ep.76 くすぐり
翌朝――
勇者達は出発の準備を整えて熊の魔族の屋敷へ進行を始めた。
「魔法が得意なのはあたしと四葉とオリビアとジェンシャン、それにスライムくんと蛸くん……水属性魔法の使い手多いよね〜」
「申し訳ございません、魚人なもので……」
「責めてるわけじゃないって!蛸くんってばスライムくんみたいにもう少し堂々としたらいいのに〜!」
「そうだよ、手伝ってあげるだけ感謝して欲しいよ」
「あんたはもう少しクロッカスの謙虚さを見習いなさいよ」
世界で確認されている魔法属性は、
四大属性の他に氷、雷、植物、毒、金――
オリビア達と魔法使い部隊で熊の魔族の魔法を対処する事になったが、属性の種類や威力、そしてマナ総量は熊の魔族の方が上。
一瞬の判断ミスが勇者や仲間達を危険に晒してしまう。
軽口を叩いているが、彼らは内心熊の魔族との戦いにプレッシャーを感じていた。
特に――
「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……」
「四葉はさっきから何ぶつぶつ言ってんの……?」
「(若い子でもそのセリフ知ってるんだ……)」
聞いた事のあるセリフを繰り返しぶつぶつと呟きながら歩く四葉に、オリビアは苦笑を浮かべた。
「大丈夫だよ四葉!確かに経験の差からか勇者2人より少し未熟さは感じるけど……」
「うっ……!」
「でも魔法に関しては2人よりすごいじゃん!」
「…………」
「あたし四葉の魔法の独創性っていうの?すごいと思うよ!爆発する炎を弓よりも速くたくさん飛ばして敵に当てたりさ!」
「フレイムバレット……」
「それあの魔法の名前?かっこいい!」
「ま、まあね!」
「(…………案外チョロいのね……)」
リリーの“ヨイショ”で四葉が元気を取り戻すと、オリビアとジェンシャンは顔を見合わせて肩を竦めた。
「オリビアちゃん、少しいいですか?」
「オリビア、ちゃん……⁉︎」
「なに?」
「え⁉︎」
陽が傾き、野営の準備をしているとクロッカスが声をかけてきた。
ちゃん呼びにカクタスがクロッカスとオリビアを交互に見ながら驚きの声を上げると、クロッカスはそんな彼を見てにっこりと笑った。
「許可はいただいています」
「そ、そうなんだ……」
「クロッカスと少し話して来るわ」
「ついて行こうか……?」
「大丈夫よ」
オリビアはカクタスに笑みを向けて肩を叩くと、クロッカスについて行った。
「シオン様からお話があるそうです」
「……わざわざスキルを使わず声をかけてきたのはなんで?」
「赤髪の勇者様はオリビアちゃんの事になるとどこか加虐心をくすぐられるお顔をされますので、つい」
「勘弁してよ……」
「……ここなら良さそうですね、シオン様に連絡します」
しばらくして辺りの騒がしさがぷつりと消えるとシオンとキャットが合流した。
「オリビアちゃんやっほー報告聞きにきたよー」
「クロッカスがいるんだからスキルで話せばいいじゃない」
「なんでそんな寂しい事を言うんじゃ‼︎」
オリビアはプリプリと怒るシオンに呆れた視線を向けながらクロッカスと共に会議の内容を彼らに共有した。
話を聞いたキャットは腕を組んで二の腕を指先でとんとんと叩きながら眉を寄せた。
「魔法陣で転移か……でも、そんな隙を見せてくれるかなー」
「でもやるしかないでしょ」
「俺も手伝えればいいんだけど、風属性魔法は視認しづらいとはいえ、相手は魔法のスペシャリストみたいだからすぐに気付かれて面倒な事になるだろうなー……
黒髪の勇者様のカラクリに興味を示して話し合いに応じてくれれば一番有り難いんだけどね」
「もしもの時は僕が時間を戻す」
「あんたはもう少し自分を大事にしなさいよ……」
シオンが時を戻した時の状態を思い出してオリビアが眉を寄せると、シオンは頬を掻いた。
「しかし、僕がやれる事はそのぐらいしかないからな」
「おじいちゃん弱いもんね」
「なんじゃとクソガキ!」
「ケンカしないの!」
「やーいおじいちゃん怒られてやんのー!」
「黙れクソガキ!」
「ちょっと!…………あっ、そうだわ」
オリビアはクロッカスの言葉を思い出してシオンの後ろに回ると脇をくすぐった。
するとシオンはゲラゲラと涙を流しながら笑い始め、オリビアの手から必死になって抜け出して地面に転がった。
キャットがそれを見下ろしておかしそうに笑うと、オリビアは続けて彼の脇もくすぐった。
