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ep.73 兄ちゃん

 


 カトレアは難色を示したがクロッカスの持つ情報の有用性と戦闘能力の高さを話し、誓約魔法をかけるという条件で説得する事に成功した。


 “「まさか本当に説得されるとは……」”

 “「誓約魔法はかけるフリだけするわ」”

 “「かけていただいて構いませんよ。あなたに危害を加えるつもりはありませんし」”

 “「……蛇の魔族と同じことはしたくないの」”

 “「いいえ…………同じではありませんよ。誓約魔法をかけてください。……ですが、1つお願いがあります」”


 オリビアはクロッカスの“お願い”の内容を聞くと怪訝な顔をしつつ、了承した。

 一先ず

 ・オリビアの指示に従う

 ・“ヴァイスの人間”に危害を加えない

 ・情報の提供

 ・魔王を倒す為に協力する

 それを条件に誓約魔法を交わすと、オリビアはパキラを呼んだ。


「……どうした嬢ちゃん」

「ちょっと……そんな顔しないでよ……もう平気だから」


 オリビアは顔色を窺うようなパキラの様子に苦笑しつつクロッカスを指差した。


「……私の指示に従うように誓約魔法をかけたんだけど……あんたのとこで世話になりたいんだって」


「へ?」


「我儘を言って申し訳ございません。ワタクシは距離が遠すぎなければ連絡を取ることのできるスキルを持っています。あなたが総指揮を取っているようでしたので、あなたならワタクシをうまく使っていただけるのではないかと」



