ep.72 あの時と同じ
「実に素晴らしい‼︎ ははははっ‼︎配合を変えて正解だった‼︎ローレルにも試さねば‼︎いや、もう少し調節が必要か‼︎」
ぐったりとするクロッカスを蛇の魔族は台の上に寝かせると、隅々まで調べた。
歓喜の声を上げる蛇の魔族を鬱陶しく思いながら、クロッカスはぼんやりと天井を見上げて早く解放される事を願った。
「(アサガオはきっとワタクシの髪をオモチャにするだろうな…………セージは泣く……いや……泣き虫は卒業したんだったな…………シオン様はきっと怒るだろう…………お父様は……悲しむだろうか…………)」
蛇の魔族の観察からやっと解放されると、クロッカスは水槽に入ってスキルを使った。
体は眠りを欲していたが、心はキャットの声を求めていた。
声が聞きたい。
クロッカスのスキルは特別で、
サキュバスや一部の魚人のように音波を使ったスキルではなく、その人物の顔とマナを記憶すれば距離は関係なく連絡を取れるという便利な物だった。
“「お父様……」”
いつもならすぐに返事がある。しかし、その時は時間の関係もあってか返事はなかった。
クロッカスは寂しさに心を締め付けられながらも、その日は休む事にした。
――――
「どうして……どうして……っ!」
次の日も、その次の日も、そしてそのまた次の日も、朝も、昼も、夜も――
アサガオやセージ、シオン、そしてキャットから返事が戻ってくる事はなかった。
スキルが使えなくなったのかと思い、蛇の魔族に連絡を取るとすぐに返事があった。
スキルは使える、なら何故彼らから返事がないのか。
クロッカスは気が狂いそうになりながら必死に呼びかけ続けた。
そんなクロッカスの様子に蛇の魔族は強化剤の副作用かと苛立ち何度も殴り付けた。
自分は捨てられたのか、そんなはずはない。
彼らが自分を見捨てるはずがない。
なら何故返事をくれない。
毎日何度も、何度も何度も何度も――
いくら呼びかけても、返ってくるのは沈黙。
走馬灯のようにキャット達との思い出が頭を駆け巡ると、ぷつりと何が切れる音が聞こえた。
「…………ああ…………帰ろう……」
クロッカスは水槽から出ると、静かに蛇の魔族の背後に立った。
出過ぎた真似でした。
辛いです苦しいです。
ずっと家にいればよかった。
我儘を言ってごめんなさい。
ワタクシが間違っていました。
もう限界です。
こいつを殺して家に帰ろう。
帰るんだ、あの家に――
クロッカスは研究に夢中になる蛇の魔族の首に向かって触手を伸ばした。
『…………ごめん……少し頭を冷やすよ』
「!」
クロッカスの脳裏に浮かんだのは、いつも飄々としているキャットが、初めて見せた弱っている姿だった。
静かに触手を下すと蛇の魔族がクロッカスに気付き振り向いた。
「…………ん?なんだどうした?」
「……ご主人様、少し休まれた方がいいですよ」
「おお!やっと副作用がおさまったか!正気に戻ったようでよかった!」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
こいつを殺せば自分も死ぬ。
そうなれば家に帰る事なんてできない。
彼は自分を捨てたりしない。
返事がないのには何か理由があるはず。
また連絡が取れるようになった時の為に今まで通り情報を集めなければ、
彼の為に生きなければ――
そうして少し精神が安定してきた頃、強化剤によってスキルが弱体化している事に蛇の魔族が気付いた。
「ローレル、聞こえますか?……ふむ……大体、10〜20……そこまでなら声が届くようです。元気な罵声が聞こえます」
「やはりそうか……」
「これ以上離れるとワタクシの声が届かなくなるのですね」
「ふむ……体の強化がなされた事でまさかスキルが弱体化するとは……改良しなければ…………ん?何故笑っているんだ‼︎由々しき事態だぞ‼︎」
