ep.35 カランコエの悩み
「病気……?」
「うん……」
カクタスは悲しげに笑って天井を見上げた。
「母さんの知り合いが……亡くなったって事を孤児院に知らせに来て、その時に病気だった事も一緒に知らされた。
男の人と駆け落ちしたっていうのは母さんがついた嘘だったんだ。
いつも笑顔で、俺に弱い所を見せようとしない人だったから……たぶん病気で弱っていく姿を見せたくなかったんだと思う。
……本当のところは分からないけど。
あの頃の俺は小さかったし、側にいてもきっと負担になるだけで何もしてあげられなかったと思う。
……でも、最期は側にいたかった。
母さんが亡くなった事も悲しかったけど――
母さんがひとりぼっちで最期を迎えたってことが、何より一番悲しかった」
カクタスは母に手を引かれる子供の姿を見て、母を思い出して悲しげに目を伏せる。そして、再びオリビアに視線を戻すと、柔らかな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ビンカ以外にこの話をするのは初めてだ」
「……同じ孤児院で育ったんだっけ」
「うん、泣いてた俺をよく元気付けてくれてたんだ。言い方はきついけど、いいやつなんだよ」
オリビアがビンカの名前を聞いて唸ると、カクタスは困ったように眉を下げた。
そして、頬を掻きながら遠慮がちに口を開いた。
「あのさ……」
「ん?なに?」
カクタスは照れ臭そうにすると、少し間を置いて言葉を続けた。
「この戦いが終わって、落ち着いてからでいいから…… 母さんの墓参りに付き合ってもらえないかな」
「え……」
「あっ!いや……母さんに俺の仲間を紹介したくて!……いや……えーっと…………オリビアさえよかったらだから!結構田舎だし遠いから嫌だったらいいし!」
カクタスは慌ててそう言うと、視線を下へ落とした。
彼の言葉にオリビアは窓の外へ視線を向けると、静かに口を開いた。
「……うん、連れてってよ」
「ほ、ホント……?」
「冗談だったの?」
「ち、違うよ!……ありがとう」
カクタスは嬉しそうに笑みを浮かべた後、
きっと母が生きていたら、好きな女をデートではなく墓参りに誘うとは何事だと怒るだろうなと想像して頭を掻いた。
――攫い人の男は店から出て路地裏に足を踏み入れる。そして、壁に寄りかかるシオンを見つけると、にっこりと笑って前を通り過ぎた。
「……勇者様の母親が病死したって……聞いてた話と違うんだけど?」
「……」
「他に何を隠してる、シオン」
シオンの方を振り向きそう問いかける男の顔に、笑みはなかった。
――――
「フォティニア何してるの?」
「オリビア!勇者様も!」
オリビアとカクタスが城へ戻ると、フォティニアが書庫の扉の前で欠伸を浮かべている姿を見つけた。
声をかけると、彼女は笑顔で駆け寄ってきた。
「カランコエは?」
「カランコエは中でひたすら読書ですよー……最初は私も中にいたんですが、話しかけ過ぎて追い出されました……」
フォティニアは不服そうに唇を尖らせ書庫の扉を睨み付けると、そういえばと言葉を続けた。
「なにか探してるみたいなんですけど……教えてくれないんですよ」
「中に入っても大丈夫かな?」
「たぶん大丈夫ですよ!」
フォティニアがすぐに書庫の扉を開けようとすると、カクタスがそれを止めて扉をノックした。
すると中から不機嫌そうなカランコエの声が聞こえた。
「なに?」
「俺だけど……中に入っても大丈夫?」
「私もいるわよ」
「…………フォティニアじゃないならいいよ」
「ひどいですカランコエ‼︎」
「フォティニアはうるさいから」
扉を開けて2人が中に入ると、カランコエは奥で触手を使い何冊も本を広げていた。
そして横目で2人を見ると、すぐに視線を本へ戻して溜息を吐いた。
「あんたそんなに何冊も開いて……内容理解できるの?」
「この2冊は分からない単語やヴァイスの歴史を調べる為に開いてるだけ……はぁ……これもハズレ」
カランコエは本を閉じると棚に戻し、また違う本を取り出して開く。それを繰り返すのを見て、カクタスはカランコエの側に座って顔を覗き込んだ。
「なに?」
「いや……少し心配で……」
「心配?…………本を読んでると心配されるの?」
「いやそうじゃなくて……」
「知りたい事があったから調べてる」
カランコエはそう答えると、ページをパラパラと捲り、また棚へと戻した。
