ep.42 ターマイト
「オリビア起きて」
カクタスに体を軽く揺すられて目を覚ましたオリビアは、重たい瞼を擦りながら起き上がった。
ドームの中は薄暗い為分かりにくかったが、もう朝らしい―― 入り口を見ると木々の隙間から光が差し込んでいる。オリビア達は片付けを終えると外にいるパキラの元に向かった。
「おう、起きたか?」
「おはようございます。大丈夫でしたか?」
「ああ、話を聞いて少し辺りを調べたが、魔族や魔物はいなかった。で、少し試してみたい事があるんだが……そっちのデイジー呼んでもらえるか?」
「呼んだかしら?」
ドームから欠伸を浮かべながらデイジーが出てくると、パキラは軽く手を上げた。
「おはようさん。あんた確か鑑定眼持ってたよな?血の跡見てもらうことできるか?」
「え?……やってみるけど……アタシ武器や素材の鑑定しかした事ないから期待しないでよ?」
周りに人が集まると、デイジーは「緊張しちゃうわ」と体をクネクネと動かす。それを見たパキラは早くしろと言わんばかりに彼の背中を叩くと、デイジーは不服そうに声を上げた。
「んもう!せっかちなんだから!どれどれ…………狼獣人の血とその毛髪、狼の魔物の血と毛髪……それと虫の死骸にカラスの風切羽のカケラ……後は雑草の名前ぐらいね……」
「昨日見たあの手は狼獣人か……」
昨日のあの手――
狼獣人の手は別の“何か”に引き摺り込まれた。
しかしその“何か”に関する情報は得られなかった。
パキラは頭を掻くと、デイジーに礼を言って立ち上がった。
「すっきりしねぇがここで足止め食うわけにはいかねぇな、ターマイトに向かうぞ」
パキラが声をかけると、それぞれ準備を済ませて再び移動を開始した。
パキラ達を先頭にターマイトに向かう途中、オリビアがどのぐらいで辿り着くのかを考えていると、フォティニアが側にやって来て彼女の服を軽く掴んだ。
「オリビア……」
「どうしたの?」
「昨日の魔族の手…………」
「なーに?フォティニア、怖いの?」
「違くて……!
…………なんだか私達に助けを求めているように見えて……」
「え……」
デイジーに揶揄われたフォティニアはすぐにそれを否定すると、俯きながら小さな声で呟いた。
オリビアとデイジーは顔を見合わせると、昨日の狼獣人の手を思い出した。――言われてみればそんな気がしなくもない。唸りながら考えていると、カランコエがフォティニアの背中を押した。
「急いでるんじゃないの」
「あっ、はい……」
「…………あの魔族が助けを求めているように見えた、だからなんなの?」
「……えっと」
「悩むだけ無駄」
「ちょっとカランコエ!」
カランコエが冷たく言い放つと、オリビアは思わず声を荒げた。
すると、それに気付いたカクタスが慌ててそちらを振り返った。
「何か揉めてるの?」
「別に」
「…………」
「……行きましょ」
「勇者様……!あの……」
カクタスはフォティニアの言葉を待つように足を止めて首を傾げたが、彼女は「なんでもないです」と俯いて横を通り過ぎて行った。
「……何かあったの?」
「えっと……」
「赤髪!魔物だ!」
「はい!」
オリビアとデイジーは言っていいものかと悩んでいると、そのタイミングで魔物が現れ、話は打ち切られてしまった。
ーーーー
想定していたよりも魔物や魔族に遭遇しなかった事で、予定よりも早く辿り着けそうだったが――日が沈む前に到着する事は叶わなかった。
今日は最初にカクタス達が、次にパキラ達、そして四葉達が最後の見張りに立つ事になった。
辺りを警戒しつつ、オリビアは心配そうにフォティニアの方を見ると、彼女は険しい顔をして茂みの方を見ていた。
今回は特に何もなく、時間が来るとカクタス達は見張りを交代した。
四葉に纏わりつくように眠る女性陣を横目にオリビアはシートと毛布を持ってフォティニアに近付いた。
「フォティニア」
「どうしたんです?」
「隣いい?」
「オリビア…………勇者様が隣を空けて待っているようなんですが……」
「ぐっ…………今日はこっちで寝る」
「ゆ、勇者様が子犬のような顔で…………」
「…………カクタス……今日は……ごめん」
「そっか……」
オリビアはしょんぼりとするカクタスに罪悪感を抱いたが、今は元気のないフォティニアの側にいたかった。
