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ep.6 3年後


 

 神と呼ばれる存在が、哀れな魂に一つの世界を与えました。


 世界を与えられた魂は、

 空を、海を、大地を、

 そして命あるものたちを創り出しました。


 魂は世界に時を流し、生と死を与え、

 世界は少しずつ広がり、命は増え、やがて賑わいを見せていきました。


 魂は人間という存在を、特別愛していました。


 時には支え合い、争い、笑い合い、憎しみ合う――

 そんな人間たちの感情に触れ続けるうちに、魂は染まり、心が二つに分かたれてしまいました。


 弱き者を愛する白き心と、

 強き者を愛する黒き心。


 人間たちの感情が豊かになり、世界がより複雑に満ちていくと、

 二つの心も力を増し、心だけではなく体も、そして大陸までもが二つに分かたれてしまいました。


 共に支え合い生きる者たちの地、白の大陸(ヴァイス)

 力ある者が全てを支配する地、黒の大陸(シュバルツ)


 白き心と黒き心は、それぞれの世界を愛し、成長を見守りました。


 ――それから多くの時が経ち、

 二つに分かれた心は、ふと思い出しました。


 “この世界は私のモノなのに、なぜ私の世界は半分だけなのだろう”


 二つの心は再び一つに戻る事を望みました。


 しかし、

 白き心が望んだのは“愛と共存の世界”

 黒き心が望んだのは“闘争と支配の世界”

 二つの心が望む世界は、対極にありました。


 悩み抜いた末に、二つの心は決めました。


 この世界の在り方を“我が子(にんげん)たち”に決めさせよう。


 白き心は、白き女神と名乗り、四人の人間に加護を与え、その者達を勇者と名乗らせ、

 黒き心は、黒き神と名乗り一つの卵に力を注ぎ、生まれた人間に魔王の名を与えました。


 勇者は支え合い、思いやる心を力に変え、

 魔王は倒した者の血を、己の力に変えました。


 勇者と魔王は、互いが望む世界の為に戦いました。


 血が足りぬ――

 魔王は敗れ、

 勇者は勝利に剣を掲げた。


 ――しかし黒き神は狡猾でした。

 魔王を卵へと還し、百年の眠りにつかせたのです。

 戦いは決着を見ぬまま、終わりを迎えました。


 白き神は、黒き神を“卑怯者”と罵りました。

 しかし、黒き神が耳を傾けることはありませんでした。



「この結末は幾度と繰り返され――あら」


 聞こえてきた寝息に、文字をなぞる指がぴたりと止まる。

 

