ep.62 全員シメます
「……うぅ……」
「大丈夫か?」
「はぁ……っ、苦しい……」
「ほら、頑張って」
「いやぁ……優しくして……」
「…………オリビアの声ですよね……?」
「………………」
クフェアとイキシア、そしてアマリリスにサキュバスを頼み、オリビア達は勇者達のいるテントに向かうと――そこからオリビアの声と勇者達の声が聞こえて来た。
吐息混じりに話すオリビアと、どこか意味深に聞こえる勇者達の言葉にオリビアは顔を青くした後、怒りと羞恥心に顔を真っ赤にした。
「指入れてみます?」
「それならイけそうか?」
「じゃあ俺がやります」
「うっ……ぐ……!」
「ちょっと‼︎人の姿借りて何やってんのよ‼︎」
オリビアが我慢ならずテントの幕を開け怒鳴りつけると、そこには桶を抱え――
「オロロロロロ‼︎」
「おー出た出た」
「大丈夫?まだ気持ち悪い?」
「うぅっ……良くなった……ありがとう……」
嘔吐するオリビアの姿があった。
「…………いや……思ってたのと違うけど‼︎それでもやっぱり人の姿借りて何やってんのよ‼︎」
「あたい……一生の不覚……」
「……こっちは本物の嬢ちゃんか?」
「いや……またサキュバスの可能性も……」
「あんた達殴られたいの?」
「あっ!本物だ!」
パキラと四葉がホッとする様子、そしてカクタスがサキュバスの背中を優しく摩っている姿に、オリビアが拳を握り締め怒りを堪えていると、デイジーが慌てて状況を説明した。
「オリビアの姿で皆を誘惑しようとしてたみたいなんだけど……」
数分前――
「アンタ達しっかりしなさい‼︎」
カクタス達はすっかりサキュバスのフェロモンに当てられていた。
デイジーはその様子に焦りながら声をかけ続けたが、彼らにその声が届く事はなかった。
他の仲間達もフェロモンでくらくらとしているのを見て、デイジーは呆れて溜息を吐くと拳を握り構えた。
「ホントだらしないわねぇ‼︎」
「あっは!あんた1人で何ができるわけぇ?こいつらはもうあたいのフェロモンで奴隷も同然なんだよ!」
オリビアはニヤリと笑ってカクタスの顎を掴んでデイジーの方へ向けさせると、耳元に口を寄せた。
「あいつを殺――」
「……?」
耳元で囁くように命令しようとした所でサキュバスは何かに気付き硬直した。
デイジーが怪訝な目を向けると、サキュバスは表情をぱぁっと輝かせてカクタスを突き飛ばして駆け出した。
「ご飯だー‼︎」
「へ……?」
サキュバスはもしもの為にと用意された牛乳に飛びつき、ゴクゴクと慌てた様子でそれを飲み始めた。
どれだけ飢えていたのか――人数分用意された牛乳を目を見開いて次々と口に流し込むサキュバスに、デイジーは呆気に取られた。
「…………ハッ‼︎勇者様‼︎しっかりして‼︎」
そしてすぐに我に返ると慌ててフェロモンに意識を朦朧とさせる勇者達に声をかけた。
若干フェロモンに当てられていたビンカ達もデイジーの声にハッとして、慌てて勇者達を揺すったり叩いたりして意識を戻させると――正気に戻った彼らは牛乳をひたすら飲み続けるサキュバスに視線を向けた。
「…………サキュバス、ですよね?」
「お前!よくも嬢ちゃんに化けて俺様達を…………おい!話を聞け‼︎」
「これはあたいのだよ‼︎久々のご飯‼︎」
サキュバスはパキラの為に用意された樽いっぱいの牛乳を慌てて飲み干し満足げに息を吐くと、口の周りに牛乳をつけたまま勇者達の方を向いた。
「ケフッ……用意しておくなんて気が効くね!だけど――あれ?……これ、もしかして“アレ”じゃない……?」
サキュバスは全て飲み干した後に、それが自分が欲していた物とは違う事に気付くと顔を青くした。
「…………気持ち悪い……」
「へ?」
「うぅ……飲み過ぎて気持ち悪い…………」
「……そりゃ……それだけ飲めば、ね……」
「うっ……うぅっ……お腹はいっぱいなのに満たされない…………うっぷ……気持ち悪いよぉ……騙すなんてひどいよ……」
