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ep.46 伝えたい事

 


 支給されたマットをテントに運び入れると、しばらく硬い地面で寝ていた事もあってか寝心地の良さに一同は感動した。



「これ、俺の分のマット?」

「ああ……必要ないかと思ったが一応な」

「ふーん」


 カランコエが6つ並ぶマットを見ながら問いかけると、ラークは頬を掻きながら答えた。

 カランコエはそれを聞いて人型から球体に変形すると、マットの上を2、3回飛び跳ねた。




「火消すわよ〜」

「おやすみなさーい」


 全員が横になったのを確認すると、デイジーは静かにランタンの火を消した。


 テント越しに見える兵士の影や外の焚き火の灯り――オリビアがそれをぼんやりと眺めているうちに、テントの中には寝息が増えていった。


 自分も早く寝なければと目を閉じる。しかし、どこか落ち着かず寝返りを繰り返していると、それに気付いたカクタスがそっと声をかけた。



「……オリビア眠れないの?」

「あっ……ごめん起こしちゃった?」

「ううん、俺も眠れなかったから。……少し外の風に当たりに行こうかと思うんだけど、オリビアも一緒に来る?」

「行く」


 嬉しそうに毛布を抱えて起き上がるオリビアに、カクタスは思わず笑みを溢した。

 2人はテントから出ると、肌寒さに肩を竦ませながら夜空を見上げた。――ここから見える星の光は弱々しい。


 温かいお湯が入ったコップを持って来た兵士にお礼を言って、邪魔にならないように人気の少ない場所に移動すると、2人は並んで座った。

 

