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ep.34 勧誘

 


「女神を殺す……?」



 その言葉に顔を強張らせると、青年は指でこめかみをトントンと叩いてゆっくりと口を開いた。


「まだ全ては話せんが……そうじゃな…………おい、広く伝わっている神話はどうじゃったか?」

「おじいちゃんってばすぐ忘れちゃうんだからー……」

「…………」

「わっ!叩かないで!…………うーん……エルフちゃんの知ってる神様挙げてみて」


「えっ……黒の神と白の女神……と、その2人の神に世界を与えた神……」


 オリビアは神話を思い出しながら答えた後、

 目の前の青年――シオンのステータスに三神の一人と書いてあった事を思い出し、頭を悩ませた。


「……語られし神話は、都合の良い真実だけを残して、多くを隠され伝わった物じゃ」


「どういうこと……?」


「神話では黒白の神様が世界を与えられたと伝えられてるけど……世界を与えられた神様は本当は3人いたんだ。そのうちの1人がこの人ってわけ」


 攫い人の男はそう言うと、シオンの肩を掴んで「ねー?」と顔を覗き込んだ。

 シオンは男の頭を叩くと、机の上にあった水差しに触れ、その水差しの止まっていた時間を動かし一口飲んだ。


「僕らは元々は人間じゃった」


 シオンは水を欲しがる男にコップを渡すと、静かに言葉を続けた。


「気まぐれな神が僕らを哀れんでこの世界――そしてこの世界を作り上げる為の力を与え、僕らはこの世界の構築者、“神”となった。

 でもその前の僕らは、バスの事故で死んだ――“ただの高校生”じゃった」



 オリビアは彼の口から出た言葉に、数秒――息をすることを忘れる程の衝撃を受けた。


「高校生……?」


「なんだっけ?シューガクリョコー?それに行く途中で死んじゃったんだって」


 攫い人の男が空になったコップを指でくるくると回しながら軽い口調で話すと、オリビアは顔を険しくさせる。

 シオンはそんなオリビアを見つめたまま、話を続けた。


「神は、創造の力、時を操る力、死の力をそれぞれに与えて、僕らに世界を導くように言ったんじゃ。

 創造の神、今の黒の神と白の女神は自分のいた世界から知恵を借り、様々な種族を生み出した。

 そして僕、時の神はその者達に寿命を与え、

 もう一人、死の神は寿命を終えた魂や他の世界から流れてきた魂を新たな器へと導き、世界を回した。


 僕らはこの世界の者達を愛し、世界の流れを見守っていた。

 ……僕は彼らを仲のいい友だと思っていた。

 じゃがある日、

 世界に干渉する事が多くなった創造の神に対して、死の神が苦言を呈すると、

 創造の神は死の神を殺して力を奪った」


『シオン……逃げて……ッ』


 シオンは死の神の言葉を思い出すと口を閉ざし、顔を歪ませた。

 そして、少し間を置いてから再び口を開いた。


「……僕は一部の力、生命の寿命を操る力を代償に、神の領域からこの世界へ逃げた。

 神話では、それらしく取り繕われた物語が語られていたが、あいつが分裂したきっかけは――“僕”じゃ。

 あいつは望んで分裂したわけではなく……僕の一言が原因で力が暴走し、“本心”と“理想”の姿に分かれた。

 僕が逃げ出したことで、それぞれの感情が肥大化し、意思を持った別の存在となってしまった。

 一つに戻る事が困難となってしまったあいつは、誓約の力で一つになる方法を取った。それがこの戦争の始まりじゃ。


 世界を巻き込み暴走する創造の神を、僕はどうする事もできないまま……この力を使って逃げ回った。

