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ep.36 ご利用ありがとうございました。

 

 多くの住人や冒険者達が集う酒場。

 そこで特に賑わっていたのは、2日後に出発を控えた勇者達だった。


「攫い人ですか……」

「行動が読めないからシュバルツでも遭遇しそうで……」

「そんだけ強いなら俺様は相手してもらいたいがね」



「それならエルフ嬢の水属性魔法使ってみるのはどうだ?」

「うむ……しかし、どうやって水に体を預けるかだな」

「盾使ってみるのは?」

「両手斧の使い手なのに盾持つのはダメだろ」

「スライムに乗るのはどうだ?」

「却下だ‼︎」

「こっちのセリフなんだけど」



「うっそ!デイジー青髪の勇者がいいの⁈」

「あら!いい男じゃない!」

「四葉のがいい男ですわ!」

「そうです!四葉が一番です!」

「素敵ですよね黒髪の勇者様……」

「まさか、四葉を狙っているのか?」

「ヒィッ‼︎違います‼︎」

「オリビアは赤髪の勇者がいいんだよねー」

「ちょっと、巻き込まないで」


 最初は仲間達で固まっていたのが、気付けば勇者組と男組、そして女組で分かれ、それぞれがそれぞれの話題で盛り上がっている。


 女性達にすっかり溶け込んでいるデイジーに対して、オリビアは彼女達の恋愛に関する熱量の大きさに圧倒され、隅で体を縮こませていた。


 何かしら黒髪の勇者への愛が語られると、視線がオリビアへと向く――彼女達はオリビアの気持ちにしっかりと気付いているようだった。


「(自分達の話だけで盛り上がってればいいものを……)」


 カクタスに聞こえたらどうするんだと内心焦りながら言葉を躱していると、離れた席にジェンシャンが1人でいるのを見つけ、逃げるようにそちらへ向かった。



「…………なにか用か?」

「少し匿って……」



 あからさまに嫌そうな顔をするジェンシャンだったが、オリビアの後ろで目をギラギラとさせる女性陣に気付くと、彼は顔を引き攣らせてオリビアの同席を許可した。



「女性はそういった話題が好きだな……」

「皆そうじゃないわよ……」


 いい例がここにいる、とオリビアは自分を指差すとジェンシャンは溜息を吐いた。


「だからと言ってこっちに来る事ないだろ」


 初めて会った時から変わらずオリビアが気に入らない様子のジェンシャンに、彼女は苦笑を浮かべた。

 邪魔はしないからと飲み物に口をつけながらカクタスの方を向くと、ジェンシャンはそれを見て眉を寄せた。


「誰を見てる」

「えっ……べ、別に……」

「うちの勇者にはちょっかい出すな」

「ちょっと!あんたまで勘弁してよ!……カクタスを見てたの」

「…………惚気たいなら席に戻ったらどうだ」

「そんなんじゃないったら!…………あんた、青髪の勇者が好きなの?」


 馬鹿にしたように鼻を鳴らすジェンシャンに、オリビアはむっとするとつい喧嘩腰で言葉をかけた。

 すると、ジェンシャンはまったく気にする様子もなく返事をした。


「喧嘩がしたいのならレベルの合った相手を選べ」

「失礼なやつね」

「失礼なのはお前の方だ。もう少し考えてから口を開け」


 ジェンシャンは横目でオリビアを見ると、また馬鹿にしたように鼻を鳴らして食事に手をつけた。


「……悪かったわよ。あんたは、この戦いが終わったらどうするの?」

「はぁ……無理して話題を振らなくていい」

「無視していいわよ」

「……私は、まだ来ない未来や戻れない過去に思いを馳せる程暇ではない。あの人といられる “今” に忙しい」


「今……」


 オリビアがその言葉に思わず眉を寄せると、酔っ払った青髪の勇者が近付いて来るのが視界に入る。

 ジェンシャンは溜息を吐くと、「女性陣の所へ戻れ」と手を振ってオリビアを席から立たせると、青髪の勇者を捕獲し「飲み過ぎだ」と小言を漏らしてた。


「あらオリビア、あの子と何話してたの?」

「色々」

「きゅー……」

「わー姫様が倒れたー」

「お酒強くないのに飲むから……」

「そろそろお開きにしましょうか……」

「俺様はまだ飲めるぞー!」

「うおー!」

「撤収撤収!」


 酔っ払いが暴れ出す前に店を出ると、

 ビンカとジェンシャンが駆け回る青髪の勇者を追いかけ、

 黒髪の勇者が酔い潰れたアールダの姫を背負い、

 デイジーとカクタスが目を回すラークに肩を貸して、城へと帰る事になった。



「ん?」


 オリビアはそんな酔っ払い達を見て苦笑を浮かべると、自身のポーチに入れた覚えのない紙が入っているのに気付いた。

 彼女はそこに書かれた文字を読み、そっとそれをポーチに戻して彼らの後ろを追いかけた。




 ―――――


