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ep.33 不思議な少年

 

 オリビアは彼女の言葉に理解が追い付かず固まった。そして、じわりと汗が背中に滲むのを感じるとハッとして声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください‼︎私は勇者じゃありません‼︎」


 オリビアの体に勇者の刻印はない。

 少しだけ期待して何度も体を確認した――だからそれは間違いない。


 しかし、シャナは静かに首を振ると言葉を続けて聞かせた。


「あなたは勇者です。……いえ、勇者になるはずだった」

「はずだった……?」


 まだ追いついていない頭を押さえながら、オリビアはシャナの言葉を待った。

 まるで焦らすように時間を置いて、彼女はゆっくりと続きを話し始めた。


「神は世界の数だけ存在し、それぞれの神は互いの世界に干渉できません。

 けれど――“死”だけは例外です。

 命を終えた魂は神の加護を離れ、別の世界へと流れ着く。

 私はその理を利用し、魔王との戦いの為に他の世界で死を迎えた者達の中から強き魂を選び、記憶を持ったまま勇者としてこの世界へと導いてきました。

 その中には体もそのまま、こちらに呼び寄せた者もいます。

 今回も他世界を覗き、“死期の近い者”を探してこの世界に必要な者を選んだのです。

 ――それが四葉さん、そしてあなたでした」


「すみません……ちょっと……わけわかんなくて……つまり私は向こうで死んでこっちに転移……いや、転生した勇者だと……でもなるはずだったって事は……どういう――」


「あなたは死んでいません」


 シャナの一言に、オリビアの頭が一瞬真っ白になった。


 でも私はここにいる――

 オリビアはわけが分からず、ただ混乱した。


 シャナはそんなオリビアを置いて、言葉を続ける。


「本来なら、あなたは事故で命を落とし、勇者としてこの世界に転移するはずでした。

 ですが…………そこに“黒の神”の介入があったのです。

 あなたは“死ぬべき定め”から外れ、生き延びてしまった。

 けれど、今までにないほど恵まれた魔法の才、そして他より優れたマナの量……魔王を倒す為、この世界には――私にはあなたが必要だった。

 禁忌に手を染め、あなたの魂をこの世界へと連れて来た。

 …………その結果が、今のあなたです」


「なに……どういうこと……」


「あなたは転生者ではなく、――憑依者なのです」


「憑依者……?」


「体はあちらの世界に残したまま、まだ生きているあなたの魂だけを連れ、この世界の“空いた器”へと無理矢理憑依させたのです。

 その代償として、私は一時的に神の領域から落とされ……この体を通して、そしてヘリーから得られる情報を通じてしか、世界の様子を見ることができなくなった。

 だから此処へあなたたちを呼び寄せた。

 勇者へ加護を授けるため。そして、あなたに真実を伝える為に」


「……ちょっと待って……転生じゃなくて憑依って…………私はこれからどうすれば……向こうの私は――」


 オリビアの手は冷たく、震えていた。

 困惑に頭が痛みを訴え、まるで内側から殴られているかのように心臓が激しく脈打つ。

 これ以上は聞きたくない――

 そんな彼女の気持ちを無視するように、シャナは無情に言葉を続けた。


「魔王との戦いを終えれば、元の世界に魂を戻します」


「は……?」


「向こうの世界に残されたあなたの体は傷も癒え、後遺症もありません。……目を覚ませばあなたは全てを夢だったと思うでしょう」


「ちょ、ちょっと待って‼︎」


 オリビアは慌てて声を上げると、息苦しさを感じながら必死に言葉を探した。


「戻す……?ま、待って…………ここに……ここに、留まることは……」


「できません。完全に転移した四葉さんと違い、あなたはまだ向こうの世界で“生きている”。この世界に留まることはできません」


「何よそれ……」


 オリビアは体を震わせながら立ち上がり、格子の向こう側にいるシャナに向かい声を荒げた。


「勝手すぎる……‼︎そんな事ならいっそ向こうの私を――」


 その先の言葉を、オリビアは飲み込んだ。

