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ep.31 神聖国パロサント

 



 出発すると、青髪の勇者はご機嫌な様子で街の人々に手を振っていた。



 オリビアが話しかけるタイミングを伺っていると、彼の仲間達がこちらをじっと見ている事に気付いた。ジェンシャンに関してはどこか不機嫌そうに彼女を睨みつけている。

 オリビアが首を傾げて見ると、ビンカが小声で話しかけて来た。



「お前の事は生意気で気に入らねぇが、忠告しといてやる…アニキは女に関してはかなりめんどくさい男だ…変に気を持たせるな……苦労するぞ…」

「はぁ?」

「俺様を差し置いて何話してんだ?」



 血走った目でビンカを見る青髪の勇者がオリビアの視界に入ると、彼女は先程のビンカが言った言葉の意味が分かった気がした。



「…気を持たせるつもりなんてないわ。聞きたい事があってこっちに来たの」

「なんだなんだ?なんでも聞いてくれていいぜ!」


 オリビアは静かに深呼吸すると、青髪の勇者へ問いかけた。


「あんた、モドキと戦ったのよね?」

「モドキ?」

「アニキ、たぶんオークの事だ。エルフの奴らはオークの事をモドキって呼ぶんだよ」

「ああ、あいつらの事か…あいつらがどうした?」


「……そいつらは言葉を話した?」


「言葉…?いや…他の魔族は言葉を話していたが…奴らは言葉なんて話してなかったぞ。あいつらって確かスライムやゴブリンとかと同じで頭悪い魔族だったよな?」


「ああ、魔族と言われているが、知能は魔物に近い」


「…そう」


 村を襲ったモドキとは違うやつらなのか…

 話を聞いたオリビアは肩を落とし小さく返事をすると、青髪の勇者は腹に巻かれた包帯に手を触れ、眉間に皺を寄せた。



「そういやぁ、あのオーク共…なかなかに手強かったな…。力も強かったが魔法が厄介だった。あいつらはそんなにマナを持たないって聞いてたんだがぽんぽん強い魔法使って来やがって……」


「モドキが?」


「ああ…特にでかいやつは地と風の魔法…二種類も使って来やがった」


「あいつら変に洒落てやがって、色の付いた石の首飾り付けてたよな?もう少しで倒せそうだったのに逃げやがって…」

「俺様が嬢ちゃんと話してるんだが?」

「ご、ごめんよアニキ…」



 オリビアはビンカの言葉に伏せていた目を見開いた。



「………どんな石をつけてたか覚えてる?」


「あー…大体のやつが青やら赤やら緑の丸っぽい形の石をつけてたが…でけぇ奴は三角の形をした、黄色と緑色の二色合わさった石をぶら下げてたな………って嬢ちゃん大丈夫か?気分悪くなっちまったか?」