「シュバルツの夜は寒いね……平気?」

「大丈夫よ。でも長居しない方がよさそうね」


 オリビアが寒さで鳥肌の立った腕を摩ると、カクタスは彼女を軽く引き寄せて、自分の毛布を広げて包み込んだ。

 驚いてカクタスの方へ顔を向けると、彼の顔は思っていたよりも近くにあった。


「……あの……近…………っ今日のカクタスなんか変じゃない……?」

「変?」

「なんか……」



 オリビアは言葉に詰まった。

 カクタスが好意を、以前よりも隠す事なく向けているような――

 しかし、それを言葉に出すのは恥ずかしく、自意識過剰なのではないかとオリビアは頭を抱えた。


 カクタスはそんなオリビアの姿を見て、苦笑を浮かべて頬を掻いた。


「あー……露骨過ぎて引かせちゃったかな」

「え?」


 オリビアが顔を上げると、彼は夜空を見上げていた。

 今の言葉はどういう意味なのか――問いかける事ができず、じっと横顔を見つめていると、カクタスは静かに口を開いた。


「……オリビアに伝えたい事があるんだ」


 カクタスはオリビアに視線を向けると、優しく微笑んだ。


「でも……今はまだ伝えられない。今伝えてしまえば、きっとオリビアを困らせるから」


「…………」


 カクタスは静かにオリビアに顔を近付けると言葉を続けた。


「だから、この戦いが終わったら伝えようと思ってる。……俺は今、オリビアがそれを聞いて必ず頷いてくれるように努力してるところ…………変って言われちゃったけど」

「!」

「ふっ……少し抑えたほうがよさそうだね」


 その言葉に、オリビアは耳の奥が熱くなるのを感じた。

 カクタスは小さく笑ってコップのお湯を飲み干すと、毛布をオリビアに巻き付けて「先にテントに戻ってる」――そう言葉を残して、その場を去って行った。



「………………そんなの、伝えてるも同然じゃない……」


 オリビアは呆気に取られた後、真っ赤になった顔を手で覆い隠しながら小さな声で呟いた。



 カクタスが去った後、オリビアの後方にはそれを見守っていた四葉とリリーの姿があった。

 リリーはオリビアに気付かれないように声を押さえながら興奮気味に四葉に話しかけた。


「ひゃー‼︎四葉今の2人やばくなかった⁉︎すごいとこ見ちゃった‼︎」

「…………」

「…………四葉?」

「…………俺のアドバイスなんていらないじゃん‼︎」


 四葉はカクタスの振る舞いに悔しさを滲ませながら声を上げた。

 しかし、彼の声はオリビアには届かなかった。




 ――――


 昨日は中々寝付けずにいたオリビアだったが、気付けば睡魔に身を預けていたらしい。

 寝た気がしないと思いながら起き上がって肩を回すと、テントの外からカクタスの声が聞こえた。

 そっと覗き込むと、カクタスは兵士達と話をしていた。


「おはようオリビア」

「お、おはよ」


 すぐ気付かれた――

 オリビアが気まずそうにテントから出ると、カクタスはオリビアに兵士達の話を聞かせた。


「魔族や魔物が現れたらしいんだけど、彼らが対処してくれたんだって」

「勇者様の手を煩わせるほどではなかったので!」

「ありがとうございます。気を遣わせてすみません」


 兵士達はカクタスにお礼を言われると、どこか嬉しそうな顔をして姿勢を正した。


「心強いね」

「そ、そうね」


 まるで昨日の事が夢だったと錯覚してしまうほど、普段と変わらず接してくるカクタス――オリビアはひどく混乱した。


「(ゆ、夢だったの……?嘘でしょ……?あれ……?)」

 

「勇者様ー!」


 そこにカクタスを呼ぶヘリーの声が聞こえてくると、兵士達は頭を下げて各自持ち場へと戻っていった。


 ヘリーは混乱するオリビアを見て一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、カクタスがどうしたのかと声をかけるとすぐに嬉しそうな顔をして報告を始めた。


「朗報です!この調子なら明日には出発できそうですよ!」

「分かった。とりあえず今日はどうしようか……どこか手伝いが必要な所はある?」

「隊長達が会議をしたいそうなので勇者様だけ来ていただけますか?」

「わかった。オリビア達はゆっくりしてて」

「あ、うん……」


 オリビアはカクタスの背中を見送りながら「やっぱり夢だったんだ」と小さな声で呟いた――すると突然、カクタスは振り向いて悪戯っぽく笑った。


「夢じゃないからね」

「!」


 オリビアが顔をカッと赤くすると、ヘリーは不思議そうに首を傾げ、カクタスはおかしそうに笑った。





 ゆっくりしろとは言われたが、このままじっとしてるのも難だと、ラークとデイジーは物資を運ぶ手伝いを、オリビアとフォティニアは食事作りの手伝いに向かった。(カランコエはテントで読書)


 最初は断られたが、オリビア達が粘り強く説得すると、向こうが折れてじゃがいもの皮むきを任せてくれた。


「じゃがいもの皮むき久しぶりです!オリビア包丁の使い方分かります?剥けます?」

「あのねぇ……私だってそれぐらいできるわよ」

「むむっ、なかなかやりますね……ん?どうかしましたか?」


 フォティニアは一緒に皮むきをしていたサクラの国の若い兵士達がそわそわとしている様子に気付いて不思議そうに首を傾げた。

 彼らは一瞬顔を強張らせると、互いに顔を見合わせて恐る恐る話題を振って来た。


「あの……勇者様のお話を聞かせていただくことって……」


 彼らにとって勇者は、憧れの存在だった。

 