「おいおい!嬢ちゃんの顔で泣くんじゃない!」
サキュバスはボロボロと涙を流してその場に蹲ってしまった。
オリビアの姿をしているからか、彼らはその姿にひどい罪悪感に襲われ――ついに耐えきれなくなったカクタスが空の桶を手に取りサキュバスに手渡した。
「とりあえず吐きそうならこれに……」
「背中摩ってぇ……」
「…………」
「お願い……」
苦しそうに泣くサキュバスがカクタスを見上げると、カクタスはその顔になんとも言えない気持ちになりながらそっと背中を摩った。
「ちょっと勇者様!アンタ魅了されちゃってるじゃない!」
「うっ……」
「勇者様がやらないならアタシがそいつを処理するわ!」
「うぅっ……このお姉さん怖いよぉ……」
「お、お姉さん……⁉︎」
サキュバスの言葉にデイジーは握っていた拳を開いて口元に持っていき、もう一度「お姉さん……」と呟き感動の表情を浮かべた。
「おい!お前まで魅了されてどうする!勇者様こいつは危険です!」
「そうだぜ!」
「ひっく…………うわぁぁん……」
「ちょ……!」
「オリビア殿の姿でそんなに泣かないでくれ……!」
「と、とりあえず泣き止んで……!」
まるで子供のように泣き出したサキュバスにその場にいた者達は困惑し、慌てて彼女を宥めた。
サキュバスは少し落ち着いて桶を抱き締めながら鼻を啜ると、吐き気に唸り声を上げた。
「…………吐けば少しは楽になると思うけど……」
「うぅ……吐き気はあるのに出てこない……」
「とりあえず頑張って吐いてもらって……」
「……うぅ……」
「大丈夫か?」
「はぁ……っ、苦しい……」
「ほら、頑張って」
「いやぁ……優しくして……」
「(吐き出させる為に)指入れてみます?」
「それならイけそうか?」
「じゃあ俺がやります」
「うっ……ぐ……!」
――そして冒頭のやり取りへと繋がった。
その話を聞いてリリーとイベリス、そしてフォティニアは冷たい視線を男性陣に送った。
男性陣はそれに焦り慌てて弁解しようとすると、リリーがそれを遮るように口を開いた。
「なんでオリビアの姿になったわけ?」
「それは――」
「別に聞かなくてもいいんじゃないかな⁉︎」
「赤髪の勇者は黙ってて。四葉もオリビアが魅力的だって感じてるわけ?だからその姿なの?」
「俺っ⁉︎ちょ、違……‼︎」
「えっと……青と黒の勇者はエロければなんでも良さそうだったから……赤の勇者の…………」
「四葉くん‼︎パキラさん‼︎あなた達節操がなさ過ぎますよ‼︎」
「カクタスさん…………」
必死でサキュバスの言葉を遮るカクタスに、2人の勇者はじとりと目を細めると、オリビアはカクタスを静かに睨み付けた。
「お、オリビア……?」
「自分も魅了されてた癖に説教できる立場?」
「ち、違…………」
「あはっ!こいつ青と黒の勇者よりも早くフェロモンにやられてたぞ!」
「黙れ‼︎」
カクタスは慌ててサキュバスを怒鳴りつけた。そして、恐る恐るオリビアの方を見ると、彼女は額に青筋を立てて怒りに身を震わせていた。
「あー……取り込み中悪いが……少しいいか?」
そのタイミングでジニアが様子を見にテントへやって来ると、空気の悪さに冷や汗をかきながら勇者達に事情を話し、サキュバス達と話し合う事になった。
「男だ!」
「ご飯!」
「あんた達フェロモン撒き散らしたら殺すわよ」
オリビアがサキュバス達を睨み付けると、彼女達は口を閉じて縮こまり、オリビアの姿をしていたサキュバスは変身を解いてグスグスと鼻を鳴らしながら仲間の元へと逃げて行った。
「チュー!失敗したのか⁉︎」
「ごめぇん‼︎あいつら偽物用意してあたいを騙したんだ‼︎」
「ひどい‼︎お前ら本当にヴァイスの人間なのか⁉︎この卑怯者め‼︎」
「あんた達には言われたくないわよ‼︎」
「四葉達をフェロモンで惑わせて交渉しようとしたって事でいいー?」
クフェアが矢の先を研ぎながら問いかけると、サキュバス達は恐怖に震えながら小さく頷いた。
