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ep.4 決別



 またあの悪夢だ。


 目の前で村人たちがモドキに襲われる夢――オリビアは再びあの恐怖の中に捕らわれた。


「ローレル……?」


 ――しかし、この夢は少し様子が違った。

 ローレルの姿が見えない。


 オリビアは逃げ回りながら、ローレルの名前を何度も叫んだ。

 しかし返事はなく、彼女は足を絡れさせ、地面に勢いよく倒れ込んだ。


「オリビア」


 すると突然、目の前にローレルが現れた。

 オリビアは安堵し手を伸ばすと、彼は口元にだけ、笑みを浮かべた。


「ごめんな、務めなんだ」


 そう言って、彼はオリビアの目の前から消えた――




 ――――


 オリビアが目が覚ますと、体に重たい怠さが纏わりついて、起き上がる事ができなかった。

 眠っても消えない胸のざわつきに、オリビアは静かに溜め息を吐き出した。


「おはよう」


 体の怠さは一瞬でどこかへ飛んでいった。


 オリビアは体を勢いよく起こして、声のした方へ目を向けると、そこには椅子に座って書類にペンを走らせるカトレアの姿があった。


 一体いつからいたのだろう――

 早くなった鼓動を落ち着かせるように一度大きく深呼吸をすると、オリビアはベッドから降りてカトレアに頭を下げた。


「おはようございます……」


「また悪夢を見ていたようだな」


「え?」


「魘されていたぞ」


 そういえば、悪夢を見ていた気がする――

 オリビアは夢の内容を覚えていなかった。


「体調はどうだ?」


 オリビアが夢の内容を思い出そうとしていると、カトレアはペンを置いて彼女に問いかけた。


「大丈夫です」


 気分はあまり良くなかったが、オリビアは反射的にそう答えた。

 するとカトレアは、ばつが悪そうに言葉を続けた。


「マナエルフの新しい長――ローレルという者が話をしたいと言っているが、どうする?」



 マナエルフの新しい長――


 オリビアが眠っている間に、色んな事があったようだ。


 昨日は思わず逃げ出してしまったが、それを聞いて話をしなければならないと感じた。

 オリビアが会う意思を伝えると、カトレアは机に置いてあったベルを鳴らした。


「ここで話すこともできるが……庭園を使ってはどうだろう」


「庭園があるんですか?」


「ああ、エルフは緑を愛する種族だと聞く。人の手が入ってはいるが、部屋よりは落ち着いて話せるはずだ。どうする?」


 カトレアの気遣いをオリビアは素直に受け取った。


 とても優しい人だ、ここまでしてくれるのはきっと、ロータスの存在が大きいのだろう。


 しばらくして、扉をノックする音が聞こえた。

 カトレアが返事をすると、水が入った桶を持ったメイドが入ってきた。


「準備が整い次第、庭園へ案内させるようロータスに伝えろ」


「かしこまりました」


 メイドは桶を置いた後、一礼して部屋を後にした。


 カトレアに促され、オリビアは桶の水を使って顔を洗った。

 村ではみたことのない大きな鏡。

 そこにに映ったオリビアの顔は、ほんの少し窶れて見えた。


「少し歩くが大丈夫か?」


「はい」


 カトレアが手を差し出すと、オリビアは戸惑いの表情を浮かべた。


「まだ万全ではないだろう、気にせず私の手を取れ」


「でも……」


「昨日は私に寄りかかっていたではないか。今さら遠慮するな、早くしろ」


(そういえばそうだった……)