 そこで、出会ったのがこいつじゃ」


 シオンが攫い人の男を指差すと、男は肩を竦めて首を振った。


「おじいちゃん、あんま余計な事言わないでよ?」


「……分かっておる。こいつは創造の神が始めたこの戦争に疑問を持ち、一人暗躍していた。

 僕はこいつと出会い、こいつの言葉を聞き、逃げる事をやめて戦う事を決めた」


 シオンは男を見て口元に笑みを浮かべると、再びオリビアに視線を戻した。


「あいつは、魂を一つに戻した後、僕から力を奪い、この世界を再構築するつもりじゃ」


「世界を再構築……?」


「そう……都合のいい者だけを選び、その他を切り捨てる。そして自分の理想を押し付け、その理想に添った生き方を強制する――歪んだ世界(ディストピア)を作るつもりじゃ。


 僕らの目的は、あいつを神の座から引き摺り下ろしこの世界を、今を生きるすべての者たちを守ること。

 誰もが自分自身の意思を持って、自由に生きられる、本来在るべき世界を取り戻す事じゃ」


「それで女神を……創造の神を殺すっていうの……?」


「怖いのか?エルフちゃん」


 攫い人の男がオリビアの顔を覗き込み笑うと、オリビアは彼を睨みつけた。


「そうじゃない!」


「落ち着け……心配に思うのも分かる」


 シオンは真っ直ぐオリビアを見つめる。その瞳の奥には、薄く光る時計の針が見えた。


「あいつから世界を守るのに、僕らだけでは丁半の賭けになる」


「おじいちゃんひどい!俺だけじゃ満足できないっての?」


「お前は少し黙ってろ。…………あいつの理想郷に、選ばれないであろう者の中に、お前以上に戦える者はいない。

 そして、お前は誰よりもこの世界の未来を生きたいと思っている。

 その思いは、僕らを勝利へ導く鍵となる――そう僕は確信している。

 じゃからお前に提案しに来た。

 僕らと、未来を救う為に共に戦わないかと――」


「でも私は……」


「言ったじゃろ……なんとかしてやると」


 シオンがオリビアの手を握ると、静かに目を伏せた。


「事情は知っている。…………うん……“オリビア”の魂は確かにここに在る。しかし、僕があいつの力を奪う事ができれば……彼女の魂を解放し、お前をこの世界へ繋ぎ止める為の方法を……お前が、この世界での未来を歩む為の方法を探してやる」


「…………」


「できるわけじゃないんかい!あはは」


「……キャット……おめぇはええ加減にしろよ‼︎

 これ以上ちばけるならおめぇの事話してもええんだで‼︎」

「ちばけるって何⁉︎痛い痛い!ごめんごめん!」


 シオンが額に青筋を立てて攫い人の男をバシバシと叩き始めると、男は焦りながら自分の頭を守るように手を翳した。


「……できるかどうかは分からないのね」


「はっきり言ってしまえば、“今”は無理じゃ。しかし、あいつから力を奪えばできる可能性が生まれる」


「…………」


「どうするエルフちゃん。その可能性に賭けてみるかい?」


 攫い人の男が笑みを浮かべてオリビアを見ると、

 彼女は静かに息を吐いた。


「……本当に、創造の神はそんな世界を作ろうとしてるの?」


「ああ、お前もあいつと話して何か感じたんじゃないか?」


「…………もしそれが本当なら、私にこの世界の未来がないとしても……阻止したい」


 オリビアは眉を寄せてそう言うと、シオンの手を取った。


「……それに……たとえあなたの言葉が嘘だとしても……可能性があるのなら、私はそれに賭けたい。前の世界に未練がないわけじゃない……でも……それでも私は、この世界で生きていきたい…………」


