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ep.45 恋愛相談

 


 オリビアが静かに顔を上げると、そこにはカクタスがいた。

 彼は目が合うと気まずそうに視線を泳がせ、少し離れて隣に座った。


「…………さっきはごめん。オリビアの気持ちを考えれば、説得したいと思うのは当たり前なのに……自分の気持ちを抑え切れずにひどい態度を取った……嫌な言い方もしたし…………ホントにごめん……」


 カクタスは拳を強く握り締めながら謝ると、オリビアは軽く首を振った。


「……私も……心配してくれたのに突き放すような事言ってごめん…………ローレルの事も……皆の事を考えずに発言した……ごめん……」


 オリビアは目に涙が溜まると、我慢するように自分の腕を抓る。


 謝り合った後、お互いどうしたらいいのか分からず気まずいまま時間だけが過ぎた。

 ――しばらくして先に口を開いたのはカクタスだった。


「…………ごめん……でもやっぱり説得は難しいと思う」


「……うん」


「次会えば、すぐに戦闘になる……と思う。……言動からもあいつ――彼はオリビアを力づくでも連れて行くつもりだ。話し合う時間は与えてくれないと思う」


「……そうね、私が拒絶した時点で……もう説得するチャンスは失われてた…………」


「オリビアは魔族に利用されてる彼を助けたいんだよね…………彼を拘束してヴァイスに連れて行くのはダメかな……?」

「え……?」


 オリビアは思わず声を漏らす。困惑する彼女の表情に、カクタスは口元を引き締めてばつが悪そうな表情を浮かべながら続きを話した。


「戦いは避けられない……だから戦闘不能にする……そして彼を捕虜として拘束して、攻撃手段をできるだけ全て取り上げて、危険な要素をなくしてから……それから、彼と話をする……っていうのは……無理かな……?」

「……それは…………」

「…………ひどい、提案だよね……ごめん……」


 確かにそうすればローレルを魔族や魔王から遠ざけられ、危険なく話ができる。


 ――しかし、それはローレルがオリビアにしようとしている事と変わらなかった。


「聞く耳を持たない彼が納得するまでその場に留まるのは避けたい……ここはシュバルツだから何があるか分からないし………… ごめん……これぐらいしか思い付かなくて……」


「…………謝らないで」


 オリビアは改めて自分のしようとしている事がいかに容易ではないか思い知らされた。

 そして――


「……私が浅はかだったわ」


 その言葉を絞り出すように呟くと、自分がなんの為にここにいるのか今一度思い出し彼女は目を伏せた。


「ごめん、カクタス」

「ううん…………もう少し、俺も考えてみるよ」

「……ありがとう」


 カクタスの言葉にオリビアは笑みを向けると、カクタスはぎこちなく笑みを返した。


「……そろそろ戻る?」

「…………もう少しだけここにいるわ」


 カクタスはオリビアの様子を見て眉を下げると、先にテントの中へ戻って行った。


 ざわつく心に膝を抱えると、オリビアは神の石に指先を軽く触れた。


 覚悟をしなければならない。

 最悪の選択肢を選ぶ覚悟を――


 オリビアがぐっと眉を寄せて拳を静かに握り締めると――突然周りの音が消えた。

 驚いて辺りを見回すと、時が止まっているようだった。


「……シオン?」

「やっと1人になったか」


 木の影からシオンが現れると、オリビアは久しぶりに見た彼の顔に疲れの色を感じ取って思わず駆け寄った。


「大丈夫?」

「それはこっちのセリフじゃ。喧嘩でもしたのか?目が腫れてる」

「……色々あったのよ。攫い人は?」

「別行動じゃ。おかげで休まらん」


 シオンは目頭を押さえると大きな溜息を吐いた。


「別行動…………まさか……ターマイトで魔族や魔物の死骸が燃やされてたんだけどあいつの仕業だったりする?」

「恐らくな」


 シオンがそれに短く返事をすると、オリビアは眉を寄せて再び問いかけた。


「魔族や魔物の姿が少ないのもあいつが?」

「まあ、そうじゃろうな」

「有難いけど、カクタス達が不審がっていたわ」

「奴がいう“野暮用”が終わらん限り、僕にはどうしようもできん」


 “野暮用”