そして仲良く地面に転がった2人を見下ろして満足げに笑うと、クロッカスが腹を抱えて笑い始めた。
「あははははっ!オリビアちゃんっ……見事です……!」
「お、おのれ……クロッカス!お前チクったな!」
「わ、悪い子だ!」
「悪い子はあんた達でしょ‼︎次からケンカしたらこうなるって事覚えときなさい‼︎」
「こいつが悪いんじゃ!」
「やめなさいってこと!」
「ぎゃははははっ!や、やめ……ごめんなさい‼︎ごめんなさい‼︎」
シオンを再びくすぐると彼は必死になって謝り、その様子を見てキャットは顔を青くした。
「まったく世話の焼けるおじいちゃん達だわ。
――シオンが能力を使わなくていいようになんとかする。心強い魔法使いが仲間にいるしね」
「もしもの時は使うぞ」
眉を寄せて見つめるシオンに、オリビアは静かに頷いた。
そしてキャットはオリビアの肩を軽く叩くとにっこりと笑った。
「とりあえず作戦の内容は把握したから、直接的には難しいけど、黒髪の勇者様が接近できるように援護するよ」
「ありがとう」
「アサガオに先に屋敷まで行ってもらって、熊の魔族の状況を把握してもらう。クロッカス、屋敷に到着するまでアサガオとスキルで連絡を取り合って、何かあれば教えて」
「承知いたしました」
「ここを越えたらいよいよ魔王様だ。大怪我だけは避けてね」
「…………善処するわ」
難しい事を言う――
オリビアが深く息を吐くと、キャットはへらへらと笑ってシオンの肩に腕を回した。
「おじいちゃん、そろそろ行こっか!」
「ええいやめんか‼︎鬱陶しい‼︎……オリビア、手を」
「また?」
「セクハラだー」
「違うと言ってるじゃろ‼︎」
シオンがキャットを睨み付けながらオリビアの手を握ると、片眉を上げてオリビアの方を見た。
「オリビア、何かしたか?」
「何かって?」
「いや……マナの感じが少し違う気が…………」
「……特に覚えはないけど……もしかして何かまずいの……?」
シオンは首を傾げながら何かを確認するようにオリビアの手を見つめると、少しして笑みを浮かべ手を離した。
「大丈夫、心配いらん」
「ホントに……?」
「ああ、頼もしい」
「……?」
その含みを持たせた声色にオリビアは眉を顰めたが、問う前にシオンはオリビアの頭を軽くぽんぽんと叩き背中を向けた。
「行くぞキャット」
「またね〜」
シオンとキャットがその場を去ると、風に吹かれて葉がザワザワと音を立てた。
オリビアはクロッカスと顔を見合わせると、シオンの言葉に疑問を感じつつカクタス達の元へと戻った。
「スリングつけてても軸がブレないようになったね。ここまで早く癖を直せるのってすごいよ」
「ホント?」
オリビアは夕食前、カクタスと一緒に軽く鍛練を行っていた。
癖が抜けて動きが少し良くなったのが自分でも分かるとオリビアは笑みを浮かべた。
「カクタスは魔法の方はどう?」
「色々試してはみてるんだけど、今は攻撃系よりも補助系を練習中」
「どんなの?」
カクタスはその場で飛び上がると風属性魔法で足場を作りそれを蹴って宙を飛び交った。
そして体を捻り軽やかに着地するとカクタスは短く息を吐いてオリビアを見た。
「パルマエの戦法と、オリビアの魔法を参考に考えたんだ。…… 今はまだ調整が下手でマナの消費が多いからそこをなんとかしなきゃなんだけど……どうかな?」
「いいわね。戦いでもかなり役立ちそう」
「改善した方がいいところとかある?」
「十分だと思うわ」
その言葉にカクタスはホッと胸を撫で下ろした。
カクタスの成長ぶりにオリビアは感心の目を向けると、ステータスでマナの総量を確認した。
あれから増えてはいない。
しかし、練度は上がっているように感じた。
「本当はオリビアみたいに空が飛べたらよかったんだけど……」
「今のカクタスのマナ量と技量じゃ無理ね」
「うぅ……まぁ……そうだね…………でもいつかできたらいいな」
カクタスはそう言うと目を細めて空を見上げた。
それを横目で見ながらオリビアはぽつりと呟く――
「2人とも空が飛べたら旅も楽そうね……」
「…………それはこの戦いが終わってからの話?」
「さあね」
オリビアは悪戯っぽく笑うとそろそろ戻ろうと先にテントへと戻った。
カクタスはその後ろ姿を見つめた後、ゆっくりとその後を追った。
そしてテントに戻る途中、クロッカスの姿を見かけると、彼が兵士達のテントに視線を向けているのに気付いて目を細めた。
「……おや、赤髪の勇者様ワタクシの顔に何か?」
