……なぜこんなに色とりどりの髪が当たり前の中で緑髪はマナエルフだけのモノなのか――
オリビアは自身の茶色く変化した髪を指先で軽く弾いた。
「選ばれるなんてサイコー!腕がなるなー!」
「君は実力だけ見れば素晴らしい魔法使いだからな」
「実力も素晴らしい、の間違いだから!」
オリビアが二人の子供のような言い合いに、いい加減うんざりしてくるとリリーは突然、怒気を含んだ瞳でオリビアの顔を覗き込んだ。
「我儘はお家の中だけにしときなよ」
「……何がいいたいわけ?」
「陛下がお呼びです。中へ」
扉を開けてウメが三人に声をかける。
そして空気を察してか、彼女の眉間に深い皺が刻まれた。
「揉め事ですか?」
「なんでもありませーん!…ママが呼んでるってさ」
「はぁ…リリー」
「うっさいなーだってムカつくじゃん。あんたホントに実力あんの?」
「放っておけ。どうせ痛い目にあって逃げ帰る事になる。…選ばれるかどうかも怪しいがな」
「ジェンシャンきっつ〜……お遊び程度ならやめな。帰るなら今だよ……ってお家ここか!」
「(昨日聞いた噂、皆知ってるのね…)」
噂は広く伝わっているらしい。
実力で選ばれた二人からしたらオリビアの存在は目障りなんだろう。思わず不満を顔に出すオリビアだったが、ウメの咳払いが聞こえそちらに目を向ける。
"陛下は公平な方です"
まるでそう言っているかのように、彼女はオリビアを見つめ口元に小さく笑みを浮かべた。
そう、カトレアは公平な人だ。
オリビアに実力がなければ、勇者に紹介する事はなかっただろう。
気持ちを落ち着かせると、ウメに笑みを返し二人を置いて扉を潜り中へ入る。
背中にため息と冷たい視線が突き刺さる。
それでもオリビアは足を止めなかった。
三人は勇者の前に並ぶと膝をつき頭を下げた。
「勇者よ、この三人が我が国において最も優秀である魔法使い達だ」
「(師匠今日はちゃんとドレスを着てる…)」
顔を上げると三人の勇者と、その仲間達の視線がオリビアたちに集中した。
二人の勇者には仲間がいるようだが、赤髪の勇者は一人のようだった。
赤髪の勇者が驚いた顔でオリビアを見ている。
彼の手には包帯が巻かれていた。言われた通り手当した事が分かると、オリビアは小さく口元に笑みを浮かべた。
「やばっ!本物マジでイケメンなんだけど!」
リリーが黒髪の勇者を見て黄色い声を上げると、イケメンという言葉に何故か青い髪の勇者が得意げにしていた。
「勇者様名前はなんて言うの?」
「リリー!」
「すまない勇者達よ…」
リリーの破天荒さに城の者達はひやひやとしていた。ジェンシャンはそんな彼女を制止するが、まったく聞き耳を持ってはいなかった。
「あはは、大丈夫ですよ。じゃあ先に自己紹介しましょうか…俺は黒羽四葉。えーっと、別の世界から来た転移者…って言っても分かんないかな…とにかく、女神に言われて魔王を倒しに来た勇者です。よろしくね」
「同じく勇者のパキラだ。よろしく」
「…カクタスです。よろしくお願いします」
勇者三人が挨拶を済ませると、リリーが興奮気味でカトレアの前に行き手をあげた。
「王様ー!」
「先程から無礼な!」
「よい……どうした?」
「あたしあのイケメン勇者について行きたいんだけど!」
「ふむ…どうだ、勇者」
「俺様は構わな……」
「あんたじゃないっての!黒髪の人!四葉って人!」
照れくさそうに鼻の下を擦る青髪の勇者に向かいリリーの怒号が飛んだ。
リリーが指差したのは案の定、黒髪の勇者であった。
「俺?」
「ハァーーッ⁈」
「私リリー!マナ量もえぐいけど使える魔法もすごいよ!火、水、風が使えるの!仲間にして!」
「…元々君を指名する予定だったし…君さえ良ければ」
「マジ⁈やったー!」
飛び跳ねて喜ぶリリーに黒髪の勇者は笑顔で手を差し出していた。
青髪の勇者は"勘違いしたじゃねーか"と肩をがっくりと落として仲間達に慰められていた。
しかし、勘違いできるような要素は一つもない。
「ゴホンッ!…俺様はアンタを連れて行きてぇな女王様」
少しして落ち着いたのか青髪の勇者が前に出てカトレアを口説き始めた。
それを聞いてカトレアが妖艶な笑みを浮かべると、剣を抜こうとした騎士達を止めた。
「良い目だ、だが私はこれでも国の王だ。諦めてもらおう。…そなたは誰を選ぶ?リリーが良いのであれば話し合いが必要だが…」
「絶対いや!こっちの勇者についていくの!」
「ぐぬっ………ハハ、ご心配なく」