 死んだと思って、この世界で生きてきたのに――

 脳裏に浮かんだ母と妹の顔に、彼女は血が滲むほど強く拳を握り締めた。


 きっと二人は“私”が目を覚ますのを待っている。


 でも、この世界には――



「……それもできません」


「…………っ……」


「その体の持ち主であるオリビアさんはまだあなたの中にいます」


「え…………」


「本来なら、木から落ちた時にオリビアさんは命を落とすはずでした。

 ですが、魂が体から離れるタイミングで、私が無理矢理あなたを憑依させてしまった。

 結果――あなたの魂とオリビアさんの魂が繋がり、彼女は内側に囚われてしまった。

 あなたが向こうの世界に戻れば、彼女の魂も解放されるはずです」


「私の中に本物のオリビアがいる……?」


「はい。自分の感情に違和感を覚えた事は?」


「…………は……?」



 シャナの言葉に、オリビアは馬車での暴走を思い出した。

 抑えきれない怒りの感情と、それに困惑する感情――2つが同時に存在していた事。


 ローレルを殴りつけた時もそうだ。

 怒りの感情が自分を支配した事に対して、どこか戸惑いと恐怖を感じている自分が存在していた。


 糸が切れたように体の力が抜けた。

 乾いた笑いが出ると、オリビアは自分の顔を手で覆った。


「今、私が感じてる感情は……誰のものなの?オリビアの感情?それとも――」


 オリビアの頭にカクタスの顔が浮かぶと、頬に涙が伝った。

 ふらつきながら立ち上がり、倒れ込むように扉を開ける。

 シャナに対して怒りをぶつけたかったが、その気力は残っていなかった。

 いや――彼女の中の“オリビア”にとってはどうでも良い事だったのかもしれない。


「……はっ……こんな神のために戦ってたなんて、ばかみたい」


 オリビアはぽつりと呟くと部屋を後にした。



「…………でもあなたは戦場に戻って来る」



 シャナは仕切りの格子をゆっくりとなぞるように、指を這わせた。


「なぜなら彼を愛しているから」


 そしてシャナは手を組むと祈るように目を伏せ、静かに言葉を続けた。


「でも……これ以上はいけません。

 あなたがいなくなった後も……彼には“勇者”でいてもらわなければ……どうか優しい彼の心がそのままに、あなたから離れるよう――お願いしますね、オリビアさん」


 シャナの口元には笑みが浮かべられていた。





 ――――


「転移の魔法陣の準備はできておりますが……勇者様のために宿を用意してあります。よろしければ、そちらでお休みを……」

「ありがとうございます」


「勇者様どうする?」

「……オリビアがいつ出て来るか分からないし……デイジーさん達は先に宿に行って休んでてください」


「パロサントの宿では大人しくしとけよ黒髪」

「ナンノコトデスカ」

「こいつ‼︎こんな神聖なとこでもヤる事ヤる気だ‼︎」

「いや、命の営みというのは神聖なものだろう……ゴホンッ、四葉……少し試したい事があるのだが……」

「なに言ってんだこの女騎士‼︎」


 大聖堂前でカクタスや他の勇者たちは談笑してオリビアを待っていた。

 騒ぐ青髪の勇者たちに笑うカクタスの視界に扉を開けて出てきたオリビアの姿が映ると、彼はぱっと表情を明るくして駆け寄った。


「オリビアお疲れ様。大丈夫だった?…………オリビア?」

「ごめん、一人にして」

「何かあったの?体調が悪いなら……」

「お願いだから放っておいて‼︎」


 心配して顔を覗き込んで来たカクタスに向かってオリビアが怒鳴ると、辺りが静まりかえった。

 しかし、彼女は構わずカクタス達に背を向けて、1人の白魔法士の元へ向かった。


「転移の魔法陣はどこに?」

「あっ……大聖堂横の聖騎士の塔に……帰られますか?」

「ええ、今すぐ」

「オリビアさん!少しお待ちを!カトレア様に報告をしますので――」


 オリビアは飛んできたヘリーを乱暴に掴むと、歯を食いしばりながら彼を睨み付けた。

 ヘリーはその表情に、体を震え上がらせて縮こまった。


「師匠だけじゃないでしょ……」

「な、なにを……」

「あの女にも全部情報を流してたんでしょ⁉︎」

「えっ……?し、シャナ様の事ですか……?情報を流すなんてそんな……ただヘリーや勇者様の活躍を……」