 申し訳なさよりも不敬を問われるのではないかという心配がオリビアを襲う。


 恐る恐る手を取ると、カトレアは小さく笑って彼女の手を引いた。




 ――――


 手を引かれながら足を踏み入れた庭園は、息を呑むほど美しかった。

 色とりどりの花が咲き誇り、手入れされた木々は気持ちの良い葉音をたて、風に揺れていた。


 しばらく歩くと、数人の騎士達と共に立つロータスの姿が見え、カトレアはそちらに向かいオリビアの手を優しく引いた。


 彼女達に気付いたロータスはどこか疲れた顔で笑った。


「おはよう、体調は大丈夫かい?」


「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」


「あはは、オリビアちゃんは歳の割にしっかりしてるね」


 オリビアはその言葉に思わず苦笑を浮かべた。


「ローレルは……」


「この先にいるよ」


 握る手に力がこもる。

 それに気付いたカトレアが、安心させるように優しく握り返すと、オリビアはその暖かさに少しだけ頬を緩ませた。



「オリビア‼︎」


 オリビアは肩を跳ねさせた。

 声のした方に視線を向けると、手を振りながら駆け寄ってくるローレルの姿。


 笑顔を浮かべるその姿は確かに、オリビアのよく知るローレルだった。


「昨日は大丈夫だったか?」


「寝たら少し楽になった、かな……」


「それにしては元気ねぇな? ……もしかして、こいつのせいか?」


「え?」


 ローレルが睨む視線の先には、カトレアがいた。

 オリビアは彼の様子に驚いて一瞬固まると、そのうちに手を掴まれ、強引に引っ張られた。


「あっち行こうぜ!」


「待ちなさい‼︎」


 後ろから制止する騎士の声が聞こえたが、ローレルは止まらなかった。


「よい、好きにさせてやれ」


「……わかりました」


 オリビアは連れられるままに走り出したが、カトレアたちと離された事でじわじわと不安が胸の中に広がる感覚に襲われた。


 突如として昨日見たあの異様な光景が浮かぶ。


 様子がおかしいローレル。

 そして彼を引き込む無数の白い手。

 このままあの部屋へ、私も連れて行かれるのでは――

 オリビアは思わずローレルの手を振り払い、胸元を押さえた。


「オリビア……?」


「あ……ごめん……まだ体調がまだ万全じゃなくて……」


「ご、ごめん……」


 ローレルは焦ったように謝った。

 その姿にオリビアも我に返り、自分が少し過敏になっていたことに気付いた。


 一度深呼吸をすると、オリビアはゆっくりと口を開いた。


「こっちこそごめんね……ローレル、色々と聞かなきゃいけないことが――」


「わかってる! 神様のことだろ?」


 オリビアの言葉を遮って、ローレルは興奮気味に彼女の手を取った。


 彼の目には異様な光が宿っているように感じる。


 気圧されるオリビアの事は気にもかけず、彼は言葉を続けた。


「早くここから出よう!」


「え……?」


「神託に従えばまたマナエルフは栄える! 今がその時なんだ!」


「ちょっと待って! 神託って……?」


 困惑するオリビアに、ローレルは同じように困惑の表情を浮かべた。


「……オリビアは神様の声が聞こえなかったのか……?」


 オリビアは先程から彼が何を言っているのか分からなかった。


 そんな中ただ一つ分かった事――それは彼女の知らない間に何かがあったという事だけ。



「……あ、そうか……オリビアは体調崩して寝てたもんな……」


「ローレル、一体なにがあったの?」


「神様が教えてくれたんだ! あれは選別だって! 俺たちは選ばれたんだ!」



「……は?」


 ローレルが口にした言葉に、オリビアは思考が停止した。


 彼は興奮気味に右手にある神の石を指差すと更にこう続けた。


「ここから神様の声が聞こえてさ! 生き残った俺たちは正真正銘神の愛し子だって! 特別に力を与えてくれるって!」


 オリビアは彼の話を聞き終えると、胸の中で沸々と湧き上がる感情に肩を震わせた。


「笑えない冗談はやめて……お母さんたち……死んじゃったんだよ……?」


「かーちゃん達は神様に選ばれなかった。死んじゃったのは悲しいけど、仕方な――」


「何言ってんのよアンタ」



 オリビアはローレルの胸ぐらを掴んだ。


 それ以上は聞きたくなかった。


 歯を食いしばると奥歯がギリギリと嫌な音を鳴らした。


「アンタが何言ってるか分かんない、ふざけるのも大概にして」


「だから神様の声が聞こえたんだって! 神様が導いてくれるって言ってるんだ! オリビアが回復したらこんなところすぐにでも出て行くぞ!」


「こんなところって……私達を保護してくれたのにそんな言い方……!」


「何言ってんだオリビア‼︎ ここは人間が……女が治めてる国なんだぞ⁉︎ 女の癖に王だなんておかしい‼︎ 絶対何か企んでる……行こうオリビア、選ばれた俺たちにはやらなきゃならないことがある!」


「黙って……」


「俺たちは加護の力が優れてる! 俺たちマナエルフの未来のために務めを果たさなきゃ! だからオリビア――」


「黙りなさいよ‼︎ アンタイカれてるわ‼︎ ……っう‼︎」


 オリビアの左頬に衝撃が走る。

 左頬はじんわりと熱く、痛みが遅れてやってきた。

 放心するオリビアを見て、ローレルはわざとらしく大きな溜息を吐いた。



「いい加減にしろよオリビア……俺たちは神様に選ばれたんだぞ。それなのにいつまでもうじうじと――ぐっ⁉︎」



 抑えきれない感情が溢れたオリビアは、勢いよくローレルを殴り返した。

 