青髪の勇者はリリーの言葉がグサリと来たのか一瞬傷付いた顔をした後、
ジェンシャンの前に行き、手を差し出した。
「本命はお前だ。俺様と来い」
「…私は男ですがいいのですか?」
「本命だって言ってんだろ?来ないのか?」
青髪の勇者がにっと歯を見せて笑うと、ジェンシャンはローブから手を出した。
「いえ、よろしくお願いします。ジェンシャンと申します。属性は雷で、遠距離近距離どのポジションもいけます」
「おう!よろしくな!」
先程まで険しい顔をしていたジェンシャンだったが、青髪の勇者と握手をすると少しだけ表情が緩んだ。
残すは……
「カクタス、よかったな!大当たりだ!」
昨日、赤髪の勇者の愚痴をこぼしていた男がバカにしたように笑いながら声を上げた。
他の仲間が肘でど突き黙らせるも、彼は赤髪の勇者から目を離すことはなかった。
黒髪の勇者の方も噂を聞いていたのかヒソヒソと話しているのがオリビアの視界の端に映る。
「俺様はこいつ1人で十分だぜ」
「俺も大丈夫です」
二人の勇者はオリビアを拒絶するように言葉を発した。
もとより二人の勇者について行く気はなかったオリビアだったが、その言葉に少しの不安が湧き上がる。
赤髪の勇者もこの噂を聞いていて、拒絶されてしまったら―――
「赤髪の勇者よ、そなたはどうする?必要ないのであればそれでもよいが」
「(なんでそんなこと…!)」
カトレアの言葉にオリビアは困惑しながら顔を上げる。
しかし、彼女はオリビアを見ることなく赤髪の勇者を見つめていた。
「俺は……」
「実力が心配のようだな。他二人の実力は誰もが知っておるがこの者は…」
「陛下!私に力を見せる機会をください!」
オリビアが声を上げると、カトレアの視線がやっと彼女へと向いた。
カトレアは肘掛けを指で軽くとんとんと叩いた後、"許可しよう"と言ってオリビアの周りから人を遠ざけた。
カトレアは意地悪く笑っていた。その笑みはまるで彼女に"見せてやれ"と言っているようだった。
「(師匠め…)」
最初からそのつもりだったのだろうと気付くと、オリビアは憎たらしく思いながらも笑みが溢れた。
オリビアは大きく深呼吸すると右手を前に構えた。
―――派手にやってやる
右足で地面を軽く踏むとオリビアの足元に何重にも重なった魔法陣が現れた。
玉座の間の床一面を土で覆い雨のように水を降らせると右手の神の石に力を込める。
「私は風水地の魔法…そして―――」
「きゃー!」
「うわっ!」
強風を吹かせると神の石のマナを放ち
「植物を使った"魔法(加護)"が使えます」
一面に赤い花を咲かせた。
オリビアは風の魔法で舞い上がった多くの花びらが落ち切る前に、赤髪の勇者の前に跪くと摘んだ花を差し出した。
「会った時から、私はあなたについて行きたいと思っていました。マナの量は誰にも負けません、魔法の技術も。必ず役に立ちます…あなたの側に置いてください」
赤いラナンキュラス
花言葉は"あなたは魅力に満ちている"
オリビアはフードを取り赤髪の勇者に顔を見せる。
不安に瞳を揺らしながら、彼が頷き受け入れてくれる時を待った。
「おいおいマジかよ‼︎」
「ちょっと待って‼︎」
赤髪の勇者が花に手を伸ばそうとした時、他の勇者達の声が響き彼の動きは止まってしまった。
オリビアは堪らずそちらを睨み付けるとそんな事はお構いなく二人の勇者がバタバタと駆け寄ってきた。
「すごい魔法だったね!植物の属性魔法は一部のエルフにしか扱えないんだよね?驚いたよ!」
「こんな規模の魔法を何種類も…ホントにすごいぜ!べっぴんさんだしよ!誰だ全身バインバインとか言ったやつ!」
「(お前だよ‼︎)」
オリビアはいきなり手のひらを返した二人に苛立ちを覚えながら、赤髪の勇者を見る。
伸ばされた手はいつの間にか下ろされ、視線も逸らされてしまった。
その様子に彼女は胸がひどく痛んだ。
「あれだけ広範囲の魔法をいくつも使ったのに疲れも見せないなんてすごいよ!俺のところに来て欲しいな!」
「(今この人小声で性格も悪くなさそうだしって言った⁈)」
オリビアは黒髪の勇者の図々しさにカチンと来るも、黒髪の勇者に手を握られじっと見つめられると怒りが消え、突然強い不快感に襲われた。
「いやいや!その実力なら申し分ない!俺様のところに来い!男だらけでむさ苦しいかもしれんが……」
青髪の勇者が間に入ると少しだけ不快感が軽減されたが、鳥肌は収まらなかった。
――今のは一体なに?
