ep.7 勇者を調査
勇者の知らせがあってから、オリビアは一人鍛練に打ち込んでいた。
カトレア達は勇者の迎え入れに忙しく、あれから顔を合わせることはなかった。
「今日か……」
ついに勇者がこの地を訪れる――
オリビアはクローゼットを開く。
そこに掛けられていたのは、
カトレアとロータスが細部までこだわり抜いて仕立てた特製の戦闘服。
『頑丈な素材で作るべきだ』『いいやそれだと動きづらくなる』
ああでもない、こうでもない、と何日も議論していた事を思い出しながら、オリビアは服に袖を通した。
腰や脚につけたポーチの中身を確認し、最後にアームカバーに手を通す。
アームカバーには右手の甲の部分に穴が空いていた。
そこにぴたりと神の石が嵌ると、アームカバーをきつく固定する。
「よし、大丈夫そうね」
もう一方の手の甲には同じ形の宝石が縫い付けられているおかげで、露出した神の石は、一見すると同じ装飾品のようにしか見えない。
「勇者、いつ来るかな……ん?」
オリビアがそわそわと鏡の前で髪を整えていると、部屋の扉がコンコンと叩かれた。
まさかもうその時が来たのかと、緊張しながら扉を開くと、そこにはフォティニア含め数人のメイド達がいた。
「どうしたの……うわぁっ!」
鼻息荒く雪崩れ込んできた彼女達に顔を強張らせる。
壁際まで追い詰められると、彼女達は興奮気味に話し始めた。
「オリビア、勇者様がいらっしゃったわ‼︎ 3人ともご一緒に‼︎」
「ホント⁉︎」
「さっきまで陛下とお話されてたんだけど、部屋を用意したから今日はゆっくり休んでくれって言ってました‼︎」
「残念だけど面会は明日ね〜」
「そっかぁ……」
オリビアは思いもよらぬ“お預け”を食らい肩を落とす。
そして、張り切って着替えた自分に恥ずかしさを覚え、顔を赤くした。
もじもじとしながらいつも着ていた服に手を伸ばすと、フォティニアが真剣な眼差しを向けていることに気付く。
よく見ると、後ろのメイド達も真剣な面持ちだ。
普段の彼女達からは見られない表情にゴクリと喉を鳴らすと、フォティニアは静かに口を開いた。
「あの3人のうちの誰かと旅に出るんですよね?」
「たぶん、そうなると思うけど……」
「羨ましいです……」
ぽつりと呟いたフォティニアの言葉に、周りのメイド達も表情を崩して「いいな〜!」と声を上げた。
「ちょっと、何よ……」
「勇者の1人がめちゃくちゃかっこよかったの!」
「何かと思えば……」
「ホントに素敵だったのよ〜オリビアは絶対その人を選ぶわ〜……いえ、選ぶべきよ〜!」
「あのねー……まぁいいわ、1人は美男子、他2人の勇者はどんな感じだった?」
オリビアはいつもの調子に戻った彼女達に頬を緩ませると、やれやれと肩を竦めて問いかけた。
すると、彼女達は顔を見合わせた後、腕を組んで悩ましげに唸り声を上げた。
「1人は勇者っていうより……悪党? 怖い顔して笑うのよ〜! でも確かに強そうだったわ〜!」
「もう1人はなんだか頼りなさそう……ゴホンッ、……えーっと……パッとしな……ンンッ‼︎ うーん……」
「柔らかい雰囲気の人だったわ〜」
「そう! ていうかあの美男子勇者様にしか目がいかなかったのよねー!」
「ホントにかっこよかったです〜……」
「ね〜! なかなかいないタイプでさ〜……」
「ゴホンッ」
聞き覚えのある咳払いが部屋に響くと、全員が肩を跳ね上げた。
恐る恐る振り返ると、険しい顔をしたウメが、腕を組んで立っていた。
「う、ウメ様⁉︎ いつからそこに……」
「何やら騒がしいと思えば……あなた達、こんな所で何をしているのかしら?」
「えーっと……オリビアのお部屋のお掃除、に……?」
「どうやら私はあなた達を甘やかしすぎたようですね。陛下にご報告を――」
「ごめんなさーい‼︎」
ウメの言葉にフォティニア達は、大慌てで部屋を飛び出して行った。
――部屋にはオリビアだけが残された。
「オリビアさん」
「は、はい‼︎」
ウメは身構えるオリビアに、小さな袋と紙を手渡した。
「これは陛下からオリビアさんへのお小遣いと地図です」
「お小遣いと地図、ですか……?」
「はい。勇者様と旅立つ前に、必要な道具を街でみておくと良いでしょう」
「えっ、でももう準備は……」
「ゴホンッ」
オリビアの言葉を遮るように、ウメはわざとらしく咳をして言葉を続けた。
「黒い髪の勇者様は市場で買い出しに。
青い髪の勇者様は酒場で情報収集。
赤い髪の勇者様はセコイアの森へ鍛練に向かわれました。