「フォティニア大丈夫?」
「はい……変な事言ってすみません……」
「アンタ達!女子会ならアタシも混ぜてくれないと!」
「あのねぇ……」
「…………ごめんなさい」
「なぁに謝ってんのよ〜!アンタどうしちゃったわけ?」
「……昨日の魔族の手を見て…………もし、魔族に助けを求められたら……どうしたらいいんだろうって考えちゃって…………」
フォティニアは静かにそう言葉を溢すと、眉を寄せて毛布を握り締めた。
すると、デイジーはその言葉を聞いて思わず「はぁ?」と声を上げた。
「助けてあげればいいじゃない」
「へ?」
「2人して暗い顔してるから何かと思ったわ!ダメなの?」
「だ、ダメっていうか…………でもこれ……ヴァイスの命運を賭けた戦いなんですよね……?なのに魔族を助けるのは……」
「もちろん向こうが殺す気ならこっちもそのつもりで行かなきゃいけないわ。でもそうじゃないなら対応も変わるわよ〜!それにアンタ、そんな事言ったらカランコエはどうなるのよ!」
ハッとするフォティニアに、デイジーは肩を竦めて言葉を続けた。
「難しく考えすぎよ。アタシ達が戦う理由ってヴァイスに住む人達の為であって、魔族を殺す為じゃないわ。……なーんて、ラークから聞いた勇者様のお言葉だけど」
3人はしょんぼりとしながら寝支度をするカクタスの方に視線を向ける。
そして、顔を見合わせると笑みを溢した。
「もしそういう事が起こったら、悩む間も無くきっとカクタスが先に手を差し伸べちゃうわ」
「そうね〜……きっと悩んでた自分が馬鹿らしくなるわよ…………カランコエが言っていた悩むだけ無駄って、もしかしたらそういう意味だったのかも」
「…………いや、微妙じゃない?」
「呼んだ?」
「あんたはもう少し言葉に気を付けなさいよ」
「は?」
オリビアがカランコエに軽くチョップすると、彼は額を押さえて渋い顔をした。
フォティニアはそれを見ておかしそうに笑うとオリビアとデイジーのシートを掴み引っ張り始めた。
「何してんの……」
「カランコエも手伝ってください!皆で勇者様の近くで眠りましょう!ラークさんも!」
「な、なんだ?」
「皆どうした、のっ⁉︎」
カランコエが触手で全員を持ち上げるとそのままカクタスの上に落とした。
デイジーとラークがカクタスが潰れないように――そしてオリビア達が怪我をしないように受け身を取ってくれたため無傷で済んだが、危害を加えたと判定が下ったのか誓約の力が発動しカランコエは体液を吐き出していた。
「最悪……」
「貴様はいったい何をしてるんだ……‼︎」
「カランコエを叱らないでください‼︎私がみんなで集まって寝たくてワガママを言ったんです‼︎」
「突然だね……」
「ダメですか?」
「……ダメじゃないよ。元気になったみたいでよかった」
「えへへっ……勇者様の隣はオリビアで、オリビアの隣は私!」
「じゃあアタシは勇者様の左隣をいただくわ〜!」
「じゃあ俺はここ」
「まったく……明日も早いんだ、さっさと寝るぞ」
「はーい!…………オリビア」
「ん?」
「あったかいですね」
「……そうね」
フォティニアの表情はどこかスッキリとしていた。
「交代の時間だぞ黒髪ー……ってなんじゃこりゃ……」
パキラが欠伸を浮かべながら中に顔を覗かせると、くっ付いて眠るカクタス達の姿を見て驚いた表情を浮かべた。
「なんで皆くっ付いて寝てんだ?黒髪のとこは分かるけどよ……」
「…………俺達もくっ付いて寝ないとダメなやつっすか?」
「バカ‼︎断固拒否だ‼︎…………ったく……どいつもこいつも幸せそうな顔しやがって……」
パキラは眉を下げておかしそうに笑うと、カクタス達を起こさないように四葉に声をかけた。
ーーーーー
「皆さん起きてください!日が昇りましたよ!」
四葉の声に目を覚ますと、よだれを垂らして眠るフォティニアの顔がオリビアの視界に飛び込んできた。
オリビアは思わず吹き出して彼女を揺すり起こしてやると出発の準備を始めた。
「四葉干し肉飽きたー」
「ワガママ言わないの!」
「オリビアの魔法で果物とか野菜出してもらおーよー!」
「ターマイトまでもう少しでしょ。我慢しなさい」
「うぇ〜……船の食堂が恋し〜……」