 オリビアはそれを聞いて蹲ると、二の腕に爪を立てた。

 突然様子の変わった彼女に、青髪の勇者は心配そうに声をかけたが、彼女の耳には届いていないようだった。



「……っ」

「嬢ちゃんゆっくり深呼吸しろ。おいヘリー!赤髪呼んで来い!」



 三角形で黄色と緑色―――彼女はその石にひどく覚えがあった。

 もしそのモドキがつけていた石が神の石だとしたら―――



『そろそろ行かなきゃな。この話は皆には内緒だぞ』

『……うん‼︎…お父さん…必ず無事で帰ってきてね…』

『ああ、約束だ』



 "父の物"だ




「……あいつら…‼︎」

「嬢ちゃん落ち着け‼︎」




 オリビアは湧き上がる殺意に歯を食いしばると、ポーチに詰めていた種が彼女のマナに反応して蔓を伸ばし始めた。


 ビンカ達は驚き武器を構えると、青髪の勇者はそれを止めてオリビアの背中を摩った。



「(憎い…‼︎今すぐ八つ裂きにしてやりたい…‼︎)」



 心の奥底から湧いてくる感情に、オリビアは戸惑いも感じていた。

 抑えたい気持ちと、今すぐ暴れ出したい気持ちが彼女の中で渦を巻いた。



「オリビア‼︎」

「……カクタス…」



 カクタスの声がオリビアの耳に届くと、強く感じていた怒りが静かに引いていった。

 馬車に飛び込んできたカクタスが驚いた表情でオリビアを見つめると、オリビアはハッと我にかえり、慌てて青髪の勇者と仲間達に謝罪した。



「……ごめんなさい…」

「落ち着いたか?俺様たちは大丈夫だ、ちょっと驚いただけだからよ!」

「ビビらせんなよな!」

「ビンカ!…ったく……嬢ちゃん、もしかしてそいつを探してたのか?」

「……ええ、家族の仇なの」



 オリビアが静かにそう口にすると、青髪の勇者は彼女の頭を撫でて眉を寄せた。



「逃がしちまってごめんな」

「謝らないで、あなたのお陰で手がかりが掴めた。ありがとう」

「おう!やっぱ嬢ちゃんは笑ってる方がいいぜ!」



 オリビアは青髪の勇者に笑いかけると、彼は口の端を上げて笑い返した。

 そしてオリビアが暴走させてしまった植物達を回収すると、カクタスが彼女を抱き上げた。



「!」

「向こうの馬車で休ませます」

「ちょっとカクタス!」



 カクタスは馬車を止めてオリビアを連れ出すと、

 後ろから青髪の勇者の「嬢ちゃーん‼︎」という声が聞こえた。

 しかし、カクタスは振り向かなかった。







「オリビア大丈夫⁈」

「カランコエ、クッションになって‼︎」

「はぁ?くだらない事で起こさないで」



 カクタスがオリビアを馬車に連れて行くと、心配そうに仲間たちが声をかけた。

 カクタスがカランコエに凭れさせるようにオリビアを下ろすと、眉を寄せて彼女の顔を見つめた。



「何があったの?」

「……青髪の勇者が、私の村を襲ったモドキと戦ったみたいで…話を聞いてたら暴走しちゃったの…ごめんなさい…」

「そうだったのね…」

「モドキのやつら私のお父さんの……マナエルフの神の石の力を使ってたみたい。首に石をぶら下げてたって」



 オリビアは彼らに、過去に自身を襲った惨劇を話した。

 モドキによって何もかもを失った事、そして生き残った仲間たちと決別した事―――


 オリビアは悲しげに表情を歪ませると、カクタスが彼女の背中を優しく撫でた。



 彼らは仲間だが、お互いの過去や家族に対してはあまり知らずにいる。

 オリビアの過去は、誰もが想像していたよりも、遥かに深く悲しいものだった。


 そして、オリビアは話しているとふとローレルの顔が頭を過り眉を寄せた。



「…ローレル、無事だといいけど」

「ローレルって?」



 オリビアがぽつりと呟くと、カクタスは遠慮がちに問いかけた。



「ああ…幼馴染よ。私と同じ、生き残り……ケンカ別れだったけど…やっぱり心配だわ」

「カトレア様は洗脳されてないって言ってましたけどだいぶ様子がおかしかったですもんね…」

「フォティニアは知ってるの?」

「はい…綺麗な男の子だったけど、私達を見る目は怖かったです…あっ!ごめんなさいオリビア…」

「いいのよ」


「男の子…?」



 "幼馴染の男の子"