 オリビアは怯えるヘリーをカクタスの方へと投げると、白魔法士と共にその場を離れた。

 放心するカクタスに、彼女が振り返る事はなかった。


「ち、ちょっと……あの子どうしたの……?」

「…………シャナさんはどこに?」

「い、今すぐ連れて参ります……」


「お姉さんは?」


 困惑するカクタスの後ろから声がかかる。


 振り向くとそこにはオリビアと話をしていた少年がフードを深く被り立っていた。

 カクタスは心を落ち着けて、彼の前にしゃがみ込むと苦笑を浮かべた。


「お姉さんはちょっと用事があって先に帰っちゃったんだ」

「…………そう」


 少年は目を細めてカクタスを見た後、小さく溜め息を吐いて大聖堂へ視線を向けると、鼻を鳴らして笑った。


 少年はカクタスへ頭を下げるとその場から去った。

 カクタスは彼を気にかける余裕はなく、そのまま見送るとシャナを待った。



「キャット」


 少年は木の影に向かい声をかける。


「呼んだ?」


 少年の呼ぶ声に攫い人の男が音もなく現れると、男は少年の様子に笑みを浮かべた。


「あらら、エルフちゃん心折られちゃった?」

「セコイアに向かうぞ」





 ーーーー


 オリビアは転移の魔法陣でセコイアに戻ると、王城の自室へ閉じこもった。


 自分の感情だと思ってたモノが突然信用できなくなった。

 それに加えて、彼女にこの世界での未来はないことが分かった。


 このまま戦い続けても、彼女には何も残らない。



『一緒に行こうオリビア』


「…………っ……うぅ……」


 オリビアの脳裏にカクタスの顔が浮かぶと、悔しくて涙を溢れさせた。

 声を押し殺すように枕に顔を埋め、シーツに爪を立てる。


「オリビア?もう戻ってきたのか?」


 扉の向こうからカトレアの声が聞こえた。

 その心配そうな声に、オリビアの心臓は強く締め付けられた。


「オリビア……何があったのだ」


 カトレアからもう一度声がかかると、オリビアは静かに声を震わせながら彼女に問いかけた。


「……師匠は私が何者か、見えてたんですよね」


 カトレアはそれを聞き、言葉を失った。


 神の目は自分のステータスが見られない。

 シャナのステータスに憑依という文字を見た時、自分のものにも同じ表記があるのではないかと彼女は考えた。


 カトレアの反応から、オリビアはそれが正しかった事を確信した。

 他の世界で死んだ者を、勇者としてこの世界に連れてくる――

 シャナの言葉を思い出し、オリビアは思わず乾いた笑い声を上げた。


「私が勇者だと思ったから、ここまで良くしてくれたんですか?」


「違う‼︎……いや…………最初は、そうだったかもしれない……でも今は違う……私は……そなたを――」


「少し、一人にしてください」


 今は何もしたくない。

 今は何も考えたくない。

 今は誰とも関わりたくない。


「オリビア開けてくれ……話をしよう……」


「(お願いだから、放っておいて……)」


 オリビアは布団に包まり目を閉じる。すると今までの思い出が脳裏に次々と浮かんだ。

 歯を食いしばって必死に考えないようにしても、それは決して消えてくれず、彼女を苦しめる。

 その思い出たちは、この戦いが終われば、夢として片付けられてしまう。


『オリビアに出会えてよかった』


 カクタスの言葉が、彼女の瞳からまた大粒の涙を溢れさせた。



 カクタスに告白するメイドを見て、

 彼女は先の未来を想像していた。

 魔王を倒したら、自分も彼に気持ちを伝えたいと。

 でもその未来は彼女には訪れない。



「オリビア……」


「あらら、引きこもっちゃった?」

「お前は…………うっ……‼︎」


 扉の向こうから聞き覚えのある声と、何かが倒れる音が聞こえた。

 オリビアは体を起こして扉の方を見ると、扉をコンコンとノックされた。


「……師匠?」

「もしもーしエルフちゃん元気ー?あっ、元気じゃないんだっけ、ごめんごめん!」

「攫い人……!」


 扉の向こうから茶化すような声が聞こえると、オリビアはベッドから飛び降りて身構える。――そして、カトレアの声が聞こえない事に気付くと、彼女は顔を青くして慌てて扉に駆け寄った。