 目をキラキラと輝かせる兵士達に、2人は顔を見合わせ、思わず笑みを交わす。

 そして、フォティニアが誇らしげにカクタスの武勇伝を語り始めると、兵士達は身を乗り出して聞き入った。


「それでその時――」

「俺様の話か?」

「してないわよ」

「ゆ、勇者様お疲れ様です!」

「おう!ご苦労さん!」


 喜んで話を聞く兵士達に気分を良くしていると、会議を終えた勇者達がやって来た。


「何話してたの?」

「カクタスの武勇伝」

「武勇伝…………やめてよ恥ずかしい……」

「変な脚色してないわよ」

「そうです!勇者様はホントにすごかったんです!」

「か、かっこいい……!」

「コラお前達!手が止まってんぞ!」

「わわっ!すみません!」


 慌ててじゃがいもの皮むきを再開する兵士達に笑いながら、オリビアとフォティニアは皮むきを終わらせてカクタスと共にテントに戻った。


「あら、お帰りなさーい」


 すると、そのタイミングでデイジーがテントから出てきた。


「どこか行くの?」

「サクラの国の鍛冶職人が来てるらしくて、ちょっとお話してくるわ!」

「分かった。ラークさんとカランコエは中?」

「ええ、カランコエったらずっとマットの上で本読んでるのよ〜気に入ったのね!」


 デイジーを見送りテントの中に入ると、ラークはカクタス達を出迎え、カランコエは仰向けの状態で本を読んでいた。――彼の読む本はラークが以前オススメしていた獣人の本だった。


