ep.41 シュバルツの地へ
「これがアクアボートか」
「おー!俺様先頭な!」
「緊張感ねぇなアニキ……」
シュバルツが見えてきたと報告を受けた勇者達は、準備を整えて船から下ろされたアクアボートに乗り込んだ。
カンパニュラ達水兵隊がアクアボートの周りを囲うように配置につくと、それを確認した兵士がロータスを呼んだ。
「ロータスさん!」
「オリビアちゃん、久しぶりだね。元気そうでよかった……よし、今から結界を張って君達を隠す。絶対に外には出ないように。それと、結界を張ったら中にいる君達の声はもう僕らには届かない。何かあればヘリーに」
ヘリーが「お任せください」と頭を下げると、ロータスは水属性魔法を使ってアクアボートに結界を張った。
かなりのマナを消費したようでロータスは顔を青くして兵士に寄りかかり、額を押さえた。
「はぁ……母のようにはいかないな……
もしものために、2日ほど保つようにした。……頼んだよ」
ロータスは最後にオリビアに向けて力無く微笑んだ。
そして、彼らを乗せたアクアボートは海底に潜ると、兵士達を乗せた船から距離を取って後ろに続いた。
しばらく進むと、ヘリーが翼をばたつかせて声を上げた。
「肉食魚人が接近!陸にいる魔族達も船に気付いて浜に集まって来ました!」
船の方へ視線を向けると、魚の大群のような影が船の前に集まっている――恐らく肉食魚人だ。
そして、それを散らすように動くパルマエの獣人や魚人の姿も見える。
カンパニュラはそれを確認すると、静かにカクタス達に声をかけた。
「……今のうちに少し岸へ近付きます。しかし、上陸はもう少し待った方が良さそうです」
「……大丈夫かな」
「修練を行っていたのは私達だけじゃないわよ」
「そうです。それに、パルマエの戦士が肉食魚人に負ける事は絶対にありません。信じましょう、勇者様」
「……そうだね」
心配そうにするカクタスに、オリビアとラークが言葉をかけると、彼は小さく頷いてアクアボートの向かう先へと視線を向けた。
カンパニュラがその戦闘の様子を見ながら、針のついた透明な紐を網のようにして岸まで張り巡らせると、アクアボートを引く魚人達に指示を出した。
魚人達は頷くと、アクアボートを引き移動を始めた。
「上陸地点に向かいます‼︎しっかり掴まっていてください‼︎」
速度が上がるとアクアボートの膜が大きく形を歪ませる。激しく揺れると、カクタス達は放り出されないよう縁に掴まった。
殆どが船の方へ向かったのか、運良く肉食魚人に出くわすことはなく大陸の近くに来ると、ヘリーから待機を言い渡されたカクタス達は息を潜めその時を待った。
その間も緊張が緩むことはなかった。
「魔族は船の方に集中しています‼︎上陸地点周辺に魔族の気配はありません‼︎今がチャンスです‼︎」
「勇者様、お気をつけて」
「ありがとうございます!行ってきます!」
アクアボートを海上に浮かび上がらせると、カンパニュラと魚人達は彼らに頭を下げた。
カクタス達は警戒しつつ結界から出てシュバルツの地に足を踏み入れた。
「ヴァイスと変わんねーな!」
「ちょっとパキラさん声が大きいです……!」
「おお、悪い悪い」
パキラの言うようにヴァイスと対して変わらない風景に彼らは少し驚いて辺りをキョロキョロと見回した。
「ターマイトまでは3日ほどかかりますが、なるべく戦闘を避けていきましょう。いいですね?」
「3日って休まず3日?」
「まさか、睡眠や休憩を含めての計算です。移動は日が出ている内に行います」
「ならさっさと移動しようぜ。頑張って魔族引き付けてくれてる奴らの為にもよ」
敵地という事もあり移動は徒歩。
急ぎつつも辺りを警戒しながら移動し、途中遭遇した魔物は見つからなければスルー、気付かれればなるべく時間をかけないよう手早く倒して進んだ。
「サロウの近くに比べたら魔物は多くねぇな……」
「そうですね……魔物も浜に向かったんですかね?」
「それにしても少なすぎる気がするが……」
「ちょっと待って、あそこにあるの……」
オリビアが茂みの影に黒いシミがあるのを見つけて近くに寄ると、他にも影に紛れるようにいくつものシミが辺りに滲んでいた。
「……血の跡だ、乾いてるけど結構ありますね……」
「魔物狩りをした後かもね」
「魔物狩り……?なんで魔族が?」
「…………何を勘違いしてるか知らないけど、魔物と魔族は動物と人間みたいな関係だよ。使役して道具として使ったり食料にしたりする。皮や角なんかは素材として使うし」