「申し訳ございません。お猿さん……ああ、間違えました。ローレル、戻って来ていいですよ」
クロッカスのスキルは距離の制限ができてしまっていた。
だからキャット達に自分の声が届かなかったのだと分かると心が少しだけ軽くなった。
捨てられたわけではない、しかし連絡がつかなくなってからかなり日が経っている。
「(忘れられていたらどうしよう)」
そして勇者達がシュバルツへやって来たという情報が入り、少しの期待を込めてキャットへ声をかけた。
しかし、返事は相変わらずなかった。
「勇者達、どうしましょう…………」
勇者達がシュバルツにやって来たという事はヴァイスが優勢なのか――しかし下手に動くと彼の足を引っ張る可能性がある。
誓約魔法もある為、近付いてくる勇者達をどうすべきかクロッカスは悩んだ。
そんな中、サキュバス達が屋敷の近くにいるのを見つけた。
蠍の上級魔族が殺されたから新たな寄生先を探しに来たのだろうと彼女達に声をかけると、サキュバスの腰にぶら下がったぬいぐるみについた草に目を見開いた。
それを取って彼女達から離れると、クロッカスは目を伏せながらスキルを使って“彼”に声をかけた。
“「……お父様」”
“「やっと声が聞けた」”
クロッカスは目から涙を溢れさせるとその場に膝をついた。
ぬいぐるみについていた草は、彼の名前と同じ“キャットミント”だった。
“「クロッカス、待たせてごめんね」”
――――
「蛇の魔族が強化剤を持ち出すとは思わずオリビアちゃんとサキュバス達で対処できると思って、クロッカスが誓約魔法によるダメージを受けないように立ち回らせた。エルフ達を逃すように指示したのも俺。この結果を招いたのは俺だよ……」
「…………」
オリビアはクロッカスの胸ぐらを掴んで地属性魔法の槍を作り出すと大きく振りかぶった。
「オリビアちゃん‼︎…………頼む、クロッカスを見逃してくれ……」
キャットが眉を下げてオリビアを見つめると、オリビアは手を止めて奥歯を鳴らした。
「…………ッ……そんな話を聞かされて……私はこの気持ちをどこにぶつけたらいいのよ‼︎」
オリビアは槍を地面に叩き付けると声を荒げた。
仲間や家族が死んだ。
彼らを苦しめた元凶は彼らの手によって死んだ。
それに加担していた者は家族の為に自身を犠牲にしていた。
「助けるって言ったの……‼︎皆を……私が……‼︎
なのに……‼︎なんでいつもうまくいかないのよ‼︎」
「オリビア……」
シオンがオリビアの悲痛な叫びに眉を寄せながら彼女を強く抱き締めると、クロッカスはオリビアの前に座り地面に頭をつけた。
「本当に申し訳ございません……」
「っ……!」
オリビアはそれを見て唇を噛み締めた。
そして、ぶつける先を失った怒りを、涙に変えて心から追い出した。
シオンに時を戻して欲しいと言いたかった、
それも我慢してただひたすら泣いた。
そして、クロッカスに怒りをぶつけるのは、これが自分の力不足によって招いた結果だと認めたくない、ただの八つ当たりだと、心を無理矢理納得させ抑え込んだ。
しばらくすると、オリビアは涙を拭いシオンから離れた。
シオンが不安そうに見つめると、オリビアは疲弊した顔で、未だ頭を下げたままでいるクロッカスに向かって口を開いた。
「…………もういいわ……」
「あの……」
「勘違いしないで。…………私は、これ以上失わない為に……目的を果たさなきゃいけないの……だから今は気持ちを飲み込んだだけ。…………シオン、時間を動かして」
「しかし……」
「家族の再会は私を除いてやって、今は……話したくない」
オリビアの言葉にシオンとキャットは申し訳なさそうにすると、クロッカスが頭を上げた。
「お父様、シオン様、話はまた後で致しましょう」