 オリビアは首を傾げてシオンを見ると、その内容について教えるつもりはないようで、シオンは軽く手を振った。


「しばらくはお前達の兵に紛れ行動する。何かあれば名前を呼べ」


 シオンはそう言うと姿を消してしまった。


「……でもあの死骸って――」


 オリビアが疑問を口にすると、辺りに騒がしさが戻った事に気付く。

 彼女は引っ掛かりを感じながら、テントへと移動した。



 ーーーー

 オリビアはテントに戻ると、自分が軽率だった事を皆に謝った。

 カクタスもそれに続いて謝ると、デイジーとフォティニアは笑って許したが、ラークは「ケンカはもう勘弁してくれ……」と耳を垂らしていた。





 怪我人がいないかの確認を終えて、次の作戦会議が始まった。


「カトレア様はこちらには来られないのでヘリーが代理としてお話しします!皆さんちゃんと聞いてくださいね!」


「さっさとしろー」


「誰ですか野次を飛ばしたのは‼︎……ゴホンッ……まずはターマイト制圧お疲れ様でした!……しかし、シュバルツは魔王との戦いでしか足を踏み入れる事ができない為、まだまだ未知な部分が多く……油断は禁物です!」


「魔王との戦いでしか……?」


 四葉が疑問に首を傾げると、カクタスが小声でその理由を説明した。


「強制的休戦――魔王のスキルの一つだよ。魔王は自分の死を予知すると卵になって勇者達を強制的に転移させてシュバルツに結界を張るんだ」

「えっ!なんですかそれ!」


 声を上げた四葉をヘリーがじとりと睨みつけると、彼は慌てて口を押さえた。

 そしてヘリーが話を再開すると、四葉は声量を抑えて再びカクタスに話を振った。


「魔王って中々チートですよね」

「ちーと?」

「うーん……めんどくさいって事です。……つまり、卵になる前にトドメを刺さないと、シュバルツから追い出され結界を張られてしまう……だから未知な部分が多い…………あれ?でも……攫い人って魔族と交流があったんじゃなかったでしたっけ?」


「その結界は勇者と、女神を信仰する者を通さない。

 でも魔族や魔物、ヴァイスの中でも女神への信仰心が薄い者は通される、選別付きの結界なんだよ」


「な、なんだそれ……」


 四葉は額を押さえると唸り声を上げた。

 その話を横で聞いていたカランコエは、触手でフォティニアのアホ毛をつつきながら、彼らの話題に触れた。


「黒の神様は魔王様に多くの祝福を授けてる。それに引き換え、白の神は力を等分して授けるから祝福による恩恵は少ないし弱いよね」

「コラ!カランコエ!」

「でも……それだけ多くの祝福を授けてもらってるのに、魔王はいつも負けてるのか……」


「ちょっとそこ‼︎私語は慎んでください‼︎」


 騒ぐ彼らにヘリーは「真面目に聞いてください‼︎」と怒って翼をぶんぶんと振り回した。


 苦笑しながら謝る2人を横目で見ながら、彼らの話を聞いていたオリビアは口元に手をやり考えを巡らせた。


「(……祝福って制限とかないのかしら?卵に戻るのだって、それを阻止する為の祝福を勇者に授けるとか…………うーん……シオンは、たぶん教えてくれない気がする……色々隠してるのよね……まだ信用がないって事かしら……)」

「大丈夫?」

「大丈夫よ」


 カクタスが考え込むオリビアの顔を覗き込んで首を傾げると、オリビアは慌てて返事をして再びヘリーの話に耳を傾けた。


「このまま魔王のいるバークビートルに向かうだけだろ?」

「それはそうなんですが……この地図にあるバークビートルとターマイトの中間地点“ロンジコーン”はターマイトより強い魔族が多くいるんです!」


 ヘリーがぴょんぴょんと跳ねながら翼で地図を差す。

 それには多くの情報や地名が書き込まれていた。よく見ると、バークビートルの名前の横には角が6本生えた可愛らしいドラゴンが描かれている。


「ほー、スラッグやスパイダーマイト、チャドクガにクリソメリド……シュバルツにもそれなりに国があるんだな」

「国じゃなくただの地域名だよ」

「国ではないのですか?」


 カランコエが指摘すると、イベリスが不思議そうに首を傾げた。


「シュバルツには王や領主なんてモノは存在しないし法もないからね。それに、名前はあるけどバークビートルぐらいしかはっきりした境界もない。あ、魔王様がいる間はシュバルツって大陸が国って事になるかな」