 ――この感情は、影響されたものじゃない。絶対に、私のものだ。

 オリビアの頬に涙が伝うと、それは床に落ち、赤い絨毯に小さなシミを作った。

 シオンは彼女の手を握り返すと、小さく頷いた。


「…………私は、何をすればいい?」


「勇者と共に魔王を倒せ。そして、黒の神と白の女神が一つになった時――」




 ―――――


「転移の魔法陣の準備はできておりますが……勇者様のために宿を用意してあります。よろしければ、そちらでお休みを……」

「ありがとうございます」


「勇者様どうする?」

「……オリビアがいつ出て来るか分からないし……デイジーさん達は先に宿に行って休んでてください」


「パロサントの宿では大人しくしとけよ黒髪」

「ナンノコトデスカ」

「こいつ‼︎こんな神聖なとこでもヤる事ヤる気だ‼︎」

「いや、命の営みというのは神聖なものだろう……ゴホンッ、四葉……少し試したい事があるのだが……」

「なに言ってんだこの女騎士‼︎」


 大聖堂前でカクタスや他の勇者たちは談笑してオリビアを待っていた。

 騒ぐ青髪の勇者たちに笑うカクタスの視界に扉を開けて出てきたオリビアの姿が映ると、彼はぱっと表情を明るくして駆け寄った。


「オリビアお疲れ様。大丈夫だった?…………オリビア?」


 オリビアは静かに深呼吸すると、カクタスに笑いかけた。


「ええ、大した話じゃなかったわ」


 一瞬、彼女の表情に違和感を覚えたカクタスだったが、「お腹減ったわ」とぼやくオリビアに、気のせいかと頭を掻いた。


「宿に行く前にご飯食べようか」

「ヘリー、パロサントのご飯って何が有名なの?アタシもお腹ぺこぺこよ〜!」

「おいしいお店知ってますよ!仕方ないからヘリーが案内してあげます!」


 オリビアは視界の端に、木の影からこちらを覗く少年の姿をしたシオンのを見つけ、顔を引き締めた。


 彼は小さく微笑むと、一瞬で姿を消した。


 オリビアはそれを見届けると、大聖堂を睨むように見上げた。


「オリビアどうかしましたか?」

「なんでもないわ。行きましょう」


 オリビアは強く拳を握り込み、彼らと共に大聖堂を離れた。



 ――シャナはそれを窓の向こうから見下ろしていた。


「…………思ったより、平気そうですね。脅しが足りなかったかしら。…………あなたが適切な位置にいてくれないと、綺麗なエンディング……そして夢のようなオープニングが迎えられないのだけれど…………」


