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ep.32 告解室

 


「(あの子、なんだったんだろ……後でシャナさんにでも聞いてみようかしら……)」


「オリビアどうしたの?」

「さっき男の子と一緒にいたんだけど、気付いたらいなくなっちゃって……」

「ああ……そう言えば急に姿が見えなくなったね……どこに行ったんだろ……」

「……勇者様、しっかり見てたんですね」


 フォティニアがぽつりと呟いてカクタスを見ると、デイジーは「やだぁっ!」と声を上げてカクタスの背中を強く叩いた。


「いっ!な、なに⁉︎」

「勇者様、子供にまで妬いたんじゃないでしょうね⁉︎」

「ち、違うよ‼︎ただ、あの子だけ離れたところにいたから気になっただけで……」

「本当はオリビアを見てたくせに……」


 必死に弁解するカクタスを横目に、オリビアは呆れたように笑うと、再びあの少年を思い浮かべる。


 ませているだけかと思ったが、妙に落ち着いていて――どこか変わった雰囲気を漂わせていた。


 手に視線を落とすと、あの少年の言葉を思い出す。


 彼は一体何者なのか――いくら考えても答えは見つからなかった。



 カクタス達は教皇に連れられて、神の間へと続く扉の前にやってきた。

 扉は重厚で大きく、勇者の刻印と同じものが刻まれている。


 教皇が静かにその扉を開くと、そこには窓から差し込む光に照らされて輝く鐘と、それがぶら下がった台があるだけの広く寂しい空間が広がっていた。

 中へ足を踏み入れると、靴の音が大きく響く。


「神からお話がある間、我々は神託に従い大聖堂から離れております。終わりましたら外へお声掛けください」


「わかりました」


 静かに扉が閉められると、少し間を置いてから彼らは顔を見合わせた。


「…………とりあえず待ってればいいのか?」

「そうですね……」

「ホントに神様の声が聞こえ――」


 落ち着かない様子で辺りを見回していると、突然部屋に鐘の音が響き渡り、全員が静かに口を閉ざす。

 しかし、しばらくすると鐘の音は鳴り止み、沈黙が再び部屋を包み込んだ。


「なにか聞こえますか……?」


 続く沈黙に耐え切れず口を開いたのは黒髪の勇者だった。


「いや……」

「……どうしましょうね?」


「勇者達よ」


「うおっ!ビビった!」


 突然、部屋に透き通るような女性の声が響く。

 すると青髪の勇者が驚きに声を上げ、彼の声に他の者達はビクッと体を跳ねさせた。

 誰もが青髪の勇者を責めるような目で見るが、彼が気にする様子はなかった。


「お待たせしてしまい申し訳ありません」


 声のする方――鐘の方へ視線を向けると、鐘の周りには光が集まっていた。


「お久しぶりです、女神様」

「四葉さんお久しぶりです。ここまで呼び出してしまい申し訳ありません……」


 黒髪の勇者が声をかけると、女神は申し訳なさそうな声色で返事をした。

 会ったことがあるのかと驚く周りに、彼は転移する際に女神に会って力を授けてもらった事を説明した。

 彼のステータスに神授と表記があった理由が分かると、オリビアは納得したように「そういうことか」と声を漏らした。


「んで?俺様たちを呼び出した理由は?」


 青髪の勇者の不敬な物言いに仲間達が顔を青くすると、また鐘の音がカランと部屋に響く。


「まずは先に謝らせてください。カクタスさん……辛い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

「俺ですか?」

「あなたの力を初めから伝えられていれば……」


 女神の言葉にカクタスは眉を下げて笑った。


「いえ……大丈夫です」


 カクタスはオリビア達の方を向いて優しく微笑むと、再び鐘の方に視線を戻した。


「……彼らのおかげでここまで来れました。これからも勇者として頑張ります」

「チッ……真面目がよ」


 カクタスの言葉にビンカが嫌味を飛ばすと、カクタスは苦笑を浮かべて頬を掻いた。

 そして女神は、彼の言葉に悲しさを滲ませながら再度謝った。


「あなたは本当に……清く優しいのですね。……だからこそ、謝らせてください。本当に申し訳ありません……」

「いやいや大丈夫ですから!」

「申し訳ありません…………黒の神の介入さえなければ…………」

「……?」


 カクタスは女神が必要以上に謝る理由がわからず首を傾げるが、女神はそれ以上語らず話題を次へと移した。


「……今回の件、よく乗り越えました……ありがとうございます」

「余裕だったがな!」

「後は黒の子――魔王をよろしくお願いします……多くの血を受け更に力を得ています……ですが、今のあなた達なら大丈夫でしょう……それぞれ覚醒しましたね?」