ターマイト制圧の為になるべくマナを温存しておきたい。甘い物が食べたいと縋ってくるリリー達をスルーしながら干し肉を齧っていると、ヘリーがカクタスの頭に着地した。
「船の方の様子を見て来ました!肉食魚人はほぼ制圧完了!早くターマイトを制圧し魔法陣を設置しましょう!」
「近くに魔物や魔族はいた?」
「魔物の姿は少し見ましたが魔族は見た限りいませんでした!」
「よっしゃ行くか!」
食事を終えて荷物を持つと、オリビア達はターマイトに向けて歩き出した。
「なんだか変ね……」
道中何度か魔物に遭遇したが、襲ってくる様子はなく、逃げていくものばかりだった。
「あいつらボア種はもっとでかくて好戦的なはずなんだがなぁ……子供か?」
「親が近くにいるかもしれませんね」
「アニキ、あれ」
シネラリアが空を指を差すと、そこに煙が上がっているのが見えた。
カクタスがヘリーに目配せするとヘリーは頷き煙の方へと飛んでいった。
「なんの煙ですかね」
「料理でもしてるんじゃない?」
「魔族も料理とかしたりすんのか?肉とか生で食ってそうなイメージだが……」
「ヴァイスの人間と違って丈夫だから生でも食べられるけど、料理もするよ」
「想像できねぇな……」
意外な話を聞いて驚く彼らの元に慌てた様子のヘリーが戻って来た。
「皆さん!この先にたくさんの魔族が集まっています!」
「魔族料理してたー?」
「何を呑気な‼︎料理ではなく集まって何かを燃やしてました!儀式なのかなんなのか……」
「そんな儀式があるなんて聞いた事ないけど……」
「罠の可能性は?」
「ないとは言い切れねぇな。だが、このままここで状況が分かるまで話し合うつもりか?行くぞ‼︎」
「ちょっと!」
戦いに飢えていたパキラが目を爛々と輝かせ走り出すと、仲間達は慌てて後に続いた。
煙の出所に向かうと、そこには角の生えた肉食獣人や虫の特徴を持った魔族、そして人間のようだが角を生やした魔族等――様々な者たちが集まっていた。その魔族達の中心にはヘリーの話の通り、山になった“何か”が黒い煙を上げて燃えている。
「ぅっ……嫌な匂い……」
「…………あれ、魔族と魔物の死骸よ」
辺りに充満する匂いに眉を寄せると、デイジーが鑑定眼で見た情報を伝えた。
「火葬……?」
「そんな文化ないよ」
魔族であるカランコエも何故こんな事をしているのか分からないようで、緩く首を振った。
「少し様子を見ますか?」
「嬢ちゃん、あの中に呪術師みたいなスキルを持ったやつはいるか?」
「いないわ。でも、毒を持ったやつは結構いる」
「面倒だな……先にそいつらを排除するぞ。毒持ちはどれだ?」
「虫人とあの奥にいる派手な柄の蛇の集団」
「よし」
オリビアはシュバルツに出る前にスキルが見られるという情報だけを共有していた。
既に集まっている魔族のステータスを確認していたオリビアは、パキラの問いかけにすぐ答えると、パキラは魔法使いと投擲組に目配せした。
彼らは頷きパキラの合図に合わせ、毒持ちの魔族に不意打ちを仕掛けた。
投擲組の投げ物は魔族を貫き、魔法使い3人はそれぞれの属性魔法を飛ばして毒持ちの魔族を屠ると、突然の襲撃に集まっていた魔族達は慌てた様子を見せた。
「後は俺様達がやる!」
パキラは茂みから飛び出すと大剣を構えて口端を上げて笑った。
「なんだお前ら‼︎」
「人間……?その刻印……まさか勇者か⁉︎」
「ずっと手応えなくて退屈してたんだ、楽しませてもら――」
「お前らの仕業だろ‼︎」
パキラの言葉を遮り肉食獣人の一人が声を荒げ、牙を剥き出しにして勇者達を睨んだ。
そしてすぐに他の魔族達を睨み付けて毛を逆立てると、唸り声を上げた。
他の魔族達が武器や爪を構えて同じように肉食獣人を睨みつけると、彼らは勇者達を置いて言い争いを始めた。
「俺達獣人は誇り高いんだ‼︎こんな陰湿な真似するかよ‼︎」
「だが一部食われているとなれば考えられるのはお前らしかいないだろ‼︎」
「スライムや他の捕食種と一緒にすんな‼︎勇者……お前らが仕向けたな‼︎」
「何の話だよ」
「とぼけるな‼︎ぶっ殺してやる‼︎……そして、勇者を殺した後はお前らだ‼︎」
「いいだろう……これを機に一掃してやるこの獣臭い劣等種が‼︎」
「イマイチよく分からんが……お前ら、やるぞ‼︎」
一斉に向かって来た魔族に、彼らは武器を構えた。
少し改稿しました。




