ep.75 戦後の魔族
「うわぁぁん‼︎オリビア様と熱い夜を過ごしたいぃぃ‼︎」
「帰れ‼︎」
オリビアが部屋に戻ると毛布を被って隠れているチューを見つけた。
他のサキュバスと違って側を離れたがらないチューに苛立ちを募らせるオリビアを見てチューは唇を尖らせた。
「オリビア様寂しそうなんだもん」
「…………」
オリビアはその言葉に苛立ちを少し落ち着かせると溜息を吐いた。
「もう平気よ。帰りなさい」
「や〜だ〜!」
「優しく言ってあげてる内に帰った方がいいと思うけど?」
オリビアがチューの額を指先で押すと、チューは眉を下げて下唇を突き出した。
その顔に思わず吹き出したオリビアに、チューは表情をパッと明るくして飛び付こうとしたが、華麗に避けられ無様に床に転がった。
「うぅ……」
「…………あんたが魔族だって事忘れそうになるわ」
オリビアがチューを引っ張り起こすと、チューはその言葉に不思議そうに首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「……寂しそうだからって心配したり……私達と変わらないように見えるから」
「魔族だって心配ぐらいしますよ〜!なんだと思ってるんですか〜!魔族だって大切な人のこと心配だってするし愛したい抱き締めたい慰めてあげたいとか…………」
チューは頬を染めてチラチラとオリビアを見ると、彼女は複雑そうな顔をして静かに眉を寄せた。
その表情にチューは困ったように視線を泳がせながら頬を掻いて、小さな声でぽつりとオリビアに言葉をかけた。
「本当ですよ……?皆が皆、残忍で冷酷なわけしゃないです…………」
「……私達が見た魔族は皆そうだったけど?」
「そりゃ戦争中ですもん……!」
チューはオリビアの言葉に思わず翼を大きく広げた。
それに驚いたオリビアを見て、チューはどこか悲しそうに言葉を続けた。
「ヴァイスの人間や勇者達はあたい達魔族を問答無用で殺しにかかって来るじゃないですか……!殺られる前に殺らなきゃって……
あたい達にしてみたらヴァイスの人間の方がよっぽど残忍で冷酷です!」
「なっ……!私達は……!」
「同じです!」
チューは思わず声を荒げると、瞳に涙を溜めてぐっと口を噛み締めた。
そして、それに対してどうしたらいいのか分からず困った様子を見せるオリビアの顔を見つめて、チューは再び口を開いた。
「…………オリビア様……勇者達が魔王様を倒したら…………あたい達魔族はどうなるんですか……?」
「…………」
「あたい達弱い魔族はシュバルツが負けた時、自分達や大切な人がどうなるか分からないから怖いんです…………ヴァイスの人間はヴァイスの人間には優しくても、あたい達に対しては違う…………」
きっと大丈夫――
そんな無責任な事は言えなかった。
ヴァイスは魔族達を放っておくだろうか?
カランコエやチュー達は、協力者として見逃してもらえても、他の魔族は?
チューの言っていた弱い魔族や、
大切な人のために戦っている魔族達は――
いや、そんな魔族はいないかもしれない。
いないで欲しい。
オリビアはチューから視線を逸らすと額を押さえて溜息を吐いた。
「…………なんで私にこんな話……」
「だって、力を持ってて、ヴァイスの人間であたいの話を聞いてくれる人は、オリビア様しかいないんもん‼︎…………うわぁぁん‼︎」
「ちょっと……!」
チューは子供のように大きな声を上げて泣き出すと、そのまま部屋を飛び出して行った。
オリビアは慌てて後を追いかけようと立ち上がったが――
「追いかけて……なんて言葉をかければいいのよ……」
チューがオリビアに付き纏っていたのは、不安だったからかもしれない。
オリビアは再びマットに腰を下ろすと溜息を吐いた。
『そう、都合のいい者だけを選び、他全てを切り捨てる。そして自分の理想を押し付け、そんな生き方を強制する――歪んだ世界を作るつもりじゃ』
シオンの言葉を思い出すと、余計に心が掻き乱された。
今ヴァイスが勝てばチュー達が不安に思っている事が現実になるだろう。
でも、それを阻止する為にシオンやキャット、自分は動いている。
神を殺せば……そうすれば魔族達も――
「オリビア大丈夫……?」
オリビアは扉が開けっ放しな事に気付かなかった。
ノックの音の後に、カクタスの心配そうな声が聞こえてくると慌てて顔を上げた。
どこか申し訳なさそうに扉の隙間からこちらを見るカクタスに、オリビアは「大丈夫」と声をかけて立ち上がった。
「……騒がしくしてごめん……チューってば全然帰ろうとしないから…………」
「ああ……あのサキュバスか……」
「カクタス……」
「ん?」
「…………なんでもない、お休み」
「うん……お休み」
オリビアはつい口に出してしまいそうになった言葉を飲み込んだ。
――――
「むにゃむにゃ……オリビア様ってば積極的……」
「…………心配して損した」
