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ep.63 契約

 


 オリビアは一瞬硬直し、ハッと我に返り慌ててチューを抱き起こすと、彼女はすぐに意識を取り戻して口元を両手で覆いぽつりと言葉を溢した。


「好き……」

「…………大丈夫そうね」


 手を離すとチューは地面にビタンッと叩き付けられた。

 しかしすぐに起き上がると、興奮した様子でその場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。


「おいしい〜!めちゃくちゃ濃厚!なにこれ!」

「オリビア様私にも‼︎」

「うちにも‼︎」


 騒ぎ始めたサキュバス達にオリビアは大きな溜息を吐くと、水属性魔法を放った。

 彼女達はチューと同じように白目を剥いて倒れたかと思えば、すぐに起き上がって大はしゃぎでその場を跳ね回った。


「すごい満足感!なにこれ!」

「お腹いっぱーい!」


「…………そんなにマナを消費してないんだけど……」

「じゃあよかったじゃん」

「それはそうなんだけど…………」

「オリビアちゃんのマナはかなり質がいいんだろうね」

「…………でも、毎日これやらないといけないわけ?」


 オリビアが面倒くさそうにサキュバス達を見ると、彼女達は慌ててオリビアの前に整列して頭を下げた。


「働いて恩を返します‼︎」

「なんでも言いつけてください‼︎」

「…………なんでもって言ったって……」


 オリビアはあまり期待せずサキュバス達のステータスを確認すると目を見開いた。


「あんた達……ちょっとそこの岩殴ってみて」

「怪我しちゃう!」

「いいから!」

「チュー!やれ!」

「なんであたいなの!」


 チューが痛みに怯えながら指示された通り岩を軽く殴ると、岩は粉々に砕け散った。

 それを見たサキュバス達は驚きに口をぽかんとさせて固まると、オリビアの方へゆっくりと視線を動かした。


「え?な、なんで?」

「あんた達、自分のスキル把握してる?」

「えーっと……魅了と変身と……」


 オリビアがチューのステータスを見ると、内容に眉を寄せた。


 チューベローズ(22)

 サキュバス

 契約者:オリビア

 魅了(フェロモン)

 獲物の性的欲求を高める。


 変身(トランスフォーム):サキュバス

 獲物が最も魅力的に感じる姿になる事ができる。


 超音波(ウルトラサウンド)

 音波を使って仲間と連絡を取ったり、獲物の位置を把握する事ができる。


 主人からの愛(ドーピング)

 契約を行うと能力が大幅に向上する。

 契約者によって内容は異なる。

 契約者オリビア:筋力の向上・素早さの向上・飛行能力の向上


「こいつらスキルで能力が上がってる……ってなんで私が契約者になってるのよ!」

「マナをあげたからじゃない?」

「嘘でしょ……」


 オリビアが頭を抱えて最悪だと声を漏らすとサキュバス達は目を輝かせて彼女に擦り寄った。


「ええい鬱陶しい!くっ付くな!」

「あたい達強くなったんならオリビア様の役に立てるよ!魔王様やっつけに行くんでしょ?連れてってよー!」

「あんた達がいたら兵士達が困るのよ‼︎」

「なら兵士達を置いて代わりにあたいらを連れてってくださいよー!」

「アホか!」


 面倒な事になった――オリビアが渋い顔をしてサキュバス達を見下ろすとキャットは笑って声をかけた。


「蛇の魔族との戦いでこいつら役に立つんじゃない?群れが相手だし」


「絶対嫌‼︎」


「な、なんでですかオリビア様〜!」


「マナの水を多めに渡してあげるからこれ以上関わるな‼︎強く生きろ‼︎」


「マナのお水がなくなったら……?」


「…………なくなる前になんとか生活基盤を整えなさい」


「生活基盤って……」


「今のうちらならなんとかなるかな……?」


 不安そうにするサキュバス達を見てオリビアは唸り声を上げると――諦めたように大きく息を吐いて彼女達に声をかけた。


「今のあんた達ならそこら辺の魔族ぐらいならなんとかできるでしょ、頑張りなさい。……どうしてもって時は、またマナを取りに来なさい。あんた達が自立するまでは……仕方ないからそれぐらいはしてあげる」