「ふふっ……眠ってしまいましたね」


 シスターは静かに本を閉じると、

 眠る子供の頭を優しく撫でながら、鳴り響く鐘の音に、静かに目を細めた。


「……どうか、今度こそ――」




 ――――


 あれからオリビアは、毎日をほぼ鍛練に費やした。


 ――そして、ようやく理解した。


『足をへし折られたくなければ立て‼︎』


『し、死ぬ……』


『弱音は死んでから吐け‼︎』


 師としてのカトレアは、想像を絶するほどに容赦がなかった。

 騎士達のオリビアを見るあの憐れみに満ちた目――その理由にもう少し早く気付くべきだった。



 しかし、オリビアは不満を口にする事はあっても、決して逃げなかった。



 何度も挫けそうになりながらも、

 痛み、恐怖、悔しさ――全てを糧にして、がむしゃらに走り続けた。



 そして、

 元よりあった才能と、積み重ねた努力は、彼女を卓越した存在へと押し上げた。



 最初は冷たかった城の者たちも、ひたむきに努力するオリビアの姿を見て、少しずつ態度を改め、気遣うようになった。


 カトレアやロータス、そして多くの人々に支えられ、オリビアは強くなると共に、あの惨劇の記憶に押し潰されることも、いつしかなくなっていた。




「よし、そろそろ師匠の所に行くか」


 あれから3年が経ち、

 オリビアは19歳になった。


 フードから髪が覗かぬように気を付けながら、オリビアは部屋を飛び出し、玉座の間へと急いだ。


「オリビアさん、はしたないですよ」


 廊下を駆けてきたオリビアに気付くと、厳格な雰囲気の女性――執事のウメは、眉間を押さえて首を横に振った。


「す、すみません……師匠は中に?」


「陛下と呼びなさいと何度も……ゴホン、先程からお待ちですよ」


「ありがとうございます!」


 ウメが扉を開けると、相変わらず王というにはそぐわない格好をしたカトレアの姿が目に入る。


 大きく露出された胸元と足には、女性であるオリビアでも目のやり場に困った。


「何か言いたいことでもあるのか?」


「イイエ」


「ふっ……オリビアよ、朝早くから悪かったな。……悪い知らせといい知らせがある。

 どちらから聞きたい?」


「……悪い知らせから」


「だろうな」


 おかしそうに笑うカトレアとは反対に、横に立つロータスは表情を曇らせている。


 整列する騎士達からもピリついた空気を感じ取ると、オリビアは眉を顰める。


 カトレアは少し間を置いてから口を開いた。



「魔王が復活した」


 ――その一言に、肌が粟立つ。


 そろそろだとは思っていた。

 しかし、いざその時が来ると、緊張と共に背筋に嫌な汗が滲む。


 オリビアの様子に目を細めながら、カトレアは言葉を続けた。


「鍛練に集中させる為に黙っていたが、やつが復活したのは2ヶ月前だ。

 それに関係してか、ここ数日魔族による襲撃や略奪の報告が相次いでいる。そして、その中にはオーク――……モドキの目撃情報もあった」


「……!」


「しかし、魔王が復活した事で勇者も現れた。

 明後日、3人の勇者とその仲間達が、このセコイアに到着予定だ。

 ――優秀な魔法使いを紹介してほしいとの要請があった」


「それって……」


「オリビア、お前の成長は私の想像を遥かに超えた。今のセコイアに、お前以上の魔法使いはいないだろう」


「師匠……」


 胸がじんわりと熱くなる。

 オリビアは込み上げる感情を押し殺すように口元をぎゅっと結んだ。


「リリーと、ジェンシャンにも伝えろ。3人を勇者に推薦する」


「かしこまりました」


「オリビアよ、仕えたい勇者がいれば迷わず自分を売り込めよ」


「はい!」


 オリビアはずっとこの時を待っていた。

 ごくりと喉を鳴らし、期待と不安に揺れる心を抑えるように手に力を込める。

 その想いに応えるかのように、神の石は僅かに光を帯びた。



「オリビアちゃん、腕の痣を見せてくれる?」

「はい」


 オリビアが袖を捲ると、神の石から伸びた痣は今もくっきりと残っていた。


 ロータスはオリビアの横に立つと、どこか悲しげにそれを見下ろしながら話し始めた。



「……神の石は、使い方を誤れば危険を伴う代物だ。

 神の石のマナを使い切ると、石は使用者の体からマナを強引に引き出そうとする――その時に刻まれるのが、その痕だ。

 マナは血液と同じ、多くを失えば死ぬこともある……

 君のマナは並の魔法使い数人分に匹敵する。だけど、無茶は禁物だよ」


「わかりました」


 神の石は無限にマナを生み出すモノではない―――この石はただの器だ。

 それを忘れてはいけない。


 オリビアは心配するロータスを安心させるように、小さく笑って頷いた。