「……分かった。これからは近くにいるから、また声をかけて」
「はい」
クロッカスがキャットとシオンに頭を下げると、2人はクロッカスの頭を撫でてからその場を去り、再び時間が動き始めた。
「オリビア……っ⁉︎」
そして、カクタスはいつの間にか自分の腕から抜け出しているオリビアに気付いて慌てて彼女に手を伸ばした。
カクタスの手を避けてオリビアはクロッカスの頬を殴り付けると、クロッカスはそのまま地面に倒れ込んだ。
「今はこれで勘弁してあげる」
「……はい」
オリビアは静かに深呼吸すると、クロッカスに背を向けて倒れるエルフ達の元へと向かった。
――家族や仲間の死に対する彼女の怒りは計り知れず、本当にクロッカスを殺してしまいそうな勢いだった。
しかし、突然その怒りをそこまで抑え込んだオリビアに、カクタスは驚きと不安を感じて声をかけようとしたが、言葉が出なかった。
「…………」
鏃を持っていたエルフ――彼は穏やかな笑みを浮かべたまま動かなかった。
彼の首にかけられた神の石を手に取ると、オリビアは強く唇を噛み締めた。
そして、
蛇の魔族の側で倒れるローレルに歩み寄り、ゆっくりとその体を抱き起こした。
「オリビア、彼に手を合わせてもいいかしら?」
「…………」
デイジーがオリビアに声をかけると、ローレルを見下ろして悲しそうに目を細めた。
「まったく……オリビアにありがとうとごめんって伝えろですって」
「…………」
「バカな男だったけど、不器用で可愛い男……アタシのタイプだったわ。もっと話をしたかった…………やだっ!何よもうこの子ったら嫌そうな顔して!…………あら?最初からこんな顔だったかしら……」
「‼︎」
デイジーの言葉にローレルの顔が歪むと、オリビアは慌てて彼の胸に耳を当て、微かに聞こえる心音を確認して顔を上げた。
「…………ローレル‼︎返事をして‼︎」
オリビアが慌ててローレルに声をかけると、彼は意識はないようだが小さな声で「寄るな男女……」と呟いた。
デイジーが慌てて白魔法士を呼ぶとオリビアはローレルの手を握り涙を流した。
あの時と同じだ。
“ローレル(19)”
“状態:気絶”
「よかった…………生きてて……よかった……っ」
応えるように手を軽く握り返すローレルに、オリビアは笑みと涙を溢れさせた。
オリビアの心は、あの時と同じ――彼の生存で救われた。
「アンタもしぶといわね〜!」
「うるぜぇ……」
「ほら、オリビアに言わなきゃいけない事があるんじゃないの!」
「……かっご悪ぃ……」
「んもう!話を聞きなさいよ!やっぱりアタシの言葉響いてないわ!」
治療中にローレルは目を覚ました。
涙を流すオリビアから顔を背けて気まずそうに視線を泳がせるローレルに、デイジーは呆れながら説教を飛ばした。
「アンタそんなんだから……」
「フンッ……」
「すみませんが、治療はここまでです……」
「な……なんで……まだ終わってな――」
「やめろオリビア」
まだ怪我が治りきっていない事にオリビアが白魔法士の方を見ると、ローレルは首を振った。
白魔法士は申し訳なさそうに口を開いた。
「彼はシュバルツ側の人間だからか、白魔法の効果が薄く…………これ以上の治療が望めません……」
「そんな……元はヴァイスの人間なのに……」
「蠍のやつも取り込んだがらな…………」
オリビアが眉を寄せると隊長がやって来てオリビアに頭を下げた。
「オリビア様、セコイアの王がマナエルフ達を保護すると連絡が…………そちらの彼は、その……捕虜という扱いになるそうですが……」
「誰があんな女のどこに行ぐか!そんなんなら俺はごごで…………オリビア……何じてやがる……」
オリビアがローレルの手を縛り尻尾の先を地属性魔法で包み込むと隊長の方を向いた。
「師匠によろしく頼むと伝えてください」