「覚醒?…………あの時のか」


 女神の言葉からカクタスと同じように、青髪の勇者と黒髪の勇者も今回の戦いで覚醒した事が分かった。

 しかし、黒髪の勇者は何か思い出したのか、表情に悲しさを滲ませて、リリーの方を向いた。

 リリーはそんな彼に、困ったような顔で笑うと彼の手を優しく握った。


「私が授けたものの一つです。多くの信頼を得た勇者(あなた)たちは、それぞれの感情を力とする特別な術(スキル)を手に入れました。

 青髪の勇者は喜び(プレザント)を。

 赤髪の勇者は怒り(フューリー)を。

 黒髪の勇者は哀しみ(サッドネス)を。

 それぞれの感情が強く膨れ上がり、爆発した瞬間に発現する――それが“勇者の覚醒”です。

 このスキル得た今は、その記憶を思い出すことで、いつでも発動する事が可能なはずです」


「こりゃ驚いた!本当だ!」


 青髪の勇者の目の中心が青く光り、全身に鱗のような模様が淡い光を放ちながら浮き上がると、彼は楽しそうに笑った。


 それを見た黒髪の勇者も試してみると、目の中心が白く光り、全身に炎のような模様が淡い光を放ちながら浮き上がった。

「思い出さないといけないのか……」

 しかし、黒髪の勇者はぽつりと呟くと、その顔を悲しげに歪ませた。


 カクタスも真似てみると、目の中心が赤く光り、全身に風のような模様が淡い光を放ちながら浮き上がった。

 オリビアはあの時の戦いで見たのはこれだったのかと、カクタスに浮かんだ模様を興味深そうにじっと見つめた。


「大きな力を発揮する事ができますが、消耗は激しいです。お気をつけください。…………しかし、その力があればきっと、今度こそ…………」


 女神の声には抑えきれない悔しさが滲んでいた。

 姿は見えないが、少し怒りを感じられるようなその声色にオリビアは驚いた。


「(悲しそうにしたり悔しそうにしたり……案外人間っぽいのね……)」


「魔王は今黒の領域……シュバルツにて勇者達を討ち滅ぼす為マナを集めています」

「マナを集める?」

「はい、魔王は魔族達の勇者への殺意をマナに変換する事ができるのです」

「へぇ……カランコエは知ってましたか?」

「なに?急に話題振られても俺はシュバルツの出身だからこっちの神の声聞こえないんだけど」


「カクタスお前魔族連れてんのかよ⁉︎」


 ビンカが驚きの声を上げると、カクタスは苦笑浮かべて頬を掻いた。


「色々事情があって……」

「その方も勇者の加護を受けているということは、良き仲間なのですね」

「勇者の加護?」

「魔王は魔族の殺意から力を得る……勇者は仲間の信頼から力を得るのです。そしてその力は仲間に加護を齎す……あなた達が普通の兵士達よりも強いのは勇者の加護のお陰なのです」

「どーりで弱っちかった姫様が兵士たちより活躍できたわけだー」

「四葉をとても信頼していますし信頼されているという事ですね!」

「あたしだってめっちゃ信頼してるし!」


 黒髪の勇者の仲間達が彼に引っ付く様子を見て、青髪の勇者が眉をぴくぴくと痙攣させると、彼の仲間たちはそっと彼の近くに寄った。

 青髪の勇者はゾッと体を震え上がらせ「男は嫌だ!」と怒り始めた。


「白き神が愛しき子供達に祝福を与えよう」


 鐘が鳴り、勇者たちの周りに光が集まる。

 オリビアが神の目で彼らを見ると新たにスキルが追加されていた。



意思疎通(テレパシー)……勇者同士限定にはなりますが…… 声に出さなくても意思の疎通ができます。魔王との戦いできっと役に立つでしょう」

「ヘリーはお役御免ですか⁉︎」

「大丈夫よ……たぶん」

「え⁉︎」


 青髪の勇者が念じているのを見て黒髪の勇者とカクタスが笑うと、女神は言葉を続けた。



「…………今の黒の神は大きく力を失っています。この戦い、必ず勝利を収めてください。これ以上戦争が長引けば――」


 女神はそこで、言葉を切った。

 青髪の勇者が心配すんなと声をかけると、再び鐘が鳴り女神の声が響いた。


「よろしくお願いします。魔王を討ち、世界に平和をもたらしましょう」


 オリビアはこの女神がローレルに神託を下したのか問いかけてみたかったが、鐘がもう一度鳴ると光が消え、女神の声は聞こえなくなった。


 オリビアは肩を落として溜息を吐き出すと、ふと思い出した。


 勇者は分かる。しかし、仲間までこの神の間に連れて来たのは何故なのか――一緒にいる必要はなかったように感じた。

 そして、黒の神が大きく力を失っていると言っていたが、それはどうしてなのか――

 オリビアの頭にいくつもの疑問が浮かぶと、隣にいたデイジーに問いかけようとしたが、デイジーは女神の声を聞けた事に感動してか、目を輝かせながら天を見上げ、自分の世界に入り込んでしまっていた。