……街へ出れば “偶然” お会いできるかもしれませんね」
ウメは地図を軽く指で叩き、「迷子にならないでくださいね」と言い残して部屋を去った。
地図を広げてみると、3つ印がついている。
「師匠……ありがとうございます」
オリビアはイヤリングを付け、髪色が変わった事を確認すると、フードを深く被って街へと急いだ。
――――
「うわー……すごい人……」
地図を元に、なんとか街へと辿り着くと、その人の多さにオリビアは圧倒された。
オリビアは城を出た事がない。
忙しなく行き交う人々、石畳を駆ける馬車、焼きたてのパンの香ばしい匂い――街は多くの刺激に溢れていた。
「お嬢さん、こんな所で立ち止まってると危ないよ」
「あっ! ごめんなさい!」
オリビアは慌てて隅に移動すると、少しだけ行き交う人々を観察した。
街ではローブ姿は珍しくなかった。
人々はオリビアを気にする事なく通り過ぎていく――その様子に彼女は少しだけ安堵し、やっと歩みを進めた。
「まずは市場に来てみたけど……見つけられるかしら……」
黒い髪の勇者は市場にいる。
オリビアは辺りを見回すが、人が多い上に黒髪は珍しくない。
神の目を使ってみたが、人が多いせいで視界が文字で埋まり、眩暈がした。
どうしたものかと、彼女の口から大きなため息が溢れた時――
「勇者様的に、これとかどー?」
「!」
勇者と呼ぶ声が聞こえた。
オリビアがそちらに視線を向けると、人混みに一瞬だけ黒い髪が見えた。
もしかして――
怪しまれないように人の流れに乗って近付くと、女性達に囲まれた黒髪の青年の姿を見つけた。
「可愛くなーい?」
「か、可愛いと思うけど……」
「また色目を使って! 四葉が困ってるじゃないか!」
「下着を買いに来たのではなくてよ!」
「まあまあ……」
確認できたのは後ろ姿だけだが、その青年は周りと雰囲気が違うように感じた。
側にいる3人の女性は仲間のようで、彼を囲んで何かを言い合っている。
「いい男ね」
「素敵だわ」
「?」
オリビアが辺りを見回すと、道ゆく女性達が彼をうっとりとした表情で見ていることに気付く。
(もしかしてこの人がフォティニア達が言っていた美男子勇者?)
流石にここまで周りを魅了していると、その顔が気になる。
オリビアは場所を移動すると、横目で彼の顔を確認した。
艶のある黒髪に茶色がかった黒い目、薄い唇に――あれ?
(普通の男の子じゃない……)
顔は多少整っているが、話に聞いていた程の美男子ではない。
カトレアやロータスを見ていたせいで目が肥えてしまったのではないか――そんな考えが彼女の頭をよぎった。
勝手に期待してしまっていた自分を恥じて喝を入ると、姿勢を正して左目を閉じる。
そして神の目を使って勇者のステータスを確認した。
黒羽四葉(17)
勇者の刻印を持つ者(黒魔法無効化)
魔法属性:火
剣術特級(神授)、魔法上級(神授)、調合下級、交渉術……
ステータスの内容を見ると、気になる箇所が多く存在していた。
特に――
「常時発動スキル……魅了?」
「ん?」
「!」
勇者が振り向いた。
オリビアは、誤魔化すように露店の商品に目を向ける。
詳しく見ることはできなかったが、女性達がうっとりとしていたのは、どうやらこのスキルのせいらしい。
次に、オリビアの右目は勇者の仲間たちへと向けられた。
勇者の仲間なだけあって、3人ともかなりの実力者だ。
――しかし気になったのは、3人ともに愛の奴隷という表記があること。
「これって……」
「ねー今日の夜さー」
「お城ではさすがに……」
「そうですわ! この万年発情期!」
「何よー2人はいいのー?」
「…………」
「それは……」
「お城に戻る前に寄り道決定ねー」
「……」
彼女達の目――3年前に同じものを見た。
オリビアは胸を覆う不快感に耐え切れず、その場を逃げるように立ち去った。
――――
オリビアは地図を頼りに酒場へとやってきた。
ファンタジー作品を見れば高確率で出てくるその舞台に、先ほどまで胸を覆っていた不快感が薄れると、目を輝かせた。
中はかなりの人で賑わっており、おいしそうな匂いがオリビアの空腹を刺激した。
「お客さん」
「ひゃい!」
酒場での立ち回りが分からずオロオロとするオリビアの後ろから声がかけられる。
慌てて後ろを振り向くと、エプロンをした女性が「ご注文はお決まりで?」とクスクスと笑いながら問いかけてきた。
オリビアは恥ずかしさで顔に熱が集まるのを感じると、顔を隠しながら適当に注文を済ませて空いた席に座った。
(は、恥ずかしい……!)