「おい‼︎ふざげんな‼︎俺は行がねぇぞ‼︎」
「アンタ‼︎命があるだけよかったと思いなさい‼︎」
「んだと男女‼︎俺は―― 」
「師匠は捕虜だからってひどい扱いをする人じゃない。ロータスさんもいる」
「それを心配しでるんじゃ…………」
「ローレル」
オリビアは真っ直ぐに彼を見つめた。
「生きて」
ローレルはその言葉に眉を寄せると、デイジーの方をチラリと見て、再びオリビアに視線を向けた。
「俺、お前のごと……好きだった……」
「……急に何よ」
「…………なのに、傷付げて……ごめん…………それがら…………」
「…………ほら!頑張って!」
「うるぜぇぞ男女‼︎…………お前は納得できねーがもしれねぇげど……俺達は、俺達でケジメをつけたがったんだ」
ローレルがオリビアに手を差し出すと、彼女は静かにその手を握った。
それに対してローレルは少し驚いた後、ぐっと唇を噛んで視線を逸らし、少ししてから再び口を開いた。
「…………あの時も、今も……俺達の為に、戦っでぐれて……ありがとう…………」
「ローレル……」
「…………だがら……泣くな……」
ローレルは手を離すとクロッカスの方を見た。
「おい蛸、こっぢ来い」
「…………はい」
「お前のおかげで、ケジメづけられだ……ありがどな」
「あなたにお礼を言われる日が来るとは思いませんでした」
「オリビア、こいづを許しでやってぐれ……」
「あんたまで……」
「父ちゃん達がらの遺言だ」
ローレルの言葉にオリビア、そしてクロッカスが驚きに目を見開いた。
「父ちゃん達……こいづのごと、ずっと心配してだみたいだぜ…………こいづ、泣き虫なんだ」
「…………申し訳ございません……」
クロッカスが涙を流すと、ローレルは怠そうに溜息を吐いてしっしっと手を振った。
「オリビア様そろそろ……」
「…………分かったわ。ローレル」
「なんだ」
「また会いに行く」
「…………ああ」
「アタシも会いに行くわよ〜!」
「お前は来るな‼︎」
「んもう!」
ローレルは静かに目を伏せるとそのまま兵士達に連れて行かれた。
残されたオリビアは強く拳を握ると隊長の方を向いた。
「この蛸の魚人はどうするの?」
「こちらの魚人も捕虜として拘束し、セコイアに移送します」
“「ワタクシは煙幕を使って失礼させていただきます」”
クロッカスがスキルでオリビアに声をかけると、オリビアはクロッカスの腕を掴んだ。
「隊長さん、ヘリーを呼んできて。…………こいつは私が引き取る」
「!」
「ですが……」
「師匠……セコイアの王には私が話をする。だからヘリーを早く」
隊長が慌ててヘリーの元へ向かうと、オリビアはクロッカスを見た。
様子を見ていたカクタスがオリビアの側に寄ると、彼女は心配そうにするカクタスに向かって首を振った。
「……別にいじめるわけじゃないわよ。こいつは情報を多く持ってる。カランコエと同じ、私達に協力させる」
「勇者様大丈夫よ、オリビアはもうこの子を殺したりしないわ」
「…………いや、それも心配だったけど……そうじゃなくて……」
「私はもう大丈夫だから。……あんた、協力してくれるわよね」
オリビアがクロッカスを睨みつけると、クロッカスは苦笑を浮かべた。
“「これはどういう事でしょうか……」”
“「あんたがこれからどう行動するつもりか知らないけど、キャット達は兵に紛れて行動してる。こっちと一緒にいた方がキャット達とも会いやすいと思うけど?」”
“「…………しかし、あなたはよろしいのですか……?」”
“「あんたがいればキャット達と連絡は取りやすいしカクタス達に情報を回しやすい。嫌ならセコイアに連行させる。どうする?」”
クロッカスはそれを聞いて目を伏せると静かに頷いた。
オリビアはそれを確認するとヘリーを通してカトレアに連絡を取った。
少し改稿しました。