 シャナはカクタスの方を見ると、目を細めた。


「彼には勇者でいてもらわなければならないのに……彼女の最期を考え直す必要が出てきたわ……」



 彼女は小さく呟くと、靴音を響かせながら廊下の影へと消えた。



 ――――


「フォティニア、書庫に連れてって」

「買ってあげた本があるじゃないですか!」

「調べたい事がある」

「調べたい事ですか?……うーん……仕方ないですね……」

「早く連れてって」


「じゃあアタシはラークと一緒にお店にいるから、何かあったら呼びに来てちょうだい!」

「俺は勇者様と……」

「アンタ空気読みなさいよ!ほら行くわよ!ヘリーも来なさい!」

「へ、ヘリーも勇者様と……」

「い い か ら !」


 オリビア達はパロサントの宿で一泊した後、転移の魔法陣を使ってセコイアに戻ってきていた。


 それぞれが用事のため席を外すと、残されたカクタスとオリビアの2人は、顔を見合わせ苦笑を浮かべた。


「皆行っちゃったね」

「そうね……どうしようか?」

「せっかくだし朝ご飯でも食べに行く?」

「いいわね」


 まだ召集の連絡もなかった為、2人は街へと足を運んだ。


「勇者様だ!」


 カクタスを見て、勇者だと気付いた人々が寄ってくると、カクタスは丁寧に1人ずつ相手をした。

 その姿を見るオリビアの瞳は、どこか寂しさを帯びている。


「あっ……ごめん、放ったらかしちゃって……」

「ううん、大丈夫よ。すっかり有名になっちゃったわね、勇者様」

「そんなことないよ……」

「ふふっ……早く行きましょ!このままじゃお昼ご飯になっちゃうわ!」


 カクタスが少し照れ臭そうに笑うと、オリビアは釣られて笑みを溢して彼の手を引き、飲食店へと向かった。


「いらっしゃいませー何名様ですか?」

「2人……ぅッ⁉︎」


 オリビアが笑顔で指を2つ立てると、右目に痛みを感じて唸り声を上げた。


「オリビア大丈夫⁉︎」

「お客様大丈夫ですかー?」


「ええ、……っ目にゴミが入ったみたい……」


 オリビアは右目を押さえながらカクタスに笑みを見せた後、気付かれないように店員を睨みつけると、店員はにこやかに笑って2人を席へ案内した。

 カクタスがトイレに席を立つと、オリビアはその店員を呼び付けた。


「……あんた何してんのよ」

「あらら、お客様ってば怒ってますー?」


 なんとなしに神の目を使った事で走った痛み――彼女はそれに覚えがあった。

 変装でもしているのか顔は別人だが、彼は確実に攫い人の男であった。


「偶然ですよ偶然ー小遣い稼ぎしてたらお2人が来てびっくりしましたー」

「嘘つけ!何が目的なのか早く言って!」

「勇者様に会いたかっただけなんですー」

「その話し方やめてよ鬱陶しい!」


 同じ目的の為に協力する事となったが、オリビアはその男を好きになれなかった。

 オリビアは苛立ちながら攫い人の男を睨み付けると、そこにカクタスが戻ってきた。


「どうしたの?」

「…………この店員さんが絡んできたの」

「へ⁉︎」

「……そうなの?」


 カクタスが冷ややかな目で男を見ると、男は「失礼しました」と逃げるように席から離れた。


「(生意気エルフめ……)」

「(フンッ)」


 わざわざこんな事をするなんて――

 近くでカクタスの動向を見る為か、別に目的があるのか――オリビアは男の掴めない性格に眉を寄せて溜息を吐いた。


 別の店員が注文を取りに来ると、サンドウィッチと飲み物を頼み、2人は外の広場で走り回る子供たちを窓越しに眺めながら話をした。


「パロサントもセコイアも、子供たちはどこも元気ね」

「そうだね」


 子供たちを眺めるカクタスの目はとても優しかった。


「……カクタスって子供好きなのね」


不意にオリビアが問いかけると、カクタスは小さく頷いた。


「うん。俺、アールダの領地にある街の孤児院で育ったんだけど、よく下の子たちの面倒を見ていたから」

「そういえばパロサントでそう話してたわね……」


 オリビアはその話題が出てきたことに、少しだけ驚いた。

 彼の過去を知りたい、しかしそれ以上聞いて良いものか――

 彼女が言葉を繋げる事ができずにいると、カクタスはそんなオリビアに気付いて小さく笑い、過去を話始めた。


「元々は、母さんと2人で暮らしてたんだ」

「お母さんと?」


「うん。小さな家で2人……父親は生まれた時からいなかった。母さんは俺に寂しい思いをさせない為に、いつも気にかけてくれて……優しくて、よく笑う人だった」


 カクタスは運ばれてきたジュースに口をつけると、小さく苦笑を浮かべた。


「怒るとすごく怖かったけどね。たくさんのカエルを家の中に逃しちゃった時が一番怖かったかな……」

「…………とんでもない悪ガキだわ……」


 オリビアがおかしそうに笑うと、カクタスもつられて笑みを溢した。


「毎日楽しかった。……けど、突然孤児院に預けられる事になったんだ」


 彼は悲しそうに笑って窓の外に視線を移した。


「……男の人と駆け落ちしたってシスターたちが話してるのを聞いて――」


「そんな……駆け落ちってどうして……っ!」


 オリビアが思わず大きな声を上げると、カクタスは慌ててオリビアを宥めた。


「落ち着いてオリビア!違うんだ!」

「違うって……」

「病気だったんだ」

少し改稿しました。

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