 それを知ったカクタスの表情が引き攣ると、デイジーがフォティニアを軽く肘で突いた。



「恋仲だったのか?っぐぅ!」



 それに続いて問いかけたラークはデイジーに肘で強めに突かれると横腹を押さえ倒れ込んだ。



「まさか。ただの悪友ってとこよ」

「きっと無事よ!」

「そうです!大丈夫ですよ!」

「そうね、ありがとう」



 オリビアはお礼を言うと彼らの優しさに口元に笑みを浮かべた。



 カクタスはふと目を伏せ、馬車の外に視線を向けた。

 その瞳に映る景色を見ていたのか、彼女の隣にいた"誰か"を想像していたのかは、誰にも分からなかった。


















 ーーーーー


「わー…すっごく白いですね…」

「なんだか眩しいわ〜…」


 パロサントに着くと、その眩しさに彼らは目を細めた。

 建物も、そして道さえもが白で統一された神聖国パロサント。

 街の奥にはある大聖堂は、太陽の光を受けて光輝いているようだった。



 大聖堂に向かって馬車が道を通ると、道ゆく多くの人々が手を組んで頭を下げた。

 そして「勇者様ようこそ」と静かに手を振った。

 子供たちが小さく手を振る姿を見かけ、カクタスが照れ臭そうに手を振り返すと子供達は大喜びで駆けていった。







 大聖堂の前でカクタスたちが馬車から降りると、白い服を着た人々が頭を下げて歓迎してくれた。

 彼らの服にはカクタスや他の勇者にある刻印と同じ物が刺繍されていた。



「教皇様からお話がございます。こちらへ」


 その内の一人が穏やかな顔で笑うと勇者達を連れて大聖堂の中に入り、教皇の元へと案内してくれた。



「勇者様ようこそおいでくださいました」

「おう!来たぜ!」

「ちょっとパキラさん…」

「構いませんよ。……ただ、申し訳ございません…少し問題が起きまして…少しお時間をいただけませんでしょうか?」

「何があったんですか?」

「実は…神の間の清掃を行っていた者が鐘の音を聞いたようで……ああ、あの者です。シスター"シャクナゲ"」



 教皇の視線の先にはたくさんの子供を引き連れたシスターの姿があった。

 彼女は教皇の元へやって来ると、静かに頭を下げた。



「シャナ様‼︎」

「あらヘリー。元気そうで安心しました」

「お会いしたかったです‼︎」



 ヘリーがそのシスターに飛び付くと、シスターは穏やかな笑みを浮かべて彼を抱きしめた。

 どうやら顔見知りのようだ。



「おおっ!すげぇ美人!」

「アニキ…」

「シャクナゲと申します。どうぞ、(わたくし)の事はシャナとお呼びください」

「シャナさん…良い名だ」

「誰か青髪の勇者様を連れて行ってください‼︎シスターが穢れる‼︎」

「あっ!おい!なんでだよ!」

「ヘリー…そのような言い方をしてはいけませんよ」



 ヘリーに言われ青髪の勇者を仲間たちが連れて行くと、シスターは困ったように眉を下げてヘリーを叱った。

 ヘリーはフンッと鼻を鳴らして不貞腐れた表情を浮かべると、シスターの肩に乗った。



「ヘリーと知り合いなんですか?」

「ええ、彼は私の愛しい子です」

「えっ⁈」

「ヘリーはこの教会で育った孤児なのです。シャナによく懐いておりました」

「教会で…しかもシャナさんみたいな人に育ててもらってもこんな風になっちゃうんだな…」

「黒髪の勇者様、聞こえていますよ‼︎」



 ヘリーが羽をバタバタとさせながら怒ると、シャナは優しく彼の頭を撫でた。

 そして、教皇は額の汗を拭きながらシャナに話をするよう促した。



「失礼いたしました……

 今朝のことです。神の間の清掃を行っておりました所、部屋に鐘の音が響き渡ったのです。しかし、神の間の鐘は揺れてはおらず…私は神のお言葉を待ちましたが、鐘の音が響くだけでお言葉はありませんでした」


「我々も神の間へ向かったのですが、確かに鐘の音は響いておりましたが、神のお言葉はまだ…それで確認のために少しお時間をいただきたいのです…」


「そうだったんですね…」

「すぐに別室へご案内いたします」


「ん?」



 シャナが連れていた子供たちが少し離れたところで目を輝かせて見つめている事に気付くと、カクタスは彼らの前にしゃがみ込んでこんにちはと声をかけた。

 すると、子供たちはカクタスが優しい人だと分かったようで、周りに集まり騒ぎ始めた。



「勇者様遊んで!」

「お部屋じゃなくてあっちで遊ぼ!」

「コラコラあなたたち…勇者様を困らせてはいけませんよ」

「でもシスター…」


「確認が終わるまでこの子たちと遊んでも?」

「よろしいのですか?」

「はい。俺も孤児で…たまに育った院で子供たちの相手をしていたので慣れてますし、よければ…」

「…しゃーねーな。孤児の先輩として、こいつらの相手してやるか」



 カクタスとビンカは子供たちに連れられて芝生のある方へと移動した。

 オリビアたちは彼らが同郷の仲なのは知っていたが、孤児だという事は知らなかった。


「(カクタスも両親がいなかったんだ…)」


 オリビアは子供たちと遊ぶ彼を見つめながら、心の中で小さく呟くと、胸がちくりと痛んだ。



「俺様はパスだ。子供ビビらせちまうからな」

「俺もどう接したらいいか分かんないので…」

「では、他の方々は部屋へ案内いたします。シャナはもう少し鐘の音が聞こえた時の事を詳しく教えてくれるかい?」

「はい」

「…?」



 シャナはオリビアを静かに見つめていた。

 オリビアがそれに気付き首を傾げて見ると、シャナは穏やかな笑みを浮かべて、オリビアに頭を下げた。

 その含みのある笑みに疑問を覚えつつ、オリビアはカクタスの元へと向かった。




 とはいえ、

 オリビアは基本的に子供にはあまり好かれない方だった。

 ついこちらに来てしまったが、子供たちはカクタスやビンカ、そしてフォティニアたちの方に集まり楽しそうにしてた。



 オリビアは気まずく思っていると、木の影で本を読む一人の男の子に気付いた。

 その少年の持つ本の表紙には、エルフが描かれており、オリビアは静かにその少年の元へと向かった。



「こんにちは、あなたは向こうで遊ばないの?」

「うん、あの子たちはまだ子供だから話が合わない」



 少年のませた言葉にオリビアは思わず笑みを溢すと、彼の隣に座った。

 少年は少し長い茶色の髪を風に揺らし手袋をしたまま器用にページを捲ると、少しして彼はオリビアを見上げ、静かに本を閉じた。

 邪魔をしてしまったかとオリビアが焦ると、彼はオリビアの手を握ってきた。



「えっと…?」

「……」



 その少年の行動にオリビアは困惑しているとその手はすぐに離され、彼は立ち上がりオリビアを見下ろした。



「なんとかしてあげる。だから、戦う事をやめないで」

「え…」



 オリビアは少年の言葉に思わず声を漏らすと、カクタスがオリビアを呼ぶ声が聞こえた。

 彼の後ろに教皇の姿が見えると、確認が終わったことを察してオリビアは立ち上がると、少年の方へ振り向いた。



「あれ…?」



 しかし、そこに彼の姿はなかった。







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