「あんれま!そんな顔してアンタ勇者なのかい!」
「!」
羞恥に小さく縮こまっていると、勇者という言葉が飛び込んできた。
声のした方へ視線を向けると、そこには大きな口を開き、尖った歯を見せて豪快に笑う青い髪の男の姿があった。
鼻の下にはエールの泡がついている。
「おいおい、ひでーな! どっちかってーと俺様は悪党顔だけどよ!」
「アニキ、泡ついてます」
周りの客はおかしそうに笑って「ホントか〜?」と勇者を名乗る青髪の男に絡んでいた。
男は誇らしげに胸元に描かれた片翼の模様を指さした。
「なんだい、ただのらくがきじゃないか」
「違うっつーの! 勇者の刻印! 見てろ〜?」
「わっ!光った!」
「マジかよ!」
刻印が青く光ると、周りの人達からは感嘆の声が上がった。
それに気を良くしたのか、男はエール片手に豪快に笑った。
(本物っぽいわね……)
オリビアは野次馬に紛れて近付き、その男のステータスを確認した。
パキラ(26)
勇者の刻印を持つ者(黒魔法無効化)
魔法属性:水
大剣術特級、格闘上級、魔法中級、観察眼中級、話術……
魔法の腕は先程の黒髪の勇者の方が上のようだが、その他のステータスは高い。
黒髪の勇者の魅了のように、彼にも雄叫びというスキルがあった。
常時発動型ではないが、
自身や仲間の攻撃力と防御力を上げ、少しだが回復する効果もあるようだ。
少しガサツそうではあるが、仲間になるなら黒髪の勇者よりも――
目を輝かせたオリビアだったが、彼の仲間を確認すると、ある問題が浮上した。
(……全員男か……)
青髪の勇者パーティーは、全員が男だった。
さすがに気を遣う……それは彼らも同じだろう。
オリビアは額を押さえて唸り声を上げた。
(でも、黒髪の勇者より断然青髪の勇者の方が……あっ! そういえば、まだ1人残ってるんだった……)
「なんだ?まだ拗ねてんのか?」
「……だっておかしいでしょ、あんなのが勇者って……俺は納得いかねぇっす」
オリビアが腕を組みながら悩んでいると、勇者と仲間の会話が聞こえて来た。
何か情報が得られるかもしれないと、オリビアは静かに聞き耳を立てる。
「剣術は並み程度、魔法の才能もないお荷物野郎が……」
「同じ村の出身だったか?」
「そうっす。イライラしすぎて気が狂うかと思いましたよ。勇者辞退して村に戻ればいいのに」
「……少し前まで一緒に旅した仲間だろー? そんな事言ってやるなって。それに勇者は辞めたくても辞められねえもんだ。ほら、飲め! 次はいつ飲めるかわかんねぇぞ!」
「……っす」
つまみに出された魚をもぐもぐと食べながら、彼らの話す内容に疑問を抱いた。
黒髪の勇者の話ではなさそうだ……となると、もう1人の勇者が――?
そんな弱い人間が、勇者に選ばれるだろうか?
オリビアが考え込んでいると、 別の仲間が新たな話題を勇者に振った。
「強い魔法使いが仲間になるといいなぁアニキー」
「今度こそ女の子が来て欲しいなぁ〜バインバインの!」
「アニキ……バインバインって……」
「え……? なんだよ……」
「アニキ」
「おっ、どうだった?」
オリビアがエールを飲みながら横目で声のした方を見ると、黒いローブを着た男が2枚の紙を取り出して机の上に置くのが見えた。
「集められるだけ集めた。これが魔法使いの情報だ」
「ほーん、これが……ん? 3人目の情報は?」
「それが……3人目だけ、確かな情報が得られなくてな……噂では、王配の隠し子がその3人目じゃないかと……」
「⁉︎」
オリビアはエールを吹き出した。
「隠し子だぁ?」
「ああ、城に出入りする職人達が話していた。3年ほど前に、王配が城に連れて来たらしい。魔法の才能があるとか……」
「王配は確かエルフだったよな? ってことは、エルフか⁉︎ いいねぇ〜! 魔法使いと言えばエルフ! 女だと尚よし!」
「だけど一つ問題が……」
「なんだ?」
仲間は表情を険しくしながら、懐から一枚の紙を取り出して勇者に渡した。
「なになに……魔法でシャンデリアや城の壁、床などを破壊、庭を更地に……“暴れ出すと手が付けられない我が強いエルフ”である可能性有り……んだこりゃ」
「その子供が来てから、やたら修繕の依頼が増えたと職人達が話していた。
そして、庭師や使用人たちが「ロータス様が甘やかすから……」とぼやいているのをよく耳にしていたらしい」
(それ私じゃなくて師匠……!)
オリビアは怒りに肩を震わせた。
「エルフのマナ量は人間より多い。魔法使いとしては申し分ないんだろうが……性格に大きな問題有りのようだ。
……とりあえず現時点で掴めた情報はこんなところだ」
「3人目がホントにこいつなら、なしだな」
「でも甘やかされたエルフっ娘なら、アニキの好きなバインバインかもしれないっすよ?」
「あー、ローブで体型も分からんかったらしいし可能性はあるな」
「バカ! 全身バインバインはお断りだ! はい、こいつは除外除外!」
オリビアは怒鳴りたい気持ちを抑え、エールを飲み干すと、すぐに酒場を出た。
「私は全身バインバインなんかじゃないわよ!」
オリビアは地面を踏み付けるようにして歩きながら最後の1人を探しにセコイアの森へと向かった。
少し改稿しました。