神の目を使うとスキル項目に"魅了: 対象"オリビア"と赤く強調表示されている事に気付いた。
オリビアは危険を感じ、ゆっくりと後ろへ距離をとった。
「(くそっ…焦りすぎてうまくいかなかった!せっかく異世界に来たんだ!なんとしてもエルフを手に入れたい…!)そんな男だらけの所に女の子一人は危険だ!」
「(こいつのとこにだけは行かせたくねぇ!)お前の後ろの女達の目を見ろ!どっちが危険だ!」
「静まれ!」
カトレアの声が大きく響くと、彼等の目の前に氷に覆われた方シャンデリアが落ちてきた。
シャンデリアは大きな音を上げて地面にぶつかると、氷と共に粉々に砕け散った。
そして「またですか陛下…」と力なく呟いたウメが白目を剥いて後ろに倒れた。
騒がしかった空気が一転、静寂に包まれ、
その場にいた者達は噂に出てきたシャンデリアを破壊した人物を静かに察した。
「オリビアは見ての通り、四大魔法のうち地水風の適正があり、エルフに稀に現れるという植物の魔法属性も持ち合わせている。
魔法使いとしてとても心強い人材だ。
――しかし、そなた達はもう必要ないと申していたな?」
「いや…」
「あの時は…!」
「…オリビア、改めてお前は誰に仕えたいのだ」
オリビアはその問いかけに再び赤髪の勇者の方を向く。
それを見た赤髪の勇者は驚いた顔をしていた。
「私はあなたに仕えたい。どうか、私を仲間にしてください」
再度花を差し出すと赤髪の勇者は困ったように眉を下げてオリビアを見た。
「俺は…勇者に選ばれたけど、他の二人よりすごく弱くて…だから…」
「私を仲間にするのはいや?」
「いやとかじゃなくて!…俺より他の勇者の元に行った方が…」
「私はあなたがいいの!」
「!」
オリビアは赤髪の勇者の手に巻かれた包帯を見て眉を寄せる。
何を言われても勇者という立場から逃げ出さず、
常に努力してきたんだろう。
彼女は思った。
仕えるならそんな勇者がいい
赤髪の勇者は唇を噛み瞳を揺らしながらゆっくりと震えた手で、花を持つオリビアの手を握った。
「ありがとう…」
その時初めて、笑顔を見せてくれた。
オリビアよりも身長がずっと高い彼だが、その表情は幼くまるで子供のようだった。
「そんな…考え直した方がいいんじゃ…」
「そうそう…誤解があったみてぇだし……」
オリビアは不満を漏らす二人の勇者を睨み付けると、鼻を鳴らし腰に手を当てて胸を張った。
「誰になんと言われようと絶対に意見は変えません!私は "ワガママ" らしいので!」
オリビアはそのままそっぽを向くと、二人の勇者は噂を信じた結果に唸り声を上げた。
そして彼女は改めて赤髪の勇者に向き直ると笑みを浮かべた。
「私の名前はオリビアです!これからよろしくお願いします!」
「俺の名前はカクタス。よろしく」
「オリビア」
「はい師匠…あっ!陛下!」
「ちゃんと片付けろよ」
「あ、はい」
※誤字修正しました。