「す、好き……‼︎やっぱりオリビア様の側にいる‼︎」

「オリビア様のマナがいい〜‼︎」

「っだー‼︎話が進まない‼︎」


 オリビアは頭を掻き毟り吠えるように声を上げると、サキュバス達を整列させて納得するまで話をした。


 マナを分けてもらわなくてもいいように生活基盤を整える事、

 足りなくなったらマナを取りに来てもいいが、勇者や兵士には手を出さない事、

 ――契約を解除しようとも思ったが、そうすればまた彼女達は弱いサキュバスに戻ってしまう為、一旦は継続する事にした。


「オリビア様のマナがいいよぉ〜……」

「殺されなかっただけ有難いと思いなさいよ!」

「ううっ……好きだから逆らえない……」

「でも頑張る‼︎」

「あたい達が必要になったらいつでも呼んでねオリビア様!すぐ駆け付けるから!」

「はいはい……ほら、これだけあればしばらくは保つでしょ。帰った帰った」


 オリビアは水属性魔法で満たした樽をいくつかサキュバス達に持たせるとしっしっと手を振った。

 サキュバス達は一歩進むたびに名残惜しそうにチラチラとオリビアの方を向いた。


「早く行け‼︎」

「うわぁぁん‼︎」


 オリビアが怒鳴りつけるとサキュバス達は泣きながらその場を飛び去って行った。


「あらら、優しいんだか冷たいんだか」

「……はぁ…………あっ、そういえば……キャット、聞きたい事があるんだけど」

「なに?」

「あいつらはスキルで強くなったけど……マナを他人に分けるとマナの総量が増えたりする?」


 オリビアは彼女達の能力が向上したのを見て、カクタスのマナが増えた事を思い出し問いかけた。

 それに対してキャットは顎に手を添え考えると、首を振った。


「そんな話は聞いた事ないなー……実際俺もあの治療法で怪我を治してもらった事があるけど、マナの量は変わらなかった。オリビアちゃんのスキルとかじゃない?セコイアの王様は何か言ってなかった?」

「何も…………また聞いてみるわ」

「うん、それがいいよ。…………さて、勇者様達がお待ちのようだけど……大丈夫?」

「フンッ……別に大丈夫よ」


 オリビアが腕を組み不機嫌そうに眉を寄せると、キャットは笑ってテントへ戻って行った。



 ――――


「お、オリビアおかえり……」


「サキュバスには帰ってもらったわ。私のマナを渡す代わりに手を出さないように契約した」


「それって大丈夫なんですか……?」


「大した量じゃないから大丈夫よ」


「でもそれじゃあ嬢ちゃんが困るだろ……俺様が…………うぐっ‼︎」


「パキラさん少し黙ってください」


 四葉が脇腹をど突くとパキラはその場に蹲った。


「それと、魔族や魔王と戦う時は協力してくれるって」


「あの弱いやつらが協力って言ったって……」


「スキルのおかげで戦闘能力が上がったの。それなりに役に立つと思うわ、空も飛べるし。――ただこういつ奴がいるから同行は許さなかったけど」


 オリビアがパキラを睨み付けると、彼は指先をつんつんとさせしょんぼりとしてしまった――しかし、慰める者はいなかった。

 そして、兵士達にも状況を説明すると、サキュバス騒動は無事に幕を閉じた。



「オリビア……」

「なに?」

「お、怒ってる?」

「…………別に。男の人ならしょうがないんじゃない?」

「いや……あの……」

「………………このムッツリスケベ」

「なっ⁉︎違っ……‼︎あれはオリビアの姿をしてたから……‼︎いや……えっと、だから……‼︎」


 しかし、カクタスへの冷たい態度はしばらく続きそうだった。





 ――――


「生えてこないかな〜生えてこないかな〜」

「…………あんた何してるの」

「あっ!おはようございますオリビア様!」


 昨晩、オリビアはカクタスから離れて横になった。

 ひどく落ち込むカクタスをラークとデイジーが慰めたが、カクタスが元気を取り戻す事も、オリビアの機嫌が良くなる事もなく次の日を迎えた。

 

