ep.64 彼を勇者にしたのは
潜入作戦を必死に拒否するチューだったが、オリビアが成功すれば報酬を払うと言うと――チューは一転、目を輝かせて頷いた。
しかし、今度はそれを聞いたカクタスが突然サキュバスの協力を却下すると、オリビアはサキュバス達は独自の連絡スキルを持っている事と、チューに関しては隠密スキルがある事を伝え必死にカクタスを説得した。
不服そうにしていたが、彼は渋々了承するとオリビアはホッと息を吐いた。
「(つ、疲れる……)」
「あの〜報酬って……」
「……何がいいの」
「…………き、キスとか……?」
「絶対ダメだ」
「黙れムッツリスケベ‼︎」
「うるさい‼︎」
「ほっぺでいいなら」
「えっ⁉︎や、やったー‼︎」
「(いいんだ……)」
チューは飛び跳ねて喜び、翼を広げて宙へ浮いた。
「皆を連れて戻って来ますね‼︎オリビア様……寂しいと思うけど……」
「じゃあね」
「うぅっ……冷たい……」
チューはがっくしと肩を落とすと飛び去って行った。
それを見送るとカクタスが不服そうにこちらを見ている事に気付き、オリビアは頬を掻いて苦笑を浮かべた。
その後の会議にはオリビアも参加した。
現在の状況と潜入作戦の詳細をヘリーを通してカトレアや各王に報告し、蛇の上級魔族との戦いに向けて兵士や勇者達、そしてサキュバス部隊の立ち回りに関する話、
そして必要な物資、兵力、拠点に滞在する期間などを話し合い、会議が終了するとすっかり外は暗くなっていた。
「オリビア様〜!」
「うっ……ってなんだ……あんたか……」
「ちょっと手伝っていただきたい事がありましてー」
“オリビア様”呼びにサキュバス達を思い出して顔を歪ませながら振り返ると、声をかけて来たのはキャットだった。
不思議そうに首を傾げるキャットに、オリビアは「なんでもない」と首を振って後ろをついて行こうとすると、突然ローブを引かれた。
「……カクタス?」
ローブを掴んでいたのはカクタスだった。
カクタスは困惑するオリビアを見た後、キャットに視線を向けて眉を寄せた。
「それ、オリビアじゃないとダメですか?」
「へ?」
不機嫌そうにするカクタスに、キャットは困惑の声を上げた。
そして気まずそうに頭を掻いて頷くとオリビアの方をチラリと見た。
「できればオリビア様に来ていただけると……」
「すぐ戻るから」
「…………」
不貞腐れるカクタスに、オリビアとキャットは顔を見合わせて悩んでいると、その様子を見ていたパキラがキャットの肩に腕を回してにっこり笑った。
「なんだなんだ?手伝いなら俺様がしてやるよ!」
「えっ⁉︎は、はは……えーっと……」
「ちょっと……!」
「ええい‼︎空気を読めん奴らめ‼︎」
怒鳴り声が響くと、カクタス達の動きが止まった。
それだけではない。
オリビアの目の前で落ち葉が地面に落ちず静止しているのを見て、彼女は慌てて声のした方へ視線を向けた。
「まったく……」
「……シオン……‼︎」
幼い姿をしたシオンが苛立った様子を見せながらやって来ると静止するパキラやカクタスを軽く蹴った。
そんなシオンをオリビアは強く抱き締めるとぎゅっと目を閉じて、安堵の息を吐いた。
「よかった……!」
オリビアが涙を滲ませると、シオンは彼女を抱き返して頭を撫でた。
「それはこっちのセリフじゃ…………無事でよかった…………すまなかったな……」
「シオンのお陰で私はなんともない……謝るのは私の方よ…………ごめん……それから、ありがとう…………もう大丈夫なの……?」
「まだ少しふらつきはするが平気じゃ」
「会いたいって言うから呼びに来たんだけど、サキュバスのせいで勇者様ご機嫌ナナメだったねー」
「サキュバスじゃと⁉︎」
「えーっと、色々あって……」
「……話してくれ」
オリビアはシオンが眠っている間に起きた事、そしてそのまま会議の内容を話すと、シオンは情報量の多さに額を押さえ静かに首を振った。
「サキュバス達に借りを作るなんて……」
「……少しでも情報を得たくて…………シオンに、もう力を使わせたくなかったから」
ぐったりとするシオンを思い出したオリビアは眉を寄せて首を振った。
シオンはそんなオリビアの様子を見て申し訳なさを感じながら拳を握った。
「いいや…………何かあれば僕は次も力を使うからな」
「まったく似た者同士だねー……最後の手段ってことで、とりあえずサキュバス達に頑張ってもらおーか」
「餌にならなきゃいいけど」
「オリビア、サキュバスに変な要求をされたら言え。僕が殴ってやる」
「今のサキュバス達はオリビアちゃんのおかげでだいぶ強いから、逆におじいちゃんが怪我する事になるからやめときな〜」
「なんじゃと⁉︎」
シオンがキャットをバシバシと叩き始めると、オリビアは久しぶりに見るその光景に、笑みと同時に涙を溢れさせると、シオンは眉を下げてオリビアを抱き締めた。
「心配をかけてすまない……」
