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ep.5

 



 少しすると土の壁は崩れた。

 しかしそこにはもうローレル達の姿はなかった。


「オリビアちゃん!」


 ロータスが放心するオリビアの元へ駆け寄ると、彼女の視線の先を見つめ、状況を察して眉を下げた。


「大丈夫かい…?」


「……」


「……カトレアの所に戻って少し話をしようか、立てるかい?」



 オリビアはロータスに支えられ立ち上がると、崩れた土の破片を見る。

 そしてモドキの襲撃にあった時、彼女が助けを求めても立ち尽くしたままのローレルの姿が脳裏に浮かぶと、乾いた笑いが出た。

 彼女が後ろを振り返ることはなかった。










 オリビアが案内されたのは、広い煌びやかな部屋だった。天井から下がるシャンデリアは大きな窓から入る光でキラキラと光り、大理石の床に敷かれた上質なカーペットは玉座へと続いている。

 そして、その後ろには大きな絵画が飾られていた。



「……やはり行ってしまったか…残念だ」


 玉座に腰掛けるカトレアはオリビアの様子を見て静かに呟いた。


 オリビアは拳を握り締めた。

 ローレルたちの言う神が、本物であろうと偽物であろうと許せなかった。


 彼らを気にかけるオリビアの様子に、カトレアは玉座の肘掛けを指で軽くとんとんと叩いた。



「オリビア、そなたはこれからどう生きる」

「えっ…」



 突然投げかけられた問いにオリビアの顔が強張る。


 どう生きる


 オリビアはその問いに、善意で保護してもらっているという立場を思い出した。

 ずっとこのままではいられない。

 しかし、彼女は生まれてからずっと村で過ごしてきた、外の世界については何も知らないに等しい。


 いくら前世の記憶があっても突然外の世界に飛び込んでうまくやっていける自信はない。


 マナエルフである事も、足枷になる。



 しばらくここに置いてもらえるように懇願しなければ…オリビアが額に汗を滲ませ口を開きかけたその時、カトレアはぽつりと呟いた。


「3年後」

「…え?」



 オリビアは思わず顔を上げた。

 その言葉の意味がわからず首を傾げると、カトレアは立ち上がり玉座にある絵画を見上げ話し始めた。



「この世界には二柱の神がいる。(シュバルツ)の神と(ヴァイス)の女神。

 この世界を手中に収めようと、黒の神は魔王を創り出した。

 対して白の女神は世界を守る為、四人の勇者に力を授けた。

 こうして二柱の神の代理戦争が幕を開けたのだ。


 勇者は仲間と共に支え合い、思いやる気持ちを力に変え、魔王を追い詰めた。

 誰もが彼らの勝利を疑わなかった。

 だが、魔王は黒の神の手によって滅ぼされる寸前に卵となって姿を消した。


 そして百年の眠りの中で、傷を癒やし、力を蓄え、再び新たな勇者達の前に現れる…

 それを何度も繰り返した。

 未だ、決着はついていない」

「……御伽噺ですか…?」

「いや、昔話だ」


「昔話………それじゃあまさか3年後って――」


「魔王が姿を消してから100年経つ」



 オリビアの全身に鳥肌が立った。


 カトレアが見上げる絵画は、その話を元に描かれたのか4人の剣を持つ人と、禍々しく描かれたドラゴンが対峙していた。



「(そんな歴史がこの世界にあったなんて…

 本当に私はこの世界に関して何も知らないんだ…)」


 オリビアが視線を下に落とすと、カトレアは構わず言葉を続けた。



「……ここセコイアは、勇者の協力国の一つであり拠点となる国である」

「カトレア」

「3年後魔王が復活し、それと同時に勇者が現れこの地を訪れる。優れた仲間が必要だ」

「カトレア‼︎」


 ロータスの怒声が部屋に響く。

 困惑するオリビアとは対照的に、カトレアはどこか高揚した表情で立ち上がりオリビアに歩み寄り、膝をついた。


「陛下、膝をつくなど…!おやめください!」

「静かにしろ。オリビア、私を見ろ」


 その場にいた厳格そうな女性が声を上げる。

 しかし、カトレアは気にも留めず、オリビアの手を取り真っ直ぐに見つめた。



「今のそなたは弱い、だがその目は戦う者の目をしている」



 オリビアはカトレアから視線を逸らすことができず見つめていると、

 ロータスが間に入り、眉間に皺を寄せ険しい表情で声を荒げた。



「カトレア、これ以上彼らの中の君たちを悪いものにしないでくれ!僕の仲間である彼らを保護してくれた事には本当に感謝してる……でも、彼らを利用しないと約束してくれたじゃないか!」

