ep.6
「神と呼ばれる存在が、哀れな魂に一つの世界を与えた。
世界を与えられた魂は
空を、海を、大地を、
そして命あるものたちを創り出した
時を流し、生まれしものに生と死を与え、
変わりゆく世界を静かに見守っていた。
その魂は人間という存在を、特に愛した。
その魂は世界を広げ、さまざまな人間を創り出し見守った。
時には支え合い、争い、笑い合い、憎しみ合う
そんな人間たちの感情に触れ続けるうちにその魂は染まり、そして心が二つに分かたれた。
弱き者を愛する白き心と
強き者を愛する黒き心
やがて人間たちの感情が豊かになり、世界がより複雑に満ちていくと、
二つの心も力を増し、心だけではなく体も、そして世界までもが二つに分かれた。
共に支え合い生きる者たちの地、白の大陸
力ある者が全てを支配する地、黒の大陸
白き心と黒き心は、それぞれの世界を愛し、成長を見守った。
――それから多くの時間が経った時、
二つに分かれた心は、ふと思い出した。
"この世界は私のモノなのに、なぜ私の世界は半分だけなのだろう"
二つの心は再び一つに戻る事を望んだ。
しかし、
白き心が望んだのは"愛と共存の世界"
黒き心が望んだのは"闘争と支配の世界"
二つの心が望む世界は、対極であった。
悩み抜いた末に、二つの心は決めた。
この世界の在り方を"我が子たち"に決めさせよう
白き心は、白き女神と名乗り四人の人間に加護を与え、その者達を勇者と名乗らせた。
黒き心は、黒き神と名乗り一つの卵に力を注ぎ、生まれた人間に魔王と名を与えた。
勇者は支え合い、思いやる心を力に変えた。
魔王は倒した者の血を、己の力に変えた。
勇者と魔王は互いが望む世界の為に戦った。
血が足りぬ――
魔王は敗れた。
勇者は勝利に剣を掲げた。
―――しかし黒き神は狡猾であった。
魔王を卵へと還し、百年の眠りにつかせた。
戦いは決着を見ぬまま、終わりを迎えた。
白き神は、黒き神を"卑怯者"と罵った。
だが、黒き神が耳を傾けることはなかった。
この結末は幾度と繰り返され……あら…」
「……眠ってしまいましたね」
「……」
「シスター?どうしました?」
「鐘の音が…」
「……始まってしまったのですね…」
―――――
あれからオリビアは、毎日をほぼ鍛練に費やした。
最初の課題は基礎体力の向上
(「もうできないだと?面白い冗談だ、まだ意識があるだろう」)
(「はぁ…、はぁ…そんな…」)
体力がつけばそれにプラスして、神の石のマナを使わず自分自身のマナで魔法を使い、マナの総量を増やす訓練
(「はぁっ!…あれ?」)
(「……」)
(「待って!待ってください!待っ……イヤーッ‼︎」)
それができるようになれば繊細なコントロールができるまで鍛えられ
(「滝壺に落ちる前に全て撃ち落とせ」)
(「ゴボボボボッ‼︎」)
(「何を言っているのかわからん」)
(「ゴボッ‼︎ゴボボッ‼︎」)
そして加護や魔法を使わず、ほぼ一方的な手合わせをさせられ
(「こ、殺される…‼︎」)
(「まだ余裕そうだな」)
ある程度カトレアの動きについていけるようになると、今度は加護の力も使って
(「神の石を見るにまだやれそうだな」)
(「む、り……」)
(「無理と思ってからが本番だ。安心しろ、殺しはせん」)
(「助け……」)
そしてそれらと並行して、神の目の訓練も行われた。
(「見えた!ロータスさんは風と……あれ?さっきまで見えてたのに…!」)
(「まだ追い込みが足りないか…」)
(「さっきまで‼︎さっきまで見えてたんです‼︎いやですやめてくださいお願いしま……」)
――ようやく理解した。
騎士達のオリビアを見るあの憐れみに満ちた視線の理由を。
師してのカトレアは、想像を絶するほど容赦がなかった。
ロータスとの座学の時間が唯一の安息となる程に…
しかし、強くなると決意したオリビアは、不満を口にする事はあっても決して逃げなかった。
痛み、恐怖、悔しさ、全てを糧にして、がむしゃらに走り続けた。
ただ、彼女が求める"強さ"を手に入れる為に―――
カトレアの訓練とオリビアの魔法の才能、