「一緒に探そうか?」
カクタスが本棚を見上げながらそう言葉をかけると、カランコエはうーんと唸り声を上げて触手を次の本へと伸ばした。
いつもと様子の違うカランコエに、オリビアは思わず眉を顰めて首を傾げる。
「あんた……なんか変よ?」
「そう、変なんだ。だから探してる。……手伝ってくれる?」
「もちろん」
カクタスが嬉しそうに頷くと、カランコエは先程取り出した本を2人に見せた。
「魔族と人間の話が書いてある本を探してる」
「魔族と人間の?勇者の伝記とかそういう?」
「戦う話じゃなくて、魔族と人間が一緒にいる本」
カランコエが見せてきた本のタイトルはバケモノと少年と書かれた本だった。
「これが近いと言えば近い、でも違う」
「魔族と人間が一緒にいる話……」
「そ、どれを見ても魔族と人間が争ってる話しかない。参考にならない」
「参考?」
カランコエは持っていた本を全て棚に戻すと、腕を組んで2人に視線を向けた。
「俺、あの時あんた達の戦いを手助けしただろ。そこからずっと変なんだ」
「変?」
「うん。……同じ魔族と戦う事にはなんの抵抗もなかった。けど協力するつもりもなかった。読書の邪魔をされてしょうがなくと思ってたけど、よく考えたらそうじゃなかった」
カランコエは目を細めて扉の方をちらりと見ると、椅子に腰掛けた。
「フォティニアの顔を見た時、戦わなきゃと思ったんだ。
でもそれがなんでなのか分からない。
俺はフォティニアを交尾の対象として見ていない。だからフォティニアの持ってくる本はどれも参考にならない。
で、ここに来て調べてたんだけど、どれもしっくりこない……言語化の難しいこの気持ちが不快。でも、俺の進化の鍵になるなら理解したい」
カクタスは再び棚に触手を伸ばすカランコエを止めると、小さく笑った。
「城の書庫はどこよりも多くの本があるけど……これだけ調べても分からないなら、カランコエの知りたい事は本には載ってないんじゃないかな」
「……じゃあ勇者が教えてくれ」
「うーん、それも難しいかな」
「じゃあどうすればいいの?」
カクタスは顎に手を添えて考えると、少ししてから口を開いた。
「カランコエの気持ちや感情はカランコエ本人だけのモノだからね。答えが知りたいなら、自分で色んなモノや人に触れて答えを見つける方がいいんじゃないかな……その方が納得できる答えが見つかると思う」
「ふーん……」
カランコエはカクタスの言葉に口元を押さえて考え込むと、しばらくしていくつか本を手に取り書庫の扉へ向かった。
「カランコエ!もういいんですか?……ってにゃにしゅるんでしゅか‼︎」
「触れてる」
「ほっぺをこねくり回さないでください‼︎」
「…………これで分かるの?」
「うーん……そういう意味ではなかったんだけど……」
「よく分からない」
「きっと分かる時が来るよ」
「ふーん」
「それが探してた本ですか?」
「…………ま、そんなとこ」
「見せてくださいよ!」
「やだ」
フォティニアが本に手を伸ばすと、カランコエは彼女を遠ざけるように触手を伸ばしてガードする。カクタスはそんな2人を見て可笑しそうに笑った。
「……カクタスってすごいわね」
「え?なにが?」
「私じゃあんな風に納得させる事はできなかったと思うわ。……気持ちや感情は本人だけのモノ、か……」
オリビアが俯きながらぽつりと呟くと、カクタスはその様子に首を傾げる。
「オリビア?」
「あ……なんでもないわ」
オリビアは慌てて首を振った。
――――
「よう赤髪!」
「パキラさん、四葉くんおはようございます」
「おはようございます!」
2日後、
召集を受けた勇者達が城へ向かうと、そこには武装した兵士が多く見られた。
すぐにでもシュバルツへ出発するような勢いだったが、カトレアの話によると出発は更に2日後で、今回は作戦会議のようなものだった。
青髪の勇者は「なんだよ」と肩を落とした。
「明け方にパルマエから水兵隊を先頭にシュバルツへ向かう」
「パルマエから向かうのか?」
「海を渡るのに、ヴァイスとシュバルツの境に船を用意するのは難しいからな。パルマエからシュバルツの――」
カトレアが航路を説明する途中、ラークが静かに手を上げた。
「どうした?」
「この海域を通るのであれば、肉食魚人への対策を考えねばなりません」
「そなたたちが構う必要はない」
「はい……?」