翌朝、オリビアが目を覚ますと毛布の中で自分に抱き付いてむにゃむにゃと眠るチューの姿を見つけた。
叩き起こしてやろうかとも考えたが、彼女の頬に涙の跡が残っているのに気付くとオリビアは振り上げた手を止めて頭を掻いた。
「まったく……」
「…………んん……あ、オリビア様おはようございます……」
オリビアの声に反応してチューが目を覚ますと、瞼を擦って笑顔を浮かべた。
「あんた昨日飛び出して行ったくせに戻ってきたの?」
「…………昨日はごめんなさい……」
チューはしょんぼりとしながら視線を逸らすと、オリビアは溜息を吐いてチューの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「…………戦後のあんた達のこと、ちゃんと考えるから……」
「!」
オリビアの言葉にチューは勢いよく起き上がり、目をキラキラと輝かせてオリビアを見下ろし翼を広げた。
「オリビア様がシュバルツの統治者になってくれるって事ですか⁉︎」
「…………はぁ⁉︎なんでそうなるのよ‼︎」
「急いで皆に伝えなきゃ‼︎チューは帰りますね‼︎」
「ちょっと待ちなさい‼︎」
チューが窓から勢いよく飛び出していくと、オリビアは慌てて窓に駆け寄ったが――彼女の姿はもうなかった。
「…………こ、こういう時だけすぐに帰るんじゃないわよ‼︎」
オリビアは怒りに声を上げると毛布を掴んで床に叩きつけた。
「アンタ、朝から何怒ってんの〜?」
朝食を取りに来たオリビアの不機嫌そうな顔に、デイジーは首を傾げながらつんつんと頬を突いた。 オリビアはまるで犬のように歯を剥き出して威嚇すると、それに対してデイジーはおかしそうに笑い声を上げた。
「あはは!あんたなんて顔してんのよ〜!……それで?なにがあったの?」
「そうですよ!説明してください!朝からあんな大声出して!“あんみんぼーがい”ってやつですよ!」
「勇者がびっくりして飛び上がってた」
「…………」
オリビアは勇者達の姿が見えない事に気が付いて慌てて話題を変えた。
「カクタス達はまた会議?」
「はい、黒髪の勇者様の不思議なアイテムでの攻略と、戦闘になった時の為の作戦会議中です!」
「私達はいいのかしら……」
「少し纏まってから話をするんじゃなぁい?カランコエはお呼ばれされなくなって寂しいわね」
「別に本読む時間ができたから嬉しいけど」
「そういえばラークさんは?」
「兵士達に呼ばれて外にいるわよ。ラーク、兵士達に懐かれてるのよ」
「そうなの?」
オリビアはその様子が気になり朝食を終えるとデイジー達と共にラークの様子を見にいく事にした。
「くっ……!なぜだ……!」
「ラークさんでも無理なのかよ!」
「いやまだだ!今度は夕飯のパンを賭けるぞ!」
「ラークさん…………」
「お、オリビア殿⁉︎」
「僕に会いに来たのかオリビア!」
ラークがいる場所を聞いて向かうと、そこには兵士達とカードを使って遊ぶラークの姿があった。
その中にはシオンもいる。
「賭け事……」
「金は賭けていない!健全だ!」
「アンタ!人には敵地で騒ぐなとか遊ぶなとか言っておいて!」
「た、たまの息抜きは……」
デイジー達の冷たい視線が飛んでくると、ラークは耳を垂れ下げごにょごにょと言い訳を口にした。
珍しくラークが説教される立場にある中、シオンが上機嫌でオリビアに近付きにっこりと笑った。
「オリビア!大勝ちじゃ!フルーツ分けてやるぞ!」
「あんたねぇ……」
「お、オリビア様達もどうですか?100年前の勇者様が作ったカードで遊ぶゲームなんですけど……こいつが強過ぎて誰も勝てなくて……」
「僕はゲームならジャンル問わずなんでも強いぞ!」
シオンをじとりと見ると、彼は何故睨まれているのか分からず小首を傾げた。
オリビアが口パクで“イカサマ”と彼の目を指さして言うと、シオンは首を振って笑った。
「運がいいんじゃよ〜」
「(嘘つけ!)」
「ラーク様もお強いので何度か相手をお願いしてるんですけど……」
「ぐぬぬぬ……」
「アタシ21に揃えるカードゲームならやった事あるわよ〜」
「ブラックジャックじゃな!よし、それをやろう!オリビアも座れ!」
「いやよ!私弱いんだから!」
ラークを叱っていたはずが気付けばゲームに参加する側になったデイジー達に呆れながら、オリビアはシオンの後ろでイカサマしないように見張りに立った。
「じゃあカード配りますよ〜」
――――
「夕飯がほぼ残らなかった……」
「アンタバカねぇ‼︎賭け事向いてないわよ‼︎」
「いや、あいつがいない時は全勝だったんだ……!次こそは……!」
「裸にひん剥かれるわよ‼︎」
カードを配っている兵士がグルなのかと思うほど、シオンにはいいカードが配られた。
時を止めたのかと思ったが、途中から現れたキャットにそれを否定された。
彼はゲームに関しては豪運の持ち主らしい。
「(こんな才能があってもね……)」