そしてなにより神の石が持つ圧倒的なマナ量――
それらが合わさり、彼女は魔法大国セコイアの中でも飛び抜けて優秀な魔法使いへと成長していた。
そして
「よし、そろそろ師匠の所に行くか」
オリビアは19歳になった。
身長が伸び、顔付きも少し大人びた。
「あら、オリビアおはよう」
「おはよう!」
あれから3年が経ち、最初はオリビアに冷たかった城の人たちとも打ち解けることができた。
フードから髪が覗かぬように気を付けながら玉座の間へと急ぐ。
扉の前には厳格な雰囲気の女性…執事のウメが立っていた。
ウメは廊下を駆けてきた彼女に気付くと、眉間を押さえて首を横に振った。
「オリビアさん、はしたないですよ」
「あはは…すみません…師匠はいますか?」
「陛下と呼びなさいと何度も……ゴホン、先程からお待ちですよ」
「ありがとうございます!」
ウメが玉座の間の扉を開けると、相変わらず王というにはそぐわない格好をしたカトレアの姿が目に入った。
カトレアは自身の美しい体が隠れるドレスを好まなかった。
大きく露出された胸元と足には、女性であるオリビアでも目のやり場に困った。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「イイエ」
「ふっ…オリビアよ、朝早くから悪かったな」
「大丈夫です。今日は早めに鍛練ですか?」
「鍛練ではない。…悪い知らせといい知らせがあるが、どちらから聞きたい?」
「……悪い方からで」
だろうなと笑うカトレアと深刻に表情を曇らせているロータス。玉座の間に集まった騎士達からもピリついた空気を感じ取ると、オリビアは眉を寄せた。
そして、カトレアは少し間を置いてから口を開いた。
「魔王が復活した」
―――そろそろだとは思っていた。
しかし、いざその時が来ると緊張と共に背筋に嫌な汗が滲む。
「鍛練に集中させる為に黙っていたが――
二ヶ月前にはすでに復活していた。
それに関係してか、ここ数日魔族による襲撃や略奪の報告が相次いでいる。そしてその中にはオーク…モドキの集団を見たという情報もある」
「…!」
「しかし、魔王が復活した事で勇者も現れた。
明後日、3人の勇者とその仲間達がこのセコイアに到着予定だ。
魔法大国であるセコイアには魔法に関する機関が多い。優秀な魔法使いを何人か紹介してほしいとの要請があった」
「それって…」
「オリビア、お前の成長は私の想像を遥かに超えていた。今のセコイアに、お前以上の魔法使いはいないだろう」
「師匠…」
カトレアの言葉に胸がじんわりと熱くなる。
オリビアは込み上げる感情を押し殺すように口元をぎゅっと結んだ。
「リリーと、ジェンシャンにも勇者の来訪の件を伝えろ。三人を勇者に推薦する」
「かしこまりました」
「何の偶然か勇者達は同じタイミングでこの地を訪れる。仕えたい勇者がいれば迷わず自分を売り込めよ」
「はい!」
オリビアはずっとこの時を待っていた。
ごくりと喉を鳴らし、期待と不安に揺れる心を抑え込む。
手に力を込めるとその想いに応えるかのように神の石が光ったように感じた。
「オリビア、腕の痣を見せよ」
「はい」
オリビアが袖を捲ると神の石から伸びた痣は今もくっきりと残っていた。
ロータスがオリビアの前に立つと、どこか悲しげに彼女を見つめ、話し始める。
「……神の石は普通に使用する分には問題ないけど使い方を誤れば危険を伴う代物だ。マナが枯渇すると石は使用者のマナを強引に引き出そうとする――その時に刻まれるのが、その痕だ。
マナは血液と同じ、多くを失えば死ぬこともある…
君のマナは並の魔法使い数人分に匹敵する。だけど、無茶は禁物だよ」
「わかりました」
神の石は無限にマナを生み出すモノではない―――この石はただの器だ。
それを忘れてはいけない。
オリビアはロータスの心配そうな瞳に、気持ちを引き締めた。
「それともう一つ…フードを脱いでこれを付けてくれるかい?」
ロータスが懐から小さな箱を取り出すとオリビアに渡した。
中にはオリビアの髪飾りによく似た、薄紅色の丸い石のついたイヤリングが入っていた。