「ほーん……うまいのか?」
パキラは興味深そうに顎を摩りながらカランコエに問いかけた。
すると彼はその問いかけに緩く首を振った。
「食べるつもりならやめておいた方がいいよ。シュバルツの奴らにとっては力のつく栄養食だけど、ヴァイスの人間が食べたら黒いマナに侵食される…………少量なら問題ないとは思うけど、食べてみる?」
「…………いや、遠慮しとく」
“人間も魔物になる”というカランコエの話を思い出して顔を青くするフォティニアを見て、パキラは顔を引き攣らせて首を振った。
カランコエはその様子に鼻を鳴らすとカクタスの方を見た。
「とりあえずあんた達には好都合だったんじゃない?足止め食らわなくて済んで」
「……そうだね。先を急ごう」
カクタスはその血の跡を横目で見た後、不安を感じながらも歩みを進めた。
ーーーー
「オリビアさん頼めますか?」
「分かったわ」
日が暮れ、
ヘリーからの指示でオリビアは地属性魔法を使ってドームを作り、周りをシュバルツにある植物を使って囲った。
ヘリーはそれを見ると完璧ですと頷いた。
「一瞬で秘密基地ができました!」
「ありがとうオリビア」
「だからテントは置いてけって言ってたのか……」
「テントはどうしても目立つしね」
「助かるぜ。よし、見張りの順番を決めようぜ」
話し合いの結果、
四葉パーティーが最初の見張り、その次にカクタスパーティーが、そして最後の見張りはパキラパーティーに決まったが、四葉は心配そうにしながらカクタスに声をかけた。
「間ってきつくないですか?」
「大丈夫だよ。皆もいいって言ってくれてるし」
「最初の見張り頼んだわよ」
「任せてください!」
オリビアがそう声をかけると、四葉は張り切ってドームから出て行った。
そして最終確認をしていたデイジーとビンカが戻って来ると、その手には毛布と石が入った鍋を持っていた。
「夜は冷えそうだからあっちの魔法使いとデイジーに頼んで石あっためてもらった。毛布に包むとかして使ってくれ」
「意外に気が効くじゃない」
「まあな!」
「アタシのアイデアだったはずだけど〜?」
「う、うるせぇな!」
各自、中でシートを広げて寝る準備を始めると、パキラが毛布を片手で持ち上げ隣をポンポンと叩く姿がオリビアの視界に入った。
彼女は無視して離れた所にシートを敷き直すと、毛布を被った。
夜は気温が大きく下がり、肌寒かった。
オリビアは手を擦り合わせ、ビンカから受け取った石を布で包んで足元に置いた。
それはじんわりと毛布の中を暖め、オリビアはほっと息を吐いた。
気付けば話し声はなくなり、代わりに寝息がいくつか聞こえてきた。
「!」
オリビアはうとうととし始めた所で突然――横になっている彼らの姿が、母親や村の人々が血を流して横たわる姿と重なった。
慌てて近くにいたカクタスの側に寄って見ると、彼の体は上下にゆっくり動いていた。
――生きてる。
「(あの時と同じ、私の作った土の壁……そのせいか…………)」
壁を叩く音、次々と倒れていく村人達、響く子供の泣き声、――そして、笑顔でナイフを首に当てる母親の顔。
数々の恐ろしい記憶が呼び起こされると、体が震えた。
「オリビア……?どうしたの?」
彼女は無意識にカクタスの毛布を掴むと、それに気付いたカクタスが薄らと目を開けて首を傾げた。
オリビアは静かに深呼吸すると、震えを押さえるように手を握り込み、小さな声で彼に問いかけた。
「…………近くで寝てもいい……?」
「い、いいけど……ホントに大丈夫?」
カクタスはオリビアの言葉に驚いて目を泳がせたが、様子がおかしい事に気付くと心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
オリビアは暗がりの中でも不思議と彼の表情が分かると、少しだけ気持ちを落ち着けた。
少し近くで眠れればそれでよかったのだが、カクタスは隅に寄り毛布を持ち上げ隣をぽんぽんと叩いた。
オリビアはそれに驚いて一瞬固まったが、しばらくして静かに隣に寝転んだ。
カクタスがオリビアに毛布をかけて、安心させるようにぽんぽんと頭を叩くと、その優しさと暖かさに、気付けば震えは止まっていた。
「カクタス」
「ん?」
「ありがとう……」
オリビアは小さな声でカクタスにお礼を言うと、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。