「すぐに話を脱線させないでください‼︎」


「とりあえず気をつけろって話だろ?」


「そうですけど‼︎

 コホンッ……兵や武器の準備を整えてから出発します!大体2、3日程で――」


「私達だけで良くないー?大人数で移動するの目立つしー」


「兵士達はあなた達の負担を減らすために同行するんですよ‼︎」


 まとめ役も大変だ――なかなか話が進まず腹を立てるヘリーをカクタスが宥め、今後の動きを簡単に話し合った。

 しばらくして食料が届いたと報告を受けると、会議を終了して昼食をいただく事に――ヘリーは怒り疲れたのかゲッソリとしていた。



「果物おいし〜っ!あっ、オリビア種あげる!とっといて!」

「私も差し上げますわ〜!」

「……わ、私はこの種を……」

「ちょっと汚いわね‼︎せめて洗ってから寄越しなさいよ‼︎ったく……期待しないでよね、この先大変なんだから」


 カクタスが話があるからと四葉を連れて行ってしまったせいで、オリビアは女性陣の相手をする事になったのだが――彼女達のパワフルさに若干気圧されていた。


 助けを求めるようにデイジーとフォティニアの方を見たが、イベリスやクフェアと化粧品や恋愛観の話題で盛り上がっており、気付いてはもらえなかった。

 パキラは仲間達と酒盛りをしている。

 いくら制圧したとはいえ、ここは敵地……オリビアは呆れて溜息を吐いた。


 早く帰って来てくれとテントの影で話し込むカクタスと四葉の方を見ると、2人はオリビアを見ていたようで目が合った。

 しかし、それはすぐに逸らされると、オリビアは眉間に深く皺を刻んだ。


「(なんだか感じ悪いわね)」


 じとりと睨み付けると、2人はどこか焦った様子で戻ってきた。


「四葉おかえり〜!」

「何話してたのかしら」

「えっとー……か、覚醒についてとか……色々ですよ!」

「わざわざ離れて?」

「あっ!果物俺も食べたいな!カクタスさんも食べましょう!」

「そ、そうだね!」


 下手な誤魔化しにオリビアは目を細める。

 カクタスは困ったように視線を泳がせて、目を合わせようとはしなかった。


「(まさか悪口?いや……カクタスに限ってそれはないわね……じゃあなんなの?)」


 オリビアが心をもやもやとさせていると、風呂の準備ができたと声をかけられ、喜ぶリリー達に引き摺られ話は聞けずに終わった。



「…………オリビアさん、めちゃくちゃ睨んでましたね」

「うん……」

「でもまさかカクタスさんから女性関係で相談を受けるとは思わなかったです」


 四葉が風呂へ向かう女性陣の背中を見送りながらそう口にすると、カクタスは少し照れくさそうに笑って頬を掻いた。


「四葉くんはモテるから。

 …………気持ちを伝えるのはこの戦いが終わってからって思ってたんだけど、何が起こるか分からないから、

 後悔しないようにアピールぐらいはしておこうと思って……」

「モテるっていってもスキルのおかげなんでアドバイスできるかどうか……」

「スキルだけじゃないと思うけどな」


 困ったように眉を下げて頬を掻く四葉を見て、カクタスは笑みを浮かべた。


「四葉くんは、スキルとか関係なくいい男だと思うよ。彼女1人1人の気持ちをちゃんと尊重して、大切に思ってる。だからモテるんだなって…………俺はどうしても独りよがりになっちゃうから」