 パキラは間の抜けた顔で自分を指差した後――その表情をパァッと明るくさせてクロッカスの肩を抱き笑顔を見せた。


「大歓迎だ‼︎」

「おい‼︎ふざけるな‼︎」

「アニキ俺も反対だぜ‼︎」


 ジェンシャンとビンカが血相を変えて走って来るとパキラはその表情をムッとさせた。


「なんだ反対って‼︎嬢ちゃんと誓約魔法交わしてんだ‼︎問題ねぇだろ‼︎」

「女が仲間になったら面倒だからやめてくれ‼︎アニキは女が絡むと馬鹿になるんだから‼︎」

「なんだと⁉︎これはリーダーの決定だ‼︎てかお前らも早く治療受けろ‼︎そんで決定も受け入れろ‼︎」


 パキラが反対するジェンシャンとビンカを投げ飛ばして再びクロッカスの方を向くとニコニコとご機嫌な様子で手を握った。


「よろしくな蛸の姉ちゃん‼︎名前は⁉︎仲間同士の恋についてどう思う⁉︎因みに俺様は種族なんて関係ないぜ⁉︎」

「……戦っている時には感じませんでしたが……とても愉快な方なのですね……」


 はしゃぐパキラと若干引いているクロッカス。

 オリビアが呆れたように溜息を吐き出すと、パキラはそれを見て悲しげに眉を下げた。


「嬢ちゃん……すまねぇ……赤髪と幸せになってくれ……」

「は?」

「やったぜー‼︎俺様のパーティーにもついに女の子が‼︎やっと……やっと……‼︎」


 両手を上げてテンション高く駆け回るパキラにオリビアは顔を引き攣らせ、クロッカスを軽く肘で突きさっさと“真実”を話すように促した。


「……クロッカスと申します。仲間同士の恋愛や種族の違う者達の恋愛に否定的な感情はありませんが……ワタクシは“姉ちゃん”ではなく、“兄ちゃん”です」


 クロッカスの言葉を聞いて、飛び跳ねて喜んでいたパキラは硬直し、地面に倒れ込んだ。




 ――――


「水属性魔法が使えるなら私と相性がいいな。やっとまともな性格の者が……」

「お前酒の好みが渋いな、気に入ったぜ」

「なんと‼︎ニンジャを知っているので⁉︎」

「そんな知識まであるのか……面白いやつだな」

「恐縮です」


 クロッカスはその後、

 自分が奴隷としてシュバルツにやって来た事、誓約魔法がある事で逆らえず心を壊されかけながらも勇者達にいつか集めた情報を提供できればと考えていた事を話した。

 間違った事は言っていない。

 オリビアが今の話に嘘はないかと問いかけ、クロッカスがそれに頷くと、誓約魔法に苦しむ様子を見せなかった事で全員納得した。


 何年も蛇の魔族に悟られないように立ち回っていただけの事はある。うまく隠しながら真実を話す彼にオリビアは感心した。


 しくしくと泣くパキラをよそに青髪のパーティーメンバーはクロッカスを気に入ったようで、彼を囲んで楽しそうに話をしていた。

 オリビアは安堵の息を吐くと、カクタスの元に向かった。


「カクタス」

「ん?」

「あの時、止めてくれてありがとう」

「…………いや……えっと……」

「大丈夫よ。まだ、複雑ではあるけど…………あの時止めてくれなかったら、 私はもっと苦しんだと思う」

「…………」


 カクタスはオリビアの瞼が赤く腫れているのを見て眉を寄せた。

 オリビアの怒りを近くで見た時、一瞬止めた事を後悔した。

 後悔すると思って行動したが、その時の彼女は怒りをどこかにぶつけないと壊れてしまいそうな危うさがあった。


 止めた自分の事を憎むかもしれない、離れてしまうかもしれない――


 自分の中のそんな不安が、一瞬それを上回りそうになった。


 彼女の心はローレルが生きていたからなんとか壊れずに済んだ。もし彼が生きていなかったら――


 カクタスはいたたまれない気持ちを感じて視線を逸らした。

 そんなカクタスの様子にオリビアは不思議そうに首を傾げると、恨めしそうな声が地面から這い上がって聞こえた。


「お、オリビア様〜……」

「うわっ‼︎忘れてた……だ、大丈夫……?」


 救護班に手当てしてもらったサキュバス達が這ってオリビアの足元にやって来ると、オリビアは申し訳なさそうに彼女達の前にしゃがみこんだ。


「き、キスして〜……」

「うぉぉっ……キス〜……」

「平気そうで安心したわ……チュー達にも連絡してくれる?」

「はい〜……」


 サキュバス達の頭をよしよしと撫でるオリビアの元にクロッカスがやって来ると、頭を下げて屋敷の方へと視線を向けた。


「屋敷を拠点としてお使いください。情報も多く残されています」

「分かったわ。…………今スキル使える?」

 “「どうされましたか?」”

 “「なんでわざわざ青髪の勇者の所に?休むテントが別なだけで魔王のところまで基本一緒だからカクタスの所で問題ないと思うんだけど……」”

 “「……個人的な事です。お父様が赤髪の勇者様にご執心なようですので……ちょっとした嫉妬心です」”

 “「ああ……」”