「…………」
「……ちょっとアンタ達、皆いるんだから変な事しないでよ?」
近くで寝ていたデイジーが声をかけると、カクタスは目をギョッとさせた。
「ちょっ……何言ってるんですかデイジーさ……」
「…………お母さん……ごめんね……」
「……あら、寝言?」
「…………」
――――
交代の時間になり四葉がカクタスを起こしに来ると、リリーが一緒に寝ていた2人を見てニヤニヤと笑いながら揶揄った。
オリビアはリリーを強めに叩くと、カクタスは苦笑を浮かべて「静かに」と2人を優しく注意して外に出た。
「カクタス、さっきはごめんね」
「大丈夫だよ。落ち着いた?」
「おかげさまで……」
オリビアは自分の行動を思い出すと、後悔と恥ずかしさに額を押さえた。
「シュバルツでは星や月の輝きが弱いな……」
「多少気配は分かるけど何も見えないわね〜……大丈夫かしら……」
「灯りを付けるわけにはいかないから集中しないとね」
「ヘリーも集中します‼︎」
「ヘリーは少し声のボリューム落とそうか……」
「すみません……」
周囲に動きはない。
木々の葉が擦れる音だけがその場を包み込み、ただただ時間だけが過ぎていった。
「なんだか拍子抜けですね……魔族や魔物にもっと遭遇すると思ってました……」
「それだけ皆が頑張って引き付けてくれてるのよ」
「私のナイフの腕をもっと披露したかったです……」
「すごいやる気ね……」
「!」
何かが地面を踏み締める音が聞こえると、彼らはすぐに武器を構えた。
先程までやる気満々だったフォティニアの顔は緊張に強張っている。
「…………何か見える?」
「いや……でも確実に何かいる」
「……皆を起こしますか?」
「っ!」
暗い茂みの奥で何かがゆらゆらと動いているのが見える。
鋭い爪を生やした大きな手が茂みから勢いよく飛び出て来ると、攻撃の体勢を取る――しかし、その手は何かに引き摺られるように茂みの中へと戻っていった。
「今のは……」
「……ッあ!」
「オリビア⁉︎」
オリビアは何か分かるかもしれないと神の目を使うと、鋭い痛みが右目に走った。
思わず声を上げて目を押さえると、カクタスが慌てて彼女に駆け寄った。
前にもあった、確か――
「っ……攫い人……?」
カクタス達は確認の為に茂みへ向かうと、そこには血溜まりがあるだけで魔族の姿はなかった。
「痛みは大丈夫?」
「大丈夫よ……一瞬だけだったから……」
「さっきのは攫い人だったんですか……?」
「えっと……」
つい声に出してしまった事を悔やみながら、どう説明するかと悩んでいると、デイジーが肩を竦めた。
「断定するのは早計じゃないかしら……攫い人じゃなく、“アンチスキル”を持った魔族の可能性もあるんじゃない?」
「アンチスキル?」
「ええ、観察眼や鑑定眼、様々なものを見る目があるのと同時に、それを阻害するものも存在するのよ。
青髪の勇者様の観察眼は筋肉の動きや視線とか、様々な動きから次の行動を読むことができるものなんだけど、アンチスキルを持った相手だと動きを読む事ができないんですって。
そういう相手に何度か出会った事があるそうよ。
オリビアの目に対抗するものを持っている人、魔族がいる可能性も考えておいた方がいいと思うの」
デイジーの言葉にカクタスは小さく頷くと眉を寄せた。
「……確かに、あの男ならふざけた顔して声をかけて来そうだし……アンチスキルを持った魔族の可能性も考えた方がよさそうですね」
「まぁったくお前らーもうちょい緊張感持てー?交代の時間だぞ」
「パキラさん……」
パキラがドームから出て来ると、集まって話すカクタス達を見て大袈裟に溜息を吐いた。
カクタスは苦笑を浮かべて先程の出来事を話すと、パキラは少し考え込んだ後、「お前らは休め」とドームの中にカクタス達を押し込んだ。
「大丈夫かな?」
「青髪の勇者様なら大丈夫よ。彼に任せてアタシ達は休みましょ」
「……そうですね」
オリビアは右目を押さえて眉を寄せた。
「(アンチスキル……確かに攫い人だけじゃないのかも…………シオンに聞いてみよう……)」
その為には1人になる時間を作らなくてはと、オリビアが毛布を抱きながら考えていると、カクタスが隣を空けて彼女を見つめている事に気付いた。
無視できず隣に寝転ぶと、彼女は情けなさと恥ずかしさで顔を赤くしながらぎゅっと目を閉じた。
少し改稿しました。