 そして、足の方で違和感を感じオリビアが目を覚ますと、足の間でニコニコと笑うチューと目が合った。


「何してんのかって聞いてんのよ‼︎」

「うぐぅ‼︎ぎ、ぎもぢぃ……」


 オリビアがチューの首を足で挟んで締め上げるとチューは顔を赤黒くしながらにやりと笑い、オリビアの声に目を覚ましたカクタス達がチューの姿を見つけると慌てて武器を取った。


「昨日のサキュバス‼︎」

「アンタ何しに来たのよ‼︎」

「オリビア様の……お役にだぢだぐで……」


 カクタス達がオリビアに視線を向けると、オリビアは眉を寄せ足を緩めてチューの頭を殴った。


「いたぁい‼︎」

「帰れって言ったでしょ!」

「何かあった時すぐに飛んで来られるよう、連絡役が必要だと思って……」

「そういえば、サキュバスのスキルに仲間同士で連絡が取れるのがあったわね…………」

「ということでお前達!あたいも同行するからしっかりお世話するように!」

「何勝手な事言ってんだお前は‼︎」

「ぎゃーっ‼︎」

「うおっ‼︎なんだ⁉︎サキュバス⁉︎」


 オリビアがチューをテントの外へ蹴り飛ばすと、外からパキラの声が聞こえ、表情を曇らせた。

 嫌な予感を感じながらオリビアがテントから出ると、チューに対して目を輝かせ手を擦り合わせるパキラの姿があった。


「少しだけ相手してもらうことって……」

「はぁ?」

「…………まったくこいつは……」

「どうしたんだアニキ……ってサキュバス⁉︎」


 兵士や他の仲間達も集まってくると、オリビアは頭を抱えた。

 早く追い返さなくては――オリビアがチューを睨みつけると、彼女は腕を組みパキラに向けて苛立った様子を見せていた。


「あたいはオリビア様から勇者や兵士達に手を出すなって言われてるの」

「そこをなんとか……!」

「パキラさん……」


「…………はぁ……」


 チューは飛び上がりパキラの肩の上で仁王立ちして見下ろすと不快そうに顔を歪ませた。


「オリビア様から契約解除されたらどうしてくれんの?」

「そしたら俺様が契約者になってやるぜ‼︎」

「こいつ欲に正直すぎない?」

「…………うちの勇者が……本当に恥ずかしい……」


 ジニアが顔を歪ませて俯くと、横にいたビンカも手で顔を覆って俯いた。


「オリビア様みたいに濃いのいっぱい出してくれるなら考えてやらなくもないけど、あんたには無理でしょ?」


「…………えっ⁉︎」


「は⁉︎」


「ちょっと‼︎語弊のある言い方しないでよ‼︎」


 チューはパキラの肩から降りるとオリビアにべったりとくっ付いてパキラに向かってべーっと舌を出した。


「あたいはオリビア様にずーーっと従って生きて行くって決めたの!」


「面倒見るのはあんた達が自立するまでって――」


「自立したらあたいと番になってくれる?」


「なんでそうなるのよ‼︎嫌よ‼︎」


「やだやだ‼︎オリビア様好みの男にだってなれるよ‼︎」


 チューは黒髪の爽やかな青年に変身すると唇を突き出してオリビアに顔を近付けた。


「中身がお前ならお断りなんだよ‼︎」

「ひ、ひどい‼︎」

「おい、元の姿に戻れ」


 カクタスがべったりとくっ付くチューに槍を突き付けると、チューは鼻を鳴らしてオリビアに擦り寄った。


「ムッツリ勇者がなんか怒ってるーこわーい!」

「む、ムッツリ……⁉︎黙れこいつ‼︎」

「チュー」

「はいオリビア様!……あっ」


 チューを睨み付けるオリビアの瞳には呆れと怒り、そして殺意が滲んでいる。

 震えながら祈るように手を組むと、チューは顔を青くしながら首を振った。


「オリビア様……許して……」


「なんでこう面倒をかけるのか……契約を解除してもいいのよ」


 オリビアが大きな溜息を吐くと、チューは肩を大きく震わせ、耐えきれず涙をぼろぼろと流してオリビアを見つめ懇願した。


「うぅ……オリビア様……捨てないで……」


「…………」


「ちょっとオリビア……アンタ魅了されてない?」


「は⁉︎ち、違うわよ‼︎分かったから早く元の姿に戻りなさい‼︎」

「……はーい……」