「……なんか恥ずかしいな」


 四葉は照れ臭そうに笑みを浮かべて、カクタスの恋を心から応援した。




 ーーーー


 風呂を済ませてテントに戻り、フォティニアと談笑していると男性陣が戻ってきた。


「オリビア〜いつもみたいにアタシの髪乾かして〜!このままじゃ髪が傷んじゃうわ〜!」

「はいはい。ラークさんも手伝おうか?」

「大丈夫だ。俺は毛が短いからな、もう殆ど乾いている」


 オリビアが風属性魔法でデイジーの髪を乾かしていると、カクタスも風属性魔法を使って髪を乾かしているのが視界に入り彼女は驚いて声を上げた。


「えっ!カクタスが魔法使ってるの初めて見た……」

「ははっ、戦闘中も使ってるよ」

「えっ⁉︎」

「アタシ達は修練の時に聞いたけど風は視認しづらいから言われないと気付かないわよね〜!」

「腕とか体の一部に風を纏って鎧にする魔法をね……マナが少ないから全身には使えないんだけど……」

「そうだったんだ……知らなかった……」


 デイジーの髪を乾かし終えると、オリビアはカクタスの方を向いた。


 風属性魔法で靡く彼の長い髪は、いつも三つ編みに結われているのに癖がついていない。

 オリビアが彼の髪を興味深そうに見ているとデイジーが揶揄った。


「アンタ見過ぎよ!勇者様の魔法が気になるのかしら?それとも――」

「うるさいわよ。……カクタスが魔法を使うのが珍しかったから見てたの」


 オリビアは慌てて答えると、ぷいっと顔を背けた。

 そんなオリビアの様子にデイジーはおかしそうに笑ってカクタスに声をかけた。


「勇者様の魔法に興味あるんですって!今度オリビアの髪の毛乾かしてあげたら?」

「ちょっとデイジーさ――」

「オリビアがいいなら是非」

「あらま」


 微笑むカクタスに照れて視線を逸らすと、ニヤニヤとするデイジーが視界に入り、すぐまた別の方向を向いた。


「やだ照れてるの?」

「うるさいわね……」

「おーい赤髪ー」

「パキラさん?どうしました?」


 カクタスがテントから顔を出すと、そこには酒に酔っているのか若干顔を赤くしたパキラが機嫌良さそうに手を振りながら立っていた。


「マットと毛布が追加で支給されたんだと。それを伝えに来たのと、嬢ちゃんが俺様と一緒に寝たいんじゃねーかなーと思って来た!」

「あんた酒臭いわよ」

「臭くねぇよ!」


 オリビアが鼻をつまみながら払うように手を振ると、パキラは唇を尖らせて不貞腐れてしまった。

 その様子を見たカクタスがおかしそうに笑うと、パキラは更に拗ねてカクタスにチョップした。


「生意気だぞ赤髪!」

「あはは、すみません……教えてくれてありがとうございます。それから――」


 カクタスはパキラとオリビアの間に手を差し込むと、にっこりと笑った。


「オリビアは先約が入ってるので、1人で寝てください。すみません」

「……なんて?」


 オリビアはカクタスの言葉に思考が追い付かず硬直した。そして、パキラはぽかんと口を開けながらオリビアとカクタスを交互に見た後、苦笑して頭を掻いた。



「…………しょーがねーな、今日はとりあえず引いてやるよ」

「あら〜大人ね!代わりにアタシが添い寝してあげてもいいわよ〜?」

「有難い申し出だがお誘いは俺様が嬢ちゃんを諦めた時にしてくれ」

「ホントにいい男ね〜!モテないのが不思議だわ〜!…………あらやだ、青髪の勇者様……よく見たらそれパンツじゃない!ズボンどうしたのよ!」

「あぁ⁉︎やっべ風呂場に忘れて来た‼︎」

「…………あの人変なとこ抜けてるのよね……」


 パキラが慌ててテントから飛び出して行くと、オリビアはちらりとカクタスを見る。

 カクタスはそれに気付くと、穏やかな笑みを浮かべながら「ん?」と首を傾げた。



「(えっ……な、なんなの……?なんか、いつもと違う……?)」


少し改稿しました。

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