シオンから貢がれた果物を手にオリビアは苦笑すると、カクタスが遅れて夕食を取りにやって来た。
「お疲れ様、長かったわね」
「四葉くんの語りが止まらなくて…………異世界の話を聞く機会はなかなかないから脱線しても誰も止められなくて……」
カクタスは苦笑しながらパンを齧ると、落ち込むラークを見て首を傾げた。
そして、その理由をデイジーから聞かされるとカクタスはラークにパンとスープを分けた。
「勇者様……!」
「勇者様甘やかしちゃダメよ‼︎」
「まぁまぁ…………ラークさん、分けるので賭け事は程々に」
「うぅっ……申し訳ありません……」
「禁止はしないのね……」
「俺もカードゲームは好きだからね」
カクタスは頬を掻いて子供のように笑うと、オリビアは意外だと驚いた。
まだまだ彼に関して知らない事があるのだと分かると、オリビアは彼のもっと意外な面を知ってみたいと思い笑みを溢した。
――――
「出発は明日の朝、目的地は熊の魔族のいる屋敷です‼︎」
次の日の会議では、隊長ではなくどこかテンションの高いヘリーが進行を務めた。
報告する事が多かった為か、蛇の魔族の戦いから見かける事がなかったが、元気にしていたようだ。
地図の上をぴょんぴょんと飛び跳ねながらヘリーは棒を片手に詳細を話し始めた。
「蛸の魚人の情報によると、熊の魔族は屋敷の周りどころか屋敷の中にも魔族を配置しておりません!警戒すべきは魔工妖精と熊の魔族本人だけです!」
「もう知ってるんだけどー無能ー」
「確認です‼︎ヤジを飛ばさないでください‼︎……ゴホンッ!蛇の魔族や蠍の魔族と違って魔法を主に使って来ることから接近武器を使う勇者様達は苦戦を強いられるでしょう!そこで、こちらを使います!」
「例の黒い板?」
「いいえ、違います」
ヘリーは机の上に魔法陣の描かれた紙を広げた。
オリビアは見覚えのあるそれに目を見開いた。
「……それって転移の魔法陣?」
「正解です!しかし、私達の知る物とは少し違います!転移先は――なんと地底です!数千キロも下の、高温高圧が予測される場所です!ひとたまりもありませんよ!」
「とんでもないものを出して来ましたわね……」
「この記号知らない……組み合わせも初めて見る……へぇ…………」
目を輝かせるオリビアを横目にヘリーは魔法陣の描かれた紙を畳むと、眉を下げてその魔法陣のデメリットについても話をした。
「しかし、標的にある程度近付く必要があるのと……今回の戦いで使用する為に小型化した物なので、一度発動すれば負荷に耐えきれず何らかの形で破損し、2度は使えません……
それから計算上は地底数千キロ地点に転移されるはずなのですが、 小型化した事で安定性がなく……少しでもマナの供給量が少ないと転移先が地表近くにズレる可能性が……」
「……近付くって、触れる必要はないってこと?」
「はい、研究員の話では魔法陣が描かれている面から2メートル以内にあるモノを転移させる事ができると!その2メートル以内にいると一緒に転移してしまうので気を付けてくれとのことです!」
「強力な魔法をぽんぽん撃ってくるだろうし、2メートルとはいえ直接攻撃当てるよりかはまだ楽か……」
「四葉の黒い板は結局使わないの?」
リリーが四葉のスマホを手に取りくるくると回すと、四葉は慌ててそれを取り返して大事そうに抱き締めた。
「使う使う!戦闘になる可能性が高いけど、もしかしたら興味を示すかもしれないから、一応話ができそうなら見せる予定なの!」
「ふーん?話し合いできるかな?」
「彼は掴みどころがないのでなんとも言えませんね……」
クロッカスの言葉に全員が唸り声を上げると、ヘリーは四葉に魔法陣が描かれた紙を渡した。
「魔法陣を発動するのは黒髪の勇者様にお願いします!頼みましたよ!」
「えっ⁉︎…………そ、そっか……俺が勇者の中で一番マナ量が多いから…………はい……頑張ります……」
その後、転移の魔法陣を使った作戦を実行する為に立ち回りを話し合い、日の暮れる頃に解散となった。
――四葉は1人プレッシャーに頭を抱えていた。
「魔族に近付かないといけない……2メートル……魔法陣を魔族に向けて発動する……皆を巻き込まないように紙の向きを間違えない…………あっ!指がなくなるかもしれないから紙を掴むんじゃなくて掌に…………うぅ……俺にやれるかな……」
「もう四葉ってば!最近弱気じゃない?」
「だって俺パキラさんやカクタスさんより弱いなって……毎回2人より活躍できないし……」
肩を落として落ち込む四葉を仲間の女性陣達が慰めるように囲むと、パキラは恨めしそうに彼を見つめた。
――――
「…………んん〜……勇者が蛇を殺してから何日経ったっけぇ……そろそろ来るかなぁ……」
「確認作業を実行しますか?」
彼はベッドに置かれたいくつものクッションに埋もれながら眠そうな瞳で天井を見上げた。
「いいやぁー……来たら起こしてぇ……」
少し改稿しました。