「……おじいちゃん、時を止める力も今はあまり長く使わない方がいい」
「そうじゃな……オリビア、僕の事は気にしなくていい。じゃから無理はしないでくれよ」
「私のセリフよ」
「ふっ……またな」
オリビアが涙を拭うと、シオンの姿は消えてカクタス達が動き出した。
キャットが「では青髪の勇者に手伝ってもらいますー」とパキラを連れて行くと、オリビアは笑みを浮かべてそれを見送った。
「オリビア、泣いてる……?」
「へ?……ああ、気にしないで」
「ごめん……」
「なんでカクタスが謝るのよ……カクタスのせいじゃないわ」
まつ毛が濡れている事に気付いたカクタスが問いかけると、オリビアは慌てて首を振って笑みを見せた。
カクタスはその笑顔に嫉妬の感情が引いていき、情けなさに頭を掻いた。
「それで?さっきはどうしたのよ」
「いや…………しばらくは拠点で休む事になったし……オリビアと過ごしたいなと思って……色々誤解させたから、挽回のチャンスをもらえればと…………」
「誤解?…………ああ……」
笑顔を消してじとりと見るオリビアに、カクタスは余計な事を言ってしまったと眉を下げた。
その様子にオリビアはおかしそうに笑い出すと、カクタスの背中をぽんぽんと叩いた。
「あの時はあんな態度取ってごめんね」
「そんな……俺が悪かったんだし…………」
「カクタスは悪くないわよ。カクタスがムッツリなのは知ってたのに、ムカついてつい……ごめんね」
「えっ⁉︎いや、俺ムッツリじゃ…………」
「カクタスはムッツリでしょ」
「違……」
「大丈夫」
「ちょ、待って……!もしかしてまだ怒ってる⁉︎」
「あははっ、怒ってないわよ」
オリビアは逃げるように走り出すと、カクタスはサキュバス達に対して怒りを募らせながら、慌てて後を追いかけた。
夕食時――
久しぶりのまともな食事に兵士達の表情に活気が戻っていた。
それはもちろんオリビア達も同じで、温かいスープに肉や魚、パン等が配られると笑みが溢れた。
そして風呂を済ませてテントに戻ると、中にはマットが運び込まれており、フォティニアは瞳に涙を溜めて喜んだ。
「久しぶりに熟睡できそうです!」
「フォティニアはいっつも涎垂らして熟睡だったじゃん」
「失礼ですね‼︎」
「新しい兵士達が来てくれたお陰で見張りをしなくていいのは本当に有難いな」
「久々にお風呂にも浸かれて最高だわ〜!」
オリビアがフォティニアとデイジーの髪を乾かしてやると、フォティニアは早々にマットに横になり眠ってしまった。
そんな彼女の姿に苦笑を浮かべていると、カクタスが手招きしているのに気付いた。
「髪乾かすから待って」と言うとカクタスは首を振って笑った。
「乾かしてあげるからおいで」
「へ?」
「あらあら、仲直りしたみたいで安心したわ♡甘えてきなさい♡」
背中を押されてカクタスの前に座ると、彼は嬉しそうに笑ってタオルでオリビアの髪を拭いた。
「…………オリビアお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「イヤリング外してって言ったら困る?」
「別に困りはしないけど……」
オリビアは不思議そうに首を傾げてイヤリングを外すと、髪は本来の髪色である緑に戻った。
木々の葉を思い起こすようなその髪にカクタスが指を通すと、オリビアは少し気恥ずかしそうにした。
「オリビアのその髪色久々に見たわね〜」
「ずっとイヤリングつけてたから、自分でも久しぶりに見たわ。……変なの、この色に違和感を感じてるわ」
オリビアが苦笑を浮かべて自分の髪を見ると、カクタスの風属性魔法が彼女の髪を靡かせた。
人に髪を乾かしてもらった事はあっただろうか――この世界では初めてかもしれない。
髪を撫でる風とカクタスの手にオリビアが心地よさを感じて目を伏せると、風に乗ってカクタスの声が聞こえた気がして振り向いた。
「今何か言った?」
「ん?何が?」
「(気のせい?)」
「はい、乾いたよ」
髪が短いせいで思っていたよりも早く終わってしまった。
オリビアは少し残念に思いながらカクタスにお礼を言ってイヤリングをしようとすると、デイジーが声をかけた。
「もうつけちゃうの?」
「えっ……うん……」
「アタシ達は知ってるんだし、今日はそのままでいたら?」
「でも誰か来たりしたら……」
「よほど大丈夫だと思うけど……それにもう寝るから灯りも消すし見えないよ」
「そう?」
オリビアは久しぶりの髪色に落ち着かない様子を見せながらカクタスの影に隠れるように側に寄ると、カクタスが笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。
「落ち着かないなら隅のマット使いなよ。入り口からは気付かれにくいと思うし……いいですよね?」
「ええ、フォティニアとカランコエはこっちで寝てるしアタシとラークは別にどこでも平気よ」