「こ、殺すつもりはなくて…………ラスト様の代わりにご飯を提供していただけたらなーって……」
「交渉決裂ね、あんた達のせいで」
「そんなー‼︎うちら飢え死にしちまうよー‼︎」
「だーかーらー‼︎他の魔族のとこ行け‼︎」
「弱っちい奴らのはおいしくないんだもん‼︎」
「そんなのこっちは関係ないですわ‼︎」
リリーとアマリリスにコテンパンにやられるサキュバス達にカクタス達は若干の同情心が湧いたが、オリビアに怯えて何も言えずに視線を逸らした。
「勇者のちょうだいよー‼︎毎食じゃなくてもいいからさー‼︎」
「そうだそうだー‼︎責任取れよー‼︎」
「赤の勇者〜‼︎お願いだよ〜‼︎」
「な、なんで俺に言うんだよ……!」
「あいつ優しいから押せばイケるよ‼︎」
「よしきた‼︎シュバルツじゃ弱い者は扱いがひどいんだ……弱い奴は強い奴に従うしか生きていく手段がない……ラスト様って後ろ盾がなくなっちまったうちらの末路は…………ううっ……!お前らはヴァイスの中で1番強いんだろ⁉︎うちらを助けてくれよ〜っ‼︎」
「……カランコエ」
「うん、シュバルツでは当たり前だから」
「そんなん知らないよ‼︎てか何⁉︎同情してんの⁉︎」
「リリー落ち着いて……」
「赤髪の勇者甘過ぎない⁉︎ねぇ、オリビ………………」
リリーがオリビアの方を振り向くと、その表情に思わず口をぎゅっと閉じた。
「ほらね!赤の勇者は押しに弱いでしょ!もっと押せばなんとかしてくれそう!」
「ホントだね!チョロいチョロい!」
「あたいが吐きそうになってる時も敵だって分かってるのに介抱してくれたんだよ〜!」
「吐きそうに……えっ?なに?どういう事?」
「それにたぶんあいつ勇者の中で1番スケベだよ!フェロモンすごい効いてたもん!契約するならあいつがいいよ!頑張って泣き落とそう!」
「…………チュー……あの……」
「ラスト様に比べたらちょっと大人しそうだけどアッチの方はもしかしたら――」
「……チュー……後ろ……」
「んもうなに?…………ヒッ」
チューと呼ばれるサキュバスの後ろには、オリビアが静かに立っていた。
「あ……あの……」
「…………」
――この女はここにいる誰よりも、強い。
その場にいるサキュバス達は瞬時に理解した。
サキュバス達は放たれる殺気に冷や汗を垂らしながら慌てて頭を下げた。
「……あ、あなた様が……この群れの王、ですか……?」
「…………」
「ご、ご無礼をお許しください…………我々は――」
「全員テントに戻っててくれる?」
「オリビア……?」
オリビアは種にマナを流して鞭のようにすると強く地面を叩いた。
その場にいた全員がビクッと肩を跳ねさせるとオリビアは静かに言葉を続けた。
「こいつらと少し話がある」
「で、でも……」
「聞こえなかった?テントに戻ってろって言ったんだけど」
どこか口調も違うオリビアに、カクタス達は顔を青くすると、怯えた顔で首を振るサキュバス達を置いて静かにテントへ移動した。
「あ、あの……」
「お前らが何に手を出したのか……教える必要がある」
オリビアはビシッと音を立たせて鞭を横に引っ張るとサキュバス達を冷たい目で見下ろした。
「…………特にそこのお前」
「あ、あたいですか……?」
「名前は?」
「ちゅ、チュー……チューベローズと申します……」
オリビアは鞭でチューの顎を持ち上げると顔を近付けて目を細めた。
「誰に手を出したのか……わかってる?」
「ヒッ……ご、ごめんなさ…………」
「チューを差し出しますので命だけは‼︎」
「えっ⁉︎ちょっと‼︎裏切り者‼︎」
オリビアはビシッと大きな音を立てて鞭を地面に叩きつけると強く怒りの滲んだ顔で彼女達を睨みつけ声を荒げた。
「全員シメるに決まってるだろ‼︎」
「イヤァーーッ‼︎」
サキュバス達の叫び声と共に鞭の音が響くと、カクタス達は体を震わせてオリビアの怒りが鎮まるのを待った。
――――