 オリビアがキャットのカクタスに対する態度を思い出して納得すると、飛んできたチュー達の元へと向かった。

 クロッカスは静かにカクタスに視線を向けると目を細めてどこか悲しそうに笑みを浮かべたが、それに気付いた者はいなかった。






 エルフ達の死体はセコイアに送られる事になった。

 ロータスは彼らを村のあった場所に埋めてくれると約束してくれた。


「神の石は……」

「オリビア、それは彼らの物だ。一緒に持って行ってもらおう」

「でも…………うん、そうね……ありがとうカクタス」


 神の石があれば戦況は有利に働く。

 しかし、カクタスはそれを望まなかった。

 他の者達もそれに同意し、神の石は彼らと共に埋められる事になった。


「おい‼︎うちらが先だ‼︎」

「あたい達のが体張ってた‼︎」

「うちらは体に穴が空いたんだぞ‼︎…………てかなんで青い勇者が列に並んでんだ‼︎」

「傷心を癒してもらおうと思って……」

「列から追い出せ‼︎」


 オリビアは白魔法士に治療してもらった後、サキュバス達を並ばせると報酬を払った。

 サキュバス達は大喜びで飛び回り、オリビアはそれを捌き終えるとサキュバス達を帰し、押し寄せて来た疲れに目頭を押さえた。


「ロンジコーンの魔族の屋敷より綺麗です!」

「貴族の所有する屋敷と似ているな……」

「この部屋数なら兵士達も休めるんじゃなぁい?」


 拠点とする為に屋敷の中へ入ると、部屋も多く立派で、フォティニアは目を輝かせていた。


「2人1組で部屋を使っても良さそうですね」

「四葉とうちらには大きい部屋1つちょーだい!」

「それだとご主人様が使っていた部屋が良さそうですね、こちらです」

「……な、なにこの石像…………悪趣味…………」


「オリビア大丈夫ですか?顔色が……」

「……ああ、少し疲れちゃって…………」

「先にオリビアの部屋を決めましょう!誰と一緒……」

「チューと一緒で‼︎」

「なんであなたまだここにいるんですか‼︎」

「うるさいぞちんちくりん‼︎」

「な、なんですって⁉︎」

「先に部屋決めてて、少しやる事があるから席を外すわ……チュー行くわよ」

「はぁい♡」


 オリビアはチューを連れてその場を離れると、カクタス達は心配しながらも、オリビアの心中を察して引き止める事はしなかった。




「ここです!ここにいたんです!」


 オリビアはチューと一緒に地下へやって来ると、エルフ達が閉じ込められていたという牢を見た。

 壁には引っ掻いたような傷があり、文字のようにも見えたが読む事はできなかった。


 蛇の魔族の亡骸から回収した鏃を懐から取り出すと、オリビアは牢の中に寝転がりそれを握りしめて目を閉じた。


「……お、オリビア様!あたい夢を繋げる事もできるけど、好きな夢を見せる事もできて……!エッチな夢のが得意なんですけど、言ってくれれば――」


「チュー……大丈夫」


「あ……ぅ……はい……」


「…………ありがとうね、チュー。あんたのおかげでお父さんと話せた」


「……オリビア様…………」


「カクタス達にはうまく言っておいて……少し寝るわ……」


「はい……おやすみなさい……オリビア様……」


 チューは牢から出ると軽く振り返り、蹲るオリビアの姿に眉を下げてカクタス達の元へ向かった。


 オリビアは疲れからかすぐに眠りに落ちると、誰かに頭を撫でられる夢を見た。

 それが誰だったのかは分からなかったが、オリビアはその暖かい手に静かに涙を流した。




 ――――


 目を覚ますと、毛布がかけられていた。

 牢の外に赤い髪が見え、体を起こしてそちらに向かうと、カクタスが格子に凭れ掛かり眠っている姿があった。


 心配して様子を見に来てくれたのだろう。


 オリビアは口元を緩ませて静かに彼の前にしゃがみ込み顔を覗き込むと――一瞬死んだ父親の顔が浮かんだ。

 カクタスは肩を軽く上下させ寝息を立てている。


 死んでいない、でも――


 オリビアはカクタスの頭を優しく包み込むように抱き締めた。


「(もうこれ以上失いたくない……)」


 オリビアは眠るカクタスの髪に顔を埋めると、心の中で小さく呟いた。


「ん……?」


 しばらくしてゆっくりと離れると、カクタスの顔が険しく、そして赤くなっている事に気付いた。