「もちろんだ」

「ならなぜ…!」


「この城に留まりたいと言うなら、侍女として働きたいと言うなら、国を出て仲間の元に行きたいと言うなら―――全て自由だ。

 私はオリビアの選択肢を増やしただけだ。

 進む道を決めるのはオリビア、お前だ」


 カトレアは立ち上がり、ロータスの頬に手を触れると穏やかに微笑んだ。


「ロータス、私はそなたを愛している」

「き、急に何を…!」




 突然目の前で愛の言葉を囁くカトレアに、オリビアは思わず吹き出しそうになった。

 ロータスは耳まで顔を赤くして慌てふためいていた。



「ロータスそなたはよく食べ、よく働き、よく笑い、よく泣…」

「ちょっと!今真剣な話をしてるのに…!やめてくれ!」


 ロータスが慌ててカトレアの言葉を遮ると、カトレアはまるで少女のように無邪気に笑った。



「私の愛しき人。ローレル、そなたが望むならオリビアをここで何不自由なく生活させてもよい」



 カトレアは玉座へと戻ると、そこに腰を下ろしオリビアに視線を戻した。



「だがオリビア、そなたはどう生きたい」


 オリビアは静かに視線を落とした。



「3年は平穏に暮らせるだろう、だがその先は?魔王との戦いを他人事だと引きこもるのか?それともその半端な力で戦火を逃げ回るのか?」


「……」


「……そう言えばモドキの件や、神を騙る者…魔王と無関係とは思えんな。勇者の従者となれば奴らの事も何か…」

「カトレア‼︎それは卑怯だ‼︎」

「もう一度問う、そなたはどう生きたい」



 オリビアの脳裏にあの時の出来事が浮かぶ。


 自分に力があれば、

 お父さんは

 お母さんは


 ローレルは



「わ、たしは…ッ強くなりたい…」



 オリビアは顔を上げるとカトレアを力強い目で見つめ、言葉を続けた。



「私は、強くなりたい…

 大切な人たちを守れなかった、大切な人たちを止められなかった…このままじゃ…きっと、私の手には何も残らない……」


 声を震わせながらも、彼女は決して目を逸さなかった。


「お願いです…今の私は、戦い方も…この世界の事も何も知らない…

 自分だけじゃない…大切な人たちの未来の為に戦える力が欲しい…!

 だからどうか、私に戦士として生きる道をください…その選択肢を私にください‼︎」


 カトレアは力強い意思を宿した彼女の瞳に、胸が高鳴るのを感じた。


「よくぞ言った!私がそなたを導く光となろう!」


 カトレアは再びオリビアのへと歩み寄ると手を伸ばし、力強く抱き締めた。

 そしてロータスは彼女達に背を向け「こんなの…誘導尋問だ…」と小さく呟き、額を押さえて首を横に振った。



「オリビア、必ずや勇者と共に立ち魔王を討て。この世界に勝利を捧げよ」


「はい!」




 カトレアから香る薔薇のような匂いに包まれながら、彼女はその言葉に力強く応えた。

 オリビアの心は――過去から、未来へと

 後悔から、新たな決意へと変わっていた。





「…ゴホン…陛下、オリビアさんをどのようになさるおつもりで?兵士として育てるのであれば騎士団…いえ、魔法を得意とするならば魔導士の元へ所属させましょうか」



 先ほど声を荒げていた厳格そうな女性が咳払いをしてカトレアに問う。

 この女性からは他のメイド達のような視線は感じないが、無意識に背筋が伸びるような厳しい雰囲気があった。


 カトレアはその女性からの問いに少し考えると、口元に笑みを浮かべた。


「私の弟子とする、のはどうだ?」

「陛下!何度も申し上げた通り王は弟子などとりません!」

「これからは師匠と呼ぶように」

「オリビアさんいけませんよ、陛下とお呼びしなさい」

「いいや、師匠と呼べ」

「陛下!…ロータス様どうか止めてください!」

「……止められると思いますか?」


 厳格そうな女性は頭を抱え、ロータスは大きな溜め息を吐いた。

 しかし、カトレアだけはどこか高揚し、楽しそうな様子でオリビアを見つめた。


「私がそなたを鍛える」



 カトレアさんが…?