「あの……オリビアちゃん?」
「キャット?どうしたの?」
「オリビアちゃんだと⁉︎様をつけろよ無礼者‼︎」
カクタス達がテントに篭っている間、キャットはこっそりとテントから抜け出してオリビアの元に向かった。
そこには何故か顔を赤くしてオリビアにくっ付くサキュバス達の姿があった。
「えーっと……サキュバス達に困ってるなら手を貸そうと思ったんだけど…………」
「オリビア様ぁ!変なオスが変な事言ってます!」
「黙ってて。男はサキュバスを相手にしない方がいいんじゃない?」
「そうだそうだ‼︎お前の…………ヒック!」
変身しようとしたチューにキャットは素早く刃を向けた。
オリビアが驚いてキャットを見ると、彼は珍しく表情に強い怒りの感情を滲ませていた。
「変身したら殺す」
「ひゃ、ひゃい…………」
「キャット……?」
「…………あははっ、俺の好みの小柄で愛らしい女の子に変身されたら困るから、びっくりさせてごめんね〜」
キャットが武器をしまうとチューは震えながらオリビアにしがみ付いた。
そして、小さな声で「嘘つき」と呟くと、キャットは静かに彼女を睨み付けた。
先程のキャットの表情と合わせて、チューの変身しようとした姿が気になったが、それは触れてはいけない事なのだろうとオリビアは話題を変えた。
「…………とりあえずよく分からないけど大人しくはなったわ。これからどうするかってとこだけど……」
「オリビア様お腹空いたぁ……」
「どこ触ってんのよ‼︎」
「オリビア様ホントについてないの?」
「殴るよ」
「やった!……あっ、間違えた……お許しください!」
「…………サキュバスは戦闘能力の低さから、劣悪な環境でも耐えられるように多少マゾヒストな所があるって聞いた事があるけど……オリビアちゃん何したの……」
「ちょっと脅しただけよ」
「そ、そう……とりあえず提案できるのは2つ。1つはオリビアちゃんに懐いてるみたいだし契約してしばらくは兵士達や勇者様からご飯を――」
「…………」
「ご、ごめんなさい‼︎冗談です‼︎」
キャットはオリビアが一瞬見せた表情に顔を青くしながら慌てて謝罪すると、すぐにもう1つの案を上げた。
「こいつらにオリビアちゃんのマナを分けてあげる」
「マナを?…………そういえばカランコエがオスの生命力やマナを搾り取るって言ってたけど……私女よ?」
「でもマナはマナだろ、一度ぐらい試してみてもいいでしょ」
「マナは薄いからやだ〜!」
「ちょっと黙って。それに定期的にこいつらにマナを分けるとして、こっちになんのメリットもないじゃない」
「下のお世話なら……」
「黙ってろって言ってんだろ‼︎」
「は、はぁい……♡」
怒鳴りつけられ顔を赤くしてゾクゾクと体を震わせるサキュバス達にオリビアは顔を引き攣らせた。それを見たキャットはうーんと唸ると、指先でとんとんと顎を叩きながら口を開いた。
「確かにねー……今ここで全員始末しちゃった方が――」
「やだやだー‼︎お願いオリビア様‼︎もう赤の勇者に手は出さないしなんでも言うこと聞くから‼︎」
「マナで我慢します‼︎」
「靴舐めます‼︎」
「あーもう‼︎」
必死に縋ってくるサキュバス達にオリビアは頭をガシガシと掻くと、キャットに視線を向けた。
「マナを分けるってどうすればいいの?」
「接吻とか……」
「ヒッ……却下よ‼︎」
キャットの言葉を聞いて唇を突き出すサキュバス達をオリビアは強く拒否すると、キャットはおかしそうに笑って風属性魔法を使って宙に浮いた。
「オリビアちゃん水属性魔法使えるでしょ?水属性魔法で集めた水は普通の水と違ってマナを含んでるからそれを飲ませてやればいい。サキュバスならそれでマナを摂取できるはずだ」
「え〜‼︎もっと薄そう‼︎オリビア様チューとチューしよ‼︎」
「うるさい‼︎」
口を尖らせ顔を近付けるチューに向かってオリビアが水属性魔法を放つと、チューは白目を剥いて倒れた。
少し改稿しました。