「水兵隊は主にパルマエの者達だ。
彼らに戦場を駆けてもらい、我々はそれを後方よりサポートする。
我々が肉食魚人を引き付けている間に、勇者達にはシュバルツへ上陸してもらう。
戦いが始まれば、騒ぎを聞きつけ魔族が浜に集まるだろう……だが、問題ない」
「ははははっ‼︎あれだけの魔族を屠った後だ‼︎大した事はないだろう‼︎」
「大声を出すのはやめておくんなんし‼︎」
「貴女の声もかなり大きいのですがね」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえると、全員の視線がそちらに向けられる。そこにはエボニーの王、そして日本の甲冑のような物を着た女性と、白い鎧を纏った男性が立っていた。
「エボニーの王様?」
「サクラの国の……」
「おっ!サロウの王様じゃねぇか!」
「勇者殿久しいな‼︎怪我は平気か?がははははっ‼︎」
「四葉〜‼︎ 久しぶりでありんすぇ!わっちに会いたかったでありんすか?」
「パキラ、息災かね」
どうやらエボニーの王の横にいる2人は、サクラの国、そしてサロウ国の王らしい。
その3人後ろにはチモシーの王、そして他国の王であろう人達が続々と続いた。
(しっかりカクタスはエボニーの王に熱い抱擁を受けていた)
その中にはパロサントの教皇の姿も見られた。
カトレアは地図にペンを走らせると、ゆっくりと彼らを見回した。
「勇者達には先に黒の大陸を進んでもらう。そして、ターマイトと呼ばれる地を制圧してもらいたい」
「魔王のとこに行くんじゃねぇのか?」
「今回は今までとは状況が違う。まずはここを制圧して我々の拠点とし、魔法陣を使って各国に待機させている兵を移動させる。体制を整えた後、魔王のいるバークビートルに向かう」
「バークビートル?」
「地名だよ」
まっさらだったシュバルツの地図には、カランコエからの情報を元に地名や詳細が書き足されていた。
「前回の大戦で魔族の数は大きく減っている。だが、何が潜んでいるか分からぬ。
…………無茶はしないように」
「敵陣に乗り込むってのに、無茶するなは無理な話だぜ」
「茶化すな」
青髪の勇者が鼻を鳴らして笑うと、カトレアは額を押さえて呆れたように溜息を吐いた。
そして、再び顔を上げると、その場にいる一人一人に目を合わせながら話を続けた。
「風属性の魔法使い達に協力を得て、特にトラブル等がなければパルマエからシュバルツまで船で1週間。上陸後、勇者達だけであれば、ターマイトまでは3日で辿り着くだろう。
食料や回復薬に関してはこちらで準備する。
必要な物が他にもあれば報告してくれ。
――反撃の時は、2日後」
その言葉に、顔を強張らせる者、気持ちを昂らせる者、冷静に戦いに備える者、そして――
「…………」
覚悟を決めた者。
それぞれが感情を表情を滲ませると、カトレアはバークビートルと書かれた場所にナイフを突き立てた。
「魔王との戦いは、我々の代で終わらせる」
――――
その後、
地図を見ながら、もしもの事態に備えられるように話し合いが重ねられた。
各国の王が鎧を身に纏い集まりはしたが、船に乗り込むのは各国の隊長と兵士。
王達はヘリーを通して、戦況を見守るようだった。
パロサントの白魔法士はターマイトに魔法陣を設置した後に合流する予定だったが、パルマエの海域から出ると流速が速く船酔いの危険がある為、何人か船に同行する事となった。
まだ話し合いが続きそうだったが、勇者達は出発に備えて休めと言われ、王達を残して会議室を後にした。
「どうする?」
「アタシお腹空いたわ〜」
「なら皆で飯食いに行こうぜ!」
青髪の勇者が黒髪の勇者とカクタスの肩に腕を回して提案すると、オリビア達、そして他の勇者の仲間達は顔を見合わせて困ったように唸り声を上げた。
「なんでちょっと嫌そうなんだよ‼︎いいだろ、なっ?なっ⁉︎」
「カクタス、どうする?」
「せっかくだし、オリビア達さえよかったら皆で食べに行こうか」
「さすが赤髪!」
「アニキ、酒は飲んだらダメっすよ」
「なんでだよ!出発までまだあんだからいいだろ!」
「四葉と私達は忙しいんだけどー」
「俺も皆でご飯行きたいな……」
「もー!」
「よっしゃ!決定だな!」
青髪の勇者は機嫌良さそうに笑うと、カクタスと黒髪の勇者と肩を組んだまま、酒場へと足を向けた。
少し改稿しました。