「…………カクタス」

「…………」

「起きてたなら言ってよ」

「…………ごめん……タイミングが……」


 恐る恐る目を開けるカクタスにオリビアが苦笑を浮かべると、彼は申し訳なさそうに口を開いた。


「…………お父さん達の事、何もできなくてごめん……」


「なんでカクタスが謝るのよ……」


「やっぱりそっちにもう少し人を配置すればよかったとか……色々考えちゃって…………」


「…………私はもう大丈夫よ。気を使わせてごめん」


 オリビアがカクタスの手を握り笑みを浮かべると、カクタスは眉を寄せながらその手を握り返した。


 ――きっと大丈夫ではない。だがそれを指摘した所で自分に何ができるだろうか。

 カクタスは軽く頭を振って彼女の手を引くと、笑みを見せた。


「上に行こうか」

「うん。お腹空いたわ」


 2人は他愛のない会話をしながら地下室を後にした。




 ――――


「ギャハハ‼︎お前おもしれぇな‼︎」

「恐縮です」


 広間に出るとそこにはクロッカスと酒を飲むパキラの姿があった。

 どうしてこいつは酒を我慢する事ができないのか――オリビアが呆れてパキラを見ると、彼は笑顔で駆け寄って来た。


「嬢ちゃんも一緒に飲むか?」

「遠慮しておくわ。仲良くなったみたいね」

「女じゃなかったのは残念だが、なかなか話の分かるやつだった!」

「ジェンシャンに見つかったらまた叱られるわよ」

「貴様ァ‼︎」

「噂をすれば……」


 パキラが顔を青くして酒を隠すとジェンシャンは額に青筋を立ててその酒を取り上げた。


「ここがどこだか分かっているのか‼︎またコソコソと……お前も‼︎こいつを甘やかすのは――」

「ご安心を、アルコールは抜いております」

「…………え?これアルコール入ってねぇのか?…………え?」

「はい」

「……本当だ、アルコールは入っていない……」


 ジェンシャンが匂いと味を確認して頷くとパキラは困惑の表情を浮かべて頭を抱えた。


「錯覚……空酔いです」

「…………酒がなくても酔えるなんてよかったな」

「通りで意識がハッキリしてるわけだ」

「いつも意識が朦朧とするまで飲もうとするな‼︎」

「酒じゃなかったんだからそんな怒んなって〜……」


 ジェンシャンの説教が始まるとクロッカスはクスリと笑って2人を見た。

 どこか懐かしむような視線に、彼は2人にシオンとキャットの姿を重ねているのだろうとオリビアは感じ取り、昨日の申し訳なさそうにしていた彼らの顔を思い出した。


「(…………また、落ち着いたら話をしよう)」

「オリビア……」

「ん?どうしたの?」

「彼…………」


 カクタスが視線を向けた先には、何故か果物を大量に抱えたシオンが今にも泣き出しそうな顔でオリビアを見ている姿があった。キャットが後ろで必死にシオンの服を引っ張っている姿も見えると、オリビアは溜息を吐いた。


「…………えーっと……アスター、どうしたの?」


「オリビアの為に」


「オリビア“様”!」


「…………オリビア、様の為にフルーツを持って来た……一緒に朝食が食べたい……」


「すみませんこいつったら!勇者様の前で……ほら行くぞ‼︎」


「いやじゃ〜!離せ〜!」


「ぶはっ」


 突然吹き出したクロッカスに視線が集まる。

 シオンがじとりと睨み付けると、クロッカスは慌てて視線を逸らした。



 “「…………シオン様のその様な姿、初めて見たもので……すみません……」”

 “「笑うなクソガキ‼︎生意気になりよって‼︎」”

 “「ちょっと!これ複数人でも会話できるわけ⁉︎やめてよ‼︎」”

 “「オリビア〜‼︎すまんかった〜‼︎」”

 “「クソジジイいい加減にしろ‼︎」”

「ぶっ……くくくっ……」

 “「笑うなクソガキ‼︎」”


 必死に笑いを堪えるクロッカスにオリビアは額を押さえ、シオンから果物を1つだけ奪い取ると背を向けた。


「これだけもらってく!」

「そ、そんな……」

「オリビア、彼とケンカしたの?」

「……ケンカも何も、怒ってないわよ」



 オリビアはチラリとシオンの方を向くとおかしそうに笑って果物を齧った。

少し改稿しました。

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