 三年しかないのだ、できれば騎士団や魔導士の元で世話になりたい。

 オリビアの表情は思わず困惑の色に染まった。


 それを見たカトレアは不満そうに口を尖らせた。


「オリビア…まさか私が師匠では不服なのか?」

「い、いえ…その…」


 カトレアが右手を前に出すと、魔法陣が浮かび上がり、氷でできた巨大な剣が現れた。

 彼女はその大剣を軽々と持ち上げたかと思えば、天井を見上げて宙へと跳び上がり、大剣を勢いよく振りかぶった。


 シャンデリアに刃が触れると―――それは鋭い音を立てて粉々に砕け散った。

 キラキラと光を反射しながら無数の破片が辺りへ降り注ぐ―――

 そして、オリビアの視界の端に厳格そうな女性が悲鳴を上げ、また買い直さねばと白目を剥き倒れてしまう姿が見えた。



「侮るなかれ、アイオライトは代々が剣と魔法を極めた戦士の一族である。

 私も全盛期であれば勇者と共に魔王討伐に赴いていたであろうな」


 辺りを漂う冷気と、彼女が魅せたその光景に、オリビアは背中をぞくりと震えさせた。


「私がそなたを最強の戦士にしてやろう。異論はないな?」

「は、はい!」


「それから、それも使い物になるようにせねばな」

「え…?」

「それに関しては同じ能力を持つ私が指導するのが適任だろう」


 カトレアが右目を軽く指差すと、オリビアは驚きに目を見開いた。


 同じ能力―――

 慌ててオリビアが左目を閉じると、初めて会った時には見えなかったある文字が浮かんだ。


 "神の目を持つ者"


 なぜ今になって表示がされたのか

 オリビアは疑問に思ったが、この目の力をモノにできるのなら構わなかった。



「さて、ロータス」

「なんだい?」

「仕事を任せたい」

「…はぁ、しょうがないね。君にしか確認できない物に関しては頼むよ」


「助かる。

 …オリビアよ、明日から始めるぞ。スケジュールは組んでおく、今日はしっかり飯を食べ、しっかり休み、準備しておけ。オリビア、下がってよい」



 カトレアは満足げに笑うと、

 ロータスと何人かで仕事の打ち合わせを始め、場の空気が変わった。

 下がっていいと言われたものの、オリビアは用意してもらった部屋の場所を覚えていなかった。


 しかし、このままここに残るのも気まずく、一度この玉座の間から出る事にした。


「あの子が陛下に殺されませんように…」

 そして、彼女は騎士達から憐れみの目を向けられていることに、最後まで気付くことはなかった。






「あれ…?」

 扉から出ると突然涙が溢れる。

 拭っても止まらない涙に、オリビアは困惑した。


「なに、これ…」

「大丈夫ですか⁈」


 オリビアが涙を拭っていると誰かが駆け寄ってくるのが見えた。

 その人物は、ここで目が覚めたとき興味深そうにオリビアの顔を覗き込んでいた、メイドの少女だった。


「大丈夫です…すみませ…」

「無理矢理止めなくていいんですよ!涙は心の排泄物なんですから!」

「はいせ…ッゲホゲホ!」


 少女は胸を張りながら得意げにそう言った。

 オリビアはそのワードに思わず噎せると、少女は背中を摩りながら言葉を続けた。


「無理して止めると体に悪いんですよ?いーっぱい溜め込んでたんですね…出せる時に出さなきゃ!出せばスッキリしますよ!」

「便秘みたいに言わないで……」

「なんで笑うんですか!」


 オリビアが思わず笑みが溢れた。

 その少女は不服そうに唇を尖らせたが、ハンカチを使ってオリビアの涙を拭くと弾けるような笑顔を見せた。



「涙止まりましたね!」

「あ……ホントだ…」


 涙はなぜ溢れ出たのか、

 きっと少女の言うように、溜め込んでいたのだ。


「……ありがとう」

「いえいえ!」

「そうだ、部屋の場所を教えて欲しくて…」

「わかりました!行きましょう!」


 少女はオリビアの手を握り部屋へと向かった。

 暖かいその手に引かれ、オリビアは久しぶりに心に穏やかさを取り戻した。



「お名前はなんて言うんですか?」

「オリビアです」

「私の名前はフォティニアって言います!仲良くしてくださいね!」


 部屋に辿り着くと、少女――フォティニアはオリビアの手を握ったままぶんぶんと振り回した後、笑顔で去って行った。


 まるで太陽のような人だった。

 オリビアは、フォティニアと知り合えた事に心が温まるのを感じた。



 ――しかし、脳裏にローレルの顔が思い浮かぶと、オリビアはベッドに倒れ込んだ。


 彼らは無事だろうか、

 胸を締め付けるような苦しさにシーツを握り締めるとオリビアは目を閉じた。


 あの様子では、追った所で説得はできなかっただろう。

 でも、あのまま行かせてはいけなかった。


 彼らの言う神とは一体何者なのか、強い怒りと後悔がオリビアを襲うと、


(「そう言えばモドキの件や、神を騙る者…魔王と無関係とは思えんな」)


 カトレアの言葉を思い出した。



 オリビアはゆっくりと目を開ける。



「絶対に、強くなる…」



 ぽつりと呟いた。

 彼らの無事を祈り、

 神を騙った者に、必ず報いを受けさせる事を誓った。

 そして―――


「勇者、か…」


 右手を天井に向かい伸ばすと神の石が光って見えた。





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