「もー!四葉ってば!」


 唸り声を上げながら考えていると、リリーの声が部屋に響く。

 そちらに視線を向けると、リリーが暗い表情の黒髪の勇者を慰めるように頭を撫で回していた。


「四葉くんどうしたの?」

「……実は、この前の戦いで……リリーが……」


 涙ぐむ黒髪の勇者にカクタスが慌てふためくと、リリーは頭を掻きながら代わりに説明した。


「実はあたし、死にかけてさ!四葉がそれ気にしちゃってんだよねー!あたしのミスで死にかけたわけだし、それで覚醒できたんだから気にしないでって言ってるのに!てか、そのせいで人魚の歌だっけ、あれ使わせちゃって逆にあたしの方が申し訳ないっていうかー……」


「そうだったのか……」


「貴重な薬だったのに、すみません……でも……っ」

「いんや、俺様もきっとそうなったら迷わず使ったと思うぜ」

「そうだよ、怖かったよね」


 カクタスと青髪の勇者が慰めると、黒髪の勇者は涙を流しながら謝り、

「もっと強くなります」

 そう言って涙を拭った。



「彼、大丈夫そう?」


 オリビアは遠慮がちに問いかけた。

 カクタスは小さく笑って頷くと、黒髪の勇者へ視線を向けた。


「うん、彼は強いよ。……よし、そろそろ行こうか」


 仲間たちと談笑する黒髪の勇者を見てオリビアは少しだけ安堵すると、扉の外へと出た。



「お疲れ様でした」

「シャナさん?」


 出口に向かう途中――後ろから声をかけられ振り向くと、そこにはシャナがいた。


 神託を受けている間、勇者達以外の人間は全て大聖堂の外に出ていると聞いていた。それにも関わらず彼女はここにいる。何故なのか――オリビア達は疑問を抱き、顔を見合わせた。

 シャナは深く頭を下げると、オリビアの方を向いて静かに口を開いた。


「オリビアさん、少しお話できませんか?」

「へ?」


 視線が一斉に集まると、オリビアは顔に困惑の色を滲ませた。


「あんた何かしたのー?」


 黒髪の勇者の仲間が問いかけてきたが、覚えのないオリビアは慌てて首を振った。

 シャナは穏やかな笑みを浮かべると、オリビアの腕にそっと触れ目を細めた。


「少しばかり女同士のお話がしたいのです」

「しかし……」

「勇者様‼︎少しぐらいいいじゃないですか‼︎」


 カクタスが眉を寄せて止めようとすると、ヘリーが翼をばたつかせて言葉を遮る。

 カクタスは少し考え、オリビアを見ると右目を指差した。


「(シャナさんのステータスは確認済みだけど……)」


 オリビアは左目を閉じてもう一度シャナのステータスを確認した。


 右目に映った文字を見て、オリビアは言葉を失った。

 カクタスはそれを見て槍を握る手に力を込めると、オリビアは慌てて彼を止めるように手を前に出した。


「オリビア?」


 オリビアは表情を強張らせたまま、口元に笑みを浮かべると、カクタスの元へ行って彼の背中を押した。


「…………先に行ってて」

「でも……」

「大丈夫、攫い人でも魔族でもない。危険はないわ」

「嬢ちゃん大丈夫そうか?」

「ええ、少し話して来るわ。カクタスをよろしくね」


 「任せろ」と言って青髪の勇者がカクタスを外へと連れ出すと、カクタスは思わず手を伸ばしたが、扉は静かに閉められた。


 大聖堂には彼女達2人しかいない。

 オリビアは深呼吸すると、シャナの方を振り向いた。


「話って……」


「オリビアさん、こちらへ」


 シャナはニコリと笑って手を引いた。

 彼女に連れられて訪れた部屋には、扉が2つ付いた木製の小部屋があった。


 それは告解室と呼ばれる物だった。


 シャナに中へ入るよう促されると、オリビアは何も言わずに扉を開けて中に入った。


 ――告解室とは、信者が自らの罪を司祭に告白し、神に許しを得るための場所。

 前世の記憶で知識のあったオリビアは、少しだけ興味深そうに中を見回すと、隣にいるであろうシャナに声をかけた。


「私をなぜここに?」

「…………」


 しばらく待ったが、なかなか話し出さないシャナにオリビアは痺れを切らして再度問いかける。


「なんで私をここへ?話したい事があったんじゃないですか?――“女神様”」



 神の目を通して見た彼女のステータス。

 そこには、シャクナゲの名前の下に、女神に憑依されし者と書かれていた。


「はい」


 シャナはそう短く返事をすると、手を組み笑みを浮かべた。


「私はあなたに――4人目の勇者に懺悔する為にここへ来ました」

少し改稿しました。

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