「はい、好きなところを使ってください」
「ありがとう」
オリビアは隅のマットに座ると自分の髪を摘んで指に絡ませた。
――先程カクタスは知らない顔をしていたが、風に乗って聞こえて来た声は「綺麗だ」と言っていたような気がした。
ちらりおカクタスの方を見ると、灯りを消そうとランタンの近くにいた。
「明日の事は気にせずゆっくり休んでください。ここを出たらしばらくはゆっくりできないと思うので」
「そうね〜しっかり休まないと……」
「勇者様もゆっくり体を休めてください」
「ありがとうございます、じゃあ火を消しますね」
「ふぁ〜……お休みなさ〜い」
「また明日」
「おやすみ」
カクタスが火を消すとテントの中は静かになった。
オリビアは周りから寝息が聞こえて来るとアームカバーを外して右手を見つめた。
緑の髪と神の石を持つマナエルフ。
魔族ではなく、人間に多くの命を奪われた種族。
全てが終わっても、マナエルフである事を隠して生きていかなければならない。
それはオリビア1人なら問題ない。
でももし――
「オリビア?」
「‼︎」
後ろからカクタスに声をかけられ、オリビアは慌てて腕を隠して振り返った。
テントの中は暗く――はっきりと表情は見えないが、焦るオリビアの様子にカクタスはどこか困惑しているように感じた。
――腕の痣を見られたかもしれない。
心配をかける事もそうだが、痣を見てカクタスが引いてしまうのではないかと、オリビアは不安を顔に滲ませた。
「大丈夫?」
「な、なにが……?」
「いや……眠れないのかなって……」
「あ、ああ……落ち着かなくて……」
見られていない――
オリビアはホッと息を吐くと慌ててアームカバーを付け直した。
「……近くに行ってもいい?」
そんな彼女の様子が気になったのか、カクタスは起き上がると静かに問いかけた。
「いいけど……どうしたのよ?」
「寝かしつけてあげようと思って」
「ちょっと、私は子供じゃないのよ」
「あはは」
カクタスはオリビアの近くに寄ると、優しく頭を撫で笑みを浮かべた。
「…………髪色、変じゃない?」
「え?」
「初めて会った時からずっと茶髪だったでしょ?違和感、感じるよね……」
「ううん、綺麗だよ」
「……さっきも綺麗って言った?」
「あれ……聞こえてた?」
カクタスが照れ臭そうに笑うと、オリビアは釣られて笑みを溢した。
「茶髪のオリビアも緑髪のオリビアも、どっちも綺麗だよ。けど――」
「……なに?」
「うーん…………こうやって言うと、あれなんだけど……」
カクタスが自身の髪を前に持って来ると、オリビアの髪に重ね目を細めた。
「オリビアの緑色の髪は……花を支える茎や、葉みたいで…… 俺は緑髪の方が好きだ。
オリビアはそれと同じように、俺を支えてくれて、力をくれる。
俺がこうして咲いていられるのはオリビアのお陰だ……」
カクタスはオリビアを見つめ、優しく笑みを浮かべた。
「オリビアが俺を勇者にしてくれたんだ」
優しく囁かれたその言葉に胸が熱くなると、オリビアは思わず口元を押さえた。
カクタスはオリビアの様子に「やっぱり茎はワードチョイスが悪かったか」と苦笑を浮かべると、オリビアは静かに首を振った。
「ふふっ……大丈夫、私には褒め言葉よ。……でも困ったわね、私が我慢できなくなりそうだわ」
「どういうこと?」
「早くこの戦いを終わらせたいってこと」
オリビアが恥ずかしさを隠すように毛布を被ると、カクタスはその言葉に堪らず笑みを浮かべて彼女を抱き締めた。
「頑張るよ」
「私も頑張る」
カクタスはオリビアの背中を優しくぽんぽんと叩くとゆっくりと目を閉じた。
「(待つ必要ありますか……?)」
そして起きていたラークが2人の会話を聞いて、“もう恋人も同然じゃないか”と悶々としている事を知らずに2人は眠りに落ちた。
――――
次の日
ゆっくりと眠れたオリビア達は体を動かしつつ、久しぶりの休息を穏やかに過ごした。
チューの影響か、カクタスは常にオリビアの側にいた。
オリビアはそれを特に気にせずに過ごしていたが、パキラはどこか不服そうだった。
「嬢ちゃん、俺様の果物分けてやろーか?」
「ごますったってサキュバスに交渉はしないわよ」
「違う違う!あれはジョーク!俺様は嬢ちゃん一筋だぜ!」
「あんなに必死になってお願いしてたやつのセリフとは思えないわね」
「くっ……おのれサキュバス……フェロモンで俺様を誑かしやがって……」
「アニキ……俺恥ずかしいよ……」
シネラリアがパキラを見てぽつりと呟くと、ビンカやジェンシャンが同意するように小さく頷いた。
それに怒って彼らを追いかけるパキラの姿にカクタスとオリビアは苦笑を浮かべた。
「元気だね」
「そうね……」
バークビートルに行けばこんなやり取りも難しくなる。
パキラに呆れつつも、オリビアは先の事を考えて静かに目を伏せた。
「オリビアさん!」
少し改稿しました。