「ほらラークさん、もうすぐ部屋ですから!……それじゃあオリビア、また明日」


「うん、おやすみ」


 オリビアはカクタス達を見送ると、部屋の扉を静かに閉めてゆっくりと後ろを振り返った。


「……何かあったの?」


 部屋の中には口の端に血を滲ませたシオンと、顔を青痣だらけにした攫い人の姿があった。


「ケンカした」


 いつもヘラヘラとしている攫い人の男は珍しく不機嫌そうに唇を尖らせ、そんな男の様子にシオンはフンッと鼻を鳴らして顔を背けた。


「あんた達……子供じゃないんだから……」

「おじいちゃんが俺に嘘ついたのが悪い!神様のくせに嘘つきなのが悪い!」

「神様が嘘をつかないなんて誰から聞いたんじゃ?それに僕は元々人間じゃし」

「このクソジジイ!」

「なんじゃとこのクソガキ!」


「ちょっといい加減にしなさい!…………で、何の用なの?」


 オリビアが呆れながら尋ねると、シオンは不貞腐れた顔を浮かべながらそれに答えた。


「セコイアの王がお前と同じ目を持っているからな……このガキの手の者を会議の場に忍ばせる事ができなかった。会議の内容を詳しく教えてくれ」


「ああ……分かったわ」


 オリビアは会議の内容を2人に話すと、シオンと攫い人の男は顔を見合わせた後、まるで何事もなかったかのように言葉を交わし始めた。


「今までに比べるとなかなか慎重じゃな」

「王様もこれで最後にしたいんでしょ。魔法陣の開発はこの為だったんだねー」

「誰かさんのせいで飛行船の話は頓挫したしな」

「おじいちゃんねー飛行船なんて船よりいい的になるでしょーがー。動力だって――」


「飛行船?」


 オリビアが2人の会話に首を傾げる。

 攫い人の男は誤魔化すように笑うと肘でシオンを突いた。

 そしてそれに対してシオンが男を叩くと、彼らは再びケンカを始めた。


「やめなさい!もう……頭が痛くなってきたわ……子供みたいな真似はやめて!特にシオン!元は高校生って言っても、もう何百年も生きてるんでしょ!」

「やーい怒られてやんのー!しかも呼び捨てー!」

「あんたも!何歳か知らないけど私より年上でしょ!」

「俺十六歳♡」

「嘘つけ三十路」


 また2人がケンカを再開すると、オリビアは呆れて額を押さえた。――そして、この2人に協力すると決めた過去の自分を責めた。



「おっと……用事は終わったし、おじいちゃん先に出ててー」

「お前は?」

「ちょっとエルフちゃんに用事が残っててさー寂しいと思うけど……もう痛い痛い!」


「……オリビア」


「なに?」


 シオンは何度か男を叩いた後、フードを被るとオリビアの方を振り向いた。


「僕らは先にシュバルツへ向かう。お前達がシュバルツに上陸した後、また顔を見せる。1人になれる時間を作っておいてくれ」

「シュバルツにはどうやって――」

「エルフちゃんは知らなくてもいいの」


「……分かったわ。気をつけて」

「それは僕のセリフじゃ」


 シオンは小さく笑うと、瞬きの間に姿を消した。



「エルフちゃん好きな色はー?あ!赤以外ね〜」


 用事とは何かと問いかけようとして振り向くと、男は何故か服を着替えて鏡の前で化粧をしていた。


「あんた何してんのよ……」

「はい、時間切れ〜このままでいっか」


 オリビアは徐々に顔が変わっていく男を訝しげに見ると、男は髪の癖を治して靴の高さを調節した。

 振り向いてオリビアを見つめる顔に、攫い人の面影はない――そこには中性的で綺麗な顔をした男が彼女を見下ろして笑っていた。


「俺ってさー結構根に持つタイプなんだよねー」

「は?」


 男はその姿のまま扉を開けると、そこには扉をノックしようとして固まるカクタスの姿があった。


「騒ぐ声が……聞こえて………………」


 顔を引き攣らせるカクタスに、男はにっこりと笑みを浮かべると、振り向いてオリビアの頬に口付けた。


「お客さん、またのご利用お待ちしております」


 男は手をひらひらさせて部屋を出て行った。


「お客さん……?ご、ご利用……?」


 男の言葉に頬をぴくぴくと痙攣させるカクタス。 オリビアはそれを見て、彼が何を勘違いしているのか察すると、顔を真っ青にして大量の汗を滲ませた。

 変な事をしていたわけではなく、神を倒す為に作戦会議してただけなの!――とは言えない。

 オリビアが必死で言い訳を考えていると、

 その様子にカクタスはどこか悲しげに視線を落とし、一歩後ろに下がった。


「今のって――」

「……ま、マッサージ‼︎マッサージの人よ‼︎疲れてたから頼んだの‼︎」

「…………マッサージ?」

「ホントに違うんだってば‼︎本当よ‼︎確認してもいいから‼︎」

「な、何を……?…………ちょ‼︎待ってオリビア‼︎落ち着いて‼︎信じる‼︎信じるから‼︎」