 チューは許しを得るとホッと息を吐いてゴシゴシと涙を拭い元の姿に戻った。

 オリビアはカクタスの視線を背中に感じながら咳払いするとチューの額を軽く指で弾いた。


「次その姿に変身したら許さないからね‼︎」

「怒られないようにこの姿にしたのにー……」


 チューはカクタスの方をちらりと見て不貞腐れたように口を尖らせるとオリビアは頭を掻いた。


「もう……」

「俺が追い払おうか?」


 カクタスが不機嫌そうに槍を構えると、チューは素早く空へと飛び上がりべーっと舌を出してカクタスを挑発した。

 それに対してカクタスが顔を引き攣らせるとオリビアは溜息を吐いて彼の肩を叩いた。


「私の側から離れないように言うから……同行させてもいい?」

「それが一番問題なんだよ」


 カクタスは露骨に顔を歪ませると、オリビアの手を取って首を振った。


「やっぱり始末しよう」

「カクタス落ち着いて……」

「オリビア様に触るなスケベ‼︎」

「チューもやめなさい……」

「せっかく蛇の魔族の情報持って来たのにな〜!オリビア様がそいつの手を離してくれないと忘れちゃうかもな〜!」

「蛇の?」


 オリビアがカクタスの手を離すと、彼はショックに固まった。

 そんなカクタスを見てチューはにやりと笑うとオリビアの手を取って話を始めた。


「オリビア様の役に立ちたくて見に行ったの!屋敷の中を覗いたらあいつ緑の頭の男の顔を見て泣いてた!」

「泣いてた?」


 緑の頭の男とは、恐らくローレルの事だ。

 彼を見て泣いていた、どういうことだろう――オリビアは口元に手を添え眉を寄せた。


「そんであの蛇の魔族の群れが屋敷の周りにいっぱい集まってて、えーっと……ゴブリンと、スライム、それとオーク……」

「オーク?オークがいたの?」

「うんいたよ!」

「どんなオークだった?神の石――色のついた石をぶら下げてた?」

「え?何もつけてなかったと思うよ?」

「そう……」


 チューの話を聞いてオリビアは眉を寄せた。

 村を襲ったモドキはカランコエの元主が関わっていると思ったが――


「まだ他にもいっぱいいたよ!肉食獣人とー、蛸の魚人とー」

「蛸の魚人?外にいたの?」


 カランコエが驚いて問いかけると、チューはむっとしながら口を閉じたが、オリビアに睨まれると彼女はそれに渋々答えた。


「うん……外で群れを指揮してたよ…………普通の蛸魚人と違って人間みたいな足が生えてた……」


「…………足が……うん、ダメだな」


 カランコエがぼそりと呟くと固まったまま動かないカクタスを触手でつんつんと突きながら言葉を続けた。


「俺の情報があまり当てにならなくなってきた。ゴブリンも改造されて姿が全然違ってたし……ローレルってやつも蠍の魔族の体を使って更に強化されてる…………俺の元主は蠍の魔族を相手にするより厄介になってる……」


 カランコエが面倒だなと体を傾けると、ふとチューに視線を向け手をポンっと叩いた。


「そうだ、こいつらの命って軽いよね?」


「おいお前!それあたいに言ってるのか!」


「蠍の魔族がいなくなって困ってるって言って、主の所に潜り込ませられない?」


「はー⁉︎死にに行けってのー⁉︎」


 カランコエの発言にチューが翼を大きく広げて怒りを露わにすると、オリビアが首を振った。


「それはできないわ」


「お、オリビア様……♡そうですよね!チューが危険な目に遭うのは……」


「チュー達が魔族の強化に使われたら面倒よ」


「ひどい‼︎」


「いや……能力が向上してる事を知らないから強化に使うより餌になる可能性の方が高いかも。……でも勇者を誘惑できるって売り込めばもしかしたら――」


「潜入させて敵の情報や蛇の魔族の正確な位置が分かれば制圧も少しは楽になるんじゃないです?」


「…………あんたの元主の屋敷はバークビートルに入ってすぐだったわよね?」


「うん」


 全員の視線がチューに向くと、彼女はオリビアと一緒にいたいからとここに残った事を少しだけ後悔した。

少し改稿しました。

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