「それ読むの何回目です?そんなに面白いなら私にも読ませてください!」

「やだ」

「なんでですか!」

「フォティニアにはまだ早い」

「早いってなんですか!私成人向けならいくつも…………ハッ!今のは聞かなかった事にしてください!」

「…………因みにそれは成人向けではないぞ」

「分かってますから!」


 オリビアは「お年頃だものね」と揶揄うと、フォティニアは彼女をぽかぽかと叩いた。


「そういえばカクタスは――」

「俺にそっちの話題振らないで……」

「…………会議の話が聞きたかったんだけど……」

「あっ、そっちか……」

「ふっ……カクタスもお年頃だものね……」

「……オリビア」


 カクタスは勘違いした事と揶揄われた事に顔を真っ赤にさせてオリビアをじとりと見た。

 オリビアがその様子に笑うと拗ねてそっぽを向いてしまった。


「ふふっ……ごめんごめん。会議の内容ってなんだったの?」

「……もう。……昨日ヘリーと話してた内容とさして変わらなかったよ。ただちょっと意見がぶつかっちゃって……」

「そうなの?」


 カクタスは頬を掻き、少し間を置いてから話を続けた。


「俺達は勇者を先頭に進んだ方がいいって話をしたんだけど、隊長達は勇者は真ん中か後方に配置するべきだって言ってね」


「そうですね……勇者様の負担を減らす為に派遣されたのに、勇者様が先頭では意味がない」


「今回一緒に行く兵士達はかなりの腕利きらしいけど、ロンジコーンにいる魔族はターマイトより強力だって聞いたから心配で……」


「彼等も覚悟の上でしょう。それにロンジコーンより先の事を考えたら隊長達の言っていた隊列で進むのがいいかと……」


 カクタスはラークの言葉に少し考えると、小さく頷いた。


「そうか……何も知らないでしゃしゃり出ちゃって申し訳なかったな…………後でまた改めて隊長達と話をするよ、ありがとうラークさん」


「いえ!とんでもないです!」


 大勢での移動は今までとは勝手が違うのだという事を考えさせられると、カクタスは頭を掻いてラークにお礼を言った。


 照れ臭そうに尻尾を振るラークを見て、オリビアは椅子に凭れかかるとカランコエの方へ視線を移した。


「……ねえ、ロンジコーンってどんなとこ?」


 オリビアが問いかけると、彼は本から視線を外さないまま口を開いた。


「…………昨日説明したでしょ」

「はいはい!ターマイトと違って地形に高低差があるところが多いんですよね!」

「そう」

「他に何かないの?」

「他…………少し家みたいな建物が増えるぐらいでターマイトとそんなに変わらない。ただ少し強い魔族がいるだけ」


「家みたいな建物ね……」


「上級魔族の真似事だよ。上級魔族は屋敷を持ってるから」


 カランコエは触手でページを捲ると、そういえばと言葉を続けた。


「運が良ければ俺の元主にも会えるかもね」

「え?」

「ロンジコーンは失敗作の投棄に利用されてるから」


「…………なんでそれを早く言わないの‼︎」


「地形と“そこに住む”魔族の特徴しか聞かれてない。失敗作は大体ロンジコーンの魔族に処分されるし……何か問題ある?」


「あんたの元主って上級魔族でしょ!上級魔族と接触する可能性があるって事じゃない!」


 オリビアがカクタスの方を向くと、カクタスは慌ててテントから出て行った。

 カランコエは特に気にする様子なく静かに本を読み続けていた。


「カランコエ……」

「なに?」

「はぁ……頼むから聞かれた事だけじゃなく、そういう大事な事は必ず話して」


 カランコエは本を閉じると、オリビアに視線を向けた。


「…………想定してなかったわけ?

 シュバルツにいるわけだから、どこにいたって上級魔族に遭遇する可能性はゼロじゃない。俺がこの話をしなくても、考えておくべき事でしょ」


「それは……」


 カランコエはオリビアの前に触手を伸ばすと目を細めた。


「俺はちゃんと聞かれた情報は提供してる。

 常に最悪の状況を想定して策を練るのはそっち」


「おい、触手をしまえ……確かに、バークビートルに着くまでに上級魔族と遭遇したという前例がなかったから、その可能性に関しての考えは浅かったな」


 ラークが顎を摩りながらぽつりと呟くと、オリビアは眉を寄せて頭を掻いた。


「…………分かってる。でも、その話を聞かずに接敵するより、多少その情報を入れておくだけでも、違うでしょ……」

「ふーん……?ならもう少し教えてあげる」


 カランコエはちらりとフォティニアを見ると、テントの外に触手を伸ばした。

 外から驚きの声や悲鳴が聞こえ、オリビア達は慌ててカランコエを止めようとしたが、その前に触手は地図を持って戻ってきた。


「あんたこれ……会議用の地図じゃないの⁉︎」

「そう。こっちの方が見やすいから」


 騒ぎを聞きつけてカクタスや他の勇者、隊長達がテントにやって来ると、カランコエは地図を指差した。


「上級魔族の屋敷は話した通り、黒の大陸の中心(バークビートル)のこの印がついた所。でもずっとバークビートルにいるわけじゃない。

 ロンジコーンには俺の元主が失敗作を投棄しに訪れるし、上級魔族3人の内の1人はチャドクガにサキュバス目当てでよく顔を出してるって聞いた。

 もう1人はよく知らない。

 これが俺の知ってる上級魔族の“戦争中”の行動範囲」


 書記官が慌ててそれをメモし始めると、カランコエは印の上に蛇、蠍、熊の絵を描き、話を続けた。


「上級魔族の特徴も昨日の会議で話した通り、俺の元主は下半身が蛇の魔族。あの人個人はそこまで強くないけどシュバルツで最も多くの奴隷を従えてる、大群の長。


 もう1人は虫の大顎みたいなのが頬から生えてて、毒の針がついた尻尾を持つ魔族。攻撃的でもっとも魔王様に近い存在だと言われてる。


 最後の1人はよく知らない。主が熊って言ってたから熊みたいな魔族だと思う。屋敷から出て来ない。けど主はもう1人の上級魔族より相手にしたくないって言ってた」


 カランコエはマットに再び寝転がると触手で頭を掻いた。


「他に何かあったっけ」

「……カランコエも後で会議に出てくれないかな?」

「えー……まぁ、出ろっていうなら従うけど…………またオリビアが怒らないようにちゃんと質問してよね」

「叱られたくないんだね……」

「違う」


 カランコエは再びフォティニアに視線を向けると、ふぅっと息を吐いて本を開いた。


「オリビアが怒るとフォティニアが怖がって静かになる。それが気味悪いだけ」

「し、真剣な話だったから黙ってただけです!怖がってません!」


 フォティニアがカランコエを叩くと、彼は鼻を鳴らした。


少し改稿しました。

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