 パニックを起こしたオリビアが服を脱ぎ始めるとカクタスは顔を真っ赤にして慌ててそれを止めた。

 そして、影で声を押し殺しながら笑う攫い人の男がオリビアの視界に入ると、彼女は怒りと羞恥に顔を耳まで真っ赤にして歯をギリギリと鳴らした。


「(あいつ絶対許さない……‼︎)」


 誤解はなんとか解けたが、男に対する怒りは収まらなかった。



 ――――


「あー面白かった」

「用事は済んだか?」

「おじいちゃんにも見せてあげればよかったな。エルフちゃんのあの顔……クククッ……」


 堪らず笑いだす攫い人の男に、シオンは呆れて溜息を吐き出した。


「あー笑った笑ったー!んじゃ、そろそろ行こうか」

「本当に黒の架け橋から向かうのか?お前の力ならそこを通らなくとも……」

「確認がてらね〜……それに、空はもう飽きた」


 攫い人の男は空を見上げ、小さく呟いた。


「……寄り道するなよ」


 男の肩まで伸びる腕の火傷痕を見ながらシオンはそう声をかけると、静かに姿を消した。



「さて、行きますか」



 ――――


 数時間後にはヴァイスを発つオリビア達は、部屋で荷物の最終確認をしていた。

 長期の旅になる為、支給品以外のチェックは欠かせなかった。


「こんなもんかしら?」

「これも入れて」

 

 カランコエが大量の本を持ってくると、ラークは怒りを通り越して呆れたのか、大きな溜息を吐いて額を押さえた。


「スライム……その本の山はなんだ……持っていくつもりなのか?」

「これでも厳選したんだけど」

「2冊までにしろ‼︎」

「長いんだからせめて10冊……」

「船にも本はあるだろう!我慢し…………む……?この本は……」

「……知ってるの?」


 ラークが本の山から1冊を手に取り目を細めると、カランコエの問いかけに頷いて彼に手渡した。


「どんな内容の本なんですか?」


「獣人と人間の……所謂恋愛小説だ。

 シュバルツに住む者の殆どが亜人である事から、昔は獣人を魔族だと思う者が多くいた。

 これはヴァイスに住まう獣人が人間だと認められ、迫害や奴隷化が厳罰化されて間もない時代に書かれた物だ」

「ほへ〜そうなんですね」

「なかなか考えさせられる内容だぞ」


 カランコエはそれを聞くと、興味深げに本の表紙を見た後、フォティニアにそれを渡した。


「…………ならこれ持ってく」

「恋愛物はもういいって言ってたじゃないですかー‼︎私のおすすめの本読んでくださいよ‼︎」

「牛の人、他におすすめないの?」

「似たような物ならこれか……」

「なんで無視するんですかー‼︎」


 オリビアはラークが読書を嗜む事に驚きつつ、距離が少しだけ縮んだ2人に笑みを浮かべた。


「ひどいですカランコエ…………あっ!そういえばカランコエはターマイトには行った事あるんですか?」


 フォティニアは盛り上がる2人を見て羨ましそうにむーっと口を尖らせ、気を引こうとしたのか話題を振った。

 それに対してカランコエは視線をフォティニアに向けると本を鞄に入れながら緩く首を振った。


「ないよ。殆どバークビートルで過ごしてたから」


「でも多少知識はあるんですよね?」


「うん、多くの下級魔族がいる地域だよ。ターマイトに住む魔族は基本的に種族ごとに群れを作って、その中で一番力の強い者に従って生活してる」


「群れで生活してるんですか?」


「そうだよ。親と子供、そして自分達の世話をさせる為の奴隷なんかで群れを形成してる奴らが多いかな。

 子供は群れで一番強い父親を殺す為に母親に育てられ、父親は子供に能力がないと分かれば殺し、あると分かれば自分をより強者にする為に道具として使う……って聞いてる」


「うぅ……ヴァイスの家族とは全然違います……」


「そう?貴族とか似てると思うけど」


「下手な事を言うんじゃない……」


 ラークが諭すとカランコエは首を傾げた後、言葉を続けた。


「今は魔王様が復活したから魔族達はある程度協力体制を取ってるけど、魔族って自分以外の存在は上か下か、快楽や戦力としての“道具”としか見てないって、あの人は言ってたよ」


「本当にそうなのかしら……」


「さあね。……ま、俺はまだ生まれて間もないから、本や人から聞いただけの知識を今話してるだけで実際は分からないよ。俺みたいな例外もいるわけだし」


「…………例外、か……出会いたくはないな……」



 ラークが小さな声で呟くと、カランコエは少しだけ目を見開き驚いた様子だったが、しばらくするといつものように何を考えているか分からない――無表情に戻っていた。

少し改稿しました。

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