 ローレルは殴られたことに驚いて固まっていたが、じわじわと表情に怒りを滲ませると、オリビアの胸ぐらを掴んだ。


「……分かったぞ……お前は神託を聞きそびれたんじゃない……神様に選ばれなかったんだ‼︎

 女の癖に、加護を戦うことに使った……母ちゃんたちが死ぬ時も加護を使う事をやめなかった‼︎ だから、神様から見放されたんだ‼︎」


「何が神様よ‼︎ ふざけるな‼︎ あの時私が加護を使わなきゃ……皆死んでたかもしれないのに‼︎」


「勘違いするな‼︎ お前が加護を使わなくても俺たちは生き残れた‼︎」


「なんですって⁉︎」


「――この異端者が‼︎」



 ローレルの怒声が響いた瞬間、オリビアの理性は音を立てて切れた。


 彼を突き飛ばすとそのまま馬乗りになって何度も殴りつけた。


 彼女は自分の行動に戸惑いを感じたが、それでも止まらなかった。

 ローレルも負けじと反撃し、2人は縺れ合い、取っ組み合いになった。

 騒ぎに気付いた騎士やカトレア、そして村人達は、慌てて2人を引き離した。


「落ち着くのだ‼︎」


「泣き虫ローレルがふざけんな‼︎」


「ローレル大丈夫⁉︎ 落ち着いて‼︎」

「女の癖に‼︎」


 村人達は皆、ローレルへと駆け寄っていった。

 ローレルを見つめるその目は、熱を帯び、どこか艶かしく――


 気のせいだと信じ込もうとしていた違和感が、確信に変わるには十分な光景だった。


 オリビアを支配していた怒りの感情が波のように引いていく。


「あとで後悔するぞ‼︎ 俺たちは神様に従ってここを出る‼︎ 今謝らないと置いていくぞ‼︎」


「気持ち悪い……」


 自身を犠牲にしてでも守りたかった人たちは、もうここにはいないのだ――


 オリビアは騒ぐローレルに背を向け、その場から逃げ出した。




 ――――


「……ここにいたのか」


「…………」


 聞こえてきたカトレアの声に、少しだけ肩が跳ねる。


 庭園の隅。

 オリビアは抱えた膝に顔を伏せた。


 城の人々がオリビアに向けた嫌悪の目――それは、オリビアが()()()と同族だったからだ。


「ロータスが彼らと話したが、もう発つらしい」


「……私もついて出て行けってこと?」


 オリビアは生意気な口をきいた。

 しかし、カトレアが彼女を責めることはなかった。


「そうではない。だが説得するのに力を貸して欲しい。彼らをこのまま行かせるのは危険だ」


「……」


「……聞きたい事がある。

 そなた達の村を襲ったオーク……モドキの件だが、どうにも不可解でな」


 モドキという言葉に反応し、顔を上げる。

 カトレアは険しい表情を浮かべながら、言葉を続けた。


「松明に炎を灯し、声を真似てそなた達を欺いたと――それは本当か?」


「はい……」


「ふむ……」


 カトレアは顎に手を添えて思考を巡らせると、少ししてからオリビアを見た。


「あの種族にそんな真似ができるはずがない」


「ほ、本当なんです‼︎ 本当にあいつら……‼︎」


「落ち着け、疑っているわけではない。奴らにそれほどの知恵はない。群れを成した事もそうだが、何者かが手を加えたはずだ」


「!」


「話を聞くに、神を名乗った者は、そなた達の状況をよく把握していた。それは本当に神か、もしくはその状況を作り出した本人か――」


 カトレアの言葉を最後まで聞かず、オリビアは先程の場所へと走った。

 しかし、そこにはもう、ローレル達の姿はなかった。



 ――――


「ローレル‼︎」


 大きな門の外にローブを着た集団を見つけるとオリビアは力の限り叫んだ。


 集団が立ち止まり振り返ると、やはりそれは村人達だった。


 オリビアは額にかいた汗を拭うと、慌てて彼らに駆け寄った。


「……謝る気になったかよ」


 ローレルは静かに問いかける。

 深く被ったフードで表情がわからなかったが、冷たい声に、オリビアの胸がちくりと痛んだ。


「……もう少しだけここにいよう……? その神様を信じるのはまだ早いよ……あのモドキたちおかしかったでしょ? もしかしたら――」


「はっ! じゃあここの人間は信用できるって?」


「だ、だって……」


「人間はマナエルフを捕まえて利用する悪い生き物だ。お前だって聞いてるだろ」


「人間皆がそんな悪い人達じゃないよ! 現に私たちによくしてくれたじゃない!」


「お前は人間の何を知っているんだ?」


「それは――」


 ローレル達は人間を悪い生き物だと聞かされずっと生きてきた。

 ――しかしオリビアは違う。



「……一緒に来る気はないんだな」


 ローレルの神の石が光り、行手を阻むように炎の壁がオリビアの周りに現れると、彼女はその熱さに思わず顔を顰めた。


 ローレルが投げた()()は、カランと音を立ててオリビアの足元に転がった。


 それは、おばばが持っていたナイフだった。



「……もしもの時は神の石を砕いて自害しろ。バカで異端者でも、苦しまずに逝けるように祈っておいてやるよ。一応幼馴染だからな」


 ローレルは冷たく言い放つとそのまま皆を引き連れて歩き出す。


 まだ小さな子供達は手を引かれながらオリビアを見ていたが、大人達は一度もこちらを振り返ることはなかった。


「……行かせないわよ‼︎ ローレル‼︎」


 オリビアは水の加護の力を使って炎を消すと、

 近くにあった植物にマナを流し、蔓を伸ばした。


 しかしそれはローレルに届くことなく、彼の炎に包まれ消えた。


「お願いだから行かないでローレル‼︎」


 再び加護を使おうとしたオリビアだったが、地面が隆起し、鳩尾を突き上げると、衝撃に息が止まった。


 地面に倒れ込むと周りの土がせり上がり、彼女の視界をゆっくりと覆っていく。


 息苦しさと痛みに視界がぼやける中、彼女が最後に見たのは――噛み締められたローレルの唇だった。



少し改稿しました。

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