「それともう一つ……フードを脱いでこれを付けてくれるかい?」


 ロータスは懐から小さな箱を取り出すと、それをオリビアに手渡した。

 箱の中にはオリビアの髪飾りによく似た、薄紅色の丸い石のついたイヤリングが入っていた。



「君にはこれからマナエルフである事を隠して過ごしてもらう。……それをつけてマナを流してごらん」


 オリビアは意味を理解できないまま、言われた通りイヤリングをつけてマナを流し込んだ。


 ロータスから手渡された鏡を覗き込むと、そこに写ったオリビアの髪がふわりと揺れ、淡い茶色へと変化していった。


 驚きに声を上げるオリビアに、ロータスはクスリと笑ってイヤリングを指さした。


「色を変える魔法が込められている。研究機関に頼んで作ってもらった物だ。

 ……いくら君が強くても、心配事は少ない方がいい」


 ロータスは慣れない髪色に何度も鏡を確認するオリビアの手を優しく握った。


「絶対に無理はしたらダメだよ。嫌になったら帰ってくればいい、わかったね?」

「ロータスさん……ありがとうございます」


 オリビアはロータスの言葉に目の奥が熱くなるのを感じながら、深く頭を下げた。


 そして、視線の端に、険しい顔をしながら肘掛けを指でとんとんと叩くカトレアの姿が映ると、ゆっくりと頭を上げた。



「どうしたんですか?」


「オリビア、本当に勇者の刻印は現れなかったのだな?」


「…………はい」



 勇者の刻印。

 開戦と同時に、選ばれた者に現れるという片翼の模様――

 カトレアはオリビアが勇者に選ばれるのではないかと考えていた。


 しかし、彼女の体にその刻印は現れなかった。



「失言だったな、すまない。

 ふむ……此度の戦争、厳しいモノになりそうだ。

 勇者は4人現れると聞いていたが、3人しか確認できていない。

 ……魔王は強さを増しているのに対し、こちらは戦力が落ちている。苦戦を強いられるだろうな」


「…………」


「それでも行くか?」


「……はい」


「そうか」


 オリビアが力強く頷くと、カトレアは珍しく眉を下げて笑った。


「最後に手合わせでもするか?」

「へ?」


 突然投げかけられた言葉に、オリビアからは驚きの声が漏れた。


(……ここで?)


「ゴホッ、ゴホゴホンッ‼︎」


 オリビアが慌てて戦闘態勢を取ると、ウメのわざとらしい咳払いが部屋に響く。

 ウメ含め、その場にいた全員が首を勢いよく左右に振り、シャンデリアをちらちらと横目に見る。


 シャンデリアはオリビアがここに来てから二度は買い替えている。


 ――そう、この女王様のせいで。


 オリビアがどうするかと視線を窓の外に向けると、外にいた庭師が泣きながら首を振った。



(そういえば、庭園の一部が更地になったこともあったっけ……)


 オリビアは必死に訴える彼らに苦笑を浮かべ、カトレアを見上げて首を振った。


「遠慮しておきます」

「残念だ」


 ウメ達はほっと胸を撫で下ろした。

 カトレアは不服そうにしながら足を組み直し、再び口を開いた。


「……オリビアよ、私は国王として勇者を出迎える準備をしなければならない。私が教えられる事はもうない……明後日までゆっくり休み、しっかり準備しておけ。下がってよい」


「師匠!」


「なんだ?」


「今まで、ありがとうございました! 師匠の名に恥じないよう、頑張ります!」


 これからオリビアは勇者と共に行動することになる。

 カトレアと過ごした3年は、苦しく、辛いことの多い日々だった。


 しかし――


『よくやったな』


 決してそれだけではなかった。


 オリビアはカトレアに向かって頭を下げると、部屋を後にした。







「陛下、よくぞ我慢なされた」

「何のことだ」


 オリビアがいなくなった玉座の間は、寂しさを漂わせていた。


 ウメがカトレアを横目で見ると、彼女はぼんやりとシャンデリアを見上げていた。


「手合わせなどと言って、オリビアさんを動けなくなるまで叩きのめすおつもりだったでしょう」


「さあな」


「まったく……」


 態とらしく肩を竦めるカトレアに、周りの者達は苦笑を滲ませた。



「……この城も静かになるな」


「そうですね」


 寂しさが隠し切れていない声が口から零れ落ちると、カトレアはぐっと拳を握った。


「……決めたぞ。この戦いが終わればオリビアを養子にする」


「出発もまだですのに……」


「そうだったな」


「まったく、このお方は……」



「――必ず勝てよ、オリビア」


少し改稿しました。

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