「兵士のテントが気になりますか?」
「いえ、少し見ていただけですよ」
「……そうですか」
カクタスは軽く頭を下げてテントの中へと入っていった。
その様子にクロッカスは顎を撫でて考え込むと、スキルを使ってキャットに話しかけた。
“「お父様、少しよろしいですか?」”
“「ん?どした?」”
“「赤髪の勇者様に何かお話になりましたか?」”
“「何かって?」”
“「…………いえ……何か、察していらっしゃるように感じたので……」”
“「……あらら、どれに関してだろうな……変に勘がいい子だからねー……」”
“「杞憂であれば良いのですが……」”
クロッカスはカクタスのテントに視線を向けると小さく息を吐いた。
彼が自分に向けた視線に敵意は感じなかったが、何かを探るような目だった。
少しオリビアにちょっかいをかけ過ぎたかと反省しつつ、クロッカスは自分を呼ぶパキラの方へと向かった。
3日後、
途中何度か魔族達の襲撃に遭いつつも、熊の魔族の屋敷まであともう少しという所まで来た。
兵士達の顔には緊張が強く滲み、四葉も顔を強張らせていた。
“「オリビアちゃん」”
“「なに?」”
“「屋敷を見張っていたアサガオからの情報です。勇者が近くに来た事に魔工妖精が気付き、スロウス様へ報告がいきました。どうやら自ら相手するつもりのようです」”
“「…………意外と好戦的なのね」”
“「どうでしょう……いつ来るのかと何度も魔工妖精に聞いているみたいです。魔工妖精の計算では約3時間後には到着すると話しているようですが……まずいです、スロウス様が魔工妖精をこちらに向かわせたようです」”
“「は⁉︎なんで……!」”
オリビアはそれを聞いて頭を悩ませた。
「(なんで急に……上級魔族ってのはどうしてこうも予測通りに動いてくれないんだか……!)」
苛立ちを抑えるように大きく深呼吸をすると、オリビアはクフェアとジニアに視線を向けた。
「まだ屋敷まで距離があるけど、索敵をお願いできないかしら?」
「なんか気になることでもあるのー?」
「気になるというか……私、心配性なのよ……」
「シュバルツに来てから予想外が続いていたからな……俺がやろう」
ジニアが目を伏せて索敵スキルを発動すると、魔工妖精の接近に気付き慌てて兵士達の足を止めた。
「何かがこちらに向かって近付いて来ている。魔族や魔物ではないようだが…………とんでもない速さだ……このままではものの数分でかち合うぞ」
「ホントだーまだ遠いから姿形ははっきり分からないけどーこれって話に出てた魔工妖精じゃないー?」
「嘘だろオイ……!」
「迎撃準備……!」
オリビアは気付いてもらえた事にホッと胸を撫で下ろすとカクタス達と共に魔工妖精を迎え討つ態勢を整えた。
そして、しばらくすると“それ”は砂埃を上げながら彼らの目の前で足を止めた。
「目標を捕捉」
「クロッカス」
「はい、魔工妖精です」
目の前に現れた魔工妖精は、
縦に並んだ5つの球体を中心に、左右に多関節型の腕を生やした――誰もが想像する妖精とは異なる異様な姿をしていた。
1番上の球体の中心が瞬きをするように何度か開閉を繰り返すと、魔工妖精は抑揚のない声で話し始めた。
「特徴一致。音声の再生を実行」
「なんだなんだ⁉︎やっちまってもいいんだよな⁉︎」
「こんにちはぁ」
魔工妖精の登場にざわつく中、のんびりとした緊張感のない声が魔工妖精から発せられた。
誰もが驚き口を噤むと、魔工妖精は言葉を続けた。
「ボクの名前はスロウスだよぉ、今キミ達はボクの屋敷に向かってると思うんだけどぉ……お願いがあってぇ……」
魔工妖精が腕を格納すると、1番上の球体にタイマーが表示された。
「ボク、勇者とお話がしたいんだけどぉ……今のペースだと屋敷まで3時間ぐらいかかるんだってぇ……でもボク3時間も待てないから1時間以内に来て欲しいんだぁ……」
「は……?」
「そのタイマーの数字がゼロになる前に来てねぇ……標的ですとろいモードを1時間後に設定、っとぉ…………じゃあ、待ってるねぇ」
最後にぷつりと音が鳴ると、魔工妖精からまた抑揚のない声が発せられた。
「……設定完了。1時間後に標的を抹消します。標的、勇者一行。残り時間、59分」
「…………はぁ⁉︎」
一瞬空気が固まった後、全員から驚愕の声が上がると、いち早くカクタスが駆け出した。
そして慌ててその後を仲間達が続き、遅れて兵士達も走り出した。
少し改稿しました。