「君にはこれからマナエルフである事を隠して過ごしてもらう。…それをつけてマナを流してごらん」
どういう意味だろう
そう思いつつ、オリビアは言われた通りイヤリングをつけてマナを流し込んだ。
ロータスから鏡を手渡され、彼女がそれを覗き込むとそこに写ったオリビアの髪がふわりと揺れ、淡い茶色へと変化していった。
オリビアは驚いてロータスを見ると、彼は悪戯っぽく笑いながらイヤリングを指さした。
「色を変える魔法が込められている。研究機関に頼んで作ってもらった物だ」
「すごい…けど違和感もすごい…」
「あははっ!慣れるまではね。…いくら君が強くても、心配事は少ない方がいい」
ロータスは慣れない髪色に何度も鏡を確認している彼女の手を優しく握った。
「絶対に無理はしたらダメだよ。嫌になったら帰ってくればいい、わかったね?」
「ロータスさん…ありがとうございます」
オリビアはロータスの言葉に目の奥が熱くなるのを感じた。
ロータスに頭を下げると、彼は目頭を押さえ背中を向けてしまった。
そして、視線の端に指先で玉座の肘掛けを軽くとんとんと叩き、どこか苦悩するカトレアの姿が見えた。
「どうしたんですか?」
「オリビア、本当に勇者の刻印は現れなかったのだな?」
「……はい」
勇者の刻印
開戦と同時に、選ばれた者に現れるという片翼の模様――
カトレアはオリビアの才能に、もしや彼女は勇者なのではないかと考えていた。
しかし、何度確認しても彼女の体にその刻印は現れなかった。
オリビアが気を落とすと、カトレアは失言を認めて謝罪し、言葉を続けた。
「すまない……しかし、そうか……此度の戦争、厳しいモノになりそうだ。これまで、四人いた勇者は今回の報告では三人…勇者の誕生を知らせる鐘も3回しか鳴らなかった。……魔王は強さを増しているのに対し、こちらは戦力が落ちている。苦戦を強いられるだろう」
「……」
「それでも行くか?」
「……はい」
「そうか」
オリビアが力強く頷くと、カトレアは眉を下げ困ったような顔をして笑った。
「最後に手合わせでもするか?」
「へ?」
突然投げかけられた言葉に、オリビアは驚きの声を上げる。
「(…ここで⁈)」
「ゴホッ、ゴホゴホンッ‼︎」
オリビアは慌てて戦闘態勢を取るが、ウメのわざとらしい咳払いが部屋に響く。
ウメ含め、その場にいた全員が首を勢いよく左右に振り、シャンデリアをちらちらと横目に見る。
シャンデリアはオリビアがここに来てから二度は買い替えている。
―――そう、この女王様のせいで
オリビアがどうするかと視線を窓に向けると、今度は外にいた庭師が泣きながら首を振っていた。
「(そういえば、庭園の一部が更地になったこともあったっけ…)」
オリビアは必死に訴える彼らに苦笑を浮かべ、カトレアを見上げ首を振った。
「……遠慮しておきます」
「残念だ」
珍しく聞き分けが良いカトレアに、
視界の端で人々がほっと胸を撫で下ろすのが見えた。
「オリビアよ、私は国王として勇者を出迎える準備をしなければならない。私が教えられる事はもうない…明後日までゆっくり休み、しっかり準備しておけ。下がってよい」
「師匠!」
「なんだ?」
「ありがとうございました!師匠の名に恥じないように頑張ります!」
これからオリビアは勇者と共に行動することになる。
カトレアと過ごした三年は苦しく、辛い日々だった。
しかし、
「(やっぱり離れるってなると寂しいな…)」
オリビアはカトレアに向かって頭を下げると、部屋を後にした。
「陛下、よくぞ我慢なされた」
「何のことだ」
オリビアがいなくなった玉座の間はとても静かに、そして寂しさを漂わせていた。
ウメがカトレアを横目で見ると、カトレアはぼんやりとシャンデリアを見上げていた。
「手合わせなどと言って、オリビアさんを動けなくなるまで叩きのめすおつもりでしたでしょう」
「さあな」
「まったく…」
「……この城も静かになるな」
「そうですね」
「……決めたぞ。この戦いが終わればオリビアを養子にする」
「出発もまだですのに…」
「そうだったな」
「まったく、このお方は…」
「―――必ず勝てよ、オリビア」