「やっほー」


 扉を開けた先には、数人の兵士とカトレアが床に倒れており、攫い人の男はニコニコと笑みを浮かべながら壁に寄りかかり手を振っていた。


「女王様ってば、何を手こずってるのやら。女の子に部屋のドアを開けさせたいなら、ただノックしてやればいい。コンコンッ、てね」


 男は扉を軽く叩くと、にっこりと笑ってオリビアを見た。


「遊びに来たよん」

「ふざけ……!」


「そこまでにしろ」


 男の後ろから小さな影が顔を出すと、オリビアは思わず動きを止めた。


「君……なんで……」


 そこには、パロサントで会った少年の姿があった。

 驚くオリビアを横目に少年は男の足を軽く殴ると、眉を寄せた。


「キャット、ここまでしろとは言ってないじゃろ」

「でもどうせなかった事になるんだろ?別に良いじゃん」


 オリビアが困惑しているうちに男がズカズカとオリビアの部屋に入ると、それに続いて少年も彼女の部屋へと足を踏み入れた。

 少年は椅子に腰掛け、男はベッドに寝転がると、軽い口振でオリビアに問いかけた。


「バカ女神に何言われたのー?」

「…………関係ないでしょ……それより、あなた何者なの?」


 オリビアは少年の方を向くと眉を寄せた。

 どこか雰囲気が違うと感じていたが――


「(この子……ステータスが見えない……)」


 神の目を通して少年を見るが、何も表示されない。

 神の目が使えなくなったのかと確認のために攫い人の男を見ると、右目に鋭い痛みが走った。

 目を押さえて悶えるオリビアを見て男はおかしそうに笑うと、少年に頭を叩かれた。


「痛い!だってエルフちゃん学習しないんだもーん!」


「いったいなんなのよ……今それどころじゃ……」


「あらら、おじいちゃん勇者様来ちゃったみたいよ」


 男が何かを感じ取ったのか起き上がると、やれやれと肩を竦めた。

 少年は「厄介じゃな」と溜息を吐くと指をパチンと鳴らした。


「…………?」


 オリビアは部屋の空気が変わったことに気付いた。

 辺りを見回すが、変わったところは見当たらない。

 しかし、確実に何かがおかしい。


 男はまたおかしそうに笑いながら時計を指を差すと、オリビアはその時計の秒針が動いていない事に気が付いた。


 ハッとしてカトレアの方へ行き、口元に手を当てると、彼女は息をしていなかった。

 ――しかし、これは死んでいるからではない。


 カトレアがいつも身につけている時計に目をやると、それも時を刻む事をやめていた。


「……時が……止まってる…………?」


 オリビアが困惑しながら少年の方を振り向く――しかし、そこに少年の姿はなかった。


「……え……」


 少年がいた場所には、知らない青年が座っていた。

 茶色の髪は横に緩く結われ、儚げな雰囲気をした彼の顔には、先程の少年の面影があった。


「まさかさっきの子……?」


「エルフちゃんもっかいその目で見てごらん」


 攫い人の男が楽しそうに笑いながら右目を指差すと、オリビアは言われた通り神の目を使って彼を見た。


「どういう……こと……?」


「言ったじゃろ、なんとかしてやると」


 オリビアは彼に浮かんだ文字を見て、表情に困惑の色を滲ませると、彼は静かに口を開いた。


「話をしよう」


 青年は足を組むと、オリビアに近くに来るように言った。

 オリビアは顔を強張らせながら彼の元へ近付くと、もう一度確認するように、左目を閉じた。


「お前をその苦しみから解放してやれるのは、恐らく僕だけじゃ」


 シオン

 時を支配する者

 世界を構築した三神の一人


 右目に映る彼の情報はこれだけだった。

 しかし、その内容はオリビアをひどく混乱させた。


「いくつか話を聞かせてやろう。そして、お前には選んでもらう。僕たちと共に戦うか、そうでないかを」


 青年は手袋を外すと机の上に置き、オリビアを見つめた。

 彼の手の甲には、オリビアの神の石と似た、紫色の石が怪しく光を放っていた。


「僕達と共に戦う道を選ぶなら、お前の抱える問題を、僕がなんとかしよう。……じゃが、覚悟をしてもらう」


 攫い人の男は再びベッドに寝転がると、部屋の天井に描かれた天使の絵に向かってナイフを投げ付けた。


「女神を殺す覚悟